2008-12

年の瀬パタパタタヌキ

今年の冬休みは、9日間ととても長いので、結構のんびりさせていただいております。
仕事納めの前日に外来に向かうと、どでかい上司に声をかけられ、
年始早々に細胞ちゃん達を冷凍庫から起こすように申し渡されました。
おお、彼らには、タイムトラベラーな資格も与えてもらえないようです。

清原なつのの初期のSFもので、
もちろんアレックスとか華子さんものも好きだけど、
まりあという女の子が出てくるのが印象深いです。
男勝りで優等生で尖りまくっていたまりあちゃんは、宇宙船搭乗候補生唯一の女の子。
彼女は同室でペアを組んだ男の子と恋人関係になり、その結果「宇宙を怖い」と思うようになりました。
独立心が人一倍強く、唯一の女の子としての硬い鎧が壊れてしまうと、
彼女はどんどん弱くなっていきました。
そして説得されて飛び出した宇宙の闇に、初めて浮かんだ日。
彼女の軌道は、真っ直ぐに彼の船へと繋がっていったのです。
二人は、ひとつになりました。
ひとつの個体になって、いまも宇宙でお仕事を続けています。
たしか、「真珠とり」に載っていたお話。
大好きだったな。


さてと。
27日はドバシで巻き取り式のミニマウスを購入。
50個餃子を造り、それでも具が余ったので、素氏がスープを作ってくれました。
にら・きゃべつ・豚挽きしか使ってないけど、自分でつくるとぎゅっと皮が収縮して、もちもちパリパリうまいのです。

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28日は、京王新宿で古書店へ覗きにいきました。
初めてじゃないはずだけど、なんだか値付けが高いのでびっくり。
でもマイブームのチェスタトン「奇商クラブ」「ポンド氏の逆説」と、佐々木邦のエッセイなどを手にして帰りました。

29日はコミケ。
冬のつんと澄んだ空気が一日中続いていて、気持ちよかったな。
ことのほか売上がよかったし、
(たくさんのお買い上げ、ありがとうございました)
帰りは一度豊洲までゆりかもめで移動して、
ご機嫌の素氏と暮れ始めた空をみあげていました。
早めの夕飯をららぽーとで取って外に出ると、もう真っ暗。
豊洲から新橋まで30分間、本当に虹色に輝くレインボーブリッジ、万華鏡みたく変化する観覧車、遠くに赤と金に包まれた東京タワーを、何度も何度も遠くに近くに眺めつつ、ゆりかもめの中で騒いでいました。
写真とか撮らなくて充分。
綺麗なものを、綺麗だなと思えて、それで充分。
昔は、そういうありふれたことをねじ曲げようとしていたことを、最近ぼんやり思い出します。

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30日はスーパーに買い物にいって、居間の大掃除。
出窓に載った段ボールには、素氏が長年溜めていたケーブルがいっぱい。
SCSIとか、クロスケーブルとか、ステレオの赤白結線とか、テレビ用の線むき出しのケーブルとか。
懐かしいけど、もうみんな使い道がないので、処分。
扉が半開きになる原因だった小さい本棚をよいしょと揚げて。
光文社文庫の緑のモケモケ麗しい乱歩全集をならべなおし
(ああそういえば、勝本みつるさんの「緑色の研究」まだ買うか迷ってます)
バタバタしながら、おせちも並行して作成。

TVがつまらないので、BBTVつけたらER7を一挙放送やってて。
いや、好きなんだけど、このドラマ。
救急救命云々より、ドクターたちの人間関係がどろどろしすぎてて。
4時間つけっぱなしてたら、、、さすがに精神的にやられました・笑。
リアリティも善し悪しです。

そして本日、大晦日。
朝起きたら、めちゃくちゃ右手親指付け根がいたい。
なんだ?と考えたら、、昨日、栗きんとんのために二時間芋を裏ごししていたよー。
だから局所筋肉痛です。

今年のおせちで僕の担当は。
栗きんとん、出汁巻き卵、八幡巻(牛蒡の牛肉巻)だけ。
素氏は、おにしめと年越し蕎麦、お雑煮担当です。
が、しかし。

昨日、買い物に行く前には冷蔵庫に、牛、鴨、鳥、豚の肉があったのですが。
素氏が、おにしめも蕎麦も雑煮も全部鴨でやるというので、
鳥でカレーをつくり、豚で野菜炒めしてしまいました。
そしたら、もう夕方なのに、鴨だけじゃ足りないこと発覚。
さらに、おにしめの野菜はまるで雑煮の具のように細かく刻まれて、、
お重に入れるには、映えないじゃないですか。
さらにさらに、さっきお風呂に入っている最中、蕎麦の出汁がぐらぐら真っ黒に煮詰められていました。
わーーははは!
年越しズンドコ賞決定です。

えー、マーク・トゥエインのジャンヌを続けるのかと訊かれましたが。
うーん。
年明けて職場がひまそうだったら、続けて訳を載せることにしましょう。
辞典もがんばりましょう。

来年も楽しい日々になりますように。
みなさまも、よいお年をお迎え下さいませ。
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少女伝説

「1492年。
私は82歳です。私自身が若かりし頃見たことをお話したいと思います。」

Sieur Louis de Conteは、未来にいるはずの、ひひひ甥やひひひ姪に語りかけた。
(決してヒヒヒと笑っているわけじゃないんですよー)

マーク・トゥエインのジャンヌ・ダルクの序章はこのように始まっています。
"Personal Recollections of Joan of Arc" Mark Twainを、本当に亀の歩みですが読み進めています。

ジャンヌ・ダルクの幼馴染にして、召使であり秘書であった、シェール・ルイ・デ・コント(どうやら実在の人物であるらしい)によって、ジャンヌの姿が思い出話として描き出されるという設定のようです。
設定自体面白いし、実際、子供の視点を大事にした、生き生きとした描写は、すごく楽しいんですが。
あー、もう。
単語力が足りません。
(並行してNewYorkTimesのクロスワードパズルもやっていたけど、純粋にとけたのは2単語だけ・涙)
簡単に思えた文体も、結構くせがあって、一文の区切りを考え考えているうちに、三十分とか過ぎてます。
訳文をまじめに書くのは、もう17年ぶりくらい?

で、なぜこれを読んでいるかといえば。
ずばり8号で復刻した「変態心理におけるオルレアンの少女」のせいなのです。
論文というよりも、講談調になりがちだった佐多先生のお話は、まるで子供が体育座りして、紙芝居を見ているような面白さがありました。

そもそも世界史。。いや歴史にまったく興味がない僕は、ジャンヌ・ダルクがなんたるかを、知らないに等しい状態だったのです。
それを佐多先生は、変態心理、つまりは精神病理学から解き明かしてみせてくれました。
一番面白かったのは。
ジャンヌが英軍の包囲を突き崩し、王子シャルルの戴冠式まで成功させた時点までは、トランス状態でなにもかもが吉と出ていたのに、その後精神が平生になってしまうと、普通の一少女にもどって、なにもかもが、暗転していったという部分でした。
憑き物が落ちてしまったあとの、むくろに心が戻ったために生まれた、悲壮。

でも、これは、刷り込みの一種なのかもしれません。
初めて出会ったものを、お母さんだと思って、ひょこひょこ追いかける。
というのも、続けて手にした、この新書で、ジャンヌをめぐる伝説・考証がいかにたくさんあるかを教えられ、面白いけど、いや絶対深くは追求できない世界だと思い直したのでした。

ジャンヌ・ダルクの神話 (講談社現代新書 (642))ジャンヌ・ダルクの神話 (講談社現代新書 (642))
(1982/01)
高山 一彦

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ジャンヌの行動が佐多先生の見方で、単純な精神疾患の一種と片付けうるものであったのなら、
あるいは死後何百年も経って、Cristianismの政治的手法で「聖女」となったことを単純に受け入れていたなら
いわゆる歴史考証家から、これだけ多くの説はうまれなかったろうなあと、わくわくさせられる読み物になっています。
講談風の躍動感ではなく、これからミステリを読む前に、こんな手法もあるんだよとカードの一端を見せてくれているだけなんですが。
卵から飛び出たばかり、羽もびしょぬれのヒヨコには、お母さんが沢山いすぎて、さあ大変な感じで楽しめました。
ジャンヌの傀儡説、ではその操り手はどんな候補がいるのか。
ジャンヌの王女説、ではその根拠はどこに潜んでいるのか。


さてと、先日も書きましたように、マーク・トゥエインの方は、邦訳があります。

マーク・トウェインのジャンヌ・ダルクマーク・トウェインのジャンヌ・ダルク
(1996/09)
マーク・トウェイン大久保 博

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でもまあ、すこーーしずつ格闘するのも楽しいので、
どんなジャンヌが待っているか期待しながら、読み進めたいと思ってます。

で、今日訳してみたところは、こんな感じです。
地名や人名はかなり適当に書いています。
先は遠いぜ。

Capter 1 When wolves ran free in Paris
第一章 狼がパリで走り回った日

私、シエール・ルイ・デ・コントは1410年1月6日、ネーフシャトウに生まれました。私の誕生日はジャンヌと同じで、彼女が生まれるちょうど二年前に当たります。15世紀初頭、私の家族はパリ近郊からこの遠く離れた地区へ引っ越してきました。家族は政治的にはアルマニャック派でした。アルメニャック派というのは、我がフランス国王自身がそうであったように、国王を称揚するいかれて無能な愛国者たちでした。イギリスのブルグデアン党はアルメニャック派から周到に略奪していきました。彼らは、私の父のささやかな自尊心を除いてあらゆるものを奪っていきました。父がネーフシャトウに辿り着いたとき、貧しさは極まっており、精神も壊れかかっていました。しかしネーフシャトウには、父が好む政治的な風潮があり、他にも何かあったようです。比較的静かな土地に来て、狂気や怒りや悪魔に執りつかれた連中から離れ、虐殺の連続に常に危険を感じていた日々からしばらくは離れることができたのです。パリでは、暴徒がくる夜もくる夜も、強盗や放火や殺人を繰り返し、人々を悩ませていました。夜が明けると、建物は壊れて煙を上げており、そこここに無数の死体が転がっていて、強盗に身包み剥がれた人がいて、さらに通りの向こうでは暴徒の残り物を拾い集める神から見放された者たちで溢れていました。死体を集める気力を持つものはおらず、そのため死体は腐り、疫病が生まれていました。

そう、疫病は暴徒たちが生み出したのです。病はハエのように人々の間に蔓延していきました。実際には埋葬は夜中にこっそり行われていましたが、もし蔓延の規模が発覚すると、民衆がより非人間的になり、絶望へと突き進んでいくことを恐れて、公には埋葬は許されておりませんでした。さらに酷いことには、フランスにとって500年来という大寒波が襲ってきたのです。飢饉、悪疫、虐殺、氷に雪―あらゆる悲劇が一時にパリを包んでいました。通りには死体が積みあがり、昼間から狼の群れが街に入ってきては、それらを貪り食っていました。

ああ、フランスは落ちました。深い深い地獄へと。四分の三世紀以上、イギリスの牙はパリという生肉に食らいつき、終わりなき暴力と勝利であまりにも怯えさせたために、イギリス軍の悪しき光景は、フランス人を敗走させるに十分の力となったのです。

私が五歳になると、アグニコートに恐るべき災害が起きました。英国王は自分の栄光に酔いしれるために帰国していましたが、ブルグデアン党の工作によってフランス側の結束が断ち切れると、ある夜一気にネーフシャトウは略奪の波に飲まれたのです。燃え上がった藁葺き屋根の光で私が見たのは、この世で最もおぞましい光景でした。兄、つまりお前たちの先祖は、背後に隠れていました。人々は命乞いをしている間に虐殺されました。殺戮者は彼らの祈りを嘲り笑い、嘆願の真似までしました。私は大目に見られて、怪我人の間から逃亡しました。彼らが去ったとき、私は這いつくばい、燃え盛る家々を見ては泣き叫びました。敗走し隠れた死傷者を除いては、私は一人ぼっちになりました。

私はドムレミ村に送られました。後にこの村の司祭の女中が、私にとって大切な母親代わりになりました。当時、司祭は私に読み書きを教えてくれましたが、この特権は村で唯一私に許されたものでした。

この素晴らしい司祭の名はジェローム・フロントといいましたが、彼の家が私自身の我が家と呼べるようになった頃、私は六歳になっていました。その家は教会に隣接しており、教会の裏手にはジャンヌの両親の小さな庭がありました。ジャンヌの父はジャック・ダルクといい、母親はイザベル・ロメといいました。十歳のジャック、八歳のピエール、七歳のジャンと三人の息子がいて、その下に四歳のジャンヌと、一歳位の妹キャサリンがいました。私は最初から彼らと遊び友達になりました。他にも友達はいましたが、特にピエール・モレル、エチエンヌ・ロゼ、ノエル・ラインゲッソン、という四人の子たちと仲良しでした。加えて、ジャンヌと同じ年くらいで、次第に彼女にお気に入りになったホーメッターとリトル・メンゲットという女の子たちもいました。

祈り

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子供の頃。
ケーキは遠い国の話みたいでした。
お誕生日とかクリスマスに実家で活躍していたのは、「チーズケーキクールン」
どうやらまだ現行の商品のよう。
これは、お皿の上にアルミホイルを張って、クッキー生地を敷き詰め、その上に牛乳を加えたチーズケーキの元を流し込むという、いたってシンプルなもの。
でも、缶詰の果物や、スプレーチョコを飾って冷やすと、甘酸っぱいレアチーズケーキが出来上がるので、定番になっていました。

プレゼントも枕元に置いてもらったということは一度もなかったと思います。
なので、今頃そんなサプライズを楽しんでもらえることを願って。
素氏の誕生日の前夜に、パソコンの上にこっそりプレゼントを載せておくようになりました。
まあこの新たな習慣はお誕生日だけなので、クリスマスはプレゼント交換だけです。
僕からは、年末年始の風物詩、桃鉄・北海道大移動編。
ゾンビボンビや、ご当地珍獣が可愛いです。

昨晩は、素氏がホールのフルーツ畑(タルト生地にいっぱいの生果物がのったの。僕のお気に入り)を買ってきてくれました。
ドライカレーを教えてもらい、横でひやひやしながらステーキのフランベの炎を眺めていました。
美味しいケーキを食べて、赤ワイン片手に、はねとびで騒いで楽しかった。

蝋燭の明かりを見ると。
小学生の頃、教会の子供たちが集まって、蝋燭をもって六甲近辺の信者さんのお宅を巡り、賛美歌を歌ったことを思い出します。
寒かったけど、軒先でもらった甘酒がおいしかったな。
心が澄んで、夜空に吸われそうだったな。

May your days be merry and bright!

絶対守れそうにない来年の目標

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時々、ふっと、ほんとに時々。
本が多すぎて。
あーあと二、三年、いやもっとか。
本買わなくても、ぜんぜん困んないとか、考えて。

「来年一年、本は買わない」
と無意味につぶやいた。

そんな矢先。
先週木曜日、近くに、フルホンイチバというチェーン系ができました。
売れ行き好調なはずの、ユニクロが急に閉店になって入れ替え。
素氏が初日に乗り込んだけど、しけしけという情報をえていた。
なので、今日も期待せずいってみた。

そしたら、上の写真の状態です。
みんな一冊100円でした。
クリスマスまで、大型漫画は全部100円なので、狂ったようにつかんでいました。
だめだー。
でも、まだ年内だから、許される?
年末の京王新宿許される?
しかし、せっかく目録がきた、年明け銀座松屋はもう許されないかしら。

たとえ手元に本はなくとも

毎年恒例の年賀状作製に向かい、WIN95と15年前のインクジェットプリンタと格闘。
一年に一度しか稼動しないせいで、ついに黒のインクヘッドが死亡。
牛柄は黒が使われることがおおいけど、
なんとか色調補正で濃灰やベージュでごまかし裏面仕上げ。
宛名も濃紺でごまかして、差込印刷完了。
たしかにもう旧式でしかありえないけど、この時代のWORDのマクロって扱いやすくて好きなんだ。
VISTAものぞかしてもらったけど、階層自体がどうなってるのか、てんで掴めず。
僕はまだしばらく、XPで頑張るぞと決意をあらたに。

あと、USBタイプのワンセグ(ほんとメモリスティックみたく小さい)を試したり、
messengerでビデオチャットとかしてみた。
これは一対一しかできないけど、6人まで同時対話可能な無料ソフトもあるんだよね。
でも、そもそも文字チャットすることも稀だから、oovooもいらないわーと。
色々サイバーな環境が楽しめて面白かったです。

で、土曜の夜は、素氏にくっついて、ものすごい熱気の宴会場へ。
正味一時間半しかいなかったけど、
いつも通りフリーズしかかっていたけど、何より素氏が愉しそうにしていて
僕自身にこにこしていることができました。
既にあの分厚い本を購入された方だけが、サインを貰っていらっしゃったりして。
執筆者全員のサインを書き込んだら、あの見返しじゃたりないことになるなあとか。
あと、横溝研究な人とか、久生研究な人とかいっぱいで、
相変わらず虫研究な人が少ないことに(でも、熱い方に素氏は逍遥を行商してました)
僕たちはやや嘆きつつも、概ね孤高の変人部隊気分で愉しくお別れしたのでありました。

そして、昨日は、初めてスナギモ。。。じゃなくスナモへ。
お昼をたべに向かっただけですが、三階の本屋の奥にリサイクルコーナー発見。
ようやく、大判の「大阪豆ゴハン」の端本を拾い、これでコンプリート。
いしいひさいちの、「His psyco bow」もゲットしました。
後は、もちろん、南砂のタナベへゴーです。
前回、一瞬手には取ったけど、唸りつつ戻した加藤周一の「羊の歌」。
某ブログを読んで、改めてほしいと思ったけど、やはりなくなっていた・涙。
あと、武井武雄さんの全豆本の書誌本も入手し、すでにこの書誌自体の豪勢ぶりにうっとりになりました。

長い長い電車の合間に読んだのは。

下町 (朝日文庫)下町 (朝日文庫)
(1984/06)
朝日新聞社東京本社社会部

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もう二十年以上昔のルポだけど、浅草から玉の井、木場などいまやとても愛着をもつようになった
僕の近辺の一昔前の匂いがつまっていました。
関東に出てきて、今年で16年目。
あと五年で、人生の半分がこっちになります。
今まで色んな町に住んだけど、なぜか江東区に住むようになってから
やたらに地誌や、風景に気持ちが動くようになりました。
出不精でならしていたのに、お散歩も大好きになったしね。

この本の始まりは、僕も愛飲する、電気ブランの物語。
ビールの合間に、きゅっと痛飲するのがお勧めとされていますが
逆に電気ブランだけでぐびっと苦虫つぶして、世の風を背中で切っているお店もあると、書かれています。
また戦後すぐは、名前だけが一人歩きして、得たいの知れない酒も同様に呼ばれていた時期があったと。
「電気」は、単純に神谷バーとだけイコールで結ぶわけにはいかないんだなあ。


黄色い本―ジャック・チボーという名の友人 (アフタヌーンKCデラックス (1488))黄色い本―ジャック・チボーという名の友人 (アフタヌーンKCデラックス (1488))
(2002/02)
高野 文子

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この漫画すごく好きだ。
高野文子に対しては、今まで斜めの視線で捉えていたの。
だから正面から、少しの期待をもって、まじめに抱きしめてみたの。
そうすると、特に表題作のよさは、堪らないものになりました。
これは、読書における足し算引き算効果みたいなものでしょうけど。

図書館で借りた「チボー家の人々」の登場人物たちが、暮らしの中にじんわり幻になって現れる。
弟妹の世話もよくみる、家事の手伝いもよくする、織機の使い方は抜群の女の子。
でも、いつかの時代、たしかに家の中にいた、
「しっかりもので、決してしっかりしていることを偉いとも思わない、
家族を助けるのは当たり前のおねえちゃん」が抱いた読書の時間。
本が好きだからって、ただ没入するわけじゃない。
本が好きだからって、物欲しそうにも、鼻にかけることもない。
ましてや、文学をめざすとか、埒外の。

そう、ここには、ただただ本が好きで、
何日も側で寄り添ってくれた、ジャック・チボーとその仲間たちの温かさ、清らかさだけがある。

子供の頃、読書の楽しみを教えてくれたお父さんがね。
図書館に返す直前、雪かきしながら娘にいうの。
「欲しかったら注文するか?
自分で大事に持っている本があるってっていうのも、いいものだぞ」
決して豊かではない生活がすぐ側にあって、
それでも夢中になって夜更かしして読み進める娘に、
高校(もしかしたら、中学?)卒業間近、就職間近の娘に
そういう言葉をかけてくれる、お父さん。

なんだか、じんわりとしながら。
僕は、素氏の姪っ子さんや、甥っ子さんに時々感じる「真実」を
僕が決して子供時代、第一義としては教えられることのなかった「真実」を
垣間見た気がしました。

本当に素敵な漫画でした。

命名って縁起をかつぐものではないのかな

まだみんなから「大丈夫?」と言われているくせに。
夕方、喫煙所から見えるロビーの一角に献血コーナーができているのを発見した僕は。
わーーとばかりに、突進。
血を抜かれるの大好き。
っていうのもあるけど、実はヒマヒマで、有効に時間つぶしたくて。
400ML献血しました。

そしたら、一抱えブリックパックのお土産をもらい。
みんなに苦笑の嵐を受けました。
でもって、ナース・キティの来年の手帳カレンダーもらって、ほくほく。
おしゃれです、ビニールだけど、ちょい皮っぽい。

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実は暇に任せて、論文読むふりしながら、
グーテンベルクプロジェクトからDLした、マーク・トウェインのジャンヌ・ダルク小説読み始めてました。
結構なボリュームがあって、印刷すると200P超えそうなので、
これから読み終わったら少しずつ、こっそり職場で印刷しようと目論んでます。
どうやら、児童書でしか邦訳がないので、原文に挑戦。
そう、へぼへぼの語学力を立て直すのが目的なの。

さてさて、Sちゃん様から、某逆さまパンダの本名の読みについてご指摘を受けたので。
僕はあやふやな記憶のまま
「たしか、戦国武将から名づけられた」と返答したのですけど。
昨晩、その武将が織田信雄(のぶかつ)だと教えてもらいました。

で、二人して、その信長の次男坊がいかなる人物か、ネットをのぞいたのですが。。。
爆笑。。
いや、だって、普通、命名って縁起担ぎませんか。
戦国武将でも、結構頑張った人(なんだ、この表現)、名将とか選びませんか。

なんでも、命名してくれた方は、ご両親の仕事の上司というか、仕事を斡旋してくれた方
みたいな存在だったらしいのですけど。
うん、まあ、他人の子っていえば、そうだけどーーー。

でも、この信雄くん、その「雄」の字を受け継いだ人に似ています。
へなちょこで、趣味人。
首を刎ねる必要なしとみなされ、江戸に時代が変わってからは、京都でお茶に鷹狩三昧。
わーー。

あんまり騒ぐと本人が悲しむので、このへんにしますけど。
本人いわく、
「鷹がとんびをうむ」
「藍は藍より出でて、ただの水色」
だそうです。

以上、超私信でご報告まで。

不思議な関係

大分、復活してきました。
みんなが早く帰れというので、早退して煮物を作って、お風呂に入ったら、鼻水止まりました。

そういえば、週末は画像工作担当の素氏にたのんで、年賀状を早々と印刷。
今年は、15枚買いました。
僕はお友達いないので、その精鋭部隊に発信する怪しいもの、全く目出度くないものを目指すのが
とても楽しみなのですが。
もらった人は、とっても迷惑していることでありましょう。
干支に関係ある年もあるけど、基本的には脱干支、脱慶賀です。
去年は、ねずみ年でしたね。
だから、蝙蝠柄の可愛いマッチの図柄で攻撃してみました。
鳥年には、フクロウ貴婦人に、「未来のイブ」のアダリーの台詞を吐かせました・笑。

来年は、牛年ですね。
はっきりいって、牛とはなんの関係もありません。
脱慶賀というよりも、むしろ喪中はがきに等しい、薄暗さです。
例年どこからともなく探してくる妖しい詩篇、
今回は、篆刻俳人といった変わったジャンルを志した趣味人、
その実体は、高知県の中華料理屋のオヤジ。
といった変わった方の俳句を引用させていただきました。
この賀状を受け取る奇特なみなさま、どうぞ笑ってやってくださいな。

さて、いまだにチェスタトンの世界に片足つっこんだままですが。
ブラウン神父シリーズは、ほんと電車乗り過ごしが勃発して困るくらい、
数秒でその世界に引き込まれます。
最終巻に、訳者の中村保男さんが詳らかにチェスタトンの叙述手法について考察されていますが
なにしろ、もったいないと叫びたくなるほど奇妙なプロットが瞬く間に解決されてしまう。
一向にすっきりするわけでもなく、読者は、ブラウン神父が頭を抱えて
「頭が痛い・・・」とつぶやき始めると、
「えええ!もう終わっちゃうの、こんなに素敵なタペストリー広げたのに」と
ショックを隠しきれません。

どんでん返しでもなく、叙述トリックでもなく、なんといえばいいのか。
きっと事件を解決することよりも、そこにある奇妙な人々の心の綾や
神父のつぶやく、人間くさいけど深遠な真理や予感とか
そして何より、チェスタトンが等量に重きを置いている、風景の美しさが
みんな同じ天秤の上に乗っかって、絶妙なバランスですっと収束するんだな。
そう、高速回転の遠心機にかけるには、きっちりとチューブの重さを合わせないといけないけど。
チェスタトンには、計算しつくされていて、ぐるぐると僕らに美しい回転をみせてくれる機微があり
一方で、その計算を匂わせない裏側に横たわる郷愁があるんだ。

本当のところをいうと。
僕は常に青いメランコリーを求めるきらいがあるので。
「詩人と狂人達」の方が好きだと言ってしまうのだけど。
キャラクタライズしにくいブラウン神父にも、もっと難解な齢を重ねて見出される
人恋しさが含まれていて、それが相棒のフランボウとの関係に淡く描かれている。

フランボウは、第一話では大泥棒だった。
芸術的な盗賊で、その美学ゆえに、ブラウン神父は、
一見どんくさい坊主という仕草を逆手にとって、延々ヒースの丘までつきあってあげたのだ。
それが数話目になると、木の上に隠れたフランボウに
お前の美学は、きっとそのうち、醜いものに変わってしまうよ。
ただの薄汚い盗人になってしまよと、改悛させるのだ。
フランボウも神父を相棒とみていて、探偵になったことをちゃんと楽しんでいる。

たとえば、ブラウン神父のこんな言葉が、とってもいいです。

「フランボウ」とブラウン神父――「あそこのベランダの下に長い腰掛けがある、あそこなら、雨にもぬれずに一服ふかせるだろう。おまえは、わたしにとってこの世でただ一人の友達だから、話がしたいのさ。というよりも、いっしょに無言でいたいのかもしれん」

『ブラウン神父の童心』「狂った形」創元推理文庫(1967)205p



あとね。
僕はチェスタトンの「童心」が存分に現れたところに突き当たると、うっとりが止まらなくなる。
こんなに綺麗で物悲しい予感に包まれた世界って、そうそう見つかりません。

 一夜、二人のボートは、長い草と短く刈り込まれた樹で覆われた堤のもとに碇泊した。力いっぱいに漕ぐことで疲れきっていた二人に眠りがたちまち訪れ、同じような偶然の理由から二人は明るくなるまえに目を覚ました。いや、もっと正確にいうなら、陽の光で明るくなる以前に目を覚ましたのである。大きなレモン色の月が頭上の鬱蒼とした草むらの向こうにようやく没しかけていて、空は濃い紫と青の混合色で夜すがら照り輝いていたからだった。二人は時を同じくして子供のころを想い出した。小妖精のことや、たけの高い草が森のように頭上に蔽いかぶさってくるあの冒険の時刻。低空(ひくぞら)にかかった大きな月を背景に伸び立った雛菊はまさに巨人の雛菊に見え、たんぽぽは巨人のたんぽぽかと思われた。この情景はなぜか二人に子供部屋の壁紙を想い起こさせた。河床がかなり低くなっているために、二人はあらゆる潅木と花の根の下に沈んで、草を下から見あげるかっこうとなった。
「これはすごい」とフランボウが言った――「お伽の国にいるみたいだ」
 ブラウン神父はボートのなかでまっすぐに半身を起こして十字をきった。この動作があまりに急激だったために、神父の友人は眼をみはって、いったいどうしたのかとたずねた。
「中世のバラッドを書いた人たちは、あんたよりもよっぽど妖精のことをよく知っていた。お伽の国で起こるのはいいことばかりだとはかぎらないのですよ」
「でたらめをおっしゃい」とフランボウ。「こんなに無垢な月のもとでは、よいことしか起こるはずがありませんよ。ぼくは断然もっと深く入って行って、どういうことになるか見届けたい。こんな月、こんな気分にはもう二度とめぐりあえないうちにぼくらは死んでしまうかもしれないもの」
「いいとも」とブラウン神父。「お伽の国に入るのは例外なくいけないことだとは言ってませんよ。そうするのは例外なく危険だと言ったまでです」

『ブラウン神父の童心』「サラディン公の罪」創元推理文庫(1967)217p



実は、まだ一冊目なので、また素敵な部分があったら、書きたいと思います。
その前に、年賀状を投函しないとね。

はなみず

半年ぶりに風邪で倒れる。
珍しく発熱はない。
鼻水がものすごい。
一向に効き目のない、パブロンによって、僕はただひたすら眠ってます。
ナルコレプシーみたいに、昏々と、昏々と。

合間に夢を見続ける。

12・22に新幹線に乗って神戸に帰ろうとしている。
そして、十日以上も実家ですごさないといけないなんて、ものすごくイヤだ
と半泣きになり、東京方面のホームを探すのに、見つからない。

職場の社長にあたる講師の先生から水色の一升瓶を渡されて
「すぐにネットで今夜の宴会のために発注するように」と叱られる。
でも、ふかふかのトランポリンみたいな布団ひしめく病室のパソコンには
みんな怖い女医さんが座っていて、貸して貰えない。
泣く泣く学習机を開いたら、ミシンとディスプレーが出てきて
OSがWIN95でどうしてもネットに繋がらず
真夜中の、犬が遠吠えする街中に酒屋を探して彷徨っている。

横に立ったおかあさんが、また(夢の中ではいつも)怒り狂っていて
僕はたった十数冊の本を棚に並べては落とし、並べては落とし。
どうやら数年前のあれこれをほじくられては怒鳴られて、
確かあったはずの、夢の遊眠社の半券をはさんだパンフが見つからないと
ぶつぶつ返答している。

目覚めるたびにどっと疲れるので
枕元においた倉多江美を読み返す。
逸郎くんシリーズが一番、好き。
でも、パラノイアとか、怖い怖い話も好き。

素氏がつくってくれたお粥を、梅干とおかかふりかけで食べる。
昨日買ってもらったマロンタルトをたべながら、ポアロの「ホロー荘の惨劇」をみる。
えげつない話で、余計にしんどくなる。

夢は怖いけど、もう一回、ナルコレプシーしてみよう。

検索の果ての混沌

年内の細胞ちゃん増殖計画が終了したので
一挙に、ひま~でどうしたらいいの?な毎日です。
かといって、読書ができるわけでもなく、
ポスドク的存在になってほしいと言われていても
ネジ一本愛する僕は、無の中から実験したいことも思いつきません。
なので、こっそり辞典を仕上げるばかりです。

そんなネボケた頭に一喝。
「黒死館逍遙 8号」がめでたく刷り上がってきました!
なんと入稿から5日で仕上がったというわけ。
はやい~~。

以前は自己申請だったのに、勝手に早期入稿を認めてもらって返金になったり。
搬入先のスペース番号メールしてくれたり。
ますますサービス満点なS社さま。
今回も、素敵な仕事っぷり、ありがとうございました。

今夜は素氏が、おともだちのカンツォーネ歌手さんのライブに出かけたので、
僕はお家で、ひたすらネットに向かっています。
他の方はどうなのか分かんないですけど。
基本的にものすごく人見知りなので、
昔から「友達の友達」とか「恋人の友達」とかに逢うのがとても苦手です。
あと、オフ会とかも完全にダメだったりします。
躁気味な日でも、ぐったりして帰ってきます。
実はぺらぺら喋っているようにみえて、帰りたいよ~と泣いています。
でも表面ぺらぺらだったりすると、誤解を与えて、余計に後日さらなるスパイラルに巻き込まれ。
挙げ句に、相手になんで掌返すの?と引かれるくらいに、
整然と泣きながら、逢えませんと叫んでいたりします。
ということで、「逢えないほど山奥にすむタヌキ」と思っていてください。

閑話休題。
古代時計室、「あ03」をなんとか更新した後、
「あ04」に出てくる、またも死体ピカピカ事件に取り組んでいます。

実は、今日まで、「死体が光る」現象を英語でなんというか、分からなかったんです。
日本語では、「鬼火」とかいいますけど、それすらも頭から抜けていました。
luminescence of the deadとか。。。バカだ、オレ。
ええ、こっちも民俗学的、超常現象的に、専門用語を探さないといけなかったんです。
この手の光る現象のメジャーな単語としては、
Will o' the wispっていうのが、あるんですよねー。
頭ひねっても、出てくる訳のない言葉です。
あと、19世紀頃からScotlandで使われだしたらしいのが、corpse candle。
そ、まさに「死体蝋燭」ですよ。

これもまた、すっかり誤解していました。
法医学用語の死蝋(腐らなかった死体が、蝋やチーズみたくなる現象)とすっかり混同していて。
遠い昔、同僚ちゃんが法医学教室にいて、ついつい色んなものを見せて貰ったから。
余分な知識が、、、、。
ああ、やばい。
八号の前説で僕が赤入れた部分に、死体蝋燭=法医学用語とさせてしまった箇所があったのだ。
そうか、死蝋と死体蝋燭は別物か!!

小酒井不木にも「死体蝋燭」っていう話あるし。
(でも、これは、光る死体じゃなくて、もっと猟奇的犯罪ですけどね)
気づけよ、絹山!

ここで、「とはいえ、○○の屍光の事実が確認されました」って叫ぶことができれば
こうした苦労も、少しは吹き飛ぶんですが。
まだ、青い燐光を2kmくらい先に見ながら、意味のないマジックサークル描いている状態です。

たとえば、「アラゴニアの聖ラケル」も、
ラケルは、トランプのダイヤのクイーンのモデルである、創世記に出てくるヤコブの妻とか。
同じくダイヤのクイーンのモデルと言われる、トレドでアルフォンソ8世とイチャついていた愛妾ラケル(別名Rahel la Fermosa)とか。
一向に死体が光りそうもないんだな、これが。
ああ、もう、算哲はハートのキングなのに。
助けてくださいって感じです。

一八七二年十二月蘇古蘭(スコットランド)インヴァネスの牧師屍光事件は?」

(註)(西区アシリアム医事新誌)。ウォルカット牧師は妻アビゲイルと友人スティヴンを伴い、スティヴン所有煉瓦工場の附近なる氷蝕湖カトリンに遊ぶ。しかるに、スティヴンはその三日目に姿を消し、翌年一月十一日夜月明に乗じて湖上に赴きし牧師夫妻は、ついにその夜は帰らず、夜半四、五名の村民が、雨中月没後の湖上遙か栄光に輝ける牧師の死体を発見せるも、畏怖して薄明を待てり。牧師は他殺にて、致命傷は左側より頭蓋腔中に入れる銃創なるも、銃器は発見されず、死体は氷面の窪みの中にありて、その後は栄光の事なかりしも、妻はその夜限り失踪して、ついにスティヴンとともに踪跡を失いたり。



これだって、ここまで情報があって、なぜ分からぬと、歯ぎしり千万。
最近、もっと英語だけでも真面目にやっとけばと、これまた歯ぎしり千万です。

とはいえ、「あ03」でマキシムスの奇跡については、
多分これだろうというのが判明したので、載せておきました。
死体が光るではなく、彼のお墓の上で、3本の蝋燭がピカピカしてる幻が出たそうですよ。

さ、これから少し寝ころんで、読書です。
「ブラウン神父」かなり素敵です。
フランボウとの関係が、ちょっと切なげです。

あと、念願かなって、ずっと探していた漫画が入手できました。
椎名品夫さんの「眉白町」。
定価の四倍も払いましたが、もの凄い代物でした。
期待の数十倍の良さです。
むしろ、こんな漫画読んだことないと、諸手をあげて絶叫したい感じですが。
それは、またきっと(ここのところ結果的にウソツキになってるので)、
感想書きたいです。

入稿完了

雨が降ります、雨が降る。
なんとも寒い一日になりました。

日曜日、なんとか午前中に入稿完了いたしました。
あとは石川県に向かって、上手く印刷してくだされと手を合わせるばかりです。
素氏が御礼にとか、そういうものなのかよく分からないまま
今号もまた、後書き書かせて頂きました。
職場で三十分ほどで、てやっと書いたので、かなり怪しい後書きです。

午前中にやったーーとなったので。
二日ぶりに入浴して
(そういえば、先日、我が家の水道代が異常に少ないと指摘を受けたが
普段は風呂嫌いの素氏を焚きつけて、一日はざめには入っている、
が、なぜに一ヶ月3千円未満なのかは、不明である)
印刷博物館へ向かいました。

そう、「ミリオンセラー誕生へ!-明治・大正の雑誌メディア-」の最終日に滑り込んだと。
なんかいつも不思議なのは。
僕がアンテナにこっそりいれている、AさんとBさんという人のブログがあって。
この両者はまったく関係のない人で、
勿論僕自身が二人に逢ったことがないただのファンというだけで。
なのに、Aさんが仕入れた情報を僕がみて、ぎりぎり最終日に向かうと
実は同じ最終日にBさんが来ていたりするので、びっくり。
あるいは、別のCさんの情報がAさんに重なってきたり。
まあふかーーい底辺では趣味が被っているのかも知れないけど、
オモロイなあと、奇妙な円環にひとり笑っていたりします。

で、展覧会は、先日会期前にフライングしてしまって観た常設展の狭間にありました。
まあそんなに目新しいという感じではなかったんですが。
宮武外骨の「滑稽新聞」の絵葉書シリーズが、かなり笑えました。
シュールで、きっつい笑いの尖端を狙っていて、
晴雨ばりの絵があったり、発禁カモーンって感じでしたね。

雑誌「女性」の目次とか観てると、いやはや、すごいメンツが目白押しで。
谷崎の「痴人の愛」の横で、タルホとか載ってるんだもんねえ。
これって、当時進歩的な女性だけが、もし読んでいたのだとしたら
非常にもったいない雑誌であったはずです。

あと、会場で一人盛り上がったのは、例の佐多芳久氏の名前を広告に発見したから。
頑張ってるじゃない、佐多君!と。

一方で、「新青年」は一冊しか出ておらず、虫ちゃんの広告もありませんでした・涙。
「新青年」をぱらぱら捲りながらいつも思うことですが。
自分の子供時代も、雑誌なんて一冊買ってもらえたら、もう本当に嬉しくて
一ヶ月何度も何度も読み返していましたが。
当時の「キング」とかも、ほんと小さなコラムから広告に至るまで、
ずっと楽しめる記事が目白押しなんですよね。
今、雑誌を買わないというのも、結局限られた、オタク志向の雑誌じゃないものは
ぱらぱらっと読み捨てになってしまう。
もちろん、堪え性をなくすほど情報や、フリーペーパーが溢れているのは確かだけど
もっと面白い総合誌って、ありえないのかなあって、感じました。

さて、今週から、本業の方も、地獄から這いだしてきた模様ですので
色々更新したいなあと考えています。

で、そんな矢先、僕は1898年7月24日のNewYork Timesの一記事をなめるように読んでいます。
「黒死館」でアンモニア注射を、死体の皮下に入れると赤みが戻るといったくだりがあるのですが
その元ネタを探ろうとしているわけですね。
だからって、こんな110年前の新聞記事、
それもPDF版の潰れた活字をOCRかけたっきりのテキストデータに
再校正をほどこしてまで読む必要があるのか!
と自分にツッコミ入れてますが、、、、まあ面白いのでいいのです。

記事の内容は、早期埋葬に関するものです。
仮死状態で棺桶に入れられちゃわないようにするには、どうしたらいいかと。
で、死んだかどうだか調べてみような方法に。
ammonia injection testというのが、ありまして。
どうやらイタリア人のMonteverdi博士が発見した方法のようですが。

この辺のことは、
1902年の「Death and sudden death」Brouardel, Paulという本にこんな感じで載っています。

Monteverdi's ammonia test is another experiment
on the arterial circulation. If 10 minims of liq. ammoniae
(sp. gr. 1090) be injected under the skin, there will be a
reaction in the form of a wine-red erythematous blotch with
raised spots as long as the circulation is going on. If this
has ceased, there will only be a blotch of dirty skin-colour.
Redness of transparent tissues under a strong light is
another, but subordinate, test of the presence of circulation

つまり、虫太郎は、まるでアンモニアを注入するとさも生き返ったような紅斑が現れると
書いているのですが、これは全くの誤解なわけです。
死んでいるときは、汚い肌の色のまま、
死んでいなかった場合だけ、赤くなるという判別方法なんですよねえ。

ちなみに、アンモニア注射は、現在でも昆虫の標本で死後硬直防止に使われるらしいです。
僕としては、虫の死後硬直に笑った。

まあ結局、いまだどの文献が「黒死館」と繋がっているかは、分かりません。
素氏いわく、小酒井不木著作集にあるかもーということですが。
でも、浪漫派探索者・絹山としましては。
虫ちゃんが取り寄せた洋書を包んでいた、黄ばんだ新聞が、
このNewYorkTimesだったらなあ、なんてバカみたいな夢をみていたりするのでありました。

いないいないばあああ

よろり。
昨晩は、御茶ノ水に出て、レモン画翠に向かいました。
学生の頃、山の上ホテルの裏側にあった、レモンのレストランに行って、ランチパスタをうまうまと食べていたことを思い出しました。
あんまり昔のことなので、もうなくなったかと思いきや。
ちゃんと、トラットリア・レモンとして、存在していました。

で、画材屋さんで僕が買うものといったら、決まっています。
デリタ原稿用紙上質110kg。
今冬の8号は、台割してみたら、108Pとすごいことに。
なので、紙がないぞと買いに来たわけです。

さすがに不景気というか、紙の原価高騰も著しいらしく、
黒死館逍遥でいつもお世話になっている、S社も11月から値上げに・涙。
なので、泣く泣くカラー口絵は諦めました。
とはいえ、S社を始めとして、僕がかつてお世話になった10社近くの同人印刷屋さんは、
みんな安くて親切で、新しい加工や特殊紙やパックで
ニーズに応えようと、がんばっていたなあと、しみじみします。
ここ一年、僕は完全裏方なので、そういう遊びができなくて、悲しい。
なにしろ、逍遥は、ずーーっと同じデザインだから。

本文入稿まで、あと一週間。
そんなヨロリの中で、最近ほーーっと思うことなど。

そのいち。
郵貯銀行が、来年から、他行とも振り込み手続きできるようになり、
最近通帳に、自分の口座がどうなるか、印字してもらったのですが。
支店名が、数字だったのには、笑った。

で、かつてのサークル活動で作った、振替口座があるのですが、
そっちは、預金の種類が、当座預金になるんだ。
当座預金って、引き出しできないと聞いたことがあるけど、
振替口座も基本的には、自分の決めた局にいかないと、引き出せない。
なんと、僕は、その専用局を当時の勤務先があった、本郷本局にしていたのである。
あああ。
いや、その当時は、とっても便利だったの、昼休みにさくっと引き出せて。
まあ、凍結状態だから閉鎖してもいいんだけど。
振替口座は、作るのが結構面倒で、
プチ会社みたいに、サークル名とか、構成人数とか、目的とか書面で出さないといけないので。
もう一度やりたくないと。


そのに。
某所で、買ったばかりのこのミニノーパソが動作不安で困っていると訴えたら。
それは、電源供給を絶っているせいだと指摘を受けた。
そう、最近、立ち上がりにエラーメッセージがでて、終了もうまくできなかった。
電源バッテリーは、放充電でへぼへぼになるのがいやで、つけておらず、
AC電源も、はずしてしまっていたのだ。

しかし、XP以降のOSは、スリープを基本としているため、
電源が落ちたと見えても、次にすばやく待機するために、
メモリ上に一部のデータが展開されたまま残っていると。
ここで電源を完全に断つと、それが損なわれてしまうという。
さらに。
昔はメモリ不足になったとき、再起動よりも電源を落とした方が、
きっちりメモリ回復するように設計されていたけど、
XP以降はむしろ再起動命令の方が、まっさらの状態になると。
ノーパソでバッテリもAC電源も切るなんて、もってのほか。
デスクトップでも、集中コンセントを切ったりするのは、大間違いなんだって。
そういえば、僕のデスクトップは、ずっと元気なままだ。

この情報をもとに、バッテリをつけて、作業を開始しました。
そしたら、エラーなくなって。
さらに、先日おかしいといった、Google ChromeとHotmailの相性も問題解決。
DLしたデータがきっちりインストールされ、アドオンも正常化した。
すごーーい。
というか、これって常識だったの?
思わず、買ったばっかりなのに、OS再インストールか!と叫んでいたけど。
こんなところに落とし穴があるなんて、びっくりでした。


そのさん。
「変態心理」の入力は、旧字旧かなを新字新かなに直したり、開いたりしながら
作業を進めてきたわけですが。
旧字→新字は概ね自信があったのですが。
どうしても、読めない漢字があり、いくら調べても読みが分からん、
ママで逃げていいのかと、二人で頭を抱えている文字があります。
その一番は、「駛れ」です。
音ではシ、訓では、はやい、はせる、ということまでは分かっていますが、
じゃあ、送りがなに「れ」って何?
文意から、「おそれ」とかがいいように思えますが、
ネット検索だと「はしれ」の可能性が高いような。。。いまのところ確定情報なし。

そこで、戦前の「広辞林」(昭和15年版)を開きました。
結果的に、分かりませんでした。
(情報モトム←またか)

でも、数時間にわたって、巻末にある難訓漢字で素氏と大盛り上がり!
こういう遊びって何時間でも楽しめる。
昨今増えたテレビの漢字の読みも真っ青、
読めない上に、意味が、、、まったく分からない語がいっぱいさ。
二人してやらないといけないこと山積みなのに、夜中一時半まで騒いでました。

その中でも、答えを聞いても数秒でわすれられるのが、「丁」です。
読みは、「よぼろ」
よーぼーろーー♪
こんな音、絶対頭から擦り抜ける。
意味は、「古昔、男子二十一歳より、六十歳まで、調停の課役に出でしもの」と。

あと、意味を見ても聞いたことねえな、「手手甲」。
読みは、「せぜがこう」
「昔時、手を組みて顔にあてて、「せぜがこう」といいて小児をおどししを、後世の「めかこう」なるべし」
って。。。
あのー、イナイイナイバアですか??

さ、休憩おわり。
頑張ろうっと。

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絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
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