2010-08

日本に西洋を持ち込む

ぎょぎょぎょ。
Pさんのブログにあの情けないタヌキ絵が。。。
でも新刊褒めてもらえてうれしかったなあ。

***

火曜は、夏休みを一日貰って、古本市@渋谷東急に行きました。
会場広いので、だんだん後半疲れが溜まって、目が泳いでしまった。
もう特価本扱いの新古書とかここ十年位に出たと思しき文庫とかは無視だ。
とはいえ、二人でレジ籠二つ一杯にして、現物は昨晩届きました。
少数(嘘?)精鋭部隊とはいえ、古本肴に旨い酒が飲めるのは嬉しい限り。

月曜の夜は、一人でレイトショーを観に、銀座シネパレスへ。
先日の露アバンギャルド祭で「アエリータ」観にいった時に、
素氏はすっかり眠り込んでいたので、むっとした僕は
(いや仕事疲れてるし、いつも夜九時にはオネムさんなので仕方ないのですが)
一人で怪しい地下の映画館にしけこんだというわけ。

「アエリータ」はまだ感想書いていなかったのですけど、
大して映画観ていない僕がいっても何の説得力もないけど、
人生の観賞体験で10本の指に入る!といっても過言ではないほど、面白かったのです。
とんでもSFだけど、ある種の幻想ミステリともいえ、隙間にギャグが満載
さらに火星のシーンは、前衛バレエとも呼べるほど、衣装も動きもかっこよかった。
なので、素氏が楽しめなかったのが残念で、余計にむっとしたともいえます。

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ノイローゼ気味の主人公の鬱満開の表情と、
彼の妻の天真爛漫にしてくり貫かれた穴のような瞳が
モノクロの画面の中で、こちらに圧しかかるような切迫感を与えていました。

そう、モノクロってそれだけで、恐怖を持っている。
この間、NHKの戦後SPで、
二次大戦のナチをはじめとした映像にデジタル彩色を施したものを流していたんですが。
二十代の若者がこんな感想を述べていた。
「カラーになったことで、遠い過去が、何十倍も現実味をもって迫ってきた」
そうねえ、確かにそうなんだけど。
一方で、色という具体性が与えられることによって、
幻→想像力が入り込む隙間が絶たれるともいえるはず。
幻を求めないノンフィクションには、有効な手立てではあるけど。
光を絶たれた夜に忍び寄る恐怖の気配を、
ノンフィクションにおいてすべて手放していいってわけでもないだろうとも思った。

では、カラーで描かれた映画は?
特に恐怖映画は?
血の赤を見るよりも、モノクロの方が何十倍も怖いと思うのは僕だけかな。
今でも一人でモノクロ怪奇邦画は見られません。

今回観に行ったのは、これ↓。

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うっ。なんかこのタイトル写真ひどいぞ。
B級色、丸出しじゃないですか。
(僕、B級感覚よりも、Aでなければ、Z級くらい砕けてるのが好きなのに)

でも、すごく良くできた吸血鬼ものでした。
約めて言えば、
「日本に西洋を持ち込む可能性を最大限に広げて美しく撮った作品」
おやおやこのセリフの前半は、我らが『逍遥』で何度も登場したもの。
そう虫ちゃんの憧れもそうであったわけですが、文字の上でも難しいものを映像で挑むのは一層難しいはず。

この作品における最大の美点は、空間の仕上げ方だと思うのです。
まず舞台となる洋館(学長の邸宅)の外観は、明らかに前田侯爵邸を使っていて
内装も家具の一つ扉の一つ小道具の一つどれをとっても、抜かりなし。
西洋アンティークをただ持ち込んだだけでは、おそらく胸やけしかねないゴシックに終始していたはず。
単純にして洗練されたデザインが、素晴らしかった。

またもう一つの舞台であった、学園の女子寮も、
想像の世界にありながらも、いまや現存を望むことも叶わない古式ゆかしい木造寮。
舎監室の窓や階段すら、懐古趣味をそそって愛しい。
こうなれば、フリフリチョットスケスケ・ネグリジェの上にガウンを羽織ったお嬢様たちが
吸血鬼を見て、きゃーっと悲鳴をあげ、失神(笑)しても全てが許されるというもの。

そして極めつけは、独自の吸血鬼伝説を裏付ける、荒野に残された棺桶。
おそらく江戸時代、異人がこの村を訪れ、さんざんに村人からいたぶられた挙句、
耶蘇像に唾を吐きかけるように命じられた。
食料も水もないまま彷徨い、自分の手首から血を啜って生き延びようとした。
そして、一軒の村はずれの小屋で乙女を見つけ、彼女の血を吸った。
この二人が、その後、新しい肉体を手に入れて学長夫婦になり、生き延びているという。

その最初の偉人と乙女が、一度は殺され入れられたという曰くをもつ棺桶は、
とうに空になり、野ざらしになっている姿を、
新任の教師(黒沢年男)と校医(田中邦衛)がじっと見つめている。
この棺桶が、いわゆるドラキュラものにありがちな棺なら、全然だめだったのだが。
廃材を組み合わせて、鉄板でかしめた堅牢な船箪笥風の佇まいが、朽ちて真黒になっている姿が、
ものすごくぐっと迫ってくるわけですよ。

別段童唄や毬つき唄が出るわけでもなく、誰も着物もきていない。
自動車も走り、駅舎には不機嫌な駅員が一人いる。
その一昔前の少し田舎の地方にあった景色の中に、転がる棺桶が、
また一切の不自然さを排除して持ち込まれた、西洋を感じるのです。

一人で行ってきていいよと勧めてくれた素氏お気に入りの吸血鬼・岸田森。
彼もまた、別にバタ臭い顔ではない。
ヌッペリとしていて、タートルネックが似合う人。
しかし、動揺や激昂を捨て切ったような禁欲的な面持ちで、洋館の階段を降りてくる姿に、ぞくぞくする。
歯を剥き出し、眼をみひらき、女性に近寄っていく瞬間よりも、
むしろ秀麗な学長の顔の瞬間の方が、異形のものに見える、不思議な俳優さんでした。

真っ白な薔薇の棘で指を傷つけた乙女たちが、彼に進んで近づいてゆき
血をささげると、薔薇は真紅に染まる。
次の犠牲者となるために呼ばれた黒沢年男と同じ運命を与えられ、
唯一の逃避として佯狂になって精神病院で住まう男は、結局口を開くことはない。

多くを言葉で語らず、耽美な小道具で仕上げる繊細な造作が
邦画とは思えないとても素敵な吸血鬼ものになっている、またひとつの所以かと思いました。

うーん、楽しい一夜だったな。
ここのところ、一つ名画座に行くと別の映画特集のチラシが落ちていて、
居てもたってもいられなくなるという、
ある意味の好循環/悪循環を繰り返しているのでありました。
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夏祭り終了

昨日は風はあるものの、蒸暑い一日、そして大混雑の中、
弊サークルまで足を運んでくださった皆様、ありがとうございました。
そして、早々に通販のお申込をしてくださった皆様もありがとうございます。

いやー、ほんと近年稀にみる大混雑。
その原因は同じ東の2ホールを占めていた、あの東方系の存在ではなかったかと。
喫煙所から下を眺めますと、ホール外に何重ものとぐろが。
近くにいた人が話をしていたところを聴くだに、
「10時の開場で真っ先に列に並んでも、すでにサークルチケットをもって並んでいた人のところまでで完売してしまう」
って、どんな巨大さーくる?
って、どんな販売数の読み間違い?
その残念にも買えなかった大行列が、津波になって僕たちの前を流れていった。
亡者の行進よろしく眼は暑さと疲れで死んだ魚の眼で、ゴゴゴゴっと進んでいく。
あと数センチ列がずれれば、テーブルに触れて、本が崩れ落ちそうな勢い。

そう、僕たち超弱小サークルなのに、お誕生日席だったもので、この波に何度も飲まれました。
ようやく落ち着きの涼やかな風が流れてきたのは、一時頃でした。
うーーん、なんで完売と決まった後、あれだけの人数を外に流してくれなかったのか、
ちょっと文句がいいたいなー。

昨日ちょっと面白かったこと。
お隣のサークルさんは、SF系でとても知り合いの多い方のよう。
次々にお友達らしき人が現われては消えてゆく。
そのうちの一人の女性に、店主さんが尋ねていた。
「普段、お仕事は何をされているんでしたっけ?」
「あ、占い師です」
え? おおわず、そのうら若き表情を眺めいってしまった。

ついでに、いろんなコスプレの中。
黒のセーラー服を着た、眼鏡ひょろひょろ男性が、通りかかる。
結構女装した人も多いのですけど、骨格や上背でイマイチなのです。
でも、そのヒョロ眼鏡君は、ヒゲの剃り跡みえても、可愛かったー。

帰り、久々の晴海の花火大会とばちかぶる。
そのため道路混雑が激化。
豊洲までゆりかもめで行き、そこからバスで帰る予定の僕たちは、延々バスを待つ。
同じバス停に来る、業平橋行きばかりが続き、錦糸町行きのバスを待つ僕らのイライラが頂点に。
ハズレのたびに、みんな溜息の大合唱。
その、ハーーアのタイミングが、絶妙に合っていて笑う。

やっと、自宅近くまで戻ってこれたのが、五時。
お盆真っ只中ということで、やっとチェーン系居酒屋に落着き、ビールで乾杯!
いやー、ビール党じゃなくても、夏のイベント後のビール最高!

そういえば。
このあいだ、プチお小遣い稼ぎということで、第三のビール試飲アンケートに参加しました。
六種のビールを飲んで(銘柄は伏せてある)香りやコクなど項目30個以上に応える。
途中、味消しのクラッカーや水を入れるため、一時間で1L近く水分を入れる。
もくもくとパーテンションで区切られた空間で試飲するので、変な感じ。

それに、ビールって、一杯目が必ず美味しく感じるもので、だんだん違いは分っても美味しさが消えてゆく。
勿論、そういう順番にも気を使って出しているんだろうけど。
普段飲んでいるのが出ていたとしても、「余り好きじゃない」に丸してる可能性が高い。
さほど、僕は発泡酒などは、価格やパッケージで選んでいる部分が多いので。

隣に坐った人が、どうやらアンケートのプロ(?)みたいな人でびっくりした。
何しろ、早いのだ。
半分以上飲んでというルールは守っているけど、さくさく飲んでさくさく応えて。
さくさくお金を貰って去っていった。
初参加の僕は、真面目に書き込みすぎたかもとも思ったけど。
まあ、ただでお酒飲んで、謝礼貰って帰るのだから、いいでしょう。
また当るといいなあ。

さて、冬コミの申込は、もう水曜までです。
文フリの申込も始まったし、既に冬に向けで、ダッシュ開始。
今度こそ自分の本が出せるように、がんばるぞー!

明日はこみけ

もう明日はコミケです。
入稿後もバタバタで、土日も全部休みじゃなかったので、きついです。
今日も一日、口腔粘膜と闘ったので、眼がしょぼしょぼ。

あー、ベトナムさんとベトナム君は帰って行きました。
後半、大分互いに気持ちがほぐれて、冗談とか言ったり、娘さんの全くお父さんと似ていない写真見せてもらったりしました。
実に可愛い女の子だった。

気分をよくした僕は、普段は部外者は入れないルールをしいたクリーンルームに彼らを入れることにしました。
ベースがよく出来ている人たちだったので、やることなくなったというのが正解ですが。
その部屋に入るときは、別の抗菌白衣に着替えることになっています。
さあ、着替えてくれたまえと白衣を差し出したら。
おっさんが、頬を染めたか否かは別として、めちゃくちゃモジモジするので、?となる。
ギャルの方は何気に着ていた白衣を脱いで、ノースリーブの黒シャツ姿を見せたのだが。
よくよくおっさんの胸元をみると。
普通白衣のV字にくびれた部分からは、下に着ているシャツなどが見えるのだが。
おっさんには、何もない。
ええ、素肌だけ。。。。
ま、まさか、下着すらつけずに、肌に直接、白衣着てたのか!

笑いを必死にこらえて、どこかで着替えて来いと進言した。
おっさんが消えた瞬間、ギャル子と僕は、笑い転げた。
えーーー、どういうことですか。
思わず、彼はいつも直白衣なのかと聞く。
彼女は、大笑いで知らねー、He is shame.
とかなんとか言ってるけど、シェイムの問題かよ!

とそういうほのぼのデーも終りをつげ、最終日。
なーーーんにもお世話してこなかった、建物の最上階に巣食う教祖から、呼び出しを食らい、
いいとこだけつまみ食いの、お別れミーテイングなるものに出席。
つまんない医学倫理を延々英語でぶち上げ、僕は真下を向いて、死にそうになる。
信徒たる面々は、ノートとか取ってるので、うわ!と吐き気が襲う。
面倒見る気もないくせに、一ヶ月に一回はスカイプでネット会議しようだの、また来年でも勉強に来いだの
いい加減にしろ!な話が続き、僕の耳は完全にシャットダウン。

こういう時。
聴力のない左側に教祖が坐っていたことに感謝する。
なんか僕に問いかけているようだけど、何も聴こえないさ。
右耳も閉じちゃえとばかりに、無視をかます。
俺にはその宗教は効かないぜ!
クビニデキルナラ、ムシロソウシテクレ!

僕ね、怒髪天を抜く状態に入ると、完全に失語症に陥りますから。
ついでに、一年に一度もないことだけど、その会に一緒に出た上司と二人きりで食堂にいったら
教授と講師の先生が坐っていてさー。
ここに就職して初めて、そんな恐ろしい二人の横に坐って冷やし中華をすすった。
あー、僕、常日頃他人と食事できないから、いつも一人でお昼食べてるのに。
屍の上に、冷や水かけられて、ゴマダレの味がまったくしない。。。
なんであんな空いた食堂で、わざわざ隣に坐らないといけないの。。。

水曜日こうして大荒れになったけど、
今日一日クリーンルームにこもって一人きりになったら、やや復活。
明日のコミケで元気補充しようっと。

で、準備は大体終ったんですけど。
素氏が勝手にコミケと同じ日に通販開始とか告知したもので。
えーー!
これから、HP更新しないといけないのね・涙。

ということで、まだ数時間待ってください。
なんとか、更新します。

【追記】
徘徊録、古代時計室ともに更新致しました。
当日の朝六時に、スペースナンバー書くって、どうなのよ。
とはいえ、通販受け付けておりますので、宜しくお願いします!
ねむい~~。

世界は方形に殺される

芸術における実験は、しばしば分りやすさを拒絶する。
つまりは大衆性を失うことである。
レーニンは、映画は最も重要な芸術のひとつであると呼んで擁護した。
スターリンはレーニンの同じ言葉に、「大衆的な」という語彙を付属させたがために
スターリニズム旗下において、実験芸術はことごとく改宗と抑圧にあうことになった。

先週からアテネ・フランセで始まった
「ジガ・ヴェルトフとロシア・アヴァンギャルド映画」に通う。
一生に一度、観られるか否かの瀬戸際のお祭りである。
しかし時間の制限があって、すべての作品をみることはできない。

僕、こんなに頑張ったんだからよう、たまには早退させてねと言い残し
(じつは結構勝手に早退してるんですけどね)
金曜夕方六時に御茶ノ水に出没。

アテネ・フランセは、実は僕の憧れの語学学校だ。
高校生の頃に安吾を好きになったときには、上京したら通ってやるとか思っていた。
(安吾は東洋大学印度哲学科在学中に神経衰弱を病んだ後、昭和3年に入学。
フランセ仲間と同人「言葉」をつくり、サティにいたく影響を受けておりました)
そのくせ大学で御茶ノ水に三年間通ったのに、一度も立ち寄らず、
周辺で働いていたときも、そんな思いは消えていて。
バカだなあ。
今回、なんだか二十年越しの小さな恋を実らせて、校舎の階段を四階まで上った。

金曜に観たのは、「キノプラウダ No1-9」。
ニュース映像、エスエル党(右派革命社会党)の裁判を中心にサイレントで流れる一時間半。
いや、ぼくはストーリーのないサイレントに慣れていないこと自体に、まず驚きましてね。
身じろぎ一つ、咳払い一つできない異様な緊張感が会場を包んだのですが、
仕事の疲れもでて、同時に非情なる睡魔にも襲われたのです。
一体、このモノクロの無機質な映像の連続は、単純にニュースと呼んでいいものだろうかと。

エスエル裁判ひとつとっても、弁護人や裁判官の名前は何度も字幕で出るのですが
口は動けど、何を言っているのかは説明がない。
そして差し挟まれる映像は、機械文明の象徴たち。
ユンカース号の飛行シーン、あの榮のエンジンにも似た巨大空力エンジンを後に積んだ自動車、工場群。
後に解説を伺ったところでは、これはNo23まで存在しており、次第に実験映像色が強くなっていったとのこと。
その片鱗は、わずか二ヶ月あまりの間に撮られた9番までの変遷でも伺うことが出来ました。

ジガ・ヴェルトフがめざした【映像眼】という手法は、
人間の眼では捉えられないもの、カメラしか捕捉できないものを人間に提示し、新たな認識を促すこと、
そのためには、エイゼンシュタインが用いたような心理的手法で劇映画は作らない
ということらしいのです。

ただ、僕は9番に近づくうちに、二つの変化を見ていました。
ひとつは、洗練されたデザイン性。
差し挟まれる画面一杯を覆う字幕に並んだ文字列が明らかにタイポグラフィックであること。
(そういえば、『市川崑のタイポグラフィ』っていう実に面白そうな新刊が出たらしい)
新聞に「キノプラウダNO●」と書いた新聞を広げさせてつくる、タイトルロール。
そして俯瞰にしろ、漸進接写にしろ、単純な記録映像とは思えない、美しさ。

もうひとつは、本来はないはずの、演出めいたもの。
一番印象的だったのは、エスエル裁判の判決が出る前に、
二人の男が、有罪か無罪かを賭け、判決の出た新聞を必死に読むシーン。
(関係ないけど、無罪側に賭けた男が、ぞっとするほどの美青年なのに驚く)
あるいは、競馬場で外れた馬券が地面に投げ捨てられ、その上を犬が踏みつけて行くシーン。
これらは、排除した劇的なものを抱合していると感じたのは、僕だけだろうか。

さて、土曜日は二本ともみることが出来ました。
はたして、僕はこの二日間水難の相に見舞われたらしく。
急いで昼食をと入ったエクセルシオールで、机にトレイを置こうとした瞬間。
ずるずるっとグラスが滑り落ちまして。
今夏お気に入りで使っていた、僕にしては珍しく2000円も出した(そう僕にとってはね)
白地に可愛い動物のシルエットが飛び交うトートバックが全面的に珈琲まみれ。
グラスが割れなかったこと、他のお客さんにかからなかったこと、店員さんが即座に反応してくれて掃除と新しい珈琲を持ってきてくれたのはよかったが。
なんだか、頭から冷や水かけられたみたいになって、煙草も吸わずに、会場に逃げる。
そして今夜は、グラス一杯の焼酎をこぼして、パジャマの上下が水浸し。

そんなこんなで観た二本は。
どちらも再びジガ・ヴェルトフの「11年目」「世界の六分の一」。

「世界の六分の一」は、前日の「キノプラウダ」に似ていて。
かなり睡魔を誘うものがありましたが、字幕が扇情的でありました。
世界の六分の一を有する我々は、こんなにも充実しているのだと、国策に過ちなしという風に
植民地の比較や工業政策の意気顕揚を示すのですが。
そのプロパガンダぶりが、どうも狂信にのっとったアジの裏側の冷気みたいな雰囲気がありましてね。
なんといいますか、僕は映像をみているのだけれど。
全く音のないモノクロの世界は、夢を誘いつつも、脳の奥をつついて、観るものに別のものを観させるわけです。
次第に僕は、聴こえないBGMを再現したり、全く関係のない思い出を抉り出したり。
あるいは、100年という時間を考えて(制作は1926年)、
ここにいる名もなき人々の大半は、もはやこの世にはいないのだということをじっと考えたりしていました。

少々脱線しますが。
僕は子供の頃、テープレコーダというものが、少し恐ろしくてですね。
吹き込まれた人の声は、その人自身の断片であり、その人が他界すれば、声も消えるのだと信じていました。
誰が、そう教えたわけでもなく、思い込みで。
本当に消えてしまうのなら、余計に恐ろしく、あるいは小説の小ネタにでもなりそうですが。
だから、映写機や写真も同じことで、
もはやこの世にいない人の何かが残されているのだと知ったときの恐怖は、
子供の頃の、不可思議な死の認識だったのですが。
まあ、そのようなことを土曜の二本を見ながら、ぼんやり考えていました。

そしてこの辺りから、映像はますます冴えていくのです。
ジガ・ヴェルトフの機械、それも円運動する機械フェチぶりはすさまじく。
シャフトが複雑な環を描きながら、こちらに向かう映像は圧巻であります。
そして重ねというのかな、農業政策(コルホーズ・ソフホーズって習いましたね)の一環、
耕作地や、発破をかけらる鉱山が超俯瞰で映されると、そこに働く男の映像が重ねられて、
まるで一人の労働者が、巨人と化し、大地を圧しているような効果が与えられるのです。

あるいは、白い晴れているのか曇っているのか全く分らない空を背景に
黒々と描き出される、架橋や高圧線群の美しい構造体の姿といったら、溜まりません。
おそらく現在、工業地帯に夜間ライトアップされた姿を見に行くツアーでどきどきする
工場フェチの人には、わくわくするほどの無機質美をこれでもかと見せてくれるのでした。
「11年目」も、本当は、
革命後ソビエト政権が最初の10年を終えて、まさに次の10年を迎えようとする、
プロパガンダそのものなんですけど、ニュースを通り越した非現実めいて見えるのです。

さてと。
そんな眠いくせに、夢の断片のような既存の「映画」とは全く違うものをみたあと。
仕事帰りの素氏が、一階にやってきました。
この特集の企画をされた、井上徹さんの講演を一緒に聴くためです。
この日記の一番最初に書いたのは、講演で一番頭に残ったお話の要点みたいなもの。

講演会の質問コーナーというのは、僕はとても苦手で、
なぜかといえば、質問の意味が抽象化されて意味不明だったり、
あるいは聴いているのが恥ずかしくなるような質問が飛び出したりするからなのですが。
井上さんは困惑しつつも、とても洗練された回答をされていて、
このまとめも、その回答のひとつだったというわけです。

たった一人で、「いまロシアが熱い!」と盛り上がっている僕には
他国のアヴァンギャルド映画よりも線引きの難しいロシアのそれを
ぼんやりと、整理することができて嬉しかったです。

ほんと、全11本見られないのが、残念なのですけど。
きっとこの先、見られる機会もない気持ちがひとしおなんですけど。
わがままを許してくれた、素氏、ありがとう。

あと一本、「アエリータ」(1924)というソ連初のSF映画、
ドイツ表現主義の影響を受けたというものだけは、なんとしても見に行く予定です。

遠吠え高く

えーめでたく、木曜に発送。
恐らく昨日無事にニューコーされた模様。
今回あまりの切羽詰り感に、いまだ脱力感だけが残り、イマイチ達成感が出ていませんが。
なんとかやり遂げました!

なんかねー、オペ三件とベトナム人留学生のお相手が一挙に押し寄せて。
死にそうだったの。

かのベトナム人はまだ二週間つきっきりで教えないといけません。
すげーなまりの英語に、こっちもよろめき英語でぶつかるので、ひどいです。
ただ二人のうちギャルっぽい女医さんの方が、とても頭がよく。
はきはき指数計算こなしてくれるのが、救いといいましょうか。
もう一人の僕より年上のおっさん留学生の英語は、全く聞き取れず。
いや、本人も自信がないくせに、彼女を通訳代わり練習代にして、
お前も練習せいとこちとら云ってるのに、聞きもせず、ベトナム語でチャチャだけ入れまくる。
そして、ギャル子ちゃんは、ついにイラチが高じて、足をがんがん踏み鳴らして、
ウルセーダマレジジイ(ベトナム語)、と叫んでいる、、、ように見えるのが面白い。

お礼にもらった、ベトナムシルクのコースター。
シルクというわりには、ぺっらぺらの化繊にしか思えない手触りだが、お気持ちだけいただいておく。
しかし、週末とか、夜とか、うちの病院の周辺はなーーんにもないところだから
一体なにして、遊んでいるのか、気になるが、あえて日常会話はおこなわないと。

で、「黒死館逍遥11号」ですが。
今回は、黒死館庭園術とサブタイトルをつけ、
皆様にバスツアーに行っていただくことに相成りました。
運転手素天堂の運転が、余りに荒く、水溜りどころか巨大な陥穽で脱輪することしばしば。
それをジャッキアップ、軌道修正の嵐。
そんなこんなでありますが、楽しんでいただけると嬉しいです。

僕は黒子の校正係/鬼編、もとい、タヌキのバスガイドとして同乗。
後書きめいたものを作らせていただきました。

が。
他のページを散々に校正した疲れか、
前回の乱丁に戦々恐々でノンブル打ちに最後の神経を使い果たしたためか、
いつのまにか、そのふざけた後書きに、調子にのった運転手が、勝手にチャチャを入れ。
勝手に、気取ったタイトルをつけ。
勝手に大間違えの、綴りミスを犯していたことに気付いたのは、
真夜中コンビニで発送手続きを済ませた後。
まさかと思って開いた、英和辞典には、やはりそんな綴りはなく。
ああ、またもタヌキの恥さらしとなりました。

泣き声は、エレエレエレ、ではなく、イヌ科の動物らしく、BAW!!と叫ばせてもらいます。
ええ、そのタイトル。
かの有名なホームズものに倣ってつけたらしいのですが。
LAST BOWを、LAST BAWと書いてくれました!
きーーーーー!
皆様、最後の挨拶、ではなく、最後の遠吠え、最後の雄たけびとでも読み取りください。

では、夏コミに無事に新刊が届いておりますように。
バウバウ。

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プロフィール

絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
Twitter account:@quinutax

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