2010-06

お猿の籠屋でほいさっさ

眠いねえ。
毎日四時間睡眠、一ヶ月続いてるものねえ。
そのくせ眼に見える成果がでないねえ。
お弁当もマンネリ化してきてるねえ。

関係ないけど、僕は職場の売店においてある、野沢菜パンが大好きだ。
仏蘭西パンの丸っこいなかに、野沢菜がびっしり。
ミスマッチと思いきや、パン生地の塩気と、野沢菜特有のくせのある味が非常にあうのだ。
この香ばしさは、バジルやガーリックパンにも通じ、ビールのおつまみにもなるにちがいない。

木曜日は、先月発売されていた!と知った、サライネスの「誰も寝てはならぬ」の13巻を探してさまよいました。
普段は、町の本屋さんに何の期待もしていないので、アマゾン使っちゃうのだけど。
送料無料の範囲じゃなかったものだから、ついつい頑張りすぎる。

でも、結局近所のダイエーに入っているアシーネで、見つかって涙を浮かべた。
ほんと、どこもかしこも、新刊しか並べない、売れ筋の本ばかりアホのように積む。
という所業をやめてほしい。
おーーい、気骨のある書店員さんは、どこにいるのだー。

このダイエー。
最近近所に、アリオ北砂という巨大モールができ、
ヨーカドーが一帯の客を吸い上げようと追撃しているものだから、
狂ったようにセールの嵐をおこなっている。
先日も、素氏の靴下を買いに行き、
先にテナントのダイソーで100円品を見てからにしようかと思ったら。
98円/足のびっくり商品を発見してしまった。
しかし、このダイエーは、非常に呪われている。
というか、テナント群が呪われているのだ。
眼鏡屋も、ラオックスも消えてゆき、ついにあの手芸用品のキンカ堂が倒産とともに消滅。
あまりに急激倒産だったためか、テナントの撤収もなく、
しばらくは白い布でぐるりとワンフロアの一角が覆われていた。
その白さが、まるで棺にかかる布地のようで、悲壮感がいっぱいだった。

***

付箋作業中、いろんな虫太郎作品の面白さに仰天するのだけど。
あー、例えば。
なぜ虫はこんなに同性愛の設定が好きなんだ?とか
わー、神戸元町(僕の育った所)が出てくる話があるーとか
人外魔境シリーズは、虫版パノラマ島だ!とか。

今日は、たった一人の登場人物で、呪われた話。

「源内焼六術和尚」に猿候坊月成という人物が出てくる。
鯰黒子をねじったりしてるけど、別段目立つ人物じゃないんだけどね。
作業に関わる名前だったため、頭にこの名前が残っていた。

過日、某オクで色々と本を物色していた。
僕は、まだまだ序の口のサーカス関連本探索家であるため
検索に「見世物」という語も使っている。
すると、そこに「猿候庵の本」というものが、浮かび上がってきたのだ。
なんだろう、これ?
誰だろう、これ?
くだんの猿候坊月成と関係あるのかしら?

と勝手に無駄な回路がつながったのが、運のつきでありました。
気がつけば、僕は名古屋に電話をかけていた。
ええ、「猿候庵の本」というのは名古屋市博物館が力をそそいで刊行している資料でして
現在17巻まで出ているのですけど、それを完売御礼の一巻をのぞき、ぜーーんぶ買うことに。
カハハハハ!
誰も頼んでないってば。

僕も初めて知った猿候庵について、説明をこの資料の冒頭から少し引用してみましょう。

猿候庵は、江戸時代半ばの宝暦六年(1756)に名古屋で生まれ、天保二年(1831)に七十六歳で没した文筆家兼画家です。本名は高力種信《こうりきたねのぶ》、幼名八之助、通称新三、著作で用いた号としては、猿候庵・艶好《えんこう》・吾遊叟・紀有菜《きのありな》・馬甲散人《ばかぶとさんじん》・都鹿斎《とろくさい》が知られています。身分は武士で、江戸初期から尾張徳川家に仕えた高力家の七代目として、天明五年(1785)父与左衛門種篤の知行三百石を引き継ぎ馬廻組に配され、寛政四年(1792)大番組に転属、文化四年(1807)に自ら出願して馬廻組に戻りました。
著作活動は明和九年(1772)十七歳の時から没年まで確認されており、市井の出来事を綴った『猿候庵日記』の他、名古屋城下の出来事(見世物・開帳・祭り・芝居・珍事など)に取材した独特の記録絵本を中心に、百種を優に越える作品を遺しました。これらは、江戸時代後期の庶民の楽しみの世界をビジュアルに伝える作品群として他に類例のない価値を持つばかりでなく、今日の読者が身近に江戸時代を楽しむのにも適していると思われるものです。



ということで。
この原資料を原寸フルカラーで再現し、翻刻+解説も一緒に掲載されているという、めちゃくちゃ豪華な資料集。

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いやー、届いたものをみてびっくり。
この躍動感はどこからくるのかな。
みんなの楽しそうな顔はどこからくるのかな。
細かく書き込まれた一枚一枚、加えて文字を読み繋いでいくと、全冊読むのに一年以上かかるぞ。
勿論、動物、籠細工のハリボテの見世物も面白いけど、
東海道沿いの風物を追っかけた「東街便覧図略」がすごい。
どうやら、熱田→高輪を7巻わけるみたいです。
これでもかという、江戸のジャーナリスト魂が眺められるというもの。
詳しい目録は→こちらへ。

そして、こんな大変な資料をこんな廉価で販売していいのか!と腰を抜かしています。
名古屋市博物館太っ腹!

そうそう、この博物館って。
昨秋、明治村&名古屋サクサクツアーに行った際。
ツアーの最初に古書市やってた因縁の場所なんですよねー。
何気につながってたのか、俺たち。

で、虫太郎との関係は?
源内との関係は?
うーーん、よく分からない。
いいさ、素敵資料が手に入ったのだから。
これからもガンガン、意味不明な資料を集めるさー。

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駱駝ちゃん、大根ハムハムしてます。

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細かい書き込みがいっぱいの駱駝見世物風景。
右下の赤い提灯にも、らくだの文字が並ぶ。

そうそう、来年は僕の怪しい年賀状の図柄はこの資料から取ろうかな。
見合う詩歌を見つけるのも、楽しみのひとつだ。


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ダイナマイト充填完了

かくも世間が喧しいと、
そんなに蹴飛ばしたいなら、自分たちの頭を互いに蹴飛ばしちまえと
思う日々である。

いつもながらのことだが。
僕はよく「人に『心』があることをなぜ教えてくれなかったのか」と嘆き、
また「本の中でのみ『心』に気づくことができる」と嘆くのであるが。

この『心』と再び曖昧な語彙で名付けなければならないものとは、
結局のところ『感覚』というものであろう。
『感覚』といっても、表層の、刹那的享楽的
(誰が主義などと呼んでやるものか、彼らにイズムなどないのだから)な感覚ではなく、
非常に微弱な波形であっても、精神の根幹まで深く張られた針金のことを呼んでいる。
たとえ細く不可視ではあっても、地に足のついた感覚に限られるのだ。
だから、そういった『感覚』を持ち得ない大多数に対して、僕が絶望を続けるのは、
当然といっても過言ではない。
書物にだけ『心』があるといっても、おかしいことではない。
感覚の欠如=鈍感さほど、醜悪なものはないからだ。

今日、気晴らしに「千夜千冊」のBNを眺めていた。
テネシー・ウイリアムズの『回想録』を取り上げた回を読んでいた。
そして最後に。

テネシー・ウィリアムズの作品は、彼自身にとってはたったひとつの目標しかもっていなかった。
その目標というのは、「たえずはかなく消えかかる存在をなんとかしてとらえようとすることである」。


という一文に突き当り、なぜ今まで自分が彼テネシーに惹かれ続けてきたかがよくわかった。
やっぱり松岡正剛の洞察はすごすぎるのだ。
だから、もうどんなに落ち込んでも、
彼らに触れ合う必要などないと、欠如を呪う時間さえ惜しいと思えばいいと。
僕は今日、結論づけた。
大丈夫、元気出せるはず。

ぜつぼう♪ラララ

昨日の帰路、ゴミ置き場に素敵なものが落ちていた。
つまんねえ絵(あのギラギラ鯨やイルカがうごめく下品な海洋絵とか)を飾るギャラリーと呼ぶのも恥ずかしい店の前である。
B2サイズの額縁二点だ!
アクリルではなくガラス張り、スチール枠ではなく木枠の重量感のあるお品。
これはお値打ち品じゃないかよーと、大いに満足し持ち帰りました。
ええ、僕も素氏の拾いっこ政策の影響が出たようです。

***

昼休み。
日増しに絶望感が強くなり、大っぴらに私的作業にいそしむ毎日ですが。
本日も俄かに、世の中に対する不信感倍増。

激しすぎる校正の跡を輝かせる「逍遥11号」の原稿と、関連本としてポーの短編集を机に載せていました。
単に背焼けしただけなんだけど、文庫を見つけた人が話しかけてきた。

「古ーい。値段360円安ーい」

既にこの時点で、普段、大正や昭和初期の「六円の本がいかに高いか」
という話ばかりする僕としては、言葉を失いがち。
とりあえず、背中を見せて、安直に流そうとしてみる。

「ポーだよ、ポーは知ってるでしょ」
「・・・誰?」
「エドガー・アラン・ポー」
「・・・なんで漢字じゃないの?」
「え??(絶句)」
「あの乱れるっていう字の人でしょ」
「・・・いや、ポーはポー。乱歩はここから名前を貰った・・・(フェイドアウト)」
「そうなんだあ。別人なんだあ」
「あ・・いや・・そんなの当たり前・・・(再び消滅)」
「江戸川コナンみたいなものだ」
「いや、、、あの、、、まあ、、(喘ぎ)じゃ、コナン・ドイルは知ってるんだ」
「なんとなく、何書いた人?」
「・・・うう・・・ホームズ」
「へえ、でも、ホームズ読んだことないなー」
「あ、、、そう(瀕死)」

この世の中に、こんな人がいるんだ。。。
っていうか、恐らく僕が多く見積もっている何百倍もこんな状態?
ミスコン来る若い人で、横溝知らない人がいるって聞いたときも、驚いたけど。
わーーーー。
みんな、いったい毎日、何をしているの?
何が楽しいの?

そして、絶望のカラスが僕を再び夢の虫ワールドへ導くのであった。
ほんと、誰とも話したくない気持ち、当然だと思う。

***

11号、大丈夫だと思ってたんだけど。
もう出るのかどうか、不安でいっぱいです。
なんで校正係が、こんなにヤキモキしないといけないんでしょうか。

年明けに再会したUくん(職業:編集者)との恐ろしい会話が頭を過る。
別の業界では有名な人が書いた推理小説を古巣から丸投げされた彼女は、
あまりになっていない文章と、勝手に早くされた締め切りに挟まれて
ほぼ「ゴーストライター」状態になったとのこと。
加えて、ミステリーという恐怖の縛りゆえ、
作者の「犯人が分からないのですが」との質問に、頭抱えて犯人を導いたらしい。

それはまるで、事件がなくて退屈しきっていたポアロが。
「殺人事件が起きたから来てください」と遥かな地の宿屋に呼び出され
さてと、ステッキを置き、手袋を外して宿屋の主人に事件の仔細を尋ねたら、
主人はどーーんと山のような原稿を持ってきて
「私が書いた小説なんですが、犯人が分からなくて困ってるんです」とのたもうた
あの作品と同じ状態じゃないですか!
ポアロの薄い髪が、怒髪天を抜く!

そう、僕も今そんな気分と
制作進行のタイマーのカチコチと
言い方きついので、また素氏を追い込むほどに怒鳴らないといけない切なさと
諸々で、非常にダウナーです。
ほんと資料といいたいことをちゃんと教えてくれるなら、自分で書いた方が千倍速い!!

そんなこんなで。
僕自身の本は、冬に持ち越す可能性が一層高まりました。
一ヶ月後、ぐっすり眠れるように頑張ります。

オールナイトでうとうと

9:30 散髪。
刈り上げぎりぎりまでワカメちゃんカット。
毎回髪の伸びが速すぎることに驚かれる。
ご近所にできたアリオ北砂の話題で盛り上がる。

そういえば、先日の秘密のケンミンショーで。
大阪ではシャンプーの際、痒いところを訊かれたら、ちゃんと答えるけど、他の地方では遠慮して答えない。
というえーー!な情報に腰を抜かした。
そんな相手が訊いてるんだし、その分の料金払ったのならなぜ掻いてもらわない?
僕はいつも答えていたので、そのことを美容師さんに聞く予定だったが、すっかり忘れていた。

同じラボの子が前橋と両国で、患者さんから涙のサンプル回収しているのだけど。
両国=下町に近いおばちゃんは、早く終らしてくれとすぐにイラチが出ると言っていた。
でも大阪のおばちゃんなら、「モニターやろ、なんか呉れるの?」と要求するに違いない。
と伝えたら、笑われた。
つまり、掻いてもらう僕も大阪のおばちゃん化してる部分があるわけだ。

午前中 洗濯二回、布団干し。
昼寝しようと、ぐだぐだ寝転ぶ。
なんとか二時間寝て、ばっと立ち上がる。

16:30 職場到着。まっくらだー。あたりまえー。
よしよし、心配された人の細胞も元気に増えている。

17:30 バスに乗って最寄のJR駅に到着。

18:30 混雑の総武線山手線乗り継ぎ、池袋に到着。
久しぶりの池袋、ものすごい人出だわー。
地図を開き、目指すはサンシャイン方面に居並ぶ「乙女ろーど」
昔はKBOOKS同人館しかなかったのだけどね、明輝、まんだらけ、らしんばんと
中古同人屋さんが列をなすようになってる。
閉店まで1.5時間しかないので、サクサクツアーも剛速球サクサクで進む。
今回久々に来た理由は、、、、仕入れです。
よって、目的のかなりマイナーなジャンルだけ見て、さっさと退散。
価格的には、明>まん>Kの順に安いです。
品揃え・見易さでは、明>K>まん>らし の順でしょうか。
なにしろドマイナーなじゃんるなので、20冊も買えなかったです。
Kはもうすぐ、コスプレ館もできて、物凄い成長率です。

20:00 偶然見つけたBOOKOFFに潜入。
2、3階のフロア、ひろーい、品揃え豊富、でもでも。
結局僕の尻尾に引っかかったのは、新書3冊だけだった。

21:00 晩御飯、迷った末にお蕎麦屋に入る。
「重ごま汁」を注文する時に、「かさね」を「じゅう」と読み恥をかく。
三枚重ねが標準で、ゴマをすり、ゴマペーストを入れ、もみじおろしで頂く。
いつもながら、何故、鴨汁や舞茸てんぷらにしなかったのか、自分に突っ込みいれまくり。
周りの人が頼んでいる方が、おいしそうじゃないか!

21:30 ルノワールで緊張をほぐす。
隣の席で中国語のマンツーマンレッスンをやっていて、気になる。
蕎麦屋であんなに緊張するなら、最初から、ここに来てサンドイッチ食べればよかった。。

22:00 怪しい風俗店満載の地域に突入。
ビルの三階に到着。きれいじゃないかー、新文芸坐!!

そう、本日、オールナイト4本立て初体験なのです。
「世界の映画作家(101) 旧ソ連のふたりの映画作家 アレクセイ・ゲルマンとミハイル・ロンム 上映作品:道中の点検/一年の九日/わが友 イワン・ラプシン/野獣たちのバラード ありふれたファシズム」
を観に来たのです。
絹山さん、最近なぜかロシア渇仰中。

こんな面白そうな映画、すでにいっぱいになってるはず!
と大焦りでぴあでチケット買ったら、整理番号が4!
えー!座席225もあるんですけど、がらがら?
と思っていましたが、まあ行ってみれば当日券を求めた方もそれなりにいて、80人くらいはいたかな?
シニア世代と20代30代くらいの人が多く、独りで来てる人多し。

で、さきほど6:15に上映終了して、7:00に帰宅しました。
4本目はさすがに、ウトウトガクガクの連続でしたが、思ったよりしっかり鑑賞できてよかったです。
一回ごとに場内が明るくなって、休憩取れるので、すきっとできるのがいいです。
館内に喫煙室もあるので、眼を覚ますことも可能。
飲み物も安いし、4本立てで前売り2000円、当日券2300円って、安いですよねー。

ということで、感想はまた目覚めてから。
おやすみなさいです。

よく眠れる場所でよく眠らねばならぬ

「文章力のある作者様で、活動を休止されたのが、とても残念です。
最後に出された本となります。」

自分の昔作った本にこんな説明がされて出品されていた。
なんかヒジョーにせつなーい。
でも、その本は最後から二番目の本だよーと蛇足気味に呟いてみる。

さらにオクでこの出品者さんと取引したことがあって、余計に切ない。
さらに切ないのは、他に取引した人がかつての通販常連さんだった時、世界の狭さに涙した。
さらにさらに切ないのは、いまだに在庫を抱えていて半値でこっそり中古と偽り売ってる自分。
さすがに断裁する気にはなれないんだもん。
情けなくって上等。
もう、いいの、ほんと。

***

体力急降下中。
24時間というか240時間働けますかー!のノリです毎日。
ぐだぐだのダクダク講社のシュロ糸時計。
ゲソゲソの烏賊の足。

あ、夏コミ受かりました!
おめでとう、僕たち!

でも、こんな状態なので、一応締め切りまでは鋭意努力邁進惜しみませんが、
僕の企画本は夏には間に合わない気が激しくしています。
あと一ヶ月半、ずーっと仕事休んでいいならできるけどー。
データ入力だけでも半端じゃないんだもん。

しかし、素氏の逍遥11号は、既にレジュメを受け取っているので、大丈夫なはず。
箇条書きでは許しませんにしたので、大丈夫なはず。
10号を超えて、初めて骨子の組み立て方が見え始めたというので、期待しています!
(と重圧をかけてみる)
今回は鬼校正係が火を吹く回数が減ってくれるといいなあ。

ちなみに僕の小論文のお師匠様は、中学の国語のイソノ先生です。
何かと変格多彩な某教育学部付属中学に進んだ僕は、革新派の先生にたくさん出会えました。
理科は実験ばっかり、英語はゲームいっぱい、音楽はシンセサイザーやギターの練習いっぱい。
まあ革新派がいつもいいとはいえないのですけど。
イソノ先生は外見フツ―のおっさんでしたし、
準備室に図書館から回収した中学生には不適切と決め込んだ「O嬢」とか富島健夫とか隠してたけど(笑)
授業のほとんどは個人/グループによる討論会でした。
論説文の段落分け・小題(レジュメ・サマリーですね)を作って、とことん討論を重ね、相手をねじ伏せる。
じゃなく、一番理にかなったものを導き出す。
あるいは、詩歌の観賞をおこなうのも、戦いであり、文法の基礎を学んだ後、応用させるのも戦いだった。
答えがあるものより、ないものを戦わせるのが好きな先生だった。
ひたすら考えて考え倒して寝技に持ち込む。

で、この結果は、高校生の頃に出会った一冊の小論文の本に結びつく。
論理展開こそ命。
無理難題も、論理の展開に矛盾がなければ、相手を納得させる論旨につなげることができる。
これで僕の勉強はおしまい。

まあ、だから僕の頭は四角四面、成長なくつまんないのかもしれませんねー。

***

最近熱心に岡田史子を読みふけっているので、
素氏が横で、「COM」と「ガロ」の違いについて熱く語り始める。
なにしろ早熟の彼女と同じ年で、美学校に通っていた素氏には色々と思うところがあるようだ。
先日の話は、最後にはなぜか学生運動に熱を上げていたはずの奴らが
一転フツ―の企業の面接を受けて「活動をハシカのようなもの」としゃあしゃあと答えて入社し
定年をのうのうと迎え、挙句その時代のことを思い出し「俺も反体制にいたんだ」とかなんとかのたまうジジイども。
奴らの口にダイナマイトでも突っ込んじまえ!
と普段温和にみせかけている素氏からは、珍しい一句が飛び出していた。

なーんだ。
というか。
僕たち外に向かって見せる平静の顔があまりにも違うので、違ったように見えますが。
(他人と距離を置く傾向は、僕よりも実は素の方が強いのですよ。)
なーんだというのは、根っこの話で。
ダイナマイトでぶっとばせ!も。
僕がこの間書いた、「流行」に乗っただけの熱気だったのなら、完全に引いてゆくというのも。
同義なんですよね。

いまでも、篠崎まこと/陸奥A子/川原泉などの少女漫画って生理洗浄カタルシスが欲しくて読むのだけど。
岡田史子は全く路線が違う。
倉多江美の「パラノイア」「エスの解放」でみた景色に似ているかと思って、倉多江美を引っ張り出したけど。
何百倍も凝縮されていた。
何百倍も真向勝負だった。

「筋を捨てる」ではないけど、感覚の揺さぶりを詩と絵で行う、絶望の淵をぼっこり開けておいて、立ち去る。
絶望の穴が、とても深いので、覗き込んで間もなく、その人は立ち去っても、僕は気付かない。
なんて深くて、美しくも醜くもなく、なんて親密な心地のする穴だろうか。
ずっとずっと覗いていたい。
病んでいるなんてちっとも思わない。
気持ちのいい淵、とても安心する。
外で汚れたら、ここで眠るといいね。

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プロフィール

絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
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