2009-03

エイリアン生まれる

昨日一端ひいていた熱が、明け方から再び急上昇。
雨が降ったからさほど空気が乾燥しているとも思えないのに、
喉にはビニールがはりついたみたいになって、声の出し方が分からない。
素氏も一晩中、噎せるような咳を繰返す。

口がすぐにからからになるので、ペットボトルに水をくんで枕元へ。
そういえば、洗面台の蛇口についていた整流板(目の粗さが違う網が何枚も重なっているの、こんなものが蛇口についていたと知らなかった)が、外れて、四方八方シャワー状態。
大家さんに電話しなくちゃ。

さっき、はりついたビニールが苦しくて何度も咳を繰返したら。
鼻から怖ろしげなモノが飛び出しました。
白血球の古戦場。
親指大の塊。
血液混じりのぶよぶよで硬いの。
エイリアンが背中から移動して、外に出たらしい。

風邪はいつも苦しいのは当たり前ですが。
同時に風邪はデトックス効果が高いと思います。
むくみとかコリとかが、一気に放出されるので、抜け殻になれるのです。

布団に潜って、昨日届いた、楯四郎「浅草怨恨歌」を半分ほど読む。
『薔薇族』に掲載されていたという、そっち向けの中編集ですが。
いや、筋立てはド演歌で予定調和といえなくもないけど(エロスタナトス)、
特に戦前の浅草や刑務所の描写が素晴らしいです。
浅草十二階を巡る話も数あれど、こんな悲壮感が崩壊につながる話ははじめて。
しかしこの徹底したリアリズムは、どこから来るのか。
ちらっとみた作者の方の経歴からすると、すごく遠い世界のように思えるのだけど。

そういえば、先日黒部の太陽を二日連続首っ引きで見た後にネットをみたら
googleの急上昇ワードに「あかせん」と出ていて、かなり引いた。
そうか、分からないかと。
でも、この本のルビを見てると、自分が知らない用語も山とあると感じる。
(ペラゴロは解説なしでも、分かったけどね)

何にせよ、伊藤文学さんのブログで気になって注文してよかった。
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パンダはまだ61だから♪

シルクスクリーンの美しさは、色彩の刃にある。
近づけば湿度の高い表面の落ち着きが、距離をおけばおくほど、光沢をえる。
描線・打点は時に重なって鈍っていっても、色彩だけはとがってゆく。
ついには次元を奥へ手前と押し広げてゆく。
たとえこれが、一色で刷り上げられたものであったとしても。

都営新宿線・三田線とのりつぎ、武蔵小杉まで。
【複々製に進路をとれ 粟津潔60年の軌跡】に行ってきました。

素氏がさくさく進んでいく中、僕はかなり遅いスピードで進んでいた。
おそらくポスターに描かれた文字を一つ一つを読んでいたせいで、また同じ図版も色をかえるごと、与えられる印象がすっくり違ってゆく面白さに見とれていたためと思われる。
その後、中期のシルクスクリーンで、足はぴたりと止まった。
亀と椿をモチーフにした作品が、あんまり鮮烈で。

素氏が、ポスターっていうのは、街の雑踏の中に、ぽんと飛び出す衝撃があってからこそのものだから、あんな風に何十枚と並べると意味が違ってくると、呟いたのが印象的だった。
その言葉のせいではないだろうが、僕の中に何か図録に収められたモノと展示物の距離感が喉につかえ、とってもいい図録が二冊もあったのに、、、買いませんでした。
絵葉書も、いつもながらに、僕の好みとは違うモノしか印刷されておらず。
結局ミュージアムショップで手にしたのは、童話をモチーフにした七宝焼き風のカードスタンド。
どれもこれも可愛かったけど、悩んだ末、ジャックと豆の木と、狼と三匹の子山羊を購入。
金曜にですぺらで頂いた、山本六三展の葉書を載せてみました。

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さあ、その後は。
素氏のセンチメンタルジャーニーです。
詳しくは、パンダ日記でご覧下さい。
でも、あそこに出てる6枚の写真、全部おれっちが撮影したんだよー。
全部使われて、こっちで使えるモノがないんだよー。
と文句をいっておこう。

しかし、足はぐだぐだになりましたが、楽しかった。
いきなり団地の地番表示が久本になっているのを報告した時に、素氏のアタフタ具合はなかったです。
加えて、自分の母校が、公立で小中高と一箇所に固まってる人もそうそういないだろうということで、高校の図書室前で写真をとったら、僕も俄然、うひひとなってしまい。
そこからは、全三枚を収めねばと躍起になっておりました。
僕自身は、もう幼稚園・小学校は跡形もないし、中学校ももうすぐなくなるし、、、な人なので、こんな遊びができる素氏が照れくさそうにしていても、羨ましかったな。

感傷散歩の後半、すごい地帯に潜り込みました。
久本神社という場所を探しに行ったんだけど。
タモリの坂道ダッシュなんて目じゃない、勾配45度越えてるでしょと思えるような、階段が、小さなアパートや民家の周囲でトグロを巻いていた。
あるビルの屋上には、真っ赤な鳥居が建ち、はたまた、民家の庭先にも鳥居が建ち。
ここか!あそこか!と久本神社を探しまくったのです。
(結局、道一本まちがえていただけで、件の神社は、普通の平地に建っていた)
いや、あそこに棲んでる人に、真夜中に遊びにこいと呼び出されたら、絶対泣く。
小学生の素氏が、夜明け前に怖くて新聞配達に行けず、届いてないと叱られたというのも、さもありなん。
三次元迷路、エッシャー世界を地でいくような、不可思議空間でありました。
でも、またせんちめんたるじゃあにい♪に同行したいと思っています。

で、自称知恵熱でぶったおれた素氏ですが。
その知恵熱という名の風邪が、僕の口蓋にもしっかり張り付いたようで。
昨日は出勤したものの、早退。
ガクガクブルブルの発熱でもうだめ。
早く良くなりたいです。

そうそう、僕と親しい人(ごく僅か数名)は、みんなスポーツが大嫌いなので。
ようやくここ二週間ほど続いた、俄国民一致団結呪いの球技が終了して一息。
先週、今夜のカラオケどうなるの?と聞いたら、3対0と答えられて、発狂し。
昨日は、突っ伏して苦しんでるところで、ワンセグ持った輩に、ねえねえ今、1点入ったよと言われ。
ええい!
高校生の頃、教室で阪神優勝とか大騒ぎしていた奴らも含め。
みんながみんな、オリンピックとかサッカーとか好きだと思うなよ!
と、熱でうなされながら叫んでいました。
こういうマスコミの扇動って許せない。
ちなみに、僕はスポーツやる人は、別に勝手にやればいいと思ってる。
他人の褌で相撲を取るといった大騒ぎが嫌いなんです。

津軽娘は泣いたとさ

rain19326.jpg

現在二階で光の工事中。
ちょい二日酔いで、朝からの掃除でふらふらに。
リンパ腺の腫れは試しに、ロキソニンとフロモックス飲んでみたら、微熱もろとも消えました。
原因いまだわからず。

昨日のカラオケは、昭和メドレーということで。
みんなが近々の流行歌を唄う中、異様なオーラを発して唸らせていただきました。
加齢とともに、やはり声が低くなっていくようで、唸る方が楽です。
ラインナップは。
五番街のマリー、学生街の喫茶店、ジョニーへの伝言、りんご追分、真っ赤な太陽、あの鐘を鳴らすのはあなた、タイムマシンにおねがい、プレイバックPart2、ひと夏の経験、蘇州夜曲、ちっちゃな時から。
りんご追分は、、、異常にうけた。
語りの部分は、昭和のRAPと呼ばれて、笑い転げられました。
最後は、素氏の十八番、東京ラプソディーで、みんなに「みやこ!」を強要した。。。
いやーひさびさに楽しいカラオケだったわ。
でも、浅川マキの曲、もっと入れてほしい。
特に、めくら花とか、ハスリン・ダンとか、、、極希望。

巷では三連休ですが。
僕は三日ともお布団交換へいかねば。
でも、今夜は赤坂某所へ行けるはず。
明日は、川崎か五反田へ行けるはず。
ということで、縮小版三連休を楽しみたいと思ってます。

そうそう。
YBBでねじこもうとしてねじこめなかった、ネットTVの番組表。
光TVの方から予告もなく、届いていました。
やった!これで、また映画を楽しく録画できます。
ちなみに、素氏の8mmやVHSコレクションは、半端でなく。
わざわざDVD焼き専用のパソまで用意していますが、僕が、どんどん録画を重ねるので、余計に収集がつかない事態に。

先日、モーム原作の「痴人の愛」(原作:人間の絆)と「雨」をみました。
貴重なのは、淀川長治の解説つきということ。
いやー、どちらも面白かった。
特に、「雨」がもう原作読みたくないって思えるくらい・笑。
いや、モームって、いやな話が多くて。
そんなに波風立つわけではなく、淡々と屈折した日常・男女関係を描いてるんですが。
多分、モームという人は、嫌いな種類の人間を、ねちねち執拗に描くことで昇華するタイプかなと。

「雨」の中では、娼婦を改心させようとする神父の異様さがまざまざと出ていて。
僕自身、誰にも説明つけがたい、一種の個人的な宗教を信仰するものではあるのですが、
それは個人的であるあまり、一切布教・伝播といった必要性を考えたことがない。
モームは、宗教嫌悪というより、布教をもって他者の内面を侵害することをひどく嫌ったのであろうと思われます。
その娼婦が洗脳とも思われる忘我の境地で神父に救いを求める場面。
どんなに呪詛の言葉を吐かれても、余計に嬉々として、悪魔よされと叫ぶシーンもすごかったのですが。
やはり、最後のどんでん返しが、狂気に充ちていて、サイコホラーも真っ青。

でも、、、神父の呪いが我が家にもやってきていたのです。
どんでん返しの直後、おそらく淀川長治が示唆していた部分で、ネットテレビが寸断。
おそらく数分だったと思われますが。
二人して、わーーーー、呪われたーーと叫びました。
しかし、あまりに恐ろしく、粘液質な映画なので、(神父の奥方も絵で描いたような鼻持ちならなさ)、もう二度とみなくてもいいけど、いい映画だったなと思いました。

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ドラドラキュキュドラドラ

おとついから、日増しに首のリンパが腫れて痛いよーの絹子です。
発熱しそうでしないから、中途半端に調子が出ません。
果たして明日のカラオケは行けるのでしょうか。

うちの職場は奇人変人ショーみたいな、
というかありえないくらい我儘放題の大集団で、
こんなヌクヌクの環境にぶーたれていられるミラクルにいつも眼を回しています。
まあ、奇人変人というのなら、僕も人後に落ちないでしょう。
そんな中、日々盛り上がるのは、狐の化かし合いです。

昨日、普段は仕掛け人である院生が、実験の進行があまりに悪いので
真っ青になって、相談してきました。
で、うまくいくコツを教えたら、その魔法の液体(というほどでもない、pHメーター動員の面倒だけど手作り可能なもの)は、どうやったら手に入るのかと聞き回りました。
そしたら、Aさんが、それは新幹線博多東京往復できる高価な代物だといいました。
さらに青ざめながら院生は、なぜみんな手作りしてるんだと訊くので。
僕は、既製品を買えば、アメリカ日本の往復チケットに相当すると、ノリノリで答えました。
ついでに、Aさんはさらに効能あらたかな液体は麦酒だと教えました。
。。。その頃になって、ようやく院生は、真っ青から真っ赤になっていました。
信じていたようです。
で、本日は、そのめっちゃ高い液体の名前をとって、テベステという新たな通貨単位が生まれました。
飛行機に乗るときは、500mlのボトルをもっていけば。
いきなり別室に呼ばれて、ファーストクラス扱いです。
特に、x10(十倍濃度:普通は作るのが面倒なので、使用時に希釈して使う)ボトルを持っていったら、マイレージが溜まりまくりです。
周囲からは「あの最高級ブランドテベステを・・・」と羨望の眼差しです。
給料がテベステで払われる時には、途中で気化したりしないように、凍結して持って帰らねばなりません。

ってな話で一日中、ゆるーーくお腹を捻らせていました。
脇では、相変わらず辞典更新にむけて、検索を怠りませんでしたが。
しかし、歴代のラボの中でも、ここまでゆるいというか(仕事の内容はシビアだけど)、へぼへぼラボは見たことがありません。
まあ、だんだん一年経って馴染んできたということで、いいことかもしれませんが。

***

現在、通勤中に、紀田順一郎さんの「古本街の殺人」(鹿の幻影)を、わくわく読み進めていますが。
そもそもチョイ前に読んでいたホームズもののパスティーシュがあんまりで、投げ出し寸前で同じ鞄に入っているというわけ。

シャーロック・ホームズ対ドラキュラ―あるいは血まみれ伯爵の冒険 (河出文庫)シャーロック・ホームズ対ドラキュラ―あるいは血まみれ伯爵の冒険 (河出文庫)
(1992/04)
ジョン・H. ワトスン

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いや、「ホームズとワトソン」という、メッチャ面白い二人の友情研究書(同性愛説を否定しようとしながら、どうもメンタルには肯定に傾いているくさいところが笑えます)の著者ジューン・トムソンのパスティ-シュがよかったので。
あるいは、完全版(字幕)のグラナダホームズで、今頃ジェレミーの色気にやられたため。
さらに夏コミでジェレミー本とか買って余計に嬉しくなったため。
今頃、こんなジャンルを彷徨い始めてしまったのですが。

このドラキュラ対決は、、、頂けません。
ジューン・トムソンも、よかったとはいいながら、両者に共通しているのは、理想のホームズ(及びワトソン)像が鼻につくということ。
きっとこの二人ならこういう行動を取るだろうという、くすぐりが過剰にでてくる。
加えて、「僕の」「私の」ホームズなら、きっとこうしてくれるはずだ!という、愛国心過剰追求型とか、日常なんでも推理漬け型とか。。。
まあ、これは、僕自身が好むホームズの一面である、麻薬におぼれるけだるさ、焦燥といったものからのズレであり。
よくよく二次創作をやっていた時代を考えれば。
そう、パロは、妄想の極大化であって、妄想の好みが合致しなければ、ダメなんだという、結論に達するわけです。

では、その好みの部分を排除しても頂けない理由とは。
ジューン・トムソンの場合、ストーリーにオリジナリティがあり、筆力がありました。
でも、ドラキュラというかくも著名なキャラと同じまな板に載せた場合、ついでに、ヴァン・ヘルシングも載せてしまった場合、ストーリーの骨は一見、簡単に構築出来るように思えますが。
本当は、ものすごく難しい挑戦をしていることになる。
だから、合間に、ドラキュラ伯爵がべーカー街221Bにやってきて、ホームズの名声はトランシルバニアまで届いているとか、餌食になって吸血鬼になった女性の色香にワトソンがやられそうになるとか。。。
そういうのは、なしにしてもらいたいと思うのは、僕だけかな。
うん、二次創作/ダブルパロは簡単なようで、めっちゃ難しいんだよという、お話でした。

ホームズとワトスン―友情の研究 (創元推理文庫)ホームズとワトスン―友情の研究 (創元推理文庫)
(1998/10)
ジューン トムスン

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布団がふっとんだ

花粉症絶賛あびあび中。
せっかく素氏に出して貰った空気清浄機もイマイチですが
これでも昔に較べたら、かなりましなほうです。
10年位前は、鼻づまりが酷すぎて夜中になんども、呼吸困難で目覚めていました。

数年前、アレルゲンそのまま飲用作戦を、実行。
某お花屋さんから分けて貰った杉の木屑をそのまま麦茶と一緒に煮出して飲む。
という、アナフィラキーシショックを完全に無視した荒療治をしてから、
ましになったというわけ。
でも、アナフィラキシーは下手すると呼吸困難で死にも至るので、オススメは出来ません。

昨日は、一箱に向けて、本の整理を敢行。
我が家の三部屋はすべて本に埋め尽くされていますが、素氏の部屋は煙草の煙も浴びないし、年中カーテンで真っ暗なので、大事な蔵書の保管には適しています。
その一角にある、余り大事だから、触ったこともない一角は。
シブサワナカイタネムラツカモトスナガカトウイクヤイワナリタツヤタルホハニヤタキグチハギワラキョウジロウアイザワケイゾウタダチマコタケミツトオルクボタハンニャヨシダイッスイヤマナカチリュウ
とかいった面々が、ぎゅうぎゅうに詰まっています。

今回新メンツを加えるに辺り、いつものごとく変な呟きを繰返す。
いわく、ナカイの横にアイザワケイゾウを置いて上げようと思ったが。
スペースの関係で、別れ別れになったとき。
「あー、残念だったね。藍ちゃんいなくなったよー」とかなんとか。
いいかげん、しばかれそうですが、遊んでいます。

で、実はこの魔空には置いてもらえないくせに、異常に数が多い人。
第一位は、高橋和巳・笑。
いや、この人の場合、著作は文庫が主流ですが、なにより、研究書が多すぎ。
ちなみに、出口なおとか王仁三郎文献も、もちろんの如くありんす。
恩師の吉川幸次郎の中国詩史もありんす。
(高橋和巳が大学で教えていた専門は、李商隠とかこっちですからね)
第二位は、福永武彦の単行本。
深夜の散歩・玩草亭百花譜・小説の愉しみ以外は、25冊箱付きなので、めっちゃ嵩張ってます。
あ、そうそう。
高橋和巳よりも多い人がいた。
変な言い方ですが、老後の愉しみ(になるのか心許なし)用になぜか大量の長野まゆみ本があり。
何故自分が、これだけ100均で回収してるのか理由も不明になってきています。

あと、今回は、サーカス文献を一挙に会衆。
可愛いので、いちばん近くに置いて上げました。

で、一箱のためには、ちょいと素敵な本をと思っていたんですが。
Wの悲劇が起きまくりまして。
ええ、だぶりー!だぶりー!です。
でもダブってるからこそ、普段は温存してしまう本が放出できると、視点を変えましょう。
まだ大して迷わない内に、既に段ボール3箱を越えてしまいました。
あー、値付けが、データ入力が愉しみ。
僕は事務仕事が大好きなので、データベース作りが大好きなので、
四月末まで楽しみを残しておくことができないかもしれませぬ。

あと、背中の痛みが一進一退で。
その一因と考えられるセンベイ布団の撤去も行いました。
一万払って通販で届いたふかふか君。
これまでシングルで巨体二人が寝るという狭さだったのが、ダブルにまで広がったはいいけど、シーツが、届かない・涙。
さらに毛布も掛け布団もシングル一枚なので、取り合い必至。
さて、このふかふか君が痛みを吹き飛ばしてくれるか、乞うご期待です。

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日が延びてきて、仕事帰りの空が綺麗になってきたので、パチリ。

風強し

木曜日。
うっかり蛍光染色やったら、予想通り、がっつり残業になり。
(退色するので、さっさと写真とらないといけないんだけど。
僕は、この顕微鏡の写真とりが、ものすごく苦手)
7時すぎて外来にいったら、ものすごい人海戦術で、みんなが患者さんに電話をかけまくってました。
一人のドクターの休診が決まったらしいので、予約変更をやっていた。
当たり前だけど、大きめな総合病院とはいえ、このへん、超アナログな方法しかないんだわ。

とよろめきつつ、帰宅の途次。
毎日必ず通る道の脇に、午前中、盛り土がなされ、鉄筋の枠組みが地上部分だけできていた。
じゃあ、来週くらいから上階に向かって鉄筋が組まれるんだろうなと。
しかし。
20時頃の時点で、げっと呟く。
あのー、もう地上三階のビルが建ってるんですけど。
外側のタイルも、窓ガラスもちゃんと入ってるんですけど。
マジックか!と花粉でかすんだ眼をこすった。
でも素氏に言ったら、これがパネル工法とかいうものだと教えられました。
しかし、びっくりだったわ。

金曜日、強風、雨はまだ降らず。
おうちにこもって、ネットの解約電話に30分以上を費やす。

実は、やめるYBBから毎月送られてきていたネットテレビの番組冊子が、ものすごくお気に入りで。
一日ずつ見開き、三十数局の番組が一望できるし、コアな映画もまとめてあるし。
なにしろ便利な代物でした。
来週末工事が入る光の方もネットTVを導入したけど、そんな冊子はないから
ADSLやめても、その冊子だけ継続購入できないか、しつこく調べてもらっていたのです。
(僕たちが好んで観ている、シネフィル・イマジカとか、ミステリチャンネルとか、ほぼ重なっているから、個人的には有用)
結果としては、だめでした。
あー、これだけケーブルやスカパーやネットTVで同じ番組局やってるんだから、
そういう専門の番組雑誌が出たっていいじゃないですか!
ネットで調べるのって、逆に面倒なんだよー。

ちなみに。
我が家は新聞をとっていないので、地上波はもっぱらL25の番組表に頼っています。

さらに夕方、昨日から始まった、深川いっぷくさんの日月堂さん展示紙モノをのぞきにいく。
調剤室ギャラリーには、断裁していない、古いマッチラベルが展示されていて、かわいいです。
一枚のシートに、何種もの図柄が印刷されていて。
多分、納品数に合わせて、一枚に複数の依頼図版は載せられているのだろうと。
東京だけでなく、名古屋のもいっぱいありました。

あとうちの神戸のおばあちゃんも残しに残していた、百貨店の包装紙も、
古い書店名入りの紙ブックカバーも、売り物に。
素氏は戦前の映画パンフ(ちらし)に釘付けになっていました。

で、本日は大嵐。
よろめいて出勤しようとしたら、地下鉄の電光行き先案内板が真っ黒になってました。
連絡している京王線が、風で乱れまくりのようで、つながっているこっちもぼろぼろに。
職場につくと、誰もいませんでした、見事に、真っ暗。

さて、ようやく雨があがったようなので。
素氏が退勤したら、ふたたびいっぷくさんへゴーです。
本日から一箱古本が始まるので、早めに掴みたくて、頑張ってチャリを飛ばす予定です。


エイリアンの卵

疲れてくると、よく肩甲骨の間の地帯から。
めきめきって裂けて、な、な、何かが生まれる。
ってな痛みに襲われる僕ですが。

ここのところちょい本人的にはきばって日記更新したりして
ついでに、昨日今日と緊張やらハプニングの連続で、また新たな生物が。
今回は、腰より上で、肺の裏側から、、、ぼたぼたっとエイリアンが鎌首もたげた状態。
椅子に座ってるのもつらい。。。。

まあ人間毎日オモロイねたがあるはずもないので
今日は早めに就寝しようと思います。
金曜は振替休日でやすめるはず。
(いまごろ11月の休日出勤分を消化してるとか、考えないことにしたい)

二人揃って大金欠月間なので。
おそらくサブナードもサンシャインも古書市、覗けそうにありません。
川崎でやっている粟津潔展も、猛烈に行きたいのですが、図録とか手招きするものが待ち受けていること必至なので、駄目でしょう。
逼塞逼塞。
とはいえ、自転車でいける、深川いっぷくさんのイベントには乗り込むぞ!
日月堂さん出展の紙物と、一箱古本市があるので。
ここは、見逃せないというわけです。

もうエイリアンちゃん。
中途でねばーーっと背中で立ち上がらないで。
(あ、巨神兵が早すぎた復活で、腐ってくイメージにも似ている)
さっさと脱皮してくださいよー。

猫がいるので遅れます

今日はオペ日。
奇跡的に二枚目でなんとかなる。
全三枚しかなかったから、胃はいつも通りキリキリマイだったけど。
オペの日は必ずおなかがPです。
今日も当然ながらおなかが爆発したまま、臨みました。

また、明日から新規の細胞ちゃんをばら撒きます。
で二週間後、またPになる予定です。
しかし。。。なんでこんなに間断なく続くのかしら。
あんなに、並行作業にしてくれってたのんでるのにーー。

おととい、GWに行われる一箱古本市の申し込みました。
二週連続五月は大忙しになりますが、頑張るぞー。
今から素氏とあれこれ本の選出などしながら、値つけするのが楽しみです。
あと、眼鏡な一号を再版かけようと思ってます。
例のエクセルを縦横を反転させる技、教えていただいて相当経ちますが
今回はばっちり縦にして、見やすくする予定。
しかし、古い原稿の校正って、かなり恥ずかしい。。

いま、通勤中に読んでるのが、これ。

動物裁判―西欧中世・正義のコスモス (講談社現代新書)動物裁判―西欧中世・正義のコスモス (講談社現代新書)
(1990/09)
池上 俊一

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ぷふふふっていう笑いに満ちた前段から、ついに謎解きに入って、ますます眼を開かされています。

そもそも中世ヨーロッパで頻繁に行われていた動物裁判は、
豚・牛などの家畜が人を襲ったときに、きっちりと人と同じように審理が進められ
有罪が確定すると、被告(襲った家畜)そのものが実刑をうけるという。
でもね。
被告人は、農作物を荒らすネズミや虫や、、、あげくミミズとかまで召還されたらしい。
召還しても、裁判所には現れません。
当たり前や・笑。
もちろん、弁護人もいます。
弁護人の抗弁も冴えてます。
いわく、途中に猫がいて遠回りしないといけなかったとか、小さくて歩幅がたりないからまだ到達しないとか、既に毛虫は羽化して飛び去ってしまったとか。。。

謎は、なぜ中世の欧州にだけ、大真面目にみんなが動物たちに裁判をかけたか?ということ。
僕自身の考えは、これまでの研究者が挙げた説の中の「威嚇刑説」にやや近いけど、どっちかというとカタルシス昇華的なもの。
威嚇刑説とは、人間が同様に他者に傷害を及ぼした場合、この磔刑や焼殺(獣姦では特に、犯した人間とともに、動物が焼かれることが多かったそうな)に処せられるのだから、やめておけというもの。
僕の場合は、いわゆる弔い的な意味合いを強く感じていた。
葬式とか、法事というのは、死者よりもむしろ生者(遺された者)のためにあるものだと思っている。
だから、家族を家畜に殺された者および彼らを内包するコミュニティの内面的浄化といったものを考えていた。
でも、これだと、殺傷に至らない、害虫的犯罪を裁く意味合いは、まったくなくなってしまいますものね。

池上氏は、なぜこの時代・この地域に限って起こったのかを考えるには、もっと鳥瞰的な歴史・文化観が必要だと、謎解きを始めました。
うん、だって、既に13世紀の法学者や神学者の一部では、こんな裁判は意味がなく逆に罪深いものであって、近代に整った、所有者の責任追及・損害賠償の論理を貫くべきだと、既に発言しているんですって。
池上氏はまず、農耕具の発達や三圃制の伝播により、貨幣経済への発展が生まれ、都市が発生したことに着目。
また必死に広めたはずのキリスト教が中世には、根強い土着の汎神を信じる自然宗教(これを異教と呼ぶのは、キリスト教側からのしゃべりですね、全く)と歪曲した戦いを続けていた点にも注目。
さあ、これからどうなりますか。
おもしろいですねー。

ということで、明日はその謎が快刀乱麻と解き明かされそう。
こういうフォークロアの謎解きは、いつもわくわくします。
この手のジャンルで僕の眼を開かせてくれた本である↓も、最高にエキサイトした読書だったことを思い出しました。

ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界 (ちくま文庫)ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界 (ちくま文庫)
(1988/12)
阿部 謹也

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ズンドコ刑事(デカ)物語

ズンドコ刑事(ベテラン刑事部長)&タヌキチ刑事(新米ぺーぺー)のある昼下がり。

「おやっさん、たれ込みがあったって、ほんとうっすか」
「おう、さっきイントラネットリとかいう、細い線から手紙がきた」
「それを言うなら、インターネットでメールじゃ。で、虫の野郎が書き残した名前がガセじゃないとか聞きましたが」
「おうよ、オレは古い人間だからな。古地図で見つけた地名がホンボシだと思いこんで、ネットリの方はちっとも探ってなかったってわけよ」
「だから、ネットでしょ」
「まあ、なんでもいい。ケーニヒスブルックの正しい場所だけじゃあなく、あのゲオルヒ・バルティシュが本当にいたっていうんだからな、すごいぜ」
「たしかに、すごい情報ですな。しかし、このバルティシュって奴の残した本もすごいですな。思わず壁紙に使いたくなる・・・」
「やめとけ、やめとけ。いくらお前が人工の目玉をこさえてたとか言ってもな、そいつをさらけだしちゃ、おしましよ。そんなことより、ガタガタ言う前に、早く次の事件を洗うんだ」
「分かりましたっ。次の項目も、ネットで・・・」
「バカヤロウ!デカは足で洗え!靴底ぺらぺらになるまで、聞き込みだ!」
「いや・・・だから・・・その・・・」

***

ふざけて、すみません・苦笑。
ちょっと頭がおかしくなってるみたいです。

ちなみに、その職場の壁紙に使おうかと思った画像がこれ。
ゲオルヒ・バルティシュが書いた凄い眼科手術の木版画本”Ophthalmodouleia Das ist Augendienst”に載ってる絵ですが。。
笑える。。。

eye_problems.jpg


えー、素氏の日記でも報告しておりますが。
「黒死館逍遙」のご購読者I様から、貴重なご指摘をうけ、時計室の項目を訂正させていただきました。
本当に貴重な情報、ありがとうございました。
我々、細々と日々、語彙との格闘を繰り広げています。
皆様のご指摘、どうぞどしどし、お寄せ下さいませ。

あと、半年前から始めた、辞典のアーカイブですが。
当初は、素氏が黒死館徘徊録でUPしたものを、ほぼそのまま載せるだけでした。
でも、最近は、僕がすべての語彙や画像を、総ざらいしてネット検索しています。
なので、昨年夏に手がけた部分などは、もう一度やり直さねば!と思っている次第。
その間にも、どこかの国で、新たな情報や文献がネットの海に投げ出されていることでしょう。
つまり。
無間地獄。
でも、楽しいので、何度でも、最初に戻ってあそべまーーす。

****

本日は、出勤前に、最寄り駅のカレー屋さんに寄りました。
この店、なぜか、この近辺には唯一の、カレーチェーン店○○壱番の目と鼻の先に出店。
そして、異常に休みが多い。
なので、僕は帰り道に覗くたび、また今日も休みかよ、また誰も客が入ってないぜと、
むしろ明日にも潰れるんじゃないかと、やきもきしていました。

で、入ってみたところ。
もう、こんなカレー食べたことないよ!
最近とみに増えた、インド人経営のカレーも、バターたっぷりのナンでいただくのが、うまうまですが。
はたまた、カレールーも美味しくなって家庭でもおいしく作れるようになりましたが。
ここのは、全く別物。
僕が食した、ディープオニオンチキンなどは、タマネギを炒めに炒めてあるので、トテトテ。
最初にタマネギの甘みがぐわっと広がって、その後、スパイスが火山の如く噴き出す。
ひーーー、からいーー。

素氏が、昔カレー屋のおやじさんから習ったという方法では、
スパイスの効いたカレーは、ご飯とよくまぜないとダメだということで、
僕も実践。
たしかに、ご飯の甘みが助けになって、噴火が収まりました。
いやあ、まさに新しい味覚で、おいしかったなあ^^
で、どうやら、ここは八丁堀にある店の支店みたいです。
こういうお店、潰れて欲しくないなあ。
今度は、たっぷりチーズをトッピングしてみたいです。

涙が滲んだり滲まなかったり

本日も休日出勤。
ええ、もう多くを語るの面倒なくらい、ずーーっと土日出勤してます。
まあ、手抜きしてオペの朝に真っ青になるくらいなら、大したことないし。
手抜きしてなくても、真っ青で指ガクガクはいつものことですが。

古代時計室の「い01」を更新しました。
次の02は、ちょいと曲者カタカナ群なので、少々時間がかかるかも。

えー、僕は生来の面倒くさがりなので、
ものすごいコストがかかっていると分かっていても放置していることが多々あり。
しかし、このご時世とは関係なく、新刊本もロクに買えず、
衣料品などは一枚も買わず、博打を打ちたい宝くじさえ買えず、弁当をつくり。。。
な貧しい身の上なので、そろそろコストダウンに乗り出すことに。

その最たるものが、ネット関係なんですが。
二年前に購入したデスクトップをたった2万安くしたかったために、光回線を導入。
しかし既にネット多チャンネルTVが入った、別ADSLを使っていた。
なので、無料お試し期間が終わっても、光は放置プレー。
ところがある日、ADSL側がおかしくなったので、光につなぎ。
でもネットTVが見れないのに困って数ヶ月後、連絡して、モデムセット交換。
配線上、その後、二階は光、一階のノーパソ二台はADSLとなっていた。
結果、すごーーい金額を毎月支払っていたのです。
もちろん、その他素氏がHPとメアドのためにやってるプロバイダとか
僕がHPやってるレンタルサーバーとか合わせると、、、怖ろしや。

そこで数日、光の方でネットTVが見られるようにならないかとか。
ADSLのプロバイダを光に移行できないかとか。
携帯と自宅電話の関係をもっと安くできないかとか。
延々計算をし、カスタマセンターに電話し、ようやく重すぎる腰をあげました。

当初、なじみ深いADSL側(YAHOOBB)を残そうとおもっていたんですよ。
携帯もSOFTBANKだし。
でも、光を新たに光ONEっていうのに変えたときの早さが余りにも違う。
同時に、光ONEにすると、固定電話の使用料金が激減する。
つーことで、工事OKが出たら、慣れ親しんだYAHOOともお別れに。

で、僕はメアドの数が半端じゃなく、TPOでかなり使いわけているのですが。
その中でも大事だった、ybb君がなくなってしまうことになり、ちょいと寒い気分です。
なんだかねー、昔、電話会社の回線争奪戦の時に、めちゃくちゃしつこかったのが、
その光oneをやってるところなんですよねえ。
とはいえ、コストダウンに励むため、頑張ります。

話変わって。
昨日、待ってました!の本が到着。
まだ、パラパラとしてか読んでいないのですが、、泣ける。

神戸70s青春古書街図神戸70s青春古書街図
(2009/02)
野村 恒彦

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僕の実家の住所は、神戸市中央区元町通1丁目。
旧表示は、神戸市生田区元町通1丁目52-1。
で、この本には、僕が子供の頃たしかにあったはずの、古本屋さんがいっぱい出てきます。
あの伝説の黒木書店は、元町通3丁目にあったということですが。
記憶の中には、残っていません。

そもそも初めて自分が買った古書は。
元町駅から三宮駅に向かうJRの高架下北側の薄暗く長く伸びる空間に、ずらっと並んでいたワゴンの中で見つけた、清原なつのの「花岡ちゃんの夏休み」でした・笑。
それが高校生の時。
べつにワゴンセールとかじゃなく、いつもそこにワゴンがあったはずですが。
(多分、昭和の終わりくらいまで)
この本の中では、店舗ではなかったせいか、採り上げられていません。
そもそも古本にはまったのって、上京してからなので、折角あんなロケーションに棲んでいながら、何やってんだ!という感じですが。
著者がずっと携行していた神戸の古書店地図に挙がったお店や、地名を見ていると、じわじわしてきます。

そうそう、元町商店街ではなく、北側にあった「つのぶえ書房」さんは、小学生の頃から、その扉だけはじっと見ていました。
なんか、怖かったんですね。
店舗が二階なので、とびらに店名が貼り付けてあるだけで。
で、素氏と神戸行脚をしたときに、生まれて初めて、その階段をのぼったと。
階段の途中で、素氏がきゃあきゃあ叫んで、どんどん掴んで、挙げ句の果てにヤマを崩したと。
ほんと、ここ何年か、短い帰省の間に回っていたお店も、どんどん閉まっていきました。
寂しい。
でも、間近で見ていた神戸の古本好きの人は、もっともっと悲しいに違いない。

まだ、ざっと眺めただけなので、たいした感想が書けないんですが。
途中に、
「灘区城ノ下通に通っていた高校があった」という記述を発見!!

まさか、、僕の記憶が正しければ。
あそこにある高校はひとつだけ。
で、それは、僕の母校でもあるんです!先輩!
と、俄然、ノスタルジーが嵐のように吹き荒れました・笑。

あと、福永武彦が黒木書店に触れたエッセイがあるので、引用しておきます。
大した話じゃないんですけどね。

我ながら勝手なことばかり言っているが、要するに私は百間さんの文学に通暁していることを自慢したいだけで、格別の魂胆があるわけではない。しかし通暁の方は証拠が乏しいから、物量の方で行くとすればまず蔵書ということになろう。七八年前に私は信濃追分で病を養っていたが、その時たしか神戸の黒木書店から、百間さんの本を纏めて二十冊ばかり買い込んだ。
『枕頭の書』113P 「内田百間さんの本」
初出「日本古書通信」昭和43年9月号

陰険なる隠顕扉

この台風みたいな大雨の中、お昼休みに病院前のトンカツ屋さんへ行きました。
いやー、実に美味かった。
みんなはヒレを頼んでいましたが、僕は串カツに目がないので、串とメンチで。
サイドもついて850円ってランチとはいえ、かなり安い。
いつだか写真美術館の帰りに、恵比寿から坂道を下っていく途中にあったトンカツ屋さんも、相当美味でしたが、今回も幸せ気分です。

しかし職場周辺は、ほとんど外食できるところがありません。
唯一のオアシス(ゆったり座れて喫煙可)だった某ファミレスが、長い改装期間に突入したため、残りの逃げ場はせいぜい、院内のドトールだけになりました。
せめて公園のひとつでもあれば違うんですが。。。
僕はウツが高まると、(というかそうでなくとも)他人と食事ができないので。
安らぎを求めて徘徊中。

***

感想を書こうと思っている、中勘助ですが。
ええ、江木(猪谷)妙子ちゃんとのことです、もちろん。
(ごく一部では色々言われていますが、基本文壇ではスルーな話題)
普段、感想を書く場合、一向に他人の意見を顧みようとはしないのが信条ですが、今回はすこし周りを見渡してみました。

で、なんとなく、多くが「あの『銀の匙』のイメージを壊さないで!」的な発言が多くて。
それは、おかしいんじゃないかと、首を傾げている次第。
確かに僕だって、『銀の匙』は大好きです。
だからって、漱石を非難したとか、血縁者に対して誹謗がすぎるとか、冷たいとか。
綺麗な話を作ったら、その世界を固辞しないといけないなんて、わけはない。
もちろん、僕も一筋縄ではいかない人だと思いつつ、イメージの固定化だけは避けるべきだといいたいわけですね。
また純粋と呼ぶならば、『銀の匙』とは別に、彼の素晴らしさを称揚すべき作品が沢山ある。
ま、もう少し頭を整理したり、情報が欲しいので、富岡多恵子の「中勘助の恋」を発注しました。
なんとなく憤慨しそうな予感がしていますが、もう少し煮詰める予定。

***

昨日の【韻学】に引き続き、本日は【デイ博士の隠顕扉】と格闘中。
ええ、かの錬金術師 John Dee です。
毛髪を使った、密室トリックネタの隠顕扉です。

そもそも「隠顕式」というのは、ミリタリー用語に登場し、敵からは見えないように細工されたといったものみたいですね。
隠顕式キャノン砲、隠顕式照明といった使い方をしているようです。
でも、黒死館の場合は、見えたり隠れたり。。。ってわけじゃないみたいで。
初めは、本棚が動いて隠し扉が見える奴、忍者屋敷風とか、思い描いたんですが、これまた意図が違うらしい。

わりに日本語サイトでも、John Deeは沢山ヒットしますが、いまのところ、この謎ドアについては発見できず。
それで、またこんな文献でも、流し読んでみようと思ってます。
1909年にLONDONで出た、Charlotte Fell Smithのデイ博士の評伝。
年代的には、虫文献としてOKな範囲ですので。

特に
「1583-89年にかけて、エドワード・ケリー(Edward Kelley、1555-1595)と組んでポーランドとボヘミアを遍歴、各国の王宮などで様々な貴族たちに交霊実験と魔術を披露して評判となった。」

とwikiの説明に出ている時代がクサイので、重点的に調べたいです。
図版が沢山載っていて、それだけでも面白そう。
また何か飛び出したら、ご報告いたします。

七つの木柱は七つの音色を奏でる

熊城君、君は木琴(シロフォーン)を知っているだろう。つまり、乾燥した木片なり、ある種類の石を打つと、それが金属性の音響を発するということなんだ。古代支那には、編磬(ピエンチン)のような響石楽器や、方響(ファンシアン)のような扁板打楽器があり、古代インカの乾木鼓(テポナットリ)やアマゾン印度人(インディアン)の刃形響石も知られている。しかし、僕が目指しているのは、そういう単音的なものや音源を露出した形のものじゃないのだ。ところで君達は、こういう驚くべき事実を聴いたらどう思うね――。孔子は舜の韻学の中に、七種の音を発する木柱のあるのを知って茫然となったと云う。また、ペルートルクシロの遺跡にも、トロヤ第一層都市遺跡(紀元前一五〇〇年時代すなわち落城当時)の中にも、同様の記録が残されている
SML328p



さて、「い01」に登場する、【韻学】という言葉。
前後関係を把握していただこうかと長めに引用したけど、
その効果は全くないほど、虫太郎のこの手の話って、
手持ちの貝殻を浜辺に撒いて、もう一度自分の貝殻を探そうとする無益な所業に似て
前後関係もなにもありゃしない。

で、孔子が茫然としたかどうかは、実はまだ十分に調べ切れていないし、
舜の韻学とやらも突き詰めていないのだけど。
今回、無益なら極めて魅せようドロナワをってな感じで、
「七種の音を発する木柱」に着目して、大飛躍してみようというおはなし。
ええ、いきなり中国から、ドイツへびゅわんと飛んじゃいますよ。

念のため、ジェット機に搭乗する前に、【孔子:音楽:七つ】で判明している関連事項を提示しておくと。
孔子が愛好したといわれる楽器に、七弦琴というものがあります。
平安朝末まで、上流階級でかなり流行していましたが中絶し、江戸時代初期に再び中国から伝わったというもの。
このへんを見ると、ちょいと面白かったりします。
ですが、わざわざ楽器を木柱っていうかしら。
なんだか、もっとミステリアスな話が落ちているんじゃないかな、と穿ちなくなる虫太郎の書き方。

そこで、全く眼を新たにして七つの木柱から探り当てたサイトが、ここでした。
そう、ここはシュタイナー教育学の実践において、ライアー(リラ lyre)という楽器を取り入れている人たちのサイトでした。
重要な部分を引用させていただくと。

シュタイナー幼児教育手帖4「治療教育におけるライアー」(ユリ・ユリアンス著 高橋弘子訳)の中でライアー誕生の歴史が詳しく紹介されています。ここでは全てご紹介できないのですが、興味深いのは、音楽家のプラハトと彫刻家のゲルトナーとが、1922年、七つの木柱(ブナ・とねりこ・桜・樫・楡・白樺・楓)からできていた第一ゲーテアヌム炎上の折、燃え残った木片からインスピレーションを得て創を練り模索の後、1926年に最初のライアーの音が響いたということです。



おや?
なんか、素敵なエピソード。
燃えた七種の木柱から楽器をつくったって?
(実際には、燃えさし自体ではないけど、早とちりの僕は、燃えさしだと思い込んでました)
ライアーっていうのは、こういう小さな竪琴。
leir_02.jpg


虫太郎は英語に次いでドイツ語圏から資料を得ていることは周知の事実。
そして、ゲーテアヌムとは、ゲーテの館の意。
ゲーテは黒死館とはガチガチに繋がっている。
これは臭いぞと、素氏に報告すると、なんだか混乱の呈で一冊の本を渡されました。
はい、この時点で探偵団は、中国を一気に離脱していたのであります。

というのも素氏によれば、シュタイナーの建築=ゲーテアヌムは【幻想建築】の中で決して落とすことのできないものであり、長らく着目してきたと。
確かに黒死館とつながりが発見できれば、最高に面白いけど、虫太郎は一度も「黒死館」本文のなかで、シュタイナーの名も、この神秘主義の象徴のような建築の名を出してはいないので、おいそれと連環しているとは言えないのだということでした。
素氏に渡されたのは、この本です。

世界観としての建築―ルドルフ・シュタイナー論世界観としての建築―ルドルフ・シュタイナー論
(1974/01)
上松 佑二

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僕も素氏の足元にも及ばないけど、建築には目がない。
特に奇想/有機的と呼ばれればわくわくするのは必至で、わっと食らいつきました。
シュタイナーという人自身、神秘主義的思想家と呼ばれても、多面体の様相を呈する人でありますから、単純に建築に限って、平面図を眺めるだけですみません。

最初は父親の勧めで鉄道技師を目指し、実業学校に進みますが14歳にして、カントの「純粋理性批判」に出会い、つまらぬ授業の合間、教科書のページに、カント本をばらばらに挟み込んで読みふける。
同時に必須となっていた大量の図面引きから、幾何学への没入が始まる。
工科大学へ進学し、ますます興味の範囲は広がって、一般科学だけでなく、精神科学や歴史学、哲学へも枝葉は広がってゆく。
そして二十代前半にして、ゾフィー版のゲーテ全集の編纂に当たるようになった。
シュタイナーのゲーテとの出会いは詩から「ファウスト」へとむかい、そしてついに「認識論」に至って、彼の後の思想の根幹となすものとなった。

本書では、単純な建築論ではなく、ゲーテアヌム建設に到達するまでの思想の変遷が、事細かに書かれていて、かなりハードな内容になっています。
まさしく上級の建築思想本。

「純粋理性批判」から得た、「存在」に対する疑問から発展し、「意識の拡大」へと発展していく過程や、自我や意識を把握するための「フォルム」が不可欠であること、有機的なフォルムの創造原理にはメタモルフォーゼの理念が生きてくるといった、まさに高次へと上り詰めていく思想の塔が積みあがっていく様を、詳細に読み取ることができます。
また同時に面白いのは、上松氏自身が、若くして相当に思想書や小説を耽読し、思索を重ねたことを存分に匂わせる箇所がやや過剰と思えるほど、噴出していること。
たとえば、宮澤賢治の社会主義リアリズムなんてバカヤロー観とか(ちょい比較論としては熱すぎるくらいに熱い)、マルクス、ユイスマンス、西田幾多郎などなどいっぱい、僕の手に負えないような話も並行して考えさせられることになっています。
また、別件で面白いと思ったのは、ゲーテアヌム同様、長く評価されなかったガウディが、そう同じく息づく建築を目指したガウディが、シュタイナーが編纂したゲーテ本のスペイン語版を大事に持っていたという事実が、へええという感じでした。

多分に、話が横道にずれていますね。
本の感想はおいておいて、本題に入りましょう。

ゲーテアヌムの画像はここ(近代建築ゼミ様)とかを見ていただくと分かりやすいと思いますが。
(もう画像豊富で垂涎の極み!)
本当に、直線を排したむくむく柔らかで不思議な形態。
かといってその図面を眺めると、幾何学の髄に迫る構造体になっています。

1Goet-plan.gif
1Goet-section.gif


1922年に放火によって、わずか二年で焼失した第一ゲーテアヌム。
階段をのぼり、赤ブナの間を抜けると、大ドーム(観客席)に入ります。
入口上部にはパイプオルガンが配され、その大円にオキアガリコボシみたくつらなる小円があり、そこが小ドーム(舞台)になっています。
二円の中心の距離は21メートルで、これは旧約聖書に登場するソロモン神殿の内陣の奥行きに一致します。
二つのドームの下には、シンメトリックに七本の柱が天井を支えており、それぞれの柱にはレリーフが彫られていました。
柱の断面は全て五角形で、前述ライアーがシュタイナーとつながりを持つ経緯となった、各柱の木材も次のようになっていました。

第一柱 白ブナ、第二柱 トネリコ、第三柱 サクラ、第四柱 カシワ
第五柱 ハルニレ、第六柱 モミジ、第七柱 シラカバ

上松氏はこの大ドーム空間を、【宇宙論の列柱の間】と呼んでいます。
今回の検索作業で知ったことですが、「知恵の七柱」という(アラビアのロレンス作)タイトルにもあるように、太陽系の惑星と植物と意識の潮流が密接に結びつく、まさに神秘主義の実体化が、七柱を中心とした構造物で行われているのです。
そう、思い出してください。
虫太郎もこうした、【西洋風洒落】の世界に耽溺し、黒死館で執拗に、環をつなげていこうとしていたことを。
(これ、オシャレじゃなく、ダジャレね、結局は)
たとえば、先日の日記に書いた、惑星、星座、植物、色彩と結びつけたAstoromyの世界は、まさしくそのもの。
ああ、虫ちゃんが目指した黒死館という有機的に息づく幻想建築の具現化が、このゲーテアヌムであったとしてもおかしくないのに。。。
なぜ、シュタイナーと繋がりがつかないのよ、トホホホ。

実は、僕、ひそかに目論んでいるんです。
ものすごく大変だとは知りつつも、やってみたい作業があるんです。
題して、「黒死館以外辞典」!
わはははは。
でもね、虫太郎作品すべての語彙を拾えば、もしかしたら、今まで関連が掴めていなかった、今回の日記ほどアクロバチックな飛躍まではいかずとも、何かしら想像の域を出なかった繋がりが新たに発見できるのではないかと。
そんな風に考えるのは、僕だけかしら?

さて、話があんまり長くなるので、この「世界観としての建築」の中から、関連事項を数箇所引用をして終わりにします。
武満徹さんは、言葉で音を響かせることができたけど。
シュタイナーの建築も神秘の集約と意識の昇華をドームに響かせて、あっけなく焼けてしまった後も、後進者の力で七つの木柱から音を響かせることができた、本当に清澄で和音の連続だなと思った次第でした。

なんだか、読み込めば読み込むほどに。
虫ちゃんが紙の上でも構築させたかった館って、こういう交響楽的なものだったんじゃないかなと思えてなりません。
うん、いつもながらに浅読みでスミマセン。

同じ一九一一年に、シュタイナーは内部空間のさらなる発展と後の《ヨハネス建築》のために、二枚の貴重なオリジナル・スケッチを残している。日本の密教画を思わせるこのスケッチの柱には、次のような文字が書き込まれていた。西から東、つまり入口から舞台に向かい、第一柱(土星柱)には「Das Es それ」、第二柱(太陽柱)には「An Es それに」、第三柱(月柱)には「In Es そのなかへ」とあり、第四柱(火星柱)には「Ich 私(自我)」、第五柱(水晶柱)には「Vom Ich 私から」、第六柱(木星柱)には「Aus Mir 私から外へ」、第七柱(金星柱)には「Ich ins Es 私がそのなかに」とある。
92p



大ドームと小ドームのフォルムのコレスポンダンスは既にこの平面構成から素材の選択に至るまで細心をきわめていたことがわかる。あるとき、ある人がシュタイナーに、何故そのように多くの種類の木を使うのかを問うたのに対して、彼はこう問い返している。
「ヴァイオリンにはA線ばかりが張られているのではないことを、あなたはどうして当然だと思っているのですか?」
228p



大ドーム空間の柱が七本あることについて、シュタイナーは次のように述べている。
「初めからなにか七という抽象的で神秘的な原理が求められたのではなく、ちょうど音には七音階があるように、この柱はフォルムで感ずるオクターブが七で完結するように構成されなければならなかった」(『ドルナッハの建築思想』)
七本の柱はそれぞれが相互に部分となって一つの有機体を構成している。シュタイナー自身のさらなる言葉によれば、この「フォルムで感ずるオクターブ」は次のように発展してゆく。
「後方の〈土星柱〉の間で力強い拍子が始まったかと思うと、それは東側のフィナーレに向かって交響的なハーモニーを奏でてゆく」
エウパリノスが語る如く、「歌う建築は稀である」とするならば、シンフォニーとなる建築はさらに稀であるに違いない。「色彩と音の世界の倫理的体験」という一九一五年の講演のなかで、シュタイナーは建築の音楽性を次のように語っている。
「ここでは建築的なフォルムが音楽的な流れに向かうよう試みられている。列柱間の相互作用によって私たちが得る感覚は、それ自体で音楽的な雰囲気を私たちの魂に喚起することが出来るだろう。私たちの列柱の魂として目に見えない音楽が知覚されるだろう」
246-7p



《言葉の家》と呼ばれたゲーテアヌムの建築はしかし、使用され始めてから約二年後の一九二二年、大晦日の夜半、突如として炎上してしまう。フランス・カルルグレンの『ルドルフ・シュタイナー』から次の一節を引用してみよう。
「一九二二年の夜半、シュタイナーの夕方の講義の最後の聴衆が立ち去った後、ゲーテアヌムの内部から煙が出ているのを夜警が発見した。建物が燃えていた。必死の消火作業にもかかわらず、炎は稲妻のような速さで広がっていった。シュタイナーは大ドームが焼け落ちる寸前の好機に消防士全員を建物の外に呼び出した。・・・ちょうど十二時の鐘の音が鳴りやんだとき、炎が大ドームを射ぬき、その音が天空にとどろき渡った。削られた色ガラス窓は真赤に焼けてはじけ飛んだ。大ドームが倒壊したとき、金属性のパイプオルガンからは緑と青色の炎が燃え上がった。(中略)」
当夜のシュタイナーは寡黙であったが、「多くの仕事と多くの年月・・・」とだけつぶやいていたという。また、先に述べた色ガラス彫りの共働者アシャ・ツルゲーネフもこの炎上の「ぞっとするような美しさ」を次のように書いている。
「一九二三年元旦の曙、大晦日の炎にめらめら燃える二重のアーヒトラーフの輪は灼熱のガラスのように透き通り、光となった柱の上にまだしばらく休らっていた」
建築がやっと言葉の真の意味で芸術の座につくや否や、この建築は計画的な放火によってこうして一夜で灰燼に帰した。マリー・シュタイナー夫人は『新しい建築様式の道』の序文に次のように書いている。
「この建築はあまりにも美しかったために持続することが出来ず、また、あまりにも純粋であったために憎悪されて消滅した」
283-4p




***

さらに蛇足。

【西洋風ダジャレ】つながりで、【和風ダジャレ】といえば。
先日購入した、大塚英志+森美夏の「八雲百怪」が素晴らしくよかった。
「木島日記」たちが100均で並んでいると、バカヤローって叫ぶくらい
待ってましたのご登場。

果たして今まで、
ハーンと会津八一と甲賀三郎を三つ巴で主人公にした漫画を考え付いた人がいたであろうか。
ええ、三人ともまさしくオノガヨウカイ状態で愉しいです。
でもって、この漫画を読むと、和独特のダジャレに引きづられて呪いをかけられて生きているんだなって、思い返すことができました。
早く続き出ないかな~って思ってたら、二巻出ますぜ、うひひ。

八雲百怪 (2)八雲百怪 (2)
(2009/03/05)
森 美夏

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粉雪花雪鼻吹雪

先週末は雪が降ったし、今日も降りそうなのに。
花粉も激しい。
早く空気清浄機をロフトから下ろしたほうがいいのに、ぐずぐずしていたら。
当然のごとく、睡眠無呼吸状態におちいり、挙句、自分のくしゃみで夜明け前に叩き起こされる日々。
なので、それでなくともねむーーい眼がくっつきそうです。
それでなくとも変な夢に襲われやすいたちなのに、インキュバスに襲われまくってます。

昨晩は、素氏とともに、小さんの「時そば」と「ちりとてちん」を聴きました。
片耳が聞こえないせいか、どうもステレオを通すと落語は聞き取りにくいのですが、
二人で笑い転げてました。
でもね、小さんはもしかしたら、ちょい苦手かもって思ったの。
蕎麦のずるずるは、そりゃすごかった。
麺の太い細いが、音だけで分かるんだもん。
ただ、なんだろう。
人物の描き分けはもちろんある。
でも、台詞が、棒切りとは思いませんか。
志ん朝は早口でキップがいいし、志ん生は、そりゃもう女の人としか思えない声音だし。
そこいくと、なんとなくリズムがゆったりで、言葉尻が、耳の奥でつっかえる感じなんだけどなあ。

素氏は、小さんの動きを見たことがあって、眼裏に浮かぶようだといっていたけど。
その動きの情報がない分、僕は耳から情景を補うでしょ。
そうすると、何かつっかえるんだなあ。
うむ。
今夜聴く、「宿屋の仇討」でもう一回耳を開き、
それでもって、ipodに入れて、さらに復習してみようと思う。
それから、ちゃんとお気に入りになるか考え直してみよう。

日記のネタはものすごく溜まってます。
ピエロとか、中勘助とか、虫太郎&シュタイナーとか、、、。
素氏にいつも言われるんだ。
時間は自分で作るものだって。
本当にそうだ、いくら体力なくなって、以前ほど睡眠時間削れなくなっていても、
気力さえあれば、もっと前進できるはず。

ということで、先週こっそり、時計室の「あ04」とエッセイ更新しました。
もうすぐ「い01」が仕上がりそうです。

そうそう、五月の某イベントに申し込んだら受かってしまいました。
非常に複雑な気分です。
というのも、僕はこのイベントに一般参加すらしたことがなく。
むしろ非常にここに集うグループに懐疑的だったりするし。
じゃあなんで申し込んだんだ?と問われれば、モニョモニョモニョ。
まあ語りにくい理由の一つには、一年ぶりに本を出そうかと思ったわけで。
締め切りまで、あと二ヶ月ですが、まだどうしようかと躊躇していたりします。

しかし、、目論んでいる眼鏡な本は、創作じゃないので、
自分を締め上げるにも、ちょいと違う部分を締め上げないといけません。
資料をがふがふがふっと読み込まねば。
いい加減重い腰をあげないと、本の作り方すら、忘れてしまいそうなので、
頑張るしかないと思ってます。

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絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
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