2010-10

学校を渡る

木曜日はラボの気の置けない歓送迎会。
タバコ組でかつ、属性おっさんのため、男子組にまじる。
馬鹿話で大いに笑って、おなかをよじって、楽しく帰宅する。
素氏が耳元で、ふらっしゅばっくふらっしゅばっくと囁くが、
翌朝フラッシュバックは起きず、ささやかな二日酔いとともに出勤する。

お昼前、上司を含む数人が車でとあるスーパーに買出しに行く。
いわく、250円弁当でお昼はパーチーだと。
じゃんけんをして、わいわいいいながら弁当を選び、おなかをぱんぱんにする。

毎日の恒例、ドリップコーヒーを入れてもらい、
なんだかんだ喋って、昼休み二時間みたいな感じ。
魔女あるいは妖怪人間ベラと呼ばれる、怖い怖い教授秘書さんが、
またも新人いびりの末、辞めさせてしまうので、新たな求人があった。
なぜか面接前の候補者を、こんなラボにまで連れてきて内覧会している謎について、
戦々恐々、毒林檎が振舞われるぞとかなんとか、脅えて騒ぐ。

フラッシュバックがでない理由はね。
本の話も映画の話もしていないから。
どうでもいい、どこぞの強烈な奇人ちゃんの噂話を集積させているだけだから。
すると、僕の肩はなんの力みもなく、憤慨もなく、緩んでいる。
恥ずかしい台詞なんて、出るわけもない。

最近おもったのだけど。
ここの職場は、なんだか、学校みたいなところです。
元々、大学二回も行って、就職先もずっと大学の研究室を渡り歩いてきた僕は、
文字通り、ずっと大学生をしているようなものだけど。
同じ学校でも、かなり規則の緩い、先生も生徒も、一緒に遊んでいる
ほとんどが、部活動や課外授業のような、そんな学校にいる気がする。

ツンケンの鬱病が、
「はい、今日はウツなんで、近づかないように」の一言で済まされる。
まあ、それも変な学校に許される、特権でありましょう。

なんだか、きっと一生こんな感じで、
本気で揉まれることもなく、遊んでいる、アマエタさんのまま終わりそうです。
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発覚する虚妄《うそ》

本日付箋貼りつつ、読了。
多分、十回目くらい。
何がって、黒死館。

だんだん速度が上る。
そして、だんだん楽しくなる。
はじめて最後まで読めたのって、いつだったか、10年くらい前?
昔は躓きの石だったのが、今は再発見の鉱脈に変る。
ちょうど、虫太郎全作品の95%くらい読了してからだったので、余計に楽しかった。
素氏がワンアンドオンリーと呼ぶのも、よく分る。
他にも面白いのはあるけど、結局ここなんだなーと。
しみじみ思う。

ついでに古代時計室でアーカイブ作りした語彙に行き当たると、
一人ホクソエムという、かなり末期的おかしな人になっている。

(手許の資料では、未収を含め157作品。
そのうち掲載誌までわかってるけど蒐集できていないの4。
困ってます。【新大衆】ってどこの図書館いけば収蔵されてるねん!
あー、このリスト公開すべきなのか、どうなのか)

で、読みつつ、ふと首を傾げる。
あれ?この詩文とか明らかな引用文って、7号で取り上げたかな?
いや、絶対に、やってないぞと。
二年前の夏。
素氏から渡された、詩文の謎の答を探した際に、そんなものは見なかった。
なのに、僕は。。。。
即売会で「出てくる謎の引用元が、全部判明したんですよ」と。
ピノキオになって、販売促進していたじゃないか!

これじゃあ、詩文でつく虚妄《うそ》ならぬ、大虚妄!
恥ずかしい。。。情けない。。。
QのないものにAもつけられないんだよー・

でも、素氏は。
たとえば辞典の項目に、40年に亘り「悪魔」という語彙を拾っていなかったと気付いたとか。
だから拾い忘れも、あって当然とか。
答は問いに対して全部出ていたから、ウソじゃないよとか口上を述べるけど。
非常に居たたまれない気分に陥っているのであった。

僕の作業方針は、また違う視点なので、僕は僕なりに規律を敷くぜ。
ただ、間に合いそうにない、まさに一冊3年計画のノロノロ勇み足でありんす。

よーつー

腰の骨がつぶれて云々。
そんな話を聞いたのが、金曜の夜。
だからいい加減許してやれよとかなんとか。

明けて土曜の朝から、腰に激痛走る。
きっとよくないだろうなと思いながらも、入力作業続行。
月曜、歩くけど、歩いてないよ、オレ。
体がまっすぐにできない、足と腰と上半身の位置関係を見失う。
駅の階段がおりられず。
急遽、半年前にお世話になった整骨院にむかう。

テーピングとか磁気とか骨盤矯正とか一通りやってもらって、
やっと少しまともに、歩けるようになったかも。

ちゃぶ台で丸まって、足を八の字で冷やすといけません。
ただそういうことだ。
同時に虫ちゃんを読んでいるせいか、
あらゆる言葉/肉体の誤反応は、精神の奥底で鳴る異音のあらわれのように思えてしまう。
しかし、この痛み/異変は、金曜の呪いではない。

そう自分に言い聞かせる。
さあ、11月の秋休みとも呼ぶべき夏休みにむけて。
さくさく紅葉狩りを闊歩しながら楽しむために。
僕は、無心に治療するだけである。

変身ぷろとたいぷ

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二週間ほど前、素氏が一巻を買ってきた。
ちょっと、いや結構面白くて、僕が二巻を買ってくる。

結構じゃなく、かなり面白い。
素氏は、ハドリアヌス帝が出てくる漫画があるなんてと感激し。
横で、きっとキヌは気にいると思うなー、多田智満子訳のアレ。
といわれて、ああ読みました、とーっても昔に。と返したり。
残念ながら、世界史系は、昔の僕には無理でした。
いまはね、一回読み始めた本は投げないを信条にしてるので、読み返したらなんとかなるかも。

さて、この漫画。
毎回の醍醐味は、やはりローマの浴場ですってんころりん、ざぶーん。
あっぷあっぷで顔を出したら、そこは現代の日本の風呂事情な
ビックリ大爆笑の地域限定タイムスリップお勉強、
ハドリアヌス帝の寵愛うるわし新鮮味あふるるアイデアのあれこれは、日本から来たのさ。
に尽きると思うんですが。

これって、へーーんしーーん。の世界と同じなんですよね。
(あるいは、水戸黄門や暴れん坊将軍でもいい)
まずショッカーが、彼に突きつけられた浴場の難題で。
困った困ったになると、回転ベルトが廻って、足がつるんとすべって。
変身が、日本の温泉/ショールーム/湯治場/家庭風呂であり。
必殺技が、フルーツ牛乳/シャンプーハットであると。

つまりは究極のパターン化されたタイムスリップなんですよね。
でも、面白いのは、心底笑えてしまうのでは。
勿論この繋がれた二空間が、奇想天外にして非常に酷似した世界観であり。
また、彼が、「まきこまれ」型のクソ真面目人間であること。
まきこまれちゃんのいいところは、クサイ意志をもたない。

仮面ライダーみたく、正義だなんだと叫ばない。
闇雲に戦いを挑まない。
日本のじいちゃんばあちゃんに、助けられて、考えるは、
平たい顔族(日本人のこと)の文明は、なんとローマを越えているのだ、
この国に留学したいよ、とかなんとか。
ハドリアヌス帝に、ほめられても、自分はただネタをぱくっただけのしょぼい奴
と自己嫌悪。
あげく、奥さんには逃げられて、、、どうやら次巻は命もねらわれちゃう?

おかしきは、単純なるもの。
この削ぎ落とされた毎回のパターンが、
どうか作者の頸を絞めることになりませんように。
切に願うのでありんす。
(素氏は、挿まれたコラムを読む限り、作者は一筋縄でいかない人物だから
こういう陥穽にはおちないであろうと、予想しております。)

江東区に古本屋が

ふらっしゅばっくするので、外で飲むのは困るなあ。
酒をどんなに飲んでも、酔いが浅く、なにしろ記憶は全くなくならない。
むしろ鮮明。

帰ってからも、全然眠れないんでやんの。
挙句、妹からきたメールにムラカミハルキ読んでみろとか、彼は僕らの高校の先輩だとか。
なんですかねー。
こんなに読む本溜まってるのに、読むわけないじゃろ。
つーか、なんで君はあの高校をそんなに誇りに思ってるのかね。
同じ高校でも僕は、荒野の一匹タヌキにすぎませんて。
そういうのを旧態依然の権威主義とかいわんのかね。

ま、脳に去来する昨晩のあれやこれはいいとして。
あのスペイン料理のお店、めちゃくちゃよかったんですよー。
TAPAS DINING っていうところですが。
はじめは高いかなと思ったんですけど、なにしろタパスの種類が豊富で、
一品一品の量が思ったより多くて、安くて気が利いていて、おいしい!
最後にパエリア頼んだら、もうおなかがパンパカパン。
飲み放題で選べる、サングリアがここのは一味他店とは違って、うますぎてグイグイいっちゃいました。
夜景も抜群ですし、店員さんもサービスいいし。
今度は素氏とゆっくり行ってみたいな。
オススメのオススメです!

***

本日は、我が家からチャリで15分。
同じ江東区清澄白河に新しく古本屋ができたぞっ!という素敵情報を得て、うかがいました。
しまぶっくさん。 参照→ここ ここ

ここは現代美術館や清澄庭園に近いし、時々一箱古本市を開かれている「深川いっぷく」さんも近い。
さっそく表の箱から一冊抜いた僕は、店内を物色。
おおー、品揃えが素敵。
「しま」の名に合わせて、ところどころに小さな箱が置かれていて、特集が組まれてます。
猫の箱から、二冊猫文学アンソロ文庫を引き抜いたり、
ヴァージニア・ウルフの見たことがなかった可愛い装丁の「ある犬の伝説」(晶文社)を掴んだり。
広めの店内はまだ隙間があるけれど、ジャンルの区分が洒落ていて、魅惑的。
いいなあ、こういう爽やかな雰囲気。
はじめは、江東区古本屋がんばってくれー!な、お祝儀気分で掴んでいたのですが、
次第に指が止まらなくなりました。
趣味性の高い部分と、汎用性のある部分とが、いい具合に混在していました。
これからも、頑張ってください!

今日は、実用洋食「七福」さんで、オムライスを昼に食べてご機嫌に。
今時の、ホワイト/デミグラスソースでもなく、半熟卵ふわふわでもなく。
ケチャップたんまりのチキンライスを、かりんと薄焼きにした卵で巻いた
あの食品見本そのままの懐かしいオムライス。
それをお味噌汁でいただく。
うまー。
幸せで、昨日の黒雲がとんでいきましたー。

つつがなしや

都庁の目の前の三角ビルこと新宿住友ビルの49階。
スペイン料理とサングリヤを堪能しつつ、妹との会見終了。

二人の妹のうち、この上の妹とは一度も外食もお茶もしたことがないので
非常に緊張し、当然ながら会見前後に、おなかがピーヒャラドンドン。
なんか、、雰囲気は変ってないけど、顔が変っていて。
うーむ、えーと、本物?とか思ってしまうくらい、混乱してました、僕。

結論としましては。
非常に大人な人になってました。
僕は、ばんばん「子供」であることを曝け出し、ばんばん「子供」と指摘され。
痛いのか痒いのか、吐くのか、飲み込むのか。
煙草が吸いたい。。。でも吸えない。みたいな状況。

妹は6歳下です。
公務員で、臨床心理士で、パワハラされて、めっちゃきつい仕事して。
たくさんの子供や親になりきれない親のカウンセリングを繰り返し、大人様になっていました。

だから、

「フツーの人がつまらないと思うのは、自分が特別だと思いこんでいる思春期のまま」
「大人になるのは《仕事》と《結婚》がちゃんと出来た人。《結婚》は形式的なものじゃなく、生殖的に子供を生み育てようと努められた人」
「人はみんなのおかげで生きている、ひとりじゃ生きられない」

とか言われますと。
どうしようもない気持ちになります。
そう思えるようになることは、素晴らしいことでしょう。
でも、もし今の僕がこういうことを呟いたとしても、それは完全に偽善です。
どれ一つとして、実感できていません。
この先も、実感できそうにないし、実感できないことを実践することも、他者を受け入れることも
およそ落雷にぶち抜かれるくらいのことが起きなければ、無理でしょう。

ただね。
フツーを呪うわけじゃないんだ。
フツーの幸せの喜びもあってしかるべきだし、
僕が表面的だ、心が見えないといい、
本当に表層しかない、表層を滑走する日々の暮らしのささやかな
時間の流れで満足するひとたちの生き方だって、ありなんだろうとは思う。
ただ。
妹は、別段否定はせず、「子供」と名付けただけだったけど。
この枠に入らなかった人も、どこか隅っこでもいて、静かに遊ばせておいてほしい。
ただそういう闘争なき、叫びなんだどね。
何度も、フツー組に入れようとする強引な力に引っ張られた経験は、
やはり抵抗感を生むものであります。

そして。
確かにずっといい収入を得て、社会的地位もそれなりにあって。
けれど時間をすべて仕事に忙殺し、その仕事自体もそんなに楽しくなかったりする。
あとは、何もない、そんな時間の使い方って。
それこそ、煙草も炭水化物も甘いものも、みんな体に悪い悪いという台詞の裏側って。
いったい、そんなに切なく時間をつかって、一方で長生きして時間を延ばそうとする意味って。
まったく理解できないなあ。

本日の会見を終えても。
僕はまだ、一人じゃ神戸に行くことはできません。
あの町は苦しすぎる。
僕の疑問符を解く鍵は、帰れば余計に見えなくなるはずです。

便利だわ

もともと複数のパソコンで作業をすることが多く
けれども、USBタイプの記憶媒体は、なんとなく面倒くさく
家庭内LANなら共有HDもありだけど、外で作業も大変多いので
投資なくして、どうにかしたいと思っていた。

今まで、ファイルの共時性をどうしていたかというと、
ブラウザメールでデータを飛ばしっこして整合してたんですが。

ここにきて、MSNのSkyDriveで同期をとってみようと思い立ち。
いやはや、25GBがタダだよー、すごい使いやすいよーってことで、幸せ気分です。
ここに、最新版のデータを置いておけば、常に作業の続きがどこでも出来るんだと。

ええ、僕、昼休みとか。
ガンガン入力作業をおこなってますんで。
昼休み以外も、ガンガン調べものして、資料ふやしてますんで。
べんりやわー。

そして、この容量の大きさを無駄には出来ぬということで。
某動画サイトでみつけた、あんなのや、こんなのやを残しておける。
これでパソが万が一旅立っても、大事なあれこれが、守られるのだ。
すばらしー。

とはいえ、最近のhotmailの遅さに、変な付加価値つけるな!と叫んでいるので、
ついでに、文句のメールも書きまくっている、僕はクレーマー。
別段、MSN信者ではありませんので、あしからず。

そう、タダで、いかに快適にパソコンライフを過ごすかという日々の発見が楽しいのね。
あと、ネットラジオも最近のお気に入り。
これが、あれば、有線なんてこの世からなくなってしまうであろうと思う。
もし自分が自営業で毎日音楽かけて仕事ができるなら、ネットラジオで店内が満たせます。
そういうのも、いいなあ。

一番のお気に入りは、Beatles Radioですね。
彼らの曲とトリビュート、カバー曲のみで、延々番組が進む、でも全く飽きない。
すばらしー。
サイトは英語だけど、media player/gom player/ituneで簡単にアクセスできますので、是非!

退行

小学校の高学年から「りぼん」を買うようになった。
中学校もずっと「りぼん」派で、なぜか清原なつのが一番のお気に入りだった。
その作風ゆえ、りぼんの対象読者との年齢格差が生じ、「ぶ~け」に移籍する。
高校生になって、彼女を追いかける形で、ぼくも「ぶ~け」に乗り換えた。

その最初に買った号が。
「少年は荒野をめざす」の第二回掲載誌だった。
(残念ながら、僕は内田善美をほんの僅かの差でリアルタイムで見ることができていない)
もはや、清原なつのどころの話ではなかった。

高校生活の二年間と、この作品は確実な共時性をもって、僕を揺れ動かした。
高校生作家、狩野都は、今現在においても、永遠の憧れの少女である。
狩野のお父さんの周防さんは、今も憧れのお父さんである。
大事な友達の三角形の頂点、菅埜透くんは、今も憧れの友達である。
そして作家の日夏雄高さん(このミックス名前。。。笑)は、永遠の憧れの導き手である。
唯一今も昔も好きではないのは、カリノが好きになった、鏡の少年・黄味島陸くらいだろうか。

あのころ。
一ヶ月を待ちきれず、何度も何度も読み返し。
コミックになって纏まっても、読み返し。
そのせりふの一つ一つが、道すがら、頭を支配した。
当時、とても可愛い、聡明で、冷ややかな長い黒髪の少女が一番の友達だったので、
まるで、そばにカリノがいるような気がして、余計に現実の枠線を見失い混乱した。
カリノが陸と一緒に飛び降り自殺を図ろうとした号から、失敗に終わる次号までの一ヶ月
運命は死を彼らに落すべきか否かと、考え続けた。

あれから二十数年。
ずっと吉野朔実を追い続け、読み続けて今に至る。
切っ先が鈍くなったとか、そうはいえない。
複雑になった、残酷になったとも、いえない。
芯は現在の「period」でも貫き通されている。

神様は本を読まない神様は本を読まない
(2010/10/14)
吉野 朔実

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おそらく、僕はここ数年、創作の当事者に対する、ある種の幻想を捨ててしまったのだ。
当事者は、作品以外は見せるべきではないのだとつくづく思うようになった。
だから、今度の楽しみにしていたエッセイで、
日常、彼女に近しい友人の皆様が大挙して押し寄せるのを目にして、
また何かが崩れていくのを感じていた。

いまも僕は割れた鏡をもって嬉々と歩くカリノの姿をわすれていない、
日夏さんの抱える花束や家の間取りも忘れていない。
世に自己模倣の呪縛から逃げんと欲する多くの創作者にとって、
こんな風に退行し続ける読者は、きっと残酷であるだろう。

そういえば、このエッセイの中で。
本当に絵のうまい友達は、誰も漫画家にならなかった。
適当に器用で、こずるい人だけが、作家や漫画家になっている。
というような一節が、出てきて、僕はただただ、瞼を閉じた。

毎日、三歩すすんで、五歩さがる。

neon of psycofants

疲弊する、訳もなく。

寒暖の差が激しい日々が続き、
女子な女子から、履く靴はサンダルとブーツしかないと聞かされて、腰を抜かす。
熱ければサンダル、寒ければブーツ。
それが、世の常識とかなんとか。
でも帰りの電車で眺めても、真ん中のどっちでもない靴のひとが沢山。
混乱する。
僕は、フツーというものに、とても混乱する。

五年近く会っていない妹が、東京に来るとメールしてくる。
向うも、どう書いていいのか分らず、変な敬語のよう。
自分が誰かわからないといけないから、「神戸の」なんてつける。
あまり会いたくないけど、仕方がないので会うことにする。
郷愁とか、血とか、なんとか。
フツーはとても大事なものだという。
とても混乱する。

誰にも会わなくていいので。
誰にも会いたくないので。
誰も彼もが、人のツナガリが、大切という。
孤独の意味も、寂寥の実感も、空漠の感覚もみんな知っていて、
僕はいつもそれを、荒削りの鉱石のように大切に抱えて生きているので。
丸める必要など、磨く必要など一切ないので。
フツーに満たされうるものとは、大きく異なっていることを、絶叫する。
とても混乱する。

僕の領域はいかに親しくあろうとも不可侵だから。
友達の友達はミナ友達だとか。
大事な人の大事な人は、ミナ大事な人だとか。
薄いつながりをあさましくも拡げて、世界がひろがったと快哉を叫ぶとか。
そんな風がフツーと呼ぶならば、
僕は混乱する。

書いた物や、描いた物は、手を離れた瞬間、もう僕のものではない。
忘れてしまう。
その仕上がりと同時に、歓喜も充足も快楽もみな消滅する。
だから、僕のものではない、きっと受け取った人にとっても一瞬のそういう片々は
散りゆくまま、どうか見送って欲しい。
でなければ、僕はひたすらに混乱する。

そして、もう何も作らないと誓いそうになる。

***

遠い昔。
無機質への憧れ、意味不在の名付け親だった日。
妹と一曲ずつ交互にカセットテープに音源を重ねてゆき
それら貧弱で壮大なコンピレーションに、ひとつひとつ名前をつけた。

コメツキバッタの人工光/Neon of Psycofants
そう名づけた記憶は、
このPsycofantという単語が、この世のどこかに潜り込んでしまったのをみて、
綴りがどう間違っているのか分らなくなり、幻は余計に幻になり、
同じ音をもつ、sycophantの意味を知って、笑う。
sycophantこそ、桃色に闇の中で病んでいる。
なんて、ふさわしい質感だろう。

もう10月かよ(涙)

別にさしてウツではござりません。
ただひたすら忙しいの。
趣味で精一杯。
睡眠時間削って入力頑張ってるけど、終わりがみえません。

素氏が次号の構想めいたものを呈示するも、何が何やら。
今回は復刻だから、楽になるはずじゃなかったっけ?
話をきき、またも富士山より高い山に登らないといけなそうな雰囲気に冷や汗を流す。
あー、理系文系という分類、声高にいうつもりはないけれど。
どうしても僕の頭は、統計とかグラフとか表で纏めに入るきらいがあり。
恐れ多いかもしれないが、かのM山センセエが、評論を箇条書きにする気持ちが非常に分る。
だから、ズンベンダラリな文章書くくらいなら、
一発対照表でも載せろや!な気分にすぐ陥ってしまうので、
素氏がやりたいことを理解した瞬間、山の高さにブッシュの深さに怖気立つのであった。

加えていうなら、僕、世界史全然興味ないんだよねー・苦笑。
日本史も興味ないけどー。
調べもの手伝うたびに、一から周辺事項を一時メモリに突っ込みなおさないといけないよねー。
って、こんな人が、虫ちゃんで遊ぶのはいかがなものかと思う、今日この頃。

***

そんなダメっ子が、新人さんの面接にのぞんだ。
いや、ほんと、ハシニモボウニモな人の応募が大量に来て、その中から四人の面接だったのですが。
思わず、めんつゆ問題だそうかと思いました。

5倍濃縮のめんつゆを水でうすめて、正しいめんつゆ100ml作りたいとき、
濃縮めんつゆと、水は何mlずつまぜればいいでしょう?

もしかしたら、四人とも全滅したかもしれない。
でも、教授とか講師の先生いたもので、なんなの君は?と思われても難なので、
無難な質問で流してみました。
結局、こういうレースになると、ささやかな経験よりも人間性で選ばれるのだと思ったり。
いや、ハシボウといえども、一番経験的には上であった人が、
「お友達になりたくない感じ」だったので、
それを正直に申し立てましたら、そういう印象も大事ということになりまして。
結果的に、前任者の方にとても雰囲気の似た、オドケちゃんな人に決まりました。

仲良くできるといいなー。
でも、僕より二つ年上なのです。
二十年ぶりの実験助手、なりたくてもなかなかなれないので、頑張ってください。

***

毎朝、毎夕。
金木犀の匂いを聞きながら歩く。
香りが先に明滅し、ついでアスファルトに落ちた橙色が光る。

お屋敷町の庭で隙なく球体に刈り込まれたその表面は、限りない星であり、
本当に「あの夢」に誘われ帰ってこれなくなった幸せな人が見た景色を思わせる。

***

めんつゆ問題のこたえ。

めんつゆ:20ml、水:80ml

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絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
Twitter account:@quinutax

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