2009-11

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怖ささまざま

一ヶ月ほど前、中学校の同窓生からメールが来た。
非常にまめで、パソコン通な人なので10年以上前から同窓会のサイト運営やら
一手に引き受けてやっていた。
近年は、メーリングリストでみんなの近況やらを流していたが、
先日同窓会があって盛り上がったらしいせいか、急にMLは取りやめになって
あるところに集結せよと通知がきた。。
何の気なしに登録して、、、SNSだったと知り、ぎゃーとなった。

僕はSNSが大の苦手で、言い方は悪いけど気持ちが悪いのだ。
しかし、mixiなどとは違い、空間自体が同窓生(年次会)だけなので、足抜けもできず、
二度と立ち寄らないようにしようと思うのだけど。
毎日のように、誰それの日記が更新されたとか、足跡が何個ついただのメールが来る。
もはや迷惑メールに等しい。
こんなこと文句言ってもしょうがないけど、
気持ち悪いと思う人いないかもしれないけど、何しろ怖いのである。

***

顔が見えない相手と初めて接するとき、メールはどんな風に書くのが適当なのか。
僕は、某取引をやりながら、世の中にはこんなにもいろんな人がいるのかと、
常々驚異を覚えている。
異常になれなれしい人は少ないけど、ぶっきら棒な人は結構多い。
しかし特に金銭が絡む取引なので、内容以前に反応が遅い人=信用できないということも多い。
が、いちばん頭を抱えるのが、
異常に、いや過度に礼儀正しい風を装いながら自己防衛満々の人で、何より恐ろしいのである。
もちろん適度な礼節は必要だけど、度を越すこのタイプは、
下手な対応をすると一瞬にしてキレル匂いが紛々としている。
なので、そういう人には、慇懃無礼に逃げてしまうのに限ると思っている。

例えば。
ただ住所氏名が必要だから聞いているのにもかかわらず。
「これから私の個人情報を開示させていただきます」という人。
商品の発送方法に、過度な梱包と注意書きを求める人。

これらはまあよしとして、今日来たメールがあまりにも怖かったので。
一部分を出しておこう。
いや、怖すぎる、僕には。
取引、早く終わってほしい。

 ご提示頂いておりますご発送方法が御座いますところ、
 誠に恐れ入りますが、お手数をお掛け致しますこと、
 誠に申しわけ御座いませんが、
 出来ましたら、普通郵便に、簡易書留をつけて、
 ご発送をお願い出来ませんでしょうか。
 ご考慮のほど、宜しくお願い申し上げます。
 重ねてお願い申し上げますこと、誠に恐縮ですが、
 お手数をお掛け致しますこと、誠に申し訳御座いませんが、
 出来ましたら、お手持ちのもので十分ですので、
 お品を、ダンボール片でご補強を、お願い出来れば幸いに存じます。
 ○○様には、ご梱包について、
 十分ご承知でいらっしゃることと存じますのに、
 かようなことを申し上げ、ご無礼を仕り、誠に申し訳御座いません。
 大変楽しみにしておりますお品ですので、
 お願い出来れば幸いに存じます。
 ご考慮のほど、宜しくお願い申し上げます。
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上り坂の先に

後輪の空気が抜けていることにも気づかず、ダイエーへ突進。
通称「水みたいなもの」を連夜飲む素氏の消費が激しいので、週末は炭酸大量購入。
現在、ダイエー他、350ml=38円の缶が最安値。
もはやここまでくると、缶代しかないのではと思わせる。
帰路、パンクしたみたいに、進まない~。

大根ほぼ一本残っていたので、おでん作成。
僕は鳥手羽を投入するのが好き。
土鍋ってほんと便利なので、(平野)レミパンともども大変重宝しています。

ブラタモリ・秋葉原編録画していたのを観て、わいわい騒ぐ。
しかし、、あのアシスタントのお姉さん、無知にもほどがあるのでは。
全然突っ込めていないんですけど。
ハンダも電熱器も真空管も知らないとは、、。
今はもう、中学校の技術とか女子はやらないのだろうか。
僕はトランジスタラジオ作ったけどねえ。
ハンダの溶ける瞬間、ぼてっとならないように引き抜くのが、銀色の輝きが愉しいのに。

***

新刊で買う物は、ほぼ漫画だけといういけない生活を送っていますが。
なぜそうなってしまったか、古本行脚趣味とは別の位置関係にあるんだろうなあ。

ダブルミンツ(EDGE COMIX)ダブルミンツ(EDGE COMIX)
(2009/07/24)
中村 明日美子

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いやーもう、素晴らしい。
ますます磨きがかかってます、このギリギリのスタンスと、究極エロス。
やはりサーカス好きの僕としては、「コペルニクスの呼吸」や「Jの総て」も捨てがたいのですけど。
さらには、同性愛だけでないので、この人のエッジの鋭さは。

うん、SとMの立ち位置とは、相互依存であり、交換関係にあるのだ。
この対極を描ききってこそ、研ぎ澄まされていると認識できるもの。

即売会で一人新人発掘作業とかしなくなって、
本屋にいくこともなくなって。
毎年、お気に入りの漫画家さんが、本来あった角度を鈍らせてしまうことを悲しむ日々ですが。
中村明日美子さんを読んでいると、毎回、
もう上り坂の頂点に立ってしまったか、と或る意味幸福な、非常に得手勝手な緊張を感じさせて貰っています。
極みというのは、みんな山を振り返ってしか気づかない、見えざる頂ですからねえ。

いらっしゃいませ!

休日出勤でとぼとぼ道を歩いていたら、反対側の車線にどこかでみた車がとまっていて。
上司がいきなり顔をのぞかせていました。
15分の道のりをぶーっと車で病院まで連れて行ってもらえて、わーラッキーだわ。

夕方素氏と待ち合わせして、表参道へ。
先日も書いたオヨヨ書林さんを見納めに。
途中、道の隙間から、金ぴかに光るゴシック建築が。
帰りに二人で探してみたら、うわ、まさにpseudo-gothic-cathedoral 登場。
結婚式場でした、はい。
まさに結婚式終わった直後だったので、大声で文句もいえずに、携帯写真だけ撮って遁走。

青山通りの喫茶店がいっぱいだったので、
素氏に某国営放送施設内の喫茶部に連れて行って貰う。
がら空きで、穴場感いっぱい。
さらに珈琲もカフェモカもソフトドリンクは、みんな同じ値段なのに、笑う。

ついでに移転後まだ行っていなかった、日月堂さんへいそいそと。
前回僕が一人で行ったときは、緊張だったり、電話されていたりで全く話せなかった店長さんが、
素氏とは旧来の仲ということで、僕も調子に乗ってしゃべりまくる。
市で購入されたという、一本一本模様の違う謎のマーブル鉛筆で興奮する。
落ち着いてしまう統一された棚の赤(ロシアやチェコの赤だ!)は、
わざわざ配合された色だとか何とか。
最後には内田善美の話までしていました。。。
いやーもー。
うわ、欲しいって思う本は沢山あったのですけど、涎ばっかり流れて流れて。
結局喋りまくって何も買わずにお暇するという、、、、
こんなに古書店で喋ったの初めてだったので、愉しかったのなんの。

で、最後は赤坂へ。
正露丸臭やクロロホルムが大好きな僕は、珍しく調子づいて質問したりして、
くぴくぴ美味しいウイスキーを飲ませて貰いました。
さらにハプニング付き。
素氏と二人きりだったお客さんの次にある方が入ってきて、
その後、初めてっぽいお客さんは入っていらっしゃったのですが。
その瞬間、隣から大きな「いらっしゃいませ!」の声。
え!と一瞬耳を疑い、横を向く。
そう、8月にしばらくお手伝いしていた素氏が、自分もお客さんのくせに、店員になって叫んでいた。
ぷふふふふふ。
みんなで笑いを堪えて、震えていました。。。

いやー、久しぶりに愉しい一日だったなあ。

***

神様ゲーム (ミステリーランド)神様ゲーム (ミステリーランド)
(2005/07/07)
麻耶 雄嵩

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昨晩、寒さにガタブルしながら布団の中で1/4ほど読んでいた本を開く。
あまりにぐいぐい引っ張られるので、時計は二時を回っていたけど一気読み。
そして、最後の頁を読んだ瞬間。
真夜中なのに、僕は、えええええ!と叫んだ。
こんな声をほんとに出して悶絶するのも珍しい。

で、しばらく、なんだよー、これじゃ落ちてないじゃないかーとブツブツ考えて。
ハタと気づいた。
そうか、これは、あれだ。
メタだ、メタフィクションだ。
枠小説だ。
単純なミステリーだと思うから、全ての謎が解けないとおかしいと思うけど、
よくよく考えれば、とてもリアルな世界の中に、悄然と異空間が存在していたじゃないか。
その枠で起こったことならば、枠の掟に従わなくちゃいけないんだと。

かつて何度も麻耶流の最終頁なんじゃそりゃ電撃ショックに打たれていながら
いまだに学習能力が及んでいなかったようです。
これでいいのだー、なんです。
しかしこのミステリランドでも純粋に自分の目指すものを崩さない美学には、アッパレとしかいいようがありません。
いや、むしろ過去の作品より、視点を子供にしているが故に、
「見せない」(misleadとは違うんだよね、麻耶雄嵩の場合)技法が際立っていたようにも思えます。

ただし。
これ、非常に残酷な物語です。
子供が大人の本を覗き見る怖いものみたさ、という域とは異なる、簡単に云えば、非常にえぐい話で、不快感が残る部分が多々あります。
謎解きのための必要条件に不可欠な殺害方法や動機ならば、読者は首肯できるのですが。
なぜ作者が、あえてこの道を選択しなければならなかったのか、腑に落ちないえぐみがあって。
君たち、ここは目をふさいでおきなさーいと目隠ししたくなるような光景が。。。
まあ、これは趣味の問題なんでしょうけど、そこのところが、ちょっと気にかかりました。

前回の「ぐるぐる猿~」は子供の悲痛な訴えにシンクロして怖ろしかったのですが、
今回は、別の恐ろしさで真っ青になった次第です。

蒼ざめたヘビタコ

今日も精一杯頑張ったぜ!
室内にいて寒風吹き荒れるクリーンベンチ前で寒さと退屈(?)さで意識が遠のく。
二時間顕微鏡覗いてごそごそ擦ってたら、そりゃもう。
しかし、報われない感が強いお仕事だこと。
喫煙所によくくる入院患者さんがいて、色々な要素から僕が作ったものを使ってる人なんだけど。
直接対面することは叶わない関係だから、あーと思う。
それだけ。
ドクターとか看護師さんは、その点別の責務もあるけど、リアクションがあっていいなと。
ま、臨床苦手な僕としては、表の面だけを見て文句をいってもしょうがない。

そんな文句たれの僕に一喝の文章。

謹慎の二字を生涯の守りとしていた翁にあっては、おそらく周囲のものに対しても滅多に愚痴も不満も洩らさなかったであろう。しかしこれは多弁と沈黙とを以て決定せらるべき問題ではない。俎上の魚が叫ばぬというを以て、かれに不平が無いと認めるのは人間の手前勝手である。翁はおそらく叫ばなかったであろう。叫ばなかった所に、我々は無限の悲痛を感ずるのをとどめ得ないのである。
p175



江戸のことば (河出文庫)江戸のことば (河出文庫)
(2003/06/05)
岡本 綺堂

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本日読了したこちらの一冊から、綺堂が河竹黙阿弥について語ったエッセイより引用。

まあこの文庫、タイトルから想像するよりも、かなり雑多な寄せ集めエッセイ集にも思えますが。
一応綺堂が、江戸、江戸時代から明治を跨ぐあれこれといった視点が中心になっているのかも。
未読の怪談が3編入っているのが、儲けものといったところでしょうか。
なにしろ我が家のすぐ脇を流れる小名木川、そして猿江を舞台にしたカワウソ嫉妬譚が哀れに怖ろしかったので、ついつい必死に素氏に筋を語ってしまった。「深川の老漁夫」
イメージとしては、ガンバの冒険のノロイのように怖ろしい。
しゃーーっっっ。
あと、不忍池の鯉に祟られて、鯉のぼりに絞め殺される話も凄かったです。

で、「甲字楼夜話」という雑記帳めいたものがあって。
これは綺堂が15才の砌より見聞したあれこれを蒐集したメモから抜粋したということなんですが。
やはり「甲子夜話」を意識したタイトルなのかしら。
って調べてみたら、綺堂が麹町の自宅を「甲字楼」と呼んでいた。。。って全然関係ないじゃん。
僕が自宅を狸穴(まみあな)って呼ぶのに、、、似てない似てない。

それはさておき。
どれも短い、おや?と思われる味わい深い事項が出てきます。
その中で絹山の興をそそったのが、「蛇蛸」という項目。
馬琴の『兎園小説』に登場する出雲の蛇が蛸に変化するという記載が気になった綺堂は、
実際に出雲の人に尋ねてみたそうな。
それこそ悲哀満点のユーモラス。

この事甚だ奇怪なりと思いて、或時出雲の人に糺したるに、同地にて昔より左る伝説あり。即ち蛇が海中に入りて、半死半生の体にて浮かぶこと六、七日、次第にその形が変わりて蛸と変ず。これを蛇蛸と云いて食う者無し。蛇蛸は普通の蛸に比すれば色甚だ蒼く、脚は六本或は七本にて、満足に八本揃いたるを見ず。されば同地方にては脚の不足せる蛸を見る時は、或は蛇の化身ならんかと危ぶみて一切口にせずと云えり。動物学者の説を聞きたきもの也。
p65

ちょっとしんみり

週頭から勤務先の病院と僕が降りる駅の間にバスが走るようになった。
雨がひどい日や、疲れがピークの日はさすがに30分歩くとへとへとになるので、
利用できたらいいなあと思ってたけど。
朝は始発が九時過ぎで、到底間に合う訳もなく、夕方は六時半が最終という、
全く患者さんにしか目が向けられていない時刻表で、ひっくり返る。
今日も雨がひどかったので、終バス間に合うはずだったけど、
なんとなく悲しくなって歩いてしまった。
水溜りをよけながら、俺は一分一秒もムダにできねえ!と叫びながら。

アホみたいだけど、本当に時間がいつもない。
一方で、晩御飯は二、三時間テレビ観たり、わちゃわちゃ素氏と喋ったり、
同時にお酒飲んだり、鯛焼き食べたりでぼんやりほわほわしています。
でもこうやって肩の力を抜く時間がないと、
僕みたいなへなちょこは、きっと完全だめになってしまうのでしょう。

***

某所からメルマガが来る。
既に他の人のブログで金沢に移転することを知っていた、、オヨヨ書林さんから。
青山のお店は、11月一杯だそう。

東大勤務時代。
お昼休みに理学部の前から弥生門を抜け、よく各所にさぼりに行っていました。
弥生美術館や、坂下のモスバーガー、さらに団子坂方面から、遠く千駄木のほうろうさんまで。
情報が先だったのか、それともたまたま根津駅脇のATMに行って見つけたのだったか。
もう定かではありませんが、オヨヨさんも僕のさぼりコースのひとつで。
買ってしまった本を、こっそりロッカーに隠すのが必死でした。
その狭い空間に無理矢理置かれた小机で食事をするお局様と鉢合わせようものなら、
冷や汗だらだらでした。

古本好きの人は多くそうでしょうけど。
新刊を購入した場所はなかなか記憶に残っていなくても、
古書はどこで買ったか、同時にその日に何があったかなんてことを鮮明に覚えているものです。
オヨヨさんでは、マードックとかの海外文学ものや、美術関係や、芸能ものを沢山買いました。
一度見かけた舞踏関係の書籍のことを素氏に告げると欲しがって、
二度目にいくと見当たらなくて、なんとかうろ覚えのタイトルを告げると、
二階の倉庫からもじゃもじゃ頭の店長さんが出してくれたときもありました。

行き始めた当初は中央に低い棚を繋げて作った平台に、
いつも可愛い本がたくさんあって、獅子文六をお土産にもとめたこともあったし、
外の50円の本もしゃがみこんで眺めていました。
でも、だんだん根津のお店は、市で買ってきた本や、市で戻ってきた本で一杯になり、
次第に店全体をゆっくり眺めるのが難しいキャパになったように思えました。
青山に引越されてから、一度だけ、覗いたことがあります。
でも、もう引越されて随分経っているし、随分贅沢に広い空間なのに、
同じように未整理の雑然とした気配があって、全部を見ることが出来ませんでした。
古書市でも何度も名前は観るようになったけど、なぜかほとんど入手にいたらず。
市で相性のいい本屋さんもあれば、お店で相性のいい本屋さんもありますから
簡単にはいいきれないけど、どんどん膨らんで中身が消えてしまうような寂しさがありました。

さすがに金沢に追っかけはできないけど。
可愛い本がたくさんあって、ゆっくり店内が物色できるお店だといいなあと。
遠いファンとして応援したいなと思います。
11月中に、青山のお店、もう一回覗きたいなあ。

死体は夜飛んだ。

件の「平四郎危機一発」ですが。
第一回は、かなり面白かったです。
原案:双葉十三郎ってとこがすごいらしく、僕もどこかで聞いた名だと思ってたら、
あの分厚い映画評『ぼくの採点表』のヒトだったんですね。

いや、石坂浩二若すぎて、声しか今の面影がないような。
加えて、恐らくスタントマン使用していないので、もの凄く身軽な(ばくてんとか簡単にやってた)ことに、非常に驚きました。
第一回のタイトル「死体は夜飛ぶ」っていうのもカッコイイですが、
これが、屋上にあったアドバルーンのロープが死体の足に引っかかって、箱根大涌谷まで飛ぶんです。
発想がかなり面白いんですけど。
その一方で、死体交換が行われるのですが、この交換が一瞬、うわ、ミステリー!と視聴者を狂喜させておいて、すぐさま、全く無意味な交換であったことが露見。
まあ一時間枠で複雑な筋立てをするのは難しいでしょうけど、微妙に無駄なロマンスシーンなどもあり。
ついでに、合成丸出しの車運転シーンが、やたらに長く。
ええ、運転席の二人の背後に見える景色が、いくら60年代の国産車とはいえ、揺れすぎでしょ!と叫びたくなる程に、ふわふわ揺れる。

でも、ま、モノクロドラマ時代の探偵ものとしては、かなりいいんじゃないかと
(他に例も思いつかないくせに言いますが)
今週第2回も楽しみにしております。

***

就寝前のミステリーランド、2冊目。

ぐるぐる猿と歌う鳥 (ミステリーランド)ぐるぐる猿と歌う鳥 (ミステリーランド)
(2007/07/26)
加納 朋子

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今日はオペ開始が九時半だったので。
7時半には出勤せねばならず、必然的に夜更かし禁止!だったのですが。
ついつい全部読み切ってしまう。

加えて困った興奮が胸や頭を刺すので、読了後も寝つかれず。
いや、ワクワクの興奮だったら、きっと痛快な気分で眠れたでしょう。
今回の興奮は、いわば蒸し返しの、個人的針の筵的しろもので、大層参りました。

先に述べておきますが。
また前回の「カーの復讐」を引き合いに出すのも申し訳ないですが。
非常に忠実に、「子供とかつて子供だった大人のためのミステリ」という、
幾様にも捉えられながらも漠然とした、叶えるのが難しいお題を全て満たした出色の作品だと思います。
(つまり前回はこの真逆だといいたいらしい・笑)

探偵小説/冒険活劇といったものとは全く異なるもので。
子供が子供にとっての謎を解き、子供が大人に謎をしかけ、子供が大人から秘密を守る。
子供の結束を描きつつ、背景に黒い黒いものを投げ掛けてやまない。
また前半やモノローグ等で加えられていく幻(大人が、夢でも見たんでしょと片づけたがる)が、
最終的に、非常にせつない解答をもって、解き明かされる、重層化の物語です。

僕は、もう小中学生、いやもっと上の子供がいてもおかしくない年齢ですが。
当然のごとく、誰もいません。
そうやって誓いをもって行ってきたことは、このブログでも何度も書いてきたことなので、
あまり書きたくないのですけど。

僕は、子供時代、決して家族にも他人にも甘えたことがありませんでした。
甘えられなかったことを誰かのせいにするつもりは一切ありませんが、
今でも家族というもの、特に親子関係については、極めて懐疑的です。
親が各種の手だてで愛情を注ぐのは、別段不思議でもありません。
親は子供を作ることを自らの意志で選んだのですから。
けれど、子供は選べないので、本当に偶然成立してしまった不条理に、耐えざるをえないと思っています。
偶然が佳き方へ向えばいいでしょうが、必ずしもそうではないので、
僕は、そんな不条理を血やDNAの元に正当化し、豪語することが、許せないのでした。

この作品を読んでいると。
偶然に子供を取り巻いてしまった環境、
親子関係を筆頭に、住んでいる町、通っている学級、先生、友達といった諸々に
偶然でありながら、彼らは選択の自由なしに押し込められ、歯を食いしばって変化を待つ
その痛みが、あらゆる行間から湧き上がり、息苦しくてどうしようもなくなります。

子供の時、今の僕の年齢のヒトは、大人と呼ばれる別の人種でした。
(本当は、同じ年頃の子も別の人種だったけど)
けれど、本当に別の人種と呼ばれるに値する者になったかといえば、決してそうではなく。
ただ大人というのは、ある程度の抑圧から解き放たれたもの、ある程度の自由を与えられたもの、ある程度誰かの選択を奪うことができるようになったもの、に過ぎません。
この話を読むと、そうした搾取する人たち、自己都合を律として押しつけようとする大人が、たくさん登場するので、ますます息がつまります。

作者は後書きに、子供の頃の担任が非常に不条理で、その瞬間、大人の身勝手さを思い知り、
早く担任が替わって欲しいと願っていたと書いていました。

昔、僕は、同級生との距離が測りがたく。
よく学級委員長や生徒会長などをやっていましたが。
それは目立ちたいという本能ではなく、一種支配する側に回ることで、曖昧な距離に物差しを当てようとしていたのだと思います。
その証拠に、生徒会の役員会になって、同じ高さで話し合いをすれば、急に話ができなくなるのです。
今もその名残で、何万人の前に立っても怖じ気づくことはないでしょうが、
一対一で他人と話すことが出来ないのでした。
けれど、僕は、もう不条理や個人的な律で誰かを動かしたりしたくはないので。
ひっそりと、息を潜めるようになったのです。

ナスカの地上絵の、猿とハチドリが、社宅団地の屋根屋根で軽やかに踊っています。
早くパックが、自分で自由を掴んで、外に旅立てるように願ってやみません。

融解力

えー、今夜からチャンネルNECOで天知茂の雲霧仁左衛門が始まりまして。
ビデオ録画しつつ見てしまう。
さすがにしぶいわー、天知茂。
荒井注が目明きだけど按摩に化けて潜入し、当然ながらオトボケ役になっていた。
火付盗賊改方長官の田村高廣との対決も際どい感じで、この先楽しみです。

あと別チャンネルですが、石坂浩二の「平四郎危機一発」も始まり、ちゃっかり録画。
昭和42年放映開始ってことですから、僕が生まれるちょい前ってことで当然知るわけもなく。
でもモノクロ時代の推理ドラマってことで、かなり期待しております。
が、しかし、病気降板で途中から主役が、宝田明って、、、、。
どうも、サラリーマンNEOの印象が頭を駆けめぐり、困ります。

***

先日久々に丸の内線に乗ったとき。
お茶の水とか四ッ谷で地上に一瞬出ると、ホッとするねえと話していたのですが。

僕が通勤に使っている都営新宿線も、地上駅は東大島と船堀の二駅だけ。
で、なにしろ都心から離れる方向に進むので、いつも朝はがらがら。
だから、地上に出ると、対面の窓ガラスに壮大な景色が広がります。
なぜ地下鉄がここで地上に出るかというと、江戸川を渡る必要があるからなんですね。

ちょうどその二駅間で、江戸川を越えて行くのですが、その瞬間、河口ががっと開けて見える。
電車の高さが高速道路よりもずっと低いのと、朝霞が漂っていることが多いので、
千葉側の河岸上、褶曲しているカーブにそって走る首都高中央環状線の葛西JCTの手前に向う流れが、非常に不可思議な様に見える。
靄が幻を誘って、数段高い道路を支える柱が、ふっと消えて見えたりするので、まるでどこか未知の世界に向う道路のように浮遊して感じられるのです。

勿論、晴れ渡って遠く遠くまで見渡せる日も好きだけど。
本当なら歩きづらい今日みたいな雨模様の日には、余計にその風景が奇妙に目に飛び込んでくるので、いつもこの瞬間は、手元の本から顔をあげて、ぼんやりしているのでした。

***

ちょうど、おととい、「点と線」の再放送がありまして。
特別ヴァージョンということで、初回放映もちゃんとみたくせに、もう一度じっくり観ました。
特別といっても一時間ほど短縮されて、石坂浩二の解説が増え、内容的に「東京駅4分間のミステリー」に主眼が据えられた編集になっていただけですが。

僕は、あのドラマの中で出てくる、安田亮子の書いた随筆がとても好きです。
結果的には安田夫妻と遠く離れた香椎という地の繋がりを立証してしまった随筆ですが、二度目に聞いても、じっと染みこんでくるような素直で美しい音でした。
原作をもう忘れてしまったのでこの作中作が、原作通りなのか分らないのですけど。
もう一編登場する、時刻表だけで旅をするエッセイともども、ひどく印象的で、翌日から先程の二駅を通過するたびに、文言が鮮明に浮かんでくるようになりました。

ドラマの中で結核に冒された安田亮子に、鳥飼刑事が
「分っていても、先に逝ってしまって、夫が別の女と結婚すると考えると、堪らないものでしょう」
と問いつめるのですが。
亮子は、きっとした眼差しで、取り乱すこともなく、
「安田は私が死んだら、後を追うでしょう」
と答えるのです。

僕はこの言葉を聞きながら、ヒトをぐずぐずにしてしまう力を思い出しました。
その融解力は、力を及ぼすものが知っていても知らずとも、
いつの間にか、本当にいつの間にか、秘やかに広がっていくものだと、思い出し。
その恐ろしさを忘れておこうと思いました。

なごみのトレハロース

素氏に頼まれた、某建築サイトの翻訳が難航し、めり込む。
いや、めり込んでいるのは、単にひどいウツ期だというだけかもしれないけど。

建築用語って、日本語になっても、よーわからんねん。
「軒蛇腹」ってなんのこと?って思ってたら、
例のミステリーランド「カーの復讐」にも登場し、もしかしたらお子様でも知ってる単語なのかと、のけぞる。

【蛇腹】古典建築では、柱で支えられる水平材最上部のコーニスと呼ぶ帯を指す。しかし、一般には、壁体の各層を区切る装飾的な水平帯の総称。位置により軒蛇腹、天井蛇腹、胴蛇腹という。
って、理路整然と書かれても、まだわからんねんけどー。

あー常々言ってますが。
社会性ゼロなので、英会話とかまったくできなくてもいいんだけど。
(そのくせ酔っぱらったり、夢の中だと英会話する変な人)
まっとうに、読めるようになりたし。

****

先日、真夜中になごみたくなったので、なぜかトレハサイトへ飛ぶ。
トレハ歌留多、ほしいーーーーーって叫んで、何度も挑戦し、100位以内に入って応募する。
ついでに、デスクトップトレハちゃんを入手。

ふにふに歩き回ります。
目がチカチカ、触覚フヨフヨしています。
でもヒジョーに邪魔な位置に立ち、入力間違いを起こすので、マウスで掴んでのけると、暴れてなお可愛い。

で、こいつ。
アラーム機能がついるので、ちょいと試してみると。
時間が近づくと、左右に屈伸運動をはじめ、モニターの中をものすごい勢いで飛び回ります。
あんまりすごい勢いなので、みとれていると。
時間だぞ!とお叱りの吹き出しがでました・笑。

クリップボード011クリップボード013

プリントスクリーンで捉えたトレハちゃんの図。

言葉の説得力・幻視の説得力

池袋にお昼前に到着。
なぜか自分の腹具合を忘れて、冷やし坦坦麺&ミニチャーハンなぞ食してしまう。
光文社ビルに向かう途中に中古レコード店と合体した趣味のいい古書店をのぞく。
百均ワゴンで亀井勝一郎の中世日本精神史シリーズを4冊掴む。
でも、僕は世界史以上に、王朝文学とか苦手なのだ。
ココロが傾いたためしがないのだ。
なのに、精神史という言葉だけで掴み、そのまま職場にまで持っていく羽目に。

資料館で時間待ちするあいだに、「ぷろふいる」とか「仮面」とか捲って、やや興奮する。
先日素氏が謹呈した「逍遥」が書架に並んでいるのをみて、ぷひひと笑う。
トイレが怪しい地下に潜り込んで作られていて、うわと怪しむ。
講演会場の会議室が、さらに怪しい地下通路の先にあり、にひひと笑う。

講演は、黒死館と音楽ということで、実際に関連音源聞きながら、楽しみました。
カリヨンの実際の演奏が、マッチョな作業でちっとも優雅じゃないこととか、面白かった。
そういえば、平山さんって、大学の先輩だったんだーとか、別の意味で驚く。

ディスカッションの時間、素氏は、トンスラだけじゃなく、輝いていました。
素氏はのったりのったりの発声だけど、愉しげなこと、とめどないこと(とりとめない時もある・笑)には、いつも感動する。
文字の言葉も大切だけど、声の言葉は時にもっと大切だし、遥かに説得力を持つ。
僕は「忘れる」ために頭の中で声を刻み、外には出さないことにしてきましたが、
そうすると、「忘れないでいい」「忘れたくない」ことも全部消えてしまい、
いつも空洞を抱えて彷徨うことになります。

講演後、また休日出勤で夜半まで作業。
(また、ない智恵がでんぐり返って、おなかが崩壊中)
作業をしながら、空洞を埋めること、僕なりに声に出せなかった、虫ちゃんへの想いを考えていました。
伸子のことや、白蟻のこととか、じっと思い出しながら、パスツールピペットで、ぞーーっと吸っていました。

***

「黒い時計の旅」読了。
そうね、これ、粗筋書くのすごく難しいけど、それにしても、あの表紙に書かれた筋はなってない。
たしかにヒトラーは生きていますけどね。

S・エリクソンが幻視の作家、といわれる意味がよくよく理解できる作品でありましたが、
後半萎えてしまったのは、いくつか理由があって。
まず、僕が萩尾望都とか、手塚治虫とか、その他諸々の漫画家が苦手なのと共通項がこの作品にはあります。
漫画だけじゃなく、ひとつの芸術を追求していく過程で、一部の人は、宗教、宇宙、無限といった、非常に遠大なものに向き合いたくなる、表現したくなるのは、当然なのかもしれません。
向き合った人すべてを否定する気は毛頭ありません。
でも、表現の拠り代を考えあぐねて出てきた結果を、特に視覚的に顕そうとする時、それも具象として示そうとする時、表現者は既存の物質/映像を用いるために、歪みが生じます。
観る者との間に、乖離が生まれます。

エリクソンは、僕たちを、現と幻の狭間にいざないます。

主人公は農場主の父親とインディアンの母の間に生まれた子という事実を知って、家族をほぼ皆殺しにし、都会に出て、ポルノ小説を書く。
彼は書くというよりも、夜毎彼のところにやってくる女たちと交わる幻とともにあるだけです。
けれど、彼の小説はドイツ語に翻訳され、姪に恋焦がれるZ(ヒトラー)の元に届けられていく。
小説でありながら、女は実在する。
女はZの姪ではなく、まったく異なる歴史を抱く女であり、同時に彼の小説の中では、Zの姪であるという複雑な構造を抱いている。
主人公はZの部下に妻と子を亡き者にされ、ついに老いぼれになって存在し続けるZの傍で、戦後も小説を書き続ける。
そして、復讐のために、小説の女にある変化を植えつける。

その復讐の過程が、とてもまずいのです。
醜悪なのです。
小説とはいっても、エリクソンは文字よりも絵画的/映像的でありますから、読者にはその瞬間、多量の映像情報が流れ込んできます。
他の場面の数倍量、洪水状態で。
しかし、映像を与えられれば与えられるほど、僕は空白になっていきました。
情報を与えねば、その子宮で育つ怪物なるものの不快感レンジを振り切ることができないのかもしれません。
けれども、エリクソンの画法をもってすれば、ヒトラーの悪の種子を逆に濃縮できたはずと思えてなりません。
幻想と呼んで龍が飛ぶ世界、宗教と呼んで釈迦が光臨する直喩を呪う僕には、抽象や瞼の裏に明滅する馬を宇宙と呼ぶミニマムな曲喩を好む僕には、どうしても理解することができない場景の連続になっていきました。

第二に、前半の主人公は圧倒的な暴力に支配されています。
圧倒的に幻と時間を手玉にとる力を備えています。
けれども、それを老いや死に至近することのデクレッシェンドと結び付けろというには、ひ弱すぎるほどに、後半は力を失ってしまうのです。
さきほどの最大の復讐、練りに練ったと声高に叫ぶ復讐は、あっけなく実在の女によって、壊されてしまうのです。
暴力が何かを能動的に崩壊させる速度をもっている一方で、能動的に崩壊を享受するカタルシスの烈しさが、後半で完全に失速してしまうのも残念でなりません。

第三に。
エリクソンはやはり、南部系ではないアメリカ人であるということ。
ひとつは、二次大戦/対ドイツの捉え方。
もうひとつは、情念の捉え方。
柴田元幸さんは解説で、彼の幻視力が情念の世界を内包し、ウエットな闘争を主軸に置きながら、現れるものは既存の作家とは全くことなっていると述べていましたが。
でも、彼の描く情念って、やはり薄ぺっらいとしか感じられなかった。
悲劇はある。
憎しみはある。
でも、本当の人の奥に眠る悲しみは、事実だけでは推し量れないということが体感できていないと言えばいいのか。
親を殺された子と殺されていない子、それぞれの絶望は秤にかけられないということ。
もう好みの問題だろうけど、僕は他者を納得させる事由なき絶望の方が、染み込むタイプなので、(単純にいえば、メロドラマには一滴も泣かないぞっていう感じ)
まあ、エリクソンの情念は、物語を操作するための、彼自身が内包しないものであると、認識した訳であります。

まあ、後半は、文句ぶーぶーの感想になりましたが。
もう一作くらい、彼の作品に挑戦して、判断したいと思います。

指数ヨーグルト

僕、顔がいい意味、いやいや悪い意味でも非常に童顔で、ぽやんとしています。
加えて喋るのがのったりしています。
そのために人に与える第一印象が、のんびりほんわかさんと誤解されることが多く。
次第にキリキリの自他共に峻厳な、いや手厳しい、いやヒジョーに罵詈雑言な人柄がばれると、そのギャップに驚かれることしばしば。
相手も驚くだろうけど、常にキリキリしている自分はその差異に毎度非常にぐったりし。
あーまた誤解されていたのねと、思う毎日。

本日は強度の智恵下りにつき、晩御飯は鮭フレーク付お粥です。
素氏は鶏ガラスープや酒で味付けしてくれるので、うまうまでした。
明日は楽しみにしていた、虫太郎講演@ミステリー文学資料館なので、
なんとかこの腹痛だけでも、治して臨みたいところです。


以下数日前に書いた日記から。

***

今日も今日とて超ざんぎょー。
8時間クリーンベンチの前に坐って顕微鏡覗いてたら、目がからからに。
眼鏡と顕微鏡とマスクって相性最悪だと思うの。
やっと終わって帰ろうかと思ったら、ひどい雷雨になっていました。
傘も曲がりそうな夜道を30分近く歩くのがいやで、結局タクシーで最寄り駅まで。
残業代もないのに、散財だー。

***

先日ふらふらの帰り道。
開かずの踏切の前で、呆然とカンカンカンカンっていう音を聞いていたら。
後ろで待つチャリの二少年。
多分中学生。
二人して大声で話している内容に、かなりむかっ腹が立つ。
「昨日はさあ、漫画読んでゲームして、眠たくなったから飯くって、また漫画読んで、ゲームして、寝た!」
「俺はちょい勉強しろって言われてやったけど、すぐ眠たくなったから漫画読んで、テレビ見て、漫画読んで、ゲームして寝た」

かーーーーーーっ。
そんな暇自慢してるヒマがあったら、本を読め!
というか、僕は本を読む時間さえ作れません。
就寝前も、最近は枕元ヘビーローテーション、一日の唯一のオアシス、サライネスの「大阪豆ごはん」と「誰も寝ては~」をやめて。
講談社ミステリーランドを一箱ずつ引っ張り出して読んでいるのです。

「カーの復讐」(二階堂黎人)、、、うーむ。
僕、小学生の頃はホームズより、二十面相より、ルパン派だったもので。
あんなに紳士にかっこよかったルパンがこれか!と微妙に握り拳をわななかせています。
言葉遣いは子供向けでないのに、内容は大人向けではないとは、これ如何に。

***

このあいだ、面白かったこと。

全てとはいわなくとも、実験君は指数で数値を捉えることが多い。
特に細胞ちゃんをいじってる人は。
一般的によく、容量を東京ドーム何杯分とか、高さを富士山何個分という言い方があるけど、
それを指数でとらえる。
250万=2.5x10^6みたいにいってもらわないと分らなかったりする変な人の話と思ってください。
ちなみに、指数でとらえると、大きな数字、小数の概数計算がすごーーく簡単になるんだよ、というのは脇の話。

で、その日、僕はLガゼインシロタ株がたんまり入ったヨーグルトを昼に食べていた。
パッケージには、10億個のシロタ株が入っていると記載されている。
その時、普通の人は、恐らく、へー10億個、と単純に受け止めるであろう。
が、僕たちは、これが受け止められないのである。
一杯のツブツブという漠然とした印象すら抱けない、悲しい指数派。
側にいた同僚ちゃんも、10億個っていわれても、ピンと来ないねえ、とのたまう。
なので、指数に直しました。

「えーーっと、10億個=1x10^9個だ!」
「あー10^9か。で、そのヨーグルトの容量は」
「100ml」
「ということは、1x10^7/ml だ!」
「「すげー、多い~~~~~!!」」

ようやくここにきて、僕たちは如何にこの製品に多量のシロタ株が入っていることを実感したのであります。
ちなみに、培養では、1x10^5/mlも蒔けば、数日でフラスコが一杯になる。
だからその100倍の濃度の株が入ってるというのは、もう多くて多くてという話。
おそるべし、ヨーグルト。
腹の中で踊るのも、むべなるかな。

この感動(笑)を同僚ちゃんたちと分かち合っているときに、向こうの方で、院生が
「わかんねーよ!」と叫びました。
ついでに、素氏にこの話をしても、
「その『わかんねーよ』だけしか、同意できない!」と叫ばれました。

大連続

休日出勤したら、日曜だから誰もいないし、
ほぼ暗闇でパソコン見てたんですけど、いきなし明かりがつき。
めっちゃ苦手な輩がご登場。
で、挨拶してくるので、今日もめでたく無視しました。
ええ、僕は、一回挨拶無視されたら、耳の側で大声で挨拶強要してくる輩なぞ大嫌いです。

**

ネットテレビで一番楽しみにしていた、ミステリチャンネルが、今月から番組リストから消えて、大泣きです。
唯一の救いは、邦画チャンネルが二個増えたことでしょうか。
山崎努じゃない、天知茂の雲霧仁左衛門とか、田宮二郎の博徒映画とか、かなり楽しみです。

**

冬コミ当落決まる前から、原稿頑張っている素氏。
おめでとう、9回連続コミケ受かってたよ!
しかし、この大連続ありえないっす。。。
そして、取りあえず一度他者の目で見て貰いたいと投げられた原稿。
うううう、こりゃすごいです。
思わずイラチが高じて、引き裂きそうになりました。
かなりの難物、むしろこの状態で校正に出すというのは、例えば、まだ実験もやっていないのにグラフのスペースだけ空けた、あるいは考察二行ほど書いて、後は関係があるかもしれない参考文献の引用を並べただけの論文とでもいえばいいのでしょうか。
ええ、僕は「失礼だ!」と叫んでしまいましたとも。

この先10号が皆様に手に取って頂くに値するように、精進してもらいましょう。
僕は横で精進あげでもつまんで、鞭をふっておきます。

で、今冬、僕はどんなものを作るか?ということですが。
前から目論んでいた、黒死館変化球ということで、お正月にちなんだ奇天烈品でも作ろうかと考えています。
目指すは、喜国さんの本棚探偵で出ていた古本トレカとかに近いかも知れません。
ま、10号発刊記念付録にでもなればいいかと。
ということで、久々に黒死館を再読しないといけなくなりました。
愉しく、頑張りたいと思います。

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絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
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