2009-01

夢日記

久々にipodの中身を変えたくて、CDを買い込む。
ラインナップは、ペドロ&カプリシャス、浅川マキ、山口百恵。
ついでに、GAROや先日490円と初回だけ安い(いわゆるディアゴスチーニ方式)
小学館の落語CDシリーズを入手したので、「夢金」と「品川心中」も入れてしまおう。
「ちりとてん」のせいで上方落語に目をチカチカさせていますが
「品川心中」は「辻占茶屋」と似た内容らしいわ。
しかし、落語聞きながら、細胞いじったり、凍結切片作ってる人もいないだろうなあ。

ちなみに、昨日から唐沢俊一&なをきの「ぞろぞろ」という
コアな落語漫画読んで、通勤中にぐふふふふふって笑ってます。
痛いギャグが満載だけど、一番ひどかったのは、
「どくどく」のオチで、中森○菜になったつもりの片割れが
手首きったつもり、血がどくどくと流れているつもりってやってたところ。

CDつきマガジン 隔週刊 落語 昭和の名人 決定版 全26巻(1) 古今亭志ん朝(壱)CDつきマガジン 隔週刊 落語 昭和の名人 決定版 全26巻(1) 古今亭志ん朝(壱)
(2009/01/06)
不明

商品詳細を見る


なにもかも後ろ向き、懐古趣味だけど。
いつだか、TV東京でやっている「ミューズの晩餐」に半田健人が出ていて
「ジョニーへの伝言」を歌っていた。
川井郁子さんのバイオリンとのコラボも素敵だったけど、
何より懐古趣味な半田健人の阿久悠に対する熱い語りがよかったなあ。
この番組、毎週は見られないんだけど、ほんと幸せな気分になる。

***

とここまで書いたのは、多分二週間くらい前。
その後、上記「昭和の名人」シリーズ初回があんまり面白かったので、
定期購読に踏み切る。
ようやく巷で人気の「鉄道地図」の定期購読が終盤に差し掛かったというのに。
ついつい乗せられる悲しさよ。

定期購読記念として、小さんの「他抜」=タヌキな手ぬぐいが来ました。
僕は競争心なしだけど、タヌキな人なので、嬉しいです。
ちなみに「品川心中」は「辻占」とは結構違っていましたね。

***

最近読んでいた本。

夢の女・恐怖のベッド―他六篇 (岩波文庫)夢の女・恐怖のベッド―他六篇 (岩波文庫)
(2003/03/14)
ウィルキー・コリンズ中島 賢二

商品詳細を見る


詩情なきストーリーテラー。
粗筋にすると二行で書けそうな話を、スリリングな手法でわくわくさせながら読ませてくれる。
リリカルではないけど、心温まるオチが多かったな。
でも「夢の女」はこわいよーー。
海外のホラーって怖いと思うことが少ないけど、これは別。
先に未来に発生する悪の種子が蒔かれて、主人公がずるずると運命にひきづられていく感じ。
予知夢というよりは、先に未来の怨念が現実にまで及ぶという。
そういえば、「棚の中の骸骨」ってことば、誰もが持ってるお家の秘密という意味だそうだけど、
その導入部を読んだとき、澁澤龍彦の書斎を思い出したのでした。


わが夢の女―ボンテンペルリ短篇集 (ちくま文庫)わが夢の女―ボンテンペルリ短篇集 (ちくま文庫)
(1988/12)
マッシモ ボンテンペルリ

商品詳細を見る


最近思うのは、物語や小説が自分に必要なのかということ。
楽しいのが何が悪いといわれれば、反論の余地はないけど、
本当にもっともっと高い視点で事象を見抜いた文章なんかを差し出されると
もう何をすれば、何を読めばいいのか、分からなくなる。
本来なら熱は高みにあっても纏めることはできるはずなのに、
無機質な方へ、無温な方へ行こうともがいている。
僕は凍えきった、孤独をつきつめたような物語が好きだけど、
そこにも氷点下という温度が存在しているから、今は読んじゃいけないんだろう。

こういう迷いのせいではないけど、今回の短編集は、無音/無温系。
幻想小説のネタ帳ラッシュ的存在。
割りに結末が見える話が多いけど、先駆的ユーモア小説という意味合いでは、必読でしょう。
加えて佐々木マキファンにはイラスト沢山載ってるので嬉しい一冊かも。
個人的には、なぜか。
「太陽を凝視する」 「信じやすい少女の心」 の二作品が強烈に面白かった。

「太陽~」はね、雛鷲とトカゲと人間の物語。
ベランダで三種が、無言で(当たり前だけど)三様に寛いでる。
人間だけが、言葉をもって互いのテリトリーや分別といったものを説いているけど。
当然ながら、鷲もトカゲも、視線でしか語ることはない。
ある日、鷲とトカゲは、太陽をじっとじっと半日も刮目したまま、睨んでいる。
人間だけは、太陽を睨もうとしても、すぐに眩しさに負けてしまう。
ただそれだけ。
説明不能な、哲学を具象化したみたいな感覚が、漂っている。
なんだか、目玉を瞼の上から押さえて、その奥に分散した光を追いかける、
埴谷の小説めいた雰囲気があった。

***

さて、夢金&夢の女&わが夢の女と夢つながりできたので。
昨日、欠勤して、昏々と眠り続けているうちに、
生涯随一と思えるほどの悪夢を見ることが叶ったので、残しておこう。
目が覚めたとき、数分、夢とは思えないリアルさであった。

私は夜の街を徘徊している。
街といっても、昭和後期、街灯が数メートル刻みで立っている、商店街と住宅街のはざま。
右手には、何か金属製のものを持っていて、とても重いけれど、
それが何か、判別しようとはしない。

時折、自転車に乗った人、歩く人にすれ違う。
そのうちに、これまた昭和50年代の個人経営の電気店の前に辿り着く。
中には数人の人がいて、歩道に向けられたブラウン管テレビではニュースをやっている。
乾電池の小さな自販機も置いてある。

ニュースに耳を傾ける。
某年に発生した、連続通り魔事件の犯人、某の死刑執行が行われたと。
事件のあらましが、流れてゆく。
鉈で多くの人間が、次々に殺されていったという。

そのとき、私の頭の中に、フラッシュバックが起こる。
裸電球をぶら下げた、小さな駄菓子屋を商う老夫婦にむかって、右左と一撃鉈が振り下ろされた。
いや、振り下ろした。
狭いカウンター一つきりのバーのママと客に向かって、振り下ろした。
何種類ものフラッシュバックが続いて、またテレビを見ている自分に気づく。

ああ、あの事件を起こしたのは自分だ。
今手に握っているのは、あの時に使った鉈じゃないか。
でも、どうして今の今まで、自分がやったことを忘れていたのか。
犯人と呼ばれた男の顔をもう一度見る。
全く知らないけど、なぜ彼は、自分からやったと出頭したのだろう。
私が全てやったことなのに。

怖くはない、ただ歩く。
ひたすら歩く。
そのうちに、浴衣をまとったり、半そでスカートの子供たちが私の前に列をなす。
みんな、右手に、折り紙とアルミホイルで作った鉈を持っている。
右へ、左へ。
振り下ろしては、口ずさむ。
ああ、その童歌は、私があの日、歌いながら殺戮した歌。
みんな愉しそうに、一抹の屈託もなく、右へ左へ、私を連れて進んでいく。

けれども、どこかの曲がり角で、私はまだ鉈をもったまま独りぼっちにされた。
ある家に戻る。
私の旧家、そうだ、今日は親戚が大勢来ると聞いて、嫌になって逃げ出したんだ。
玄関を開けると、昔の義母や義妹がものすごい形相で立っていた。
「もうデザートしか残ってませんよ」
長い長いダイニングテーブルの上には、まるで最上級のフレンチを彩るように
ドーム型のケーキの上で極彩色の花火が光っている。

もっと遅く帰ればよかった。
私は、確かに見覚えのある、大きな水色の紙袋に、鉈を滑り込ませた。

***

きっとこの悪夢の一端は、これ。
古本屋さんになりたいなんて、絶対思わなくなる。
最高に面白いミステリ。
真っ黒真っ黒真っ黒で、こんなに面白いのは久々だったけど、全身真っ黒になりました。

古本屋探偵の事件簿 (創元推理文庫 (406‐1))古本屋探偵の事件簿 (創元推理文庫 (406‐1))
(1991/07)
紀田 順一郎

商品詳細を見る

スポンサーサイト

ざっくりさっくり

昨日は駅の階段駆け上がろうとして、右膝がばきっとなり。
おととし水抜きした箇所が再発したようで、本日シップ臭ぷんぷんさせていたら。

やっちまいました。
長年病理で危ない刃を扱ってきたけど。
本日初めて、自分の左人差し指を真上から、ぐっさりやった。
骨で刃が止まったのを感じ取った。

クリオスタットは-20℃の庫内に腕だけつっこんで、うっすーい切片を凍結したまま切る道具。
うっすーいというのは、3マイクロ(1000分の1mm)ほど。
なので、切れ味が悪くなって替えたといっても、めちゃくちゃ素敵な切れ味。
凍ったサンプルを庫外でゆるめて支台からはがそうと、
その使い古しを台の隙間に差し込んだら、すべって、ぐっさりと。

あー、でも、痛くないんだ。
びらびらしてて、70%エタノールかけても、一向に沁みないんだ。
30分たっても血が止まらず。
脱脂綿は、どんどん真っ赤に染まるばかり。

周りの人が大騒ぎしていて、整形外科に連行されました。
まあ、腱も神経も切れていないようなので、大丈夫。
むしろキシロカインが指先に注入されたのが痛かったけど。
三針縫合してもらいました。
包帯ぐるぐるで、細胞ちゃんがいじれません。

しかし。
どうしようもない僕は、大騒ぎされつつも。

縫合作業が布で隠されて、見れなかったので残念だー。
今夜は酒飲んじゃだめだって。これまた残念だー。
まあ、こんな怪我は色んなことに比べたら、全くたいした話じゃねえ。
むしろ労災申請で胃を傷める。

とか、不遜なことばかり考えているのでした。

慚愧

最も古い友人Aからの年賀状が七草粥の頃に届いた。

「元気にしてるか~仕事はどうだ~創作活動はどうなってるんだ~
といろいろ聞きたいことはあるけど、多分何とかしてるんだろ、
と勝手に思っています…よ」

うん、うん、うん。
いいな、この文面。
ここ二、三年は大阪行商で手伝って貰ったから逢う機会も少しはあったけど
滅多に逢えない仲であることは確か。
大昔の今とは違った意味でダメダメだった僕を熟知している彼女は
今のダメっぷりもよくよく見抜いているような気がする。
だから、知って知らずか、簡単にボディブローを食らわしてくるんだ。
なんだか、無性に逢いたくなってしまった。

ここ数年ハケンという身分だったので、一切職場関係には年賀状を出さずにすんでいたのに
今年から来るわ来るわ…。
オスマシ図案を考えるのも面倒で、呪われた図案をそのまま返信しました。
ちなみに、今年の歌は、

含愁 湯山愧平

羅(うすもの)に
ロリガンにほふ
喪の女

自分ながらに、かつてないほど呪詛がかった歌を選んだと思いつつも、
エロスタナトスだと勝手に思いこんでいます。

さて、この高知市にあるという中華料理店「一壺春」
(かつて出張鑑定団も来たらしい)の店主さんのお名前に使われている文字。
詰まらない政治家連や一列に並んですみませんね~な謝罪会見で
苦々しくも頻出するようになった「慚愧」という言葉。
昔は僕も大好きな言葉だったのだけど、今では逆に使うことに恥じ入ってしまう。

無言館ノオト―戦没画学生へのレクイエム (集英社新書)無言館ノオト―戦没画学生へのレクイエム (集英社新書)
(2001/07)
窪島 誠一郎

商品詳細を見る


2005年初頭。
素氏に誘われて、東京駅のステーションギャラリーで行われたある展覧会に向かった。
そして三年経った今になって、もしかしたらこの本は、あの時の?と首を傾げながら手に取った。

展覧会の印象は、さほど強くは残っていなかった。
館内よりもむしろ終わった後に、二人は黙々と歩みを進めていた時間の方が頭に残っている。
アポロ11号が月面着陸した年、安田講堂が占拠された年に生まれた僕には
戦争の悲惨は、想像の域を出ることがないものだ。
団塊の世代真っ直中の素氏も、僕とは異なる思想をもっているだろうが、
幼少の砌、いまだ戦争の匂いは残っていたとしても実体験を持たない。
だからきっと、僕たちは、何かを口にすることを憚っていたのだと思う。

もう一度、本書の中で紹介された新書の一頁に二三枚ずつ配置された
モノクロの小さな図版を眺めて、記憶の糸をたどろうとする。
確かに覚えているといえるのは、十点にも満たない。
そんななかで、物静かな肖像画や風景画に混じって、一点、戦闘機が海面につっこみ、船舶がいままさに転覆しようとしている様を図案化した、久保克彦氏の「世界崩壊の予感」はポスターカラーを使ったようなvividな作品で、鮮明に覚えていた。
モチーフと色彩が、暗い時代背景の中で異質に見えるほどだったからだろう。

この本は、上田市にある無言館の館長さんが、
開館までの経緯、戦没画学生たちの作品収集、開館後のマスコミの動き、そして来館者の反応を綴ったものだ。
二十代から三十代半ばで命を落とした画学生およびプロとして独り立ちし始めたばかりの人たちの経歴と、遺された作品の記録もメモとして記されている。
窪島氏は、プロローグからエピローグに至るまで、ずっと同じ思いを述べている。
それが、慙愧(本書ではザンキ)という思い。

戦後生まれで、村山 槐多や関根正三などの蒐集を自分の好みの赴くままに進め、先に「信濃デッサン館」を作った人間が、戦争を知らない世代の人間が、一私人としてまるで反戦運動の旗印とみなされてしまう収集を行うことになってしまったのか。
確かに自分の意思で行った事業であっても、そこに他動詞的な意味が濃厚に滲み出している。

また窪島氏が戦没画学生の作品を探すきっかけになった画家の野辺山氏が、
途中で窪島氏との同行から離れるようになってしまった理由のひとつも
その違和感を浮き彫りにしている。
最初にNHK関連で取材をしたときには、まだ氏と同じに戦後取りに越された遺族たちが
死者の無念や実像を肉声で語ることができた。
しかし戦後五十年にちかづいた時期の窪島氏との道行では、
遺族も代替わりしていて、肉声はおおく伝聞となり、輪郭はかすんでいったと。

僕がこの本で、感じ入るのは。
開館から本書が書かれた時点まで無言館対してに抱かれた、様々な人の様々な思いを、
好意的反意的いかんにかかわらずすべて採り上げている、
その客観性だ。
年代も戦争体験も思想も異なる人たちの思いは、私設美術館・戦没者を扱った美術館が孕む問題を明らかにしている。
問題が複雑で一筋縄でいかないからこそ、読んでいるこちら側も、次第に感情を廃した抑えた状態に入っていく。

このまるで隙間なく積み上げられていく石の砦めいたものは、なんだろうか。
大なり小なり、なにかを成した者には、本来意図や思想があっておかしくない。
一元的に自己を仮託するのも、よくあることだ。

これらの石は、見せるために積み上げられる。
色とりどりであることを、多様であることを理解して欲しいと、積みあがっている。
では、戦後生まれの大多数が育んだ無思想の防御力を、気づかれないようにしているのかといわれれば、単純にそうとはいいきれない。
なぜなら、石組みは、堅牢ではないからだ。
囲われているものが、体裁ではないからだ。
中にあるのは、窪島氏の常に恥じ入らずにはいられない部分である。

文字通り、いたたまれない、慙愧が底流として流れているゆえに、
この一種言い訳めいた、そのくせ台所もあけっぴろげな文章に、
僕はほとんど、不快感をいだくことがなかった。

マスコミに何度も取り上げられて、無言館は人口に膾炙するところとなる。
そして、収蔵するものは画業を志したものの遺品ではだめなのか
(たとえば、作家やその他もろもろ)、
あるいは、戦没画学生とは、何をもって範疇を決めるのかと
新たに遺品を預かって、修復保存して欲しいという申し出がふえることになった。

これに対して窪島氏は、
戦没者・遺族に対する思いが交錯する中、可能な限り範囲を絞っていく。
そこには、事業という重みがあり、なにより、
一枚一枚の絵を遺品というよりも、作品として捉えていこうとする方向性が固まりつつあったことが
あとがきに示されている。

上手く言葉にならないけれど。
恥じ入り身を引いてばかりはいられない、けれども常に心の隅に疑問符を残してゆく姿勢も、
またひどく納得できるものであったのです。

本来なら、僕自身、真っ向から戦没画学生に目をむけてこそ、感想文といえるのだろうけど。
本末を転倒してでも、むしろこうした文章の進め方が、とても興味深かったと言っておきたい。
加えて、もう言葉としては使えなくても、
ひとそれぞれ恥じ入る部分は異なっても、
胸の奥にしまわれた「慚愧」をひごと噛みしめて溜めていられたらと思う。

**

どうやってこの無理のある日記を直そうかと放置したけど。
今はこんな風にしか書けない。
随分と時期はずれな話を、蒸し返しているのも恥ずかしいけど。
やはり感想を残しておきたかった。
とまあ。
これこそ、しょっぱさ満点で次の本に取り掛かるとしよう。

another answer

本日より仕事開始。
ねむーい空気がそこら中に漂っている。
みんなで口を揃えて言ったこと。
「始業式終わったんで、午前中で帰っていいですか」・笑。

さて、年末の素氏の日記に反論する訳じゃないんですが。
実は全く違うことを考えていたので、少しだけ書いておこうと思います。

棒がいっぽん (Mag comics)棒がいっぽん (Mag comics)
(1995/07)
高野 文子

商品詳細を見る


僕は親しい人の思い出話、特に子供の頃の話を聞くのがとても好きです。
お布団に入って、子守歌めいて響くそういう思い出は、何度聞いても飽きることがありません。

素氏が話してくれた、その溝の口にかつてあった社宅の話も幾度も幾度もねだって聞きました。
平屋建てカマボコ長屋の十畳一間に両親と、素氏少年と弟さんと妹さんと、途中からおばあちゃんとおじいちゃんも加わったそうです。
共同の洗い場で料理も洗濯もして、棟々の間に共同トイレがあって、連なる棟の端っこに購買所があって。
手先が器用で優しいお父さんが、学芸会のくらげの衣装を作ってくれて、一躍人気者になった話。
お盆休みやお正月に、富岡の祖父母の家に泊りに行って、浴衣を着て盆踊りをしたり、一日で蜜柑一箱食べてしまった話。

可愛い話もあるけれど、ほろ苦いというよりも、もっともっと苦みの強い話も多くて。
僕はそのたびに胸をつまらせてしまう。
そして、一度も見たことのない、その社宅の風景が、頭の中でしっかと刻まれていく。
そう、まるでその思い出は、自分の思い出でもあるかのように、
夢の景色、あるいは本当に在ったはずの自分自身の思い出と同じに、
色彩の乏しい連続写真として、脳裏に浮かんでいる。

『棒がいっぽん』の巻頭にに収録された「美しい町」の舞台は、
おそらく60年代から70年代初頭にかけてだろう。
同じ社宅といっても、平屋ではなく、ごく初期の三階建ての棟がつらなる団地だ。
お見合いで一度だけ会っただけで結婚を決めた若夫婦のもとに
労働運動に熱を上げる若い社員たちが真夜中まで押し掛けて集会を開く。
ある夜、二人の住む部屋の真上で夫婦げんかが起こり、
何やら得たいのしれないものが、ベランダへと飛んでくる。
それは、上の住人のパンツだった。
隣の先輩格が、届けにいけば面白いことになると、悪戯(というよりも意地の悪い試験)をけしかける。

二人は、つつましやかだった。
派手なことは好まなかった。
その証拠に、休日となればデパートの人混みへと出かけていく人が多い中で、
お弁当を片手に、裏山へとささやかなハイキングに出かける。
小川を裸足で越えて、誰も訪れることのない朽ちた社に手を合わせ、その日の「頂上」でお昼を迎える。
多くを語らず、風の匂い、空の色だけを物静かに楽しんでいる。
そんな二人には、先輩格の隣人が仕掛けてきた遊戯の面白味など、困惑の対象にしかならないのは当然だった。

渡しに行っていないと答えると、隣人は、無理難題を告げる。
明日の朝までに、組合の名簿を仕上げろと。
逆らうことはなかった。
鉄筆をにぎり、ガリ版を刷り、狭い部屋の床一面に乾かない紙が、広がってゆく。
濃密なインキの匂いも一杯に広がる。
夜明けに二人は、クラッカーを温めたミルクに浸して、その黒々と酸味のきいた空間の中に朝の空気を引き込んで、じっと同じ思いを抱えている。

僕は布団の中でこの話を初めて読んだとき、「怖い」といったのだ。
それは、素氏が想像したような、初々しい若夫婦を急き立てる閉鎖的な社宅生活の意地悪さ、、、
といったものでは、決してなかった。
きっと「怖い」という表現は、不十分だったのだろう。

けれど、その瞬間の僕は、描かれた風景、そう登場人物達が語る文言ではなく、景色に吸いこまれていきそうになったのだ。
僕の頭の中に、いつしかまるで自分自身の思い出のようになってしまった風景。
一度も見たことがない、かまぼこ長屋の風景。
年代も10年、15年はずれている。
建物も違えば、間取りも違う、子供もいやしない。
けれど、一頁捲るたびに、紙面から流れ出す空気や気配は、僕の頭の中にある匂いと完全に一致してしまった。
目の前から流れ出すものと、目の裏から流れ出すものが、激流となっていった。

そして、見開き一杯に描かれた、二人の小さなハイキングの頂点からの眺望。
それは、子供時代の素氏がきっと眺めたに違いないと、僕がずっと想像してきた俯瞰だった。
(しかし、ホンモノを覚えている人にとっては、きっと明らかに違うものであるからこそ、奔流や同調は生まれるはずもない)
そう、こんな感覚は、めったなことでは起きない。
現実ではあったはずだけど、決して自分にとっては現実ではない、
極めて私的な事象を、どうして、高野文子は知っているのだろう?

これが、恐ろしさの原点だった。
だから、本当にこの感想や説明は、他人と共有できるものではない。
ただ、まだほんの3冊しか読んでいないけど、高野文子の力の一端はこうしたところにあるように思える。
気づかせる力。
眠っているもの、誰も感じようとしない感覚を、喚起させる力。
それは、ある者にとっては喜びであり、快感であろうけれど、
ある者にとっては、苦々しい不快感にも通じるものであるだろう。
そして、通常こうした潜在意識に訴えかける作品が、概ね幻想性を強く抱く中で、
この人は、勿論ある種の幻は生み出しつつも、至って現実的で社会的であることに、
ますます凄みを感じてしまうのでした。

さて、こんな説明で、分かってもらえたかな、パンダ君?

まぶしき隅田川

Image1191.jpg

おおみそかと元旦は家に引きこもってしまったので
全身重い~。
ということで、恒例の銀座松屋までチャリで突進しました。

お天気はお正月とは思えないほどの陽気。
ぽかぽかを通り過ぎて、陽だまりでは暑く感じるほどです。
途中永代橋を過ぎて、隅田川沿いに自転車を走らせました。

写真ですけすけX橋っぽく見えてるのは、中央大橋だそうです。
天気いいです、日本晴れって感じ。
すけすけでおおおっと思ったんですが、実はペンキ塗り替えのための幕を張っているだけ。
でも面白い感じですね。
橋の下をくぐるとこんな感じ。

Image1201.jpg

江東区もそうですが、ウォータフロントとか呼んで楼閣天をつく未来都市風であっても
何しろお空がひろくて、爽快です。

その後、松屋に貧相な二人連れが登場。
相変わらず福袋など目もくれず、8階へ直行。

しかし、先日の京王新宿でしけしけだった素氏と同じ状態に陥り。
なんといっても、目録は超豪華だったけど、
つまりそれは書画とか豆本の高価商品が多数を占めているというわけで
会場も本自体がかなり少なく、すぐに見終わってしまいました。

結局、一冊、1961年の美術手帖のみ手にして帰宅しました。
瀧口修造と山口勝弘のデュシャンについての対談が楽しみな一冊です。
「ダダの神様!」って副題がついてるのが、笑えます。
素氏は、最初は昔はBTなんてどこにでも転がっていた!と叫んでいましたが
都筑道夫の「古風な死」に真鍋博の挿絵試作を観るにいたり、
売ってよ~に変化しました・笑。

帰りは鈍りきっていた太ももも少し体力を取り戻したようで。
坂道もすいすい~。。。ってほどでもないですが、無事帰ることができました。
さて、あと残り二日は、ほぼ仕事同然なので。
元気が溜まってよかったです。

新春

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくです。

ちょうどいま、放映されている、ジルベスター・コンサートが素晴らしいです。
クラシックは門外漢の僕は、「ゆうがたクインテット」のそれもプチ版でしかこうした音を耳にしません。
でも、今夜は大好きなガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」でカウントダウンでした。
くす玉が弾けた瞬間、最後の音が重なっていきました。
直後に歓声とブラボーが反響しました。
ぎりぎりの緊張感と、即興を含めた遊び心で、とても楽しい年始になりました。
除夜の鐘も悪くはないけど、こんな年越しも素敵です。

さて、今年の目標はを簡単に。
単純に。

自分に厳しく。
ただそれだけ。

肉体や精神をいじめるのではなく。
これは「言葉」に対しての心積もりです。
昨年一年、それ以前の五年ほど培ったものを一気に捨て去ったので。
とても「鈍感」になりました。
受け入れるもの以上に、吐き出すものが本当に鈍っていきました。

なので、ぬるさからの脱却を目指す。
いい加減な言葉しか思いつかないのなら、書かない。
ただそれだけです。

もちろん、根底には常に愉快痛快を友として生きていこうと思います。
ふふふ。

あ、古沢巌さんの「ツィゴイネルワイゼン」が始まりました。
最後まで観て、ゆっくり眠りにつこう。

NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

プロフィール

絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
Twitter account:@quinutax

最近の記事

FC2カウンター

カテゴリー

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログ内検索

月別アーカイブ