2009-08

黒く笑う

ここ数日グダグダで、クリーンルームで何度も貧血で倒れかける。
この部屋は建物内部に作られたパネル工法の陰圧空間で、
最近は僕一人きりでこもっているので、たとえ倒れていても数時間放置されること間違いなし。
たとえ叫んでも全く外には聞こえないであろうという怖ろしい場所。
中の様子も、pathboxと呼ばれる物品通過孔から少し覗けるだけで床は見えません。。。
もし地震が来て扉が歪んだら、一巻の終わりでありましょう。

逆にいえば、ipod聞きながら、歌を歌っていても平気なの。
たまには僕も最近の人も聞きますよってことで、
はまってるのが、アジカンです。
今のところ一番好きなのは、『君繋ファイブエム』の「電波塔」と「N.G.S」。
ギターリフの憂愁と暴力が、
ガサガサ声の奇妙に左の匂いのする陰鬱な歌詞に重なって素晴らしい。
日本語における押韻の心地よさを追求しながらも、なにしろ破壊的で暗い。
そのくせ、希望の破片がうずまく。
なぜか、浅野いにおの「虹が原ホログラム」の絵が頭の中でかぶる。

君繋ファイブエム君繋ファイブエム
(2003/11/19)
ASIAN KUNG-FU GENERATION

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そういえば。
秋に毎土曜、わくわくするような「新青年」関連講演会が続くようで。
僕たちも、虫ちゃんの回には馳せ参じねば!と意気込んでいます。
(他のテーマには、夢野久作とか渡辺温とか海野十三とか、いいなー)
演者の方、一度だけお会いしたことがあるのですが。
二人して、最前列で腕組みして、首を傾げたり、バッテン出したりしたら、
最高に嫌がられるだろうなー・笑、というのが、今朝の黒い笑いでした。
定員35名とか書いてあったので、リンクはちょいと怯えて貼らずにいます。
素氏はちゃんと予約してくれたのであろうか。

現在、イーヴリン・ウォーの『黒いいたずら』を読んでいます。
これ、めちゃくちゃ腹黒い小説で、爽快な気分になれますね。
先に読んだ、訳者・吉田健一さんの解説まで、腹黒くて笑える。
大人版「裸の王様」といえばいいのか。
みんなひどい大嘘つき、顔の厚みは数十センチ級。
一人が針で誰かの足を突き刺しながらそっぽを向き、刺された奴も素知らぬ顔で、別の奴の腿をつねる。
そんな連続性の第一部が大層面白いです。
最初は黒を黒人からきたものとだけ捉えていたけど、
いやいや、ピカレスクとは全く異なる黒、まさに底意地の悪さ百倍の黒でありましょう。

さて、盗みと放蕩で超適当に黒の世界に到着したバシル君の活躍いかに。
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AQUIRAX

ふふふ。
土曜の夜、素氏がとんでもないお土産を持ち帰った。
きゃっほーーと乱舞しつつも、僕はすぐにこれを永久保存するために必要な道具を揃えた。

Image2731.jpg

じゃーーん!!
道玄坂ポスターハリスギャラリーで9/1startする、
宇野亜喜良の60年代ポスター展の特大ポスターだ!
サイズはB1、この狭い我が家の階段で撮影したら、階段幅より広いぜ!な巨大サイズです。
ええ、丸めておいて置くにはしのびない。
たとえ日焼けを防いで隠すにしても大事に大事にしなくちゃ。
ということで、アルミパネル買っちゃいました。

もうこの時代の宇野亜喜良、泣きたくなるほど好きなので、どうしたらいいんでしょうか。
どのくらい好きかというと。
旧筆名・絹太を、quinutaxと綴ったくらい。
そう、このブログのアドレスにも現われていますね。
って、ただの真似っ子かい!なんですが。
可愛さと毒とぎりぎりの狂気が、女の子たちの体や色彩に溢れ返っている。
いままで、絵葉書サイズになったこれらのポスターを眺めては、頬をゆるめていましたが
もう興奮一入です!

ちなみに我が家には素氏がもっていた「愛奴」のポスター
(画像上から二段目、右から二つ目)もパネルに張られた状態で存在しています。
実は僕に所有権が譲渡されているそうです。
で、今回は展覧会のチケットまで貰ってしまって、さらに可愛くてむせび泣く。

Image27511.jpg

宇野亜喜良といえば、画集や児童文学の挿絵とかも色々ありますが。
僕的お宝本といえば、これ。
2003年発行という割りに最近のものなのですが、いまだ古書店でも見たことがない。

Image2761.jpg

愛育社発行の『MONO AQUIRAX』と題された、この電話帳サイズの一冊は
すべて、モノクロ作品を集めたもの。
それも雑誌掲載の挿絵など今や網羅的に捉えるのも難しい作品を
ずっとスクラップブックに収集していた濱田高志さんという方の尽力でできあがった逸品。
「絵本千夜一夜物語」といった有名どころから、
笹沢左保「さらば峠の紋次郎」(これみると、江戸ものイラストもめっちゃ素敵)
新聞小説「砂の家」「私の彼氏」「死と乙女」「京伝怪異帖」といった挿絵、
その他60年代から近年のものまで、ずっしりずっしり、片手でもつとふらふらするくらい詰まってる。

僕はこれを銀座のスパンアートギャラリーで入手。
内面的アングラ的だけど、いつも汎用性と外に向かう力を兼ね備えていて、
そして何より腰が抜けるほどデッサンがしっかりしてて、1000%可愛いのだ。
好きにならずにいられようか。

MONO AQUIRAX―宇野亜喜良モノクローム作品集MONO AQUIRAX―宇野亜喜良モノクローム作品集
(2003/05)
宇野 亜喜良濱田 高志

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冬瓜と干し蝦

ここのところ夕方出勤の素氏が晩御飯を用意しておいてくれることが多かったので
今夜は久々に秋刀魚を焼き、タラコと大根おろしと合わせて食べました。
ついでに元気が少しだけ残っていたので、冬瓜を煮る。

僕の料理はいつもテキトー。
ダシと醤油と味醂と酒を分配すれば、なんとでもなると思っている。
鰹ダシたっぷり目に入れて、煮立て、今回は干し海老をざばっと入れてみました。
干し海老は、お好み焼き投入用の余ってるやつ。
灰汁がさらに出るので、掬い続け、酒と味醂と醤油少々。
僕は水は合わないけど根っこが関西人なので、なにしろ黒くてショッパイ料理が苦手。
二十歳の時、二度目の東京で、浅草でうどん食べて、うわーっとひっくり返ったのは当然だ。

なので、秋刀魚も大根おろしだけで醤油なしで食べてしまう。
南瓜も鰹ダシとほんの少しの味醂だけしか入れません。
そのままの甘味だけで十分美味しいんだ。
で、最後に、片栗ねりねりして流し込んだら、もうできあがりー。
冬瓜は餡かけで冷やして食べるとウマウマ。
あ、ちょいと生姜を添えると、さらにウマウマですね。

**

本日も色々ハプニング起きましたが。
なにしろ出発直前にみた星占いで
「今までやってきたことがすべて崩れ去る」とか酷いことが出ていたので
またカビで全滅かーとか、青くなっていましたが、何とかやり過ごす。
最近覚えたこと。
上司に頼っても仕方なし。
他人に頼っても仕方なし。
怪しいことがあったら、速攻確認しろ!報告しろ!
ええ、当たり前のことなんですが、臆していたらあとあと泣くのは自分だということで。

**

マキマキつながりというわけではないけど。
浅川マキのCDの山に続き、なぜかカルメン・マキに手を出す。
確かに歌詞や編曲は、CULTかもしれないけど、声は至って清澄だわ。
で、寺山作詞の唄が多いのはわかるけど、なぜか高橋睦郎・谷川俊太郎作詞の唄多し。
高橋睦郎さんの唄は、、、なんだか、いや、その、ええ、まあ。
聴いていて、ピンセットがガタブルしそうなほど、困りました。
谷川・武満徹タックルの唄は、高校生の合唱部でたくさん歌ったので、
さして違和感がないんですけどね。

加えて、カルメン・マキさんの歌い方、というか音程が独特なの。
ある意味、音痴スレスレなの。
僕は絶対音感ないのではっきりしないけど、伴奏から1/8から酷いときは、1/4音下がっている。
音律と微妙に乖離しているんだけど、その微妙さが、味なのかも。

**

昨日、一冊文庫を読了。
まーた、変な本を手にとってしまった。
まーた、僕はまあ結構いいわと思ったけど、お勧めはしませんよって本で。
いわば、アイリス・マードックの系譜か。
感想も非常に書きづらい。
ので、本日は一部引用だけして、明日に持ち越そう。
カミュの「幸福な死」なんですけどね。
『眠りのあとの苦い味』って、ただ歯を磨かずに寝ただけじゃねーのか!とか
密かに突っ込んでしまうくらい、ずっと執拗な行動描写と心理投影の連続なんだ。
そう、ものすごーーくダルイ感じがすることと思います。

かれは目を覚ました。汗にまみれ、寝乱れていた。そして一時、、部屋のなかを歩きまわった。それから煙草に火をつけ、腰かけたまま、虚ろな頭で、皺くちゃになったズボンの皺を眺めた。口には、煙草と眠りのあとの苦い味が入り混じっていた。かれはシャツの下の両脇を掻きながら、あらためて部屋を見まわした。かくも多くの放棄と孤独を前にして、或る恐ろしい甘美な味わいが彼の口に訪れた。この部屋のなかで、一切から、自分の発熱からさえも遠い自分を感じることで、また、最もうまく按配されたさまざまな生活の奥底にある、なにか馬鹿げて惨めなものをありありと感ずることことで、疑わしい怪しげなものから生まれる或る種の自由の恥ずかしげで密かな顔が、かれの前に身をもたげてくるのだった。かれのまわりには、だらけてふやけた時間があって、時全体が、水底の泥のようにびちゃびちゃ音をたてていた。

新潮文庫 高畠正明訳 p66第二部 意識された死  1976年


やっぱり案山子は案山子

日曜は、素氏がこっそり予約してくれていた映画館へ。
ええ、お子様に混じって、鳴門みてきましたーー。
わー、めちゃくちゃ面白かった。

何しろ4年間のかかいる生活の中でもひたすら案山子のために小説書いていた僕は
今回の準主役が案山子なので、ほくほくになり、開始そうそう涙ぐむ。
今まで映画化された鳴門は原作とはかけ離れたものでつまらなかったけど、
やはり十周年となれば、原作に忠実に、懐かしいキャラいっぱいに。
素氏はいまだに登場人物の名前もあやふやで、それぞれの関係や背景も知らないので
あまりは入れなかったと思うけど、僕は各シーンごとに、昔のエピソードが思い出されて
エレエレエレエレ~~・涙。

で、案山子はやはり鳴門に負けてました、性格だけでなく、忍としてもヘナチョコ感は否めませんでした。
でも、いいんだ。
昔はじめて雷切を出してザブザと死闘を繰り広げたシーン、何度もテープ巻き戻してほれぼれしていたけど、今回の雷切はあっけなく、かわされていたけど。
ヘナチョコオッケー。
子供の頃の案山子も可愛いから、オッケー。
ヒルコに操られて、兎目になってふらふら歩いていても、案山子が画面に出ていれば、大満足。
いやー、鳴門はほんと、あの里の街並み見るだけで、自分の故郷でも見るように涙が出てくるんだ。
自分が本当に大好きだったことを、改めて実感したのでした。

その後。
館内にある名古屋のカレーうどんの店で、カレーうどんを食らう。
電車に乗るたび、どこかにいくたび、チラシ三昧でいつも叱られている素氏ですが。
今回もなにやら地図をもらっていて、もーいらないでしょと思っていたら。
名古屋中心部の地図でした。
そう、遅い夏休みに僕たちは、そっち方面へ遠征するのだ!
偉いじゃないか、きみ。
と、たまに誉めてみる。

さらに門仲の古書店に探りをいれるも閉まっていたので
富岡八幡宮の脇道を通ると、骨董市をやっていました。
早い時間だと古本もあるんだけどと云われて散策に行くと、
確かにお皿やガラス瓶や怪しいものに混じって、ダンボールに投げ込まれた古雑誌、絵葉書が結構ある。
僕もなぜか眼の青い人が店番をしているテントの下で絵葉書を漁りました。
そうしたら、サーカス関連ミニ冊子、および戦前のサーカス絵葉書発見。
古書市と違って値付けされていないのでびくびく訊くと、やはりセット絵葉書は高い。
「神田で買うと、○○円だよ~」と投げ捨てられて、逆にムッとしてしまい。
結局、イギリスのサーカス公演プチプログラム(名刺サイズの可愛い冊子)だけ買う。
調べると、綱渡り芸人として名を馳せたらしい、Con Colleanoという名だけはネットでも調べがついた。
サーカス団の名は不明だけど、15組ほど演目が写真と一緒に載ってるから
それなりに大きな座だったのではないかと思います。

で、門仲でお茶といえば、甘味処ですな。
多分25年振りくらいに、氷を食べました。
あずき氷は、あずきの甘さだけで至ってシンプルながら、うまいわ~。
僕は、栗の次に、餡子に目がないので、大層幸せでありました。

そうそう、名古屋のホテルを探しているとき。
朝食抜きでもよかったんだけど、ミニバイキングで、
小倉トーストができるように餡子がとれる!と書かれたホテルがありまして。
数分前までは、室内ブロードバンド完備とかそういう雑多なことで迷っていたにもかかわらず、
餡子を見た瞬間、わーーっと予約ボタン押しておりました。
ええ、そんなに好きなら、自分で茹で小豆買ってきて、パンに乗せろ!ですね。

ちょっと安心

木曜の夜、漫然と教育テレビの「仕事学」とかいう番組を見ていた。
この年になってもダメダメ社会人の僕は、本来こういう番組は苦手なはず。
でも、少しだけしっくりとくる話が出ていた。

勝間和代さんとかいう人がゲストで、仕事を効率よくする方法として色々挙げていたけど、
僕の印象に残ったのは二点。

ひとつは、「とりあえず仕事」をやらない。
会議や対顧客とのやり取りに備えて、「もしかしたら」突っ込まれるかもしれないから
という理由から、無駄な資料つくりに時間を割いて、本来の仕事をないがしろにするな。
できない上司ほど、そういう「とりあえず仕事」をやれというらしい。
まあ、僕は保険の意味も含めて予備培養とかやったりしていますが、
逆にそれを公にすることで、オペの件数を増やしてしまったのが去年。
今年はそれが嫌なのと、それこそ本来のものが多すぎて、手を出せないでいたら
先日のように、予備つくっておけば。。。という事態にも行き当たり、難しい。

勝間さんがいうように、知らないこと調べていないことは素直に不明を表意して
すぐに調べて返事をすればすむことだというのは、よく分かる。
培養の場合、予備を作れば、それだけコストが発生し、ラボの負担を増やすことにもなるし
相手にいつも予備があると期待させることは、過剰な期待で自分の頸を絞めることにもなるからね。
つまりは、先走っていい子ちゃんになろうとしすぎると、壊れちゃうってことだ。
あと、よく叱られることだけど、素早く手厚いfeedbackをすることで、
「とりあえず」の予備がなくても回避することができるのだろうとも思う。

もう一個は、not to do listを作れと。
すべきことじゃなく、しちゃいけない箇条を掲げろと。
彼女は、煙草を吸わない/酒を飲まない/ゲームしない/ネットサーフィンしない/珈琲飲まない
っていうのを挙げていました。
いわく、同じストレスを発散するにも、依存性の高いもの、将来の自分に悪いことはしないとな。
こっちは、難しい。
というか、あまり従えないけど、自分に律を課するのは大事だとも思う。
そう、しんどーいと倒れて、テレビを漫然と見るくらいなら、本を読め!ということ。
職場の人でテレビ持っていない人が多いのだけど。
それが良い悪いではなく、例えば、最近素氏が夜いないので、
こうして日記を書く時間が取れるようになっているのでもわかるけど、
やはり、時間は自分で生み出さないとどうしようもないのね。

子供の頃、母親に、ちょっとだらだら夜更かししていたら
「勉強しないなら、早く寝ろ!」と口すっぱく叫ばれていた。
あの頃は夜更かしして沢山本を読んだり、自分に向き合っていたから、
別に後悔はないけど、ダラダラテレビだけはやめようと思った次第。

と、僕らしくなく、考えてみましたが。
昨晩は、素氏のお手伝い先の赤坂某所に行ってきました。
平日はしんどいし、かといって土曜の今日も休出だし、日曜はお店休みだし。
今日しかないわな、、、でも、緊張するわな。
新店舗になってから、ひとりで行った事ないから、道順も怪しいわな。
ということで、実は素氏にも先に行くというと自分がまた期待させたことで頸絞めるとわかっていたので、言わずにいました。
モスで夕食とって、向かいの古書店を徘徊し、帰宅。
迷いに迷って、よし!と気合を入れて、半蔵門線に乗ったのでした。

お店につき、ガラス扉の前からちょこっと中をのぞく。
あれ、お客さんいるよー(失礼)、どうしよう、困ったな。
二分ほど逡巡していましたが、ここまで来て巻くにはタヌキの尻尾は大きすぎ。
怯えながら入ったら、素氏と店主さんは、驚いてお迎えしてくれました。
で、閉店まで、緊張を少しずつ緩めながら、ウイスキーいただきました。
店主さんのパートナーさんに初めて逢えて、可愛い方なので、どきどきし、
こっそりカバンに入れていった浅川マキのCDも渡せて、よかったー。
なんだか、たくさんの緊張を抱えていたけど、僕なりに頑張って伺えてよかった夜でした。

ませまなる

えー、今日も今日とて。
ドクターからひどい仕打ちを受け、開いた口も塞がりませんの絹山です。
なんで明日のオペの予定があさってに変更になるかもっていう超重要事項を
関係のないコーディネータさんから偶然に聞いて目を白黒させないといけないんでしょうか。
加えて、9月のビッグな連休が露と飛び散りまして。
まあ期待なんぞしていなかったけど、単純に土日祝休みをフツーに休ませてくれといいたい。
ちなみに僕の夏休みは、10月に三日平日もぎ取るのが精一杯でした。

さて。
お絵かき原稿をしていたときのお供は、音楽。
懐かしのVenusPaterやPenpalsを引っ張り出し、
素氏がもっていたPentangleがあんまりいいので、涙する。
このよれた女性ボーカルどっかで聴いたなと思っていたら、
15年近く前に妹が、聴け!と送ってくれたカセットテープに入っていた人たちだった。

で、音楽以上に、文字書き原稿なら絶対聴けない、落語CD三昧でありました。
落語は同じ話を何度聞いてもおもろいです。
いや、むしろ話の流れをつかんでいる二回目以降、
くるぞくるぞ~とツボを待ち受ける瞬間とか笑いに飢えた喉の奥がきゅっと小爆発する。
あるいは、最初は苦手かもと思った小さんの声が全然気にならなくなったり
志ん朝もいいけど、馬生の方がもっといいわあと、騒いだり。
集中線が震えんばかりに、笑い転げていました。

何度も同じ話を聴くので、まだ落語入門の駆け出しといったところですが、
僕が好きな言い回しが、
「眼ん玉くり貫いて、銀紙でも張っとけ!」っていうやつ。
深く絵を想像するとちょいとグロテスクな雑言ではありますが、
往々こういうきつい投げ付けが、複数の人から、バッカヤローの罵りのあとに飛び出す。
一回目よりも二回目、三回目。
ついには云われてる本人も、「ああ、銀紙張っとけってんだろ!」と逆切れする面白さ。

僕の好きな話の傾向としては、
勝気なおかみさんが出てくるのがいいですね。
亭主のことをバカだ、情けない、もう我慢ならないとか文句を振りまきつつ
心底では惚れ抜いていて、駄目な旦那をいいように導こうとチョコマカしている。
「火焔太鼓」とか「藪入り」とか「抜け雀」のおかみさん、大好きだな。
お馬鹿ちゃん同士の掛け合いも好き。
「笠碁」の喧嘩しつつも、早くまた碁を打ちたいなと思いあい、素直になれず格好つけては臍を曲げる。
ようやく友達が戻ってきたら、家人に羊羹出せ!と叫んでるご隠居、いいなあ。
友情も恋に似たるかなってくらい、可愛い。

と、大部分は好きなんですが、
どうも僕はまだ歌舞伎を題材にした話のよさが、まだ分かりません。
「中村仲蔵」「淀五郎」とか、基礎がなってないせいか、しんみりこないんだな。

定期購読している小学館の「昭和の名人」シリーズには毎回冊子がついていて
落語のハイライト・語彙の説明も載っています。
で、僕は「宿屋の仇討」を三回聴いたあと、耳に残るある語をその冊子で探してみました。
ありませんでした。
ある語とは、「ませまなる宿屋」という言葉です。

お話はある宿に武士がやってきて、泊まるところから始まります。
宿の若い衆イハチに、今まで泊まっていた宿はうるさくてかなわなかったから
部屋はどんなのでも構わないから、静かなところに泊めてほしいと頼むのです。
それがこんな科白。

「相州小田原なにわ屋と申すませまなる宿にとまりしところ
有象無象一緒に寝かしおる
巡礼の親子がご詠歌を唄うやら
駆け落ち者が夜っぴいていちゃいちゃ話をするやら
相撲取りがいびきをかくやら
とんと寝つかれぬ。
今宵はませまなるところでも構わぬ、静かなところに案内せい」

その後同じ宿にやってきたのが、三人の江戸からの旅人。
陽気な輩で芸者衆を呼んで大騒ぎ。
すると隣の部屋の武家から「イハチ~、イハチ~」と呼び声がかかる。
堅物の武士は、「相州小田原なにわ屋と申すませまなる宿にとまりしところ」と説教がはじめた。
イハチは仕方なく引き下がって、隣に文句を言いにいく。

三人は怖い武家が静かにしろといっているからと云われ
宴会をやめて、布団を巴に並べて、相撲の話を始める。
話高じて、三人はドタンバタンと相撲をとり始める。
ハッケヨイハッケヨイの最中。
またも「イハチ~、イハチ~」の掛け声。
拙者泊まりの際、お前に申したなとドスを聞かせた上で、
またも、「相州小田原なにわ屋と申すませまなる宿にとまりしところ」と説教だ・笑。

怒られた三人衆、再び声を潜めて、色事の話を始めた。
三人のうち一人が、急に神妙になって3年前に川越で起こした事件を語る。
おちゃらけた男に見えたのに、立ち寄った侍の家のご新造に気に入られ、
一緒に酒を飲んでいるうちに抜き差しならぬ関係になったと言い出した。
主人は不在だったが、そこに主人の弟が帰ってきて不倫発覚。
弟に不義密通で切り殺されそうになったが、逆に弟をめった切りにした上に、
ご新造が大金をもって一緒に逃げようというのを、彼女も殺して金を奪って逃げたというのだ。
興奮した二人はまた、大騒ぎになる。

さあ待ってましたとばかり、「イハチ~イハチ~」の声。
イハチも寝られやしないと恐縮して、
「相州小田原なにわ屋と申すませまなる宿にとまりしところ」
でございましょう?と先にたって申し上げたのだが。
今度は武士の様子がどうも異なっていた。
自分は、三年前に妻と弟を殺された武士で、ずっと仇を探していたという。
そう隣で騒いでいるやつらが自分の仇で、明朝成敗するから縛っておけときたもんだ。

泡をくったのはイハチばかりじゃyない。
二人殺したと鼻を高くしていた男も、泡だらけ。
だって、そいつは別の宿で聞いた他人の身の上話を、ただいっぱしの色男になりたくて
さも自分のことのように喋っていただけだったから。
偽の仇討ちで殺されたらたまったものじゃない。
でも、結局三人は、宿の奉公人に縛られて夜を明かすことになった。

翌朝、武士はまるで昨晩のことはなかったようにすっきりとした面持ちで
宿をあとにしようとする。
イハチは慌てて、あの三人はどういたしましょうと質すと。
なに、あれは余興じゃ、嘘じゃと大声で笑い出す。
よく眠れてよかったなっと。


話が長くなったけど、この「ませまなる」とは、「間狭なる」のことなんですね。
貧相な宿屋を形容しただけの語だったんですね。
でも、どうもこのお武家のこもった、四角四面のしゃべり方で聴くと、
とんでもない雅た、気取った言葉に聞こえるんです。
そう、僕はずっとこの「ませまなる」は「やんごとなき」みたいな意味だと思い込んでいたのです。
マセル、マサルの語感に似てるからか。
素氏に「ませまなる」って何?って尋ねたら、普通に答えを返されて、
ええーっとなりました。
喋り方ひとつで、こんなに違って聞こえるのも、落語の醍醐味でありましょうか。

さて本日もグダグだなので、「ませまなる宿」ならぬ「本に埋もれてませまなるお家」で
早くごろごろしたい、「ませまなるタヌキ」でございます。

CDつきマガジン 隔週刊 落語 昭和の名人 決定版 全26巻(3) 五代目 柳家小さん(壱)CDつきマガジン 隔週刊 落語 昭和の名人 決定版 全26巻(3) 五代目 柳家小さん(壱)
(2009/02/03)
不明

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落ちてくる影

部分日食の太陽を背負ったように、その道は奇妙な影を落としていた。
影の本体が見当たらないのに、歩く人の頭上がひどく暗いのだ。
道は緩やかな勾配の坂になっていて、幅は人が四人ほど並んで歩けるくらい。
幅を区切っているのは、塀や壁ではなく、頭にかかる影である。
我々が進んでいるところだけが、やけに明るい。

僕の横には、くたびれた黒地に細かな杉目の入った背広を着た男性。
頭はもじゃもじゃとした癖毛の黒髪で、肩幅がやけに広い。
広いというよりも彼の体は足元に向うほど極端な遠近法をもっていて、地に向えば三角錐のように小さくなる。
顔は判然としないが、どうやら大学の先生によくある顔のようで、
僕はずっとその人のことを、本の中では知っていたけれど、初対面であるようだ。
年齢は五十前後、本に載っていた写真では小柄に見えたけれど、
やけに背が高く歩幅が広いので、喋りながらついていくには、こちらは駆け足寸前である。

会話は経済の話のようである。
僕はなにか答えねばと、接ぎ穂を見つけねばと、
浅薄な知識をもって、さして内容に興味ももてないのに、ありきたりな実例を語る。
すると彼は、急に足をとめて、僕の浅さを見抜いたように短い単語で、話を終わらせようとする。
もじゃもじゃの髪の毛の上を漂っていた影は、そうして一歩立ち止まり諫めの言葉が振りかけられると
数センチ下にさがり、顔を隠す。
そのうちに、僕の首にも影がさがり、だんだん視界が遮られてゆく。

追いかけて、話をしようという努力はまだ続いている。
けれど、遮った影の中に、モニターめいた長方形の枠が浮かび上がり
僕の声を掻き消す大音響で、映画の宣伝が始まる。

知っているような知らないような芸人が、白い背景に立って体を揺する。
メトロノームの左右の振り子から、重力に逆らった振り子のように回転をはじめ
そのうちに四肢と首はまったく人間の不可知の動きによって、四方八方に回転する。
そして、千切れてゆく。
千切れたけれど、周囲に飛び散ることなく、肌色と髪色と服色が混じった滴になり、
既になくなった体躯の中心に、数十の部分が回転を始める。
そう、エッシャーのほどけた包帯の顔のように、ぐるぐると回転する。
僕が呆気にとられて、ついに話すことをやめて立ち止まると、
映像はさらに複数の人間の体を珈琲カップの中で回転するミルクみたいに分散させる。

重低音のビートの上に興奮した叫びがまじり、ますます映像は激しさをまして回転する。
僕はただただ見とれている。
モニターの数も次第に増えて、縁取りとなった影はついに爪先まで降りてくる。
そこで先生と思しき彼が、「これが素晴らしい金融というものです、掴めない未来というものです」
とのたまった。

***

本日の夢より。
目覚めてなお、耳の中ではその反響するBGMが続いていたけれど。
数文字の聞いたことのないカタカナは、もう思い出すことが出来ない。

今日は冬コミの申込をしました。
今朝も早朝出勤で人のおくちと戦っていたので、やっと二時半に昼休みをとって
郵便局に向う途中、日傘の内側で眠ってしまいそうになりました。

負けもよし

さすがに12時間ずーっと培養作業してると眼が回ります。
今日は、一週間分の仕事を一日でこなしてみました。

アニマックスで、もやしもんのアニメを見ていましたが、ワンクールだったので
あっけなく終わってしまい、あの可愛い菌劇場がもう見られないと思うとかなり残念。
僕もタダヤスみたく、菌が見られるようになったら、
こんなにカビと格闘しなくてもいいだろうにと思いつつも、
日常無菌はありえないので、見えたら見えたで戦々恐々でありましょう。
でも、せめて有事には、インキュベーターの奥から「かもすぞ~」という声を発して欲しい。

昨日は、カビが出てないかビクビクで出勤した後、東急の古書市に行きました。
色々負けっ放しでした。
古本買いにおける、僕的「負け」とはいくつかありますが。
どこかで苦渋の末大枚をはたいた本が、ずっと廉価で並んでいて、ぎゃーとなるとき。
値札を見る前に自分でこれなら買ってもいいと思った値段より、ずっと高くて、
まあ普通ならそこで、はいさようなら、なんですが。
その本が、めっちゃ面白そうとか、結構探していたとか、そういう時に、
じりじり本と睨み合いの格闘が、数秒から数分続き。
ついには、駕籠におさまってしまう瞬間をいいます。

えー今回は。
アイリス・マードックちゃんとか。
サーカス関連本とか。
なぜか、今まで逢ったこともなかった『小遊星物語』の世界異端の文学版をつかみ。
(と、いまネットで調べたら、さらに負けたことに気づく。ぎゃー、もっと安いのあるじゃん)

散々に負けを喫しましたが、面白かったです~。
しかし、なぜ百貨店の一階って、化粧品売り場なんだろう。
嫌煙家には煙草の匂いやケムは耐えられないだろうと同様に、
香水や化粧品の匂いや売り場の圧迫感も一部には公害です。
鼻つまんで、猛ダッシュでエスカレーターを駆け上る怪しいタヌキになっていました。

終了後、僕たちのいきつけ(?)の喫茶店TOPにしけこむ。
ここ、渋谷の喧噪から逸脱しているから大好き。
素氏がたのんだ、サーディントーストと僕のツナサンドを交換しながら、ほっこりしていました。
cod roe(コッド・ロウ)=タラコサンドが気になりまくりの夕暮れでした。

たたんのたん

昨日の疲れが出て、午前中はぼんやりしつつも、サイトの通販ページを更新。
さっそく、「夜極」にもお申し込みをいただいたと素氏から声をかけられ
自宅にいながら、かーーっと恥ずかしくて俯く。
いえ、ほんと、ありがとうございます、こんな辺境/偏狂本に興味を持っていただいて。

日差しを避けるように、夕方から出勤。
さすがに誰もいません。
休出するとときどき、
エジプト人留学生がスカイプで日本語教室受けていてぎょっとするんですが。
それも相手が、70歳超のおばあちゃま先生なのです。
一度日本語検定のテキスト見せてもらったら、中学社会の教科書のレベルでびっくり。

ま、そんなことより、また本日カビカビ事件が勃発。
もう、どうやったらええねん!
夜11時回っても帰れません~~。
緊急オペで戻ってきた先生に、電話して、走り回ってる~。
元々材料がヒトの口から来てるので、怪しさ満載なんですが、文句言っても僕の責任だ。
とりあえず、明日東急の古書市にいく前に、出勤せねば。

***

いま、小沼丹と三島を並行して読んでいます。
三島は、「禁色」ね。
三島って、前から美文だと思ってたけど、この話に限っては、敢えて技巧的に、
ねちねち下品なほどの鼻につきすぎる美文なんだなあ。
あの同性愛の青年に契約を結ぶ老作家の自己分析が、黄ばんだ白髪の趣。。

小沼丹は、気になっていた、ミステリ「黒いハンカチ」から復活。
なかなか古本屋でも見かけないし、見かけても小沼本は高いのよ~。

黒いハンカチ (創元推理文庫)黒いハンカチ (創元推理文庫)
(2003/07)
小沼 丹

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小沼さんのミステリは、ほのぼのというか、
地面に手首が転がっていて犬が咥えていっても、生臭くないんだ・笑。
というか、謎解き自体、犯行動機に一切重きを置かれていない不思議な味わい。
あっさりしすぎていて物足りないといえば、その通りだけど、
日常に潜むミステリって呼ぶにも、ちょっと趣が違うんだけど。

懐中時計 (講談社文芸文庫)懐中時計 (講談社文芸文庫)
(1991/09)
小沼 丹

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で、素晴らしいのはこちら。
以前読んだ「小さな手袋」でも相当惚れ込んでいましたが、いまやメロメロです。
小沼丹は、眼鏡じゃないのかなあと思ったら、違いました。。。
非常に残念です、眼鏡文人三人目の大候補だったのにー。

小説は昔から書いているが、昔は面白い話を作ることに興味があった。それがどう云うものか話を作ることに興味を失って、へんな云い方だが、作らないことに興味を持つようになった。自分を取巻く身近ななんでもない生活に、眼を向けるようになった。
277p 著者あとがきより


私小説というジャンルは僕はかなり苦手で、
その理由は内面の吐露・仮託された心象風景が貧相だったり、あまりにも濁っていたり
あるいは素直に日常を描くという手法が、稚拙さを拭う術だとはき違えていたり。
だから、小沼さんの話は、私小説じゃなく、まさしくオヌマ小説なんです。
この本に収録されている昭和30年代に書かれた、小沼さんいわくまだ「面白い話」を
目指していた頃の「断崖」や「砂丘」は、じわじわホラーです。
その怖さは、綺堂の怪談に似た、答えのない足元がじんわり冷たくなる感触。
技巧的ではないけど、やはり読者を引き込もうとする腕が見えています。

一方、大寺さんシリーズ(小沼さん=大寺さん)は、もっと寂しくて
空気や風や川音や本来視覚に訴えないものが、色をもって穏やかな不思議を生んでいる。
頸を傾げたくなる、けれども時折誰しもが体験する
カミサマの悪戯的な偶然の重なり、運命の曖昧さが不可思議にみえてくる。
百間が語る空間の歪みに少し似ているけど、百間が角度10度曲がってるとすれば
小沼さんは、ほんの1、2度なんだ、曲がり方が。
その見つけづらい褶曲の隙間に、悲しさがしっくり収まっている。
さみしいなんて一言も言わない、けれど、薄いレンズになって挟まってる。

ほんと、僕はこういう黙した寂しさ、黙した絶望に弱いんです。

夏コミ

素氏が某所で楽しげにお手伝いをはじめて、
日付が変わっていろんな報告を聞きつつ、僕は下がりかかった瞼がもう一度パチっとする。
そうして朝寝坊しそうになってしつこい目覚ましと格闘していると、夏コミの朝になっていました。

シェーアバルト本に乗っかってくださったPさんが
可愛いコピー誌を委託されたので、嬉々として並べました。
いろんな人がおみえになって。
人の顔が覚えられない僕は、もう何度も素氏から名前を聞いてる人のことも思い出せず。
挙句自分の新刊が手にとられると、ぐーっと恥ずかしくなって、下を向き本を読んでいました。
わんわんと天井に反響する人の声と、熱風をかき混ぜる重さで、
だんだん僕は睡魔に襲われて、店番の最中にこっくりしていました。
途中でコスプレ広場でポージングするプレーヤーの後姿を眺めつつ、
曇り空の下、秋の匂いが入った風に吹かれてコーラを飲んで涼んでいました。
喫煙所は、まったく換気も空調もなく、愛煙家ですら倒れそうなほどのケムの嵐でした。

時間はほわほわと過ぎていきましたが、イベントの空気を吸っているのが好きです。
たくさん手にとっていただき、お買い上げいただき、ありがとうございました。

撤収直前に来てくれた、Sちゃんさま。
いただいたカステラ、帰宅直後、うまーーと平らげました。
もっとゆっくりお話したかったですが、
年に一、二回でも直接お顔を拝見できると、とても安心してしまうのが不思議です。
と、久々の超私信。

水商売って、素氏にはとても合ってる気がします。
誰とでも話ができて、いい意味でも悪い意味でも、相手の言葉をふわっと受けてさっと飛ばす。
自分の身の中に入れないから、ちっとも痛くないし、相手も気安くなれる。
なんだか、水母の避雷針みたいなんだわ。
だから今夜も楽しくコップを磨かせてもらっていることでしょう。

いつまで経ってもお話がまともにできない僕は
なぜか「奇人たちの晩餐会」という映画を観て、大笑いしていました。

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(2003/08/08)
ジャック・ヴィルレフランシス・ユステール

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お馬鹿ちゃんを晩餐会に招待して、
嬉々として喋り捲るお馬鹿ちゃんを馬鹿にして笑い、こっそりチャンピオンを決めるという晩餐会。
でも、お話は、実際の晩餐会直前にぎっくり腰になった、招待者の元に
面接にくるマッチ棒で建物作るのが趣味な男と招待主のドタバタギャグでした。
ここでいうお馬鹿ちゃんは、強烈なオタクとまっしぐらなお間抜けさんをミックスした感じ。
だから、日本語のタイトルの「奇人」というのは変だし、
馬鹿(関西でいうところの、アホ)にさらに「ちゃん」をつけてあげないとふさわしくないのです。
本人は泣きたいほどずっと必死で、真摯で、そして繊細。
だから、最後の最後に、自分が、そんな下劣な晩餐会の客になっていたと知って
怒っても当然だけど、でも根っこが綺麗だから、また手助けせずにはいられなくなっちゃう。
「疲れる」ほどにまともに、最善策を探して、自分を貶めた相手に手を差し出さないといられなくなっちゃう。

こういう、アップテンポで、マシンガンで、繋がって倒れてゆくフレンチコメディー最高。
そして、大笑いしながら底辺に寂しい一人ぼっちの気配が流れているのも、すごくよかった。
オープニングアニメも、お馬鹿お馬鹿と唄う主題歌も、みんな出色でした。

本日はコミケ

いよいよ今日は夏コミですね。
(書いてるうちに、日付が変わってしまった)
やっぱり自分の新刊があるというのは、わくわくしますね。
暑くなるみたいだけど、楽しみ♪
ポップに飾るポスターも作ったよ。

あまり触れていませんでしたが、
「黒死館逍遥第九号」、いい感じに仕上がりました。
本人はちょっとグジグジしてるっぽいですが、校正担当者としては
読み物として、既刊以上に面白くなったのではと思ってます。
色々読者の人といっしょに謎解きする方向に修正したので
実際ベクトルをはっきりさせたことで、素氏の頭にある虫知識が次々に溢れてきました。
僕は中味がからっぽなので、その蓋がぱかっと開いてなにより。

本を作ってみない?と誘った第一号の入稿前夜、
私鉄T線を含む原稿を見て、ぎゃーーーーーっと叫んだことを思い出します。
君を信じていたのに。。。。これが本心でした・笑。
もはや、本としての体裁を整える時間しか(いやそれすらも怪しい)ない。
でも、今回はそんな積年の恨みをはらすべく(大げさ)、がっさり修正してもらったので
みんなで、私鉄T線からマッケイの地理本さがしの旅に出られますよ~。

あと、眼鏡文人・虫太郎もちゃっかりもっていきますので、どうぞよろしく。
それから、古巣のカカ○ルが今回も同じ西ホールなので、ちょいと覗きたい。
今夏の映画、カ○シがいっぱいでるみたいで、映画館に行こうかと考え中。
この間も、いちばん好きな、カ○シが写輪眼をオビトからもらうアニメも
偶然見ることができて、泣きました。。。

明日の休暇(といっても休日出勤振替ですが)をもぎ取るために、随分画策しました。
もうね、笑うしかない状態なので、いまの勤務状況。
そういえば、先日gooの質問箱をのぞいていて、偶然、培養関連質問みまして。
「なぜヒト由来細胞培養は、医療行為でないといえるんだ?」
「そんな培養がすごいんだったら、特許とれないのか?」
とか、かなりウムムな質問が色々混じっていて。
いや培養自体は、すごくないけど。
あー、培養って自分の中ではもはや日常だけど、一般にはイメージしにくいものかもとかなんとか。

ともやもやしたところで。
本日はおやすみなさい。

跳んで瞬く、その先の4

Image2721.jpg

お久しぶりです。
極道入稿から1週間で、PW様の印刷が仕上がってきました。
星物語クロウに白インクで刷った表紙はなかなか可愛いです。
本文も色刷りにしたかったのですが、間に合うわけもなく、
コミックブルー紙でなんとなく星の世界をあらわしています。

えーこのいかにも売れない本(A5 60p 600円)の初売りは。
夏コミ1日目。
八月十四日 サークル名 黒死館附属幻稚園 西1 ま-21b
にて委託販売です。

実に、蝸牛のささやきとしては、3年振りの新刊でしょうか。
これ、別冊眼鏡文人と銘打っておりますが、
シェーアバルト「小遊星物語」のファンブックです。
日本人の中で、千人も読んでいるのかわからないけど、素敵な本なのです。

「夜極 跳んで瞬く、その先の」のなかみは。
「小遊星物語」を知らない方にも、原文を読んでみたいなと思うように作ったつもり。
大格闘のイラスト42枚で再構成したり、世界観をまとめたりしています。
ヘボイラストの一例は、こちらでみてね。

脱稿後、解放されてすぐに読んだのが、小林多喜二の『一九二八年三月十五日』でした。
実は多喜二とシェーアバルトは僕の中で、同じジャンルの人なのだ(笑)。
革命をどう捉えるかが、ちょっと違うだけで、戦士という意味では同じなの。
なので、巻末対談で少ししか触れていませんが、『小遊星』の切なさと面白さは、その辺りにヒントがあると思っています。

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絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
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