2008-08

日々是発見

毎日とても楽しい。
たとえ鬱になっていても、そんな気分。

色んなラボを渡り歩いたせいか、息苦しい劣悪加減はある程度知っているので
今の場所が、どんなにのんびりして、他人に干渉しない空間であるか。
だからとてもしんどいけど。
また9/19まで3週間以上ぶっつづけで、まったく休みなしだけど。
それでも、僕はなんとなく生き生きしている。

なので、そんな恵まれた環境でやおら他人の行動にキリキリ叫ぶ人がいると、
もう少し落ち着けないのだろうかと、昼休みは外に向かい、ipodを取り出して耳栓をする。
先日、キリキリな子(といってももう33才)であるところの、
いまだ専業主婦を夢見る困ったちゃんと
二人きりでお弁当を広げないといけなくなった。

困ったちゃんは、全ての休みをアイドル(古い言い回しやね)追っかけに費やしている。
ひどい言い方をすれば、受動的にお金を使って脳内欲求を満たし、
無為な時間を、無為でなく使っているという幻想を買っている人である。
僕と彼女の間には、全く通じることがない。
だから、恐怖政治に近い結婚・出産願望に対して、受け流す生返事の隙間に、ついつい棘を並べてしまうのだ。

僕は一日でも早く隠居したいと語る。
いつも笑われるけど、やりたいことが多すぎて、どうしようもないのだからしょうがない。
でも相容れない人は、必ずやこう返答する。
「何もやりたいことなんてない」って。

信じられない。
こんなに外には、Qが落ちていて、知らず知らずに不可思議な連携をしているのに。
それを見つけようとしないなんて。
こんなに内には、妄想と呼んでもいいけど、形になりたくてうずうずしているアブクが立っているのに。
それを取り出そうとしないなんて。
信じられないけど、僕はどうしたって「楽しんで」いる人しか好きにならない。

素氏は、そりゃあもう、遊びの天才である。
史上最高の楽しい玩具を手に入れて、三十年以上戯れているんだもの。
筋金入りの享楽主義者だもん。

最初は、即売会にでること、本を作ることが絶対嫌いじゃない、
いや、好きに決まっていると思ったから、僕の遊びに引き込んだ。
僕自身は、パッケージとしての本作りは純粋に楽しんできたけど、
中身を絞り出すことは、簡単に楽しいで済まない、泣いて泣いてのことも多かった。
けれど、素氏は、どんなに追いつめられても、赤青緑、炎の三色ボールペンで直されても、
ちゃんと黒死館と遊んでいる。

逍遙7号で文学関係の検索をやって、
いままた古代時計室の整備に携わっているうちに、なんだか僕も。
まぜてーーー。
になってしまいました。
黒死館語録、未発見の虫太郎が残した謎に答えるべく、連日楽しんでしまっているのです。

で、今日は。
毎日一、二個新しい発見をしては、プチ情報として素氏に自慢をし。
時々知ってるよと言われてむっとして。
でもしょうがないかとニマニマしているという、ただそういう状況のお話です。

本当に三十年の蓄積ってば、モノスゴイ。
結局、駆け出しの助手からすれば、虫語録というのは、点でしかないわけです。
通して読んだのは2回で、あとは例えば「眼鏡文人」を作る際に、登場人物にまつわる「修飾語」つまりは、どんな人なの?という各キャラ設定ばかり探ったことしかない素人には、
特にカタカナの未詳の語録は太刀打ちがなりません。
そして、その一単語は全く独立したものとして、検索の対象になりがちなのです。

しかし、長年この世界にどっぷりとトンスラが被ってしまうくらいに潜った人にとっては
全ての語が線で結ばれ、もしかしたら面にまで次元上昇しているのではと、毎晩唸らせられっぱなしなのです。
そういえば、素氏は、当初、黒死館の図面を引くという不可能命題に取り組むのを主眼にしていたのでした。
さすれば、線は面になり、面はいつかたとえ捻れた構造であっても、一個の確かなる三次元の建物が浮かび上がってもおかしくないじゃないですか。
さらにいえば、黒死館には、ただ算哲が世に生まれて、苦々しく法水が立ち去るまでの時間だけじゃなく、文献や語録が召還する時空があるんだもん。
四次元だよ!
いいなあ、この玩具。
本当に、助手の末尾に座らせてもらって、わくわくします。

で、話はまた長くなるけど。
ここの所の相次ぐ発見は、地道に古代時計室にUPしていますが。
まあ、誰も気づいていないでしょうけど、それはそれ。
いいんです。

例えば、グアリノという項目があります。
人名です。
『ナポレオン的面相』ファチス・ナポレオニカという書物を書いたという情報のみが存在します。
さあ、ここからどんな風に追いつめていくか。
ファチス・ナポレオニカというのは、どうやらラテン語のようです。
なので和羅辞典で、恐らくFaceに近い語で顔という言葉を探します。
FACIESと判明しました。
ナポレオニカはまあ、NAPOLEONICAで間違いないでしょう。
ここからGoogleのお世話になります、粘着気質丸出しで、食い下がります。
グアリノをカタカナのままで検索し、元綴りの候補を拾います。
Gualino,Guarino,Guallino・・・・。
まずは、書名だけで引っ掛ける、英訳されている可能性を考えて、Napoleonish facesなんてのも掛けてみる、さらに名前も掛けてみる。

で、ぐいぐい粘っていると、ぽっと浮かんできました。
ある論文が。
E.AUDENTINO & L.GUALINO. LA.FACIES NAPOLEONICA. (Atti del V Congresso di Psicologia, Roma. 1906; S. 674).
よっしゃ。
どうやら1906年ローマで発行された心理学関係の専門誌の載せられた論文のよう。
さらには、2007年発行の『Epilepsia』という専門誌に、この論文の要約が出ているとな。
こいつはドイツ語で書かれているじゃないですか。
昨今、Google bookという素晴らしいものが出来ていまして。
古い文献をPDFファイルでそのまま見られたり、テキスト化できたりするんで、大変重宝していますが。
それはさておき、これはなんとか『Epilepsia』だけは、中身をみることが叶いました。
で、ドイツ語を翻訳(勿論、翻訳サイトを使用)して。
ほうほう、どうやらてんかん患者の顔とナポレオンの顔に似通った点があるって言ってるらしいよ、
と、素氏いわくの、変態心理の中でもとりあげられていた、骨相学(とくれば菅原教造に通じるのねえ)と結び付く。

ついで、じゃあ、グアリノ先生はどんな人なんだと。
正しい綴り、Gualinoが分かったので、Psychopathologyなんてのと掛けて検索。
またぐいぐい押す。
名前はLで始まってるけど、本当はなんて言うの、知りたいよとね。
で、結局Lに続く名前は分からなかったのですが、彼の経歴を書いたと思しき、別の論文を発見。
しかし、ここで、論文の壁にぶつかって立ち往生。

そう、この壁は、いつも仕事で使うPubMedの論文検索でも散々やられているの。
FullTextが、有料会員じゃないと見られないと言う。
仕方がないので最終的には断念しましたが、どうやらグアリノ先生は、イタリアの野戦病院で兵士の心理状態を研究していた人みたい。
ね、面白いでしょ。

で、今日気づいたことなんですが。
今までの検索方法(元綴りをカタカナから想像して、ひたすら餌をばらまく)に加えて、WIKIの活用が充分でなかったと思い至りました。
最近は、思わぬものでも、英語版WIKIには出ているので、関連サイトとしてあげさせてもらっているのですが。
よくよく考えると、WIKIは人名に強いと感じています。
で、GooGleで、闇雲に元綴りが何通りも考えられる中、人名かどうかも分からないものが浮かび上がっているものを掬い上げるのは、かなり大変。
だったらと思って、WIKIでこんな技を使いました。

対象は、グロースです。
犯罪心理学の開祖、ハンス・グロスについてはよく知られていますが、こっちは「古代軍器書」という本を出した人という情報しかありません。
虫太郎はハンス・グロスについても、グロースと一箇所音引きを使っていることもあり、同じGrossかもしれないけど、Glaus,Gloss,Grose・・といった可能性もあります。
そもそも、GrossもGroseも世の中いっぱいいるし、「古代軍器」なんていう怪しい語も、Ancient Armsとか、色々考えられてなかなか絞り込みが不自由です。

そこで、WIKIでGross(Surname)という技を使ってみました。
つまり、同じグロスさんを全て一覧で見せて貰って、生没年、職業をだだだっと眺めることが出来るわけです。
(ただし、数人以上同じ名字の人がいないとSurnameは使えないみたい)
虫太郎が参照した可能性は、少なくとも1930年以前に活躍し、「古代軍器」という本を書くジャンルにいる人。
歴史家?軍人?あるいは・・・?
で、このページです。

見てください。
Francis Grose (1731-1791), antiquary and lexicographer
おおお!
怪しい、このフランシス君!
アンチーク蒐集家だよ。武具蒐集やってんじゃない、君?

そして、開かれた彼の説明の中に、
a Treatise on Ancient Armour and Weapons
!!!これだ、これにちがいない!
ついに発見です。

しかし、虫太郎が「新青年」に連載していたのって、1934年ですよ。
もう、虫ちゃんどうやって調べたのよーーー。
という驚喜の叫びなくしては、この楽しい遊びは始まらないのでした。

ほんとごくごく一部の人にしか意味不明な話で、すみません。
あ、そうそう。
おまけですが。
もしオーストリアに行くことがあったら、行ってみたい場所。
ハンス・グロス博物館

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なんか、怪しい凶器とか指紋関係とか、薬品とか並んでるみたい。
見学の子供達、めっちゃ楽しんでるよ。
面白そう!!
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二度とない奇跡

さて、どこからお話しましょうか。
といってもさほど複雑な経緯はありません。
でも殊更遠回りして、少しずつ語りたい気分なのです。

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まずはこちらの絵本から。
「こどものための造形教室 楽しい手づくりあそび 木でつくる」
内田義夫 1975年 主婦と生活社


夏休みの宿題も追い込みのこの時期。
必携の一冊?
楽しくて、大人が作るにもかなり難しい工作が、丁寧な図版解説でたくさん取り上げられています。
でも僕は、もの凄く木工が苦手でした。
長さ1mの板を使って、同級生達が本棚や小机を作る脇で、板を無計画に刻み、歪んだ断面に嘆きながら、せめて木版画大好きだったので、絵を彫り込んで仕上げたのは、よれよれの歪んだペン立てでした。
きっと今も、不器用は変わらないので、電ノコの刃をブンとへし折ったりして、ロクなモノは作れないでしょう。
ではなぜ、この本を手に入れたかというと。

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イラストが利渉重雄という人だったからです。

さらにもう一冊、こちらは本当の絵本です。
本当の本当の絵本で、言葉はいっさい使われていません。

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大木の葉陰に、ユニークな面持ちの鳥たちが休んでいます。

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その大木は象の背中の上にのっていて、象は亀の背中の上にのっています。
まるで、あの世界の想像図を彷彿とします。

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さて亀は大海の中一匹だけ、まるで世界の果ては直角に下るナイアガラの瀧みたいな海で泳いでいます。
しかし大海ではなく、沢山のパイプラインで繋がれた給水塔のひとつの出来事でした。
給水塔は太く真っ白な筒にパイプを供給しています。

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おや、太い筒に見えたモノは、どうやらなにか植物の根っこのようです。

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おお確かに、罌粟の花が揺れています。
罌粟の花は誰かさんの大きな手の下で、マッチ箱のような小さな庭園で育っていました。
あれれ、手は誰かさんではなく、ブルドーザーに繋がった大きなスコップだったようです。
ブルドーザーは街に大きなビルを造っています。
その街は、高い塔が四角いウエディングケーキみたいに重なってできていて。
そのまたケーキの街は実は、一艘の船の上に載っていました。
船は、鬱蒼とした、こんもりとした木々に囲まれた川を下っていきます。
その森や川をもっと外側から見ていくと、真っ暗闇に浮かぶ、不思議な構造体であることが分かります。
宇宙に浮かぶ、エッシャーの描く不条理の瀧が、延々とどこまでもつらなって。
巨大な星をぐるりと巡って、カクカクの土星の輪のようです。
でも星は一つではありません。

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沢山集まった塊が、まるで雲のように大宇宙に浮かんでいます。
でも、この大宇宙は、抽斗の中の世界に収まっていました。
抽斗はどこにあるのでしょうか。
宇宙を収めた抽斗、キノコを収めた抽斗、レシプロ機を収めた抽斗。
いろんな抽斗が綺麗にまるで、昔の薬棚みたいに重なっているのは。
大木の幹でした。
じゃあ、この大木をもっと外から眺めてみましょう。

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あれれ?
あれれ?
元通り?

本当はこの夢幻(無限)の円環を一冊に閉じこめた絵本を全頁みていただきたいくらい素敵なんですが。
とりあえずは、このくらいのスキャンで留めておかないと。
この絵本は「なんでもの木」1980 佼成出版社。
作・絵は利渉重雄さんです。

5年間、僕は二次創作のサイトを運営していました。
その昔も2年ほど創作のサイトをやっていました。
どちらでも日記を書いていて、どちらでも、見てくれる人にはどうしても不適切というと舌足らずですが、あまりに違うジャンルのことを書いてもとか。
時には息苦しくなったりして、いつの時代も別の日記やブログを作るようになりました。
このブログもそういった流れで作ったので、更新速度も遅く、内容も偏屈極まりないものになっています。

素氏と一緒にあの美術館に行って、常設展示を眺めて、普段なら少し気に入っても、ふーんと流してしまうことの多い自分が。
その日だけは、何度も戻って、作者のかなり珍しい名字を頭に叩き込んで。
もう一度もう一度と、その銅版画に足を戻したのでした。
それが利渉重雄さんの作品との出会いということは、以前このブログで書いたお話です。
その後、蔵書票を手に入れて、今年の二月、我が家に「七つの伝説」がやってきました。
その頃の二次創作側の日記を探ってみたのですが、ちょうど派遣打ち切り、路頭に迷うの時期で壊れていて、こんな感想しか残っていません。

『週末、大事な版画がついに壁にぶらさがりました。
布団に寝ころんで視線を移すと、すぐそこに、塔が立ち並んでいる。
空気のない。
だから音もない。
叫んでも誰にも届かない。
でも光はある。
光の中から胞子が溢れてくる。
利渉重雄さんの世界は、メタの中のメタ。
手に包み込んだ内面を自らタマネギの皮をひとつづつほどいてゆき、芯に到達する直前に、私が消える。
そんな空間。
空気がないので、息苦しさは全く感じる必要がないのです。 』

さて、「なんでもの木」に描かれた世界は、その後の利渉さんのテーマに通じているように思えます。
細密に細密を重ね、ミクロの電子顕微鏡も捉えられない世界に没入したかと思うと、無限のマクロの彼方に放り出される。
たしかに可愛いちびっ子ギャングも小鳥も消えてしまいましたが、花や胞子は何千倍もの光を湛えて存在しています。
そして光の対極に立つ、誰もいない建築群も息づいています。

僕は、これくらいのささやかな感想しか書いてきませんでした。
でも、8/17、夏コミから汗まみれになって帰ってみると、吃驚することが起こっていました。
その経緯はご興味のある方は、コメント覧に記された、本当に信じられないような言葉を見て頂くと分かっていただけると思います。

ずっと昔に、完売してしまったと嘆いた利渉さんの版画集「宇」を譲ってくださるというお申し出でした。
素氏に仰天のまま、アワアワと報告しました。
そうしたら。

「奇跡だね。もう二度とない奇跡だね」と。

本当に、そう。
本当に奇跡みたいな出来事。
怠惰で飽きっぽくて、減らず口で偏屈で頑固者で。
どうしようもない僕なのに。
何時の時代にも、僕は、神様に祝福されていると思っていましたが。
何時の時代にも、たくさんの幸運がやってきましたが。
こんなに素敵なことは奇跡みたいとしか、言いようがありません。

昨日、その銅版画集「宇」が届きました。
七葉の版画に閉じこめられた光と闇が、すぐ傍らで息づいています。
これから、この宝物のことを少しずつ書いていきます。
少しずつ拙い言葉に変換していきます。
なので、続きはゆっくりとご覧になっていただけると、嬉しいです。

最後になってしまいましたが。
お譲り下さったK様、画集を世に出してくださった彩林画廊主の新田様、こんな素敵な作品を作ってくださった利渉重雄様、本当にありがとうございました。

イヤミに捧ぐ

周辺では国内外の旅行から戻ってきた人がわんさといて、
毎日お土産をもらってばかりの日々ですが。
こちとら夏休み一日もなく、臨床に隣接した仕事のせいで一日呆然と辞典作業ばかりこそこそやって眼球痛めていながら、夕暮れになるとオペ室や外来を走り回って、知らぬ間に外は大嵐てな毎日で、くたくたになっています。

ちなみにこれは、ドバイなんぞに行った人のお土産。

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そんななので、ぼんやりと子供の頃の夏休みのことを思い出していました。
僕はガリ勉ママの第一子だったので。
小3から塾通いでしたが(まあ、幼くして学校社会に馴染めず、塾の方が生き生きしていたから別によかったんですけど)、夏休みといえば毎年のように出されていた宿題の数々。

学校は港町にあったせいで、必ず「船」を作らねばなりませんでした。
僕は体育が延々と「2」のアヒルちゃんで、しかし柔軟と水泳だけは並だったから。
だったら浮かぶ船を造ればいいのに、まるでインドア派を象徴するがごどく、6年とも浮かばない船を造りました。
いやいや、妹二人も浮かばない船を6隻だったわけですから、ただただ飾り付けだけを、それも某薬局のカエルがマドロス風に甲板に立つケロヨン号、ストローや伊達巻きのパッケージやらを繋いだデッキ、万国旗はためく謎の貧相客船が18もできあがっていったわけです。
そして、「船を浮かべる会」(於プール)で水に濡らさないように佇むのは、きっと三姉妹とも同じ光景であったことでしょう。

また模造紙一枚で仕上げる、実験もいろんなことをやりました。
頑張ると、学校代表で大丸の展示会に飾ってもらえたから・・・というわけでもないんだけど。
変な実験が楽しかったの。
一番悲惨というか、臭かったのは。
ジャガイモの腐敗実験。
ビニール袋に水と一緒にいれたりして、いかにもカビそうなものを、さらに炎天下の屋上にさらして、腐り具合を観察すると。
デジカメなんてないのに写真まで撮って、よくまあ、袋を開けて、うわああああと叫んでいましたよ。

もうひとつの思い出は、夏休みアニメ大会。
どこのチャンネルでしたかねえ。
朝9:00-11:30くらい、みっちりみっちり、アニメがこれでもかと再放送の嵐です。
もしかしたら関西ではまだ同じことやってくれてるのかな。
僕は高校生になっても、あの時間を満喫していました。
いつもお膳代わりに、アイロン台で特等席を作って、取りあえずドリルなんぞ広げているわけですが、CM以外はほとんど画面に釘付け。
脇には、粉末を規定の二倍量使った緑鮮やかなサイダーやチューペット。

再放送が多かったのは「ド根性カエル」「エースをねらえ」「さるとびえっちゃん」「明日のジョー」「クリーミーマミ」「はじめ人間ギャートルズ」「妖怪人間ベム」とかかな。
大嫌いだった「かぼちゃワイン」「みゆき」「レインボーマン」「ハイジ」のことも、憎むゆえによく覚えています。
先日天に召された大先生の作品は、どうだったろう。
「おそ松くん」も「天才バカボン」も何度も観たけど、アニメ大会だったかどうか。
僕は、赤塚キャラはそんなに思い入れがなくて、バカボン一家もレレレのおじさんも、ダヨーンもケムンパスもそんなに好きじゃありません。
でも、イヤミだけは別。
イヤミの何もかもが可愛いってそう思えます。
まあ、「ギャートルズ」のガイコツや「怪物くん」のドラキュラ、「ドロロンえんまくん」のシャポーが好きに通じるところでしょうか。

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と、前置きが長くなりましたが。
色々本は読んでるのですが、なかなか巧く熟成しないので。
本日ほぼ読了した、マルセル・エイメ「クールな男」(福武書店)のイヤミっぷりについて少々書こうと思います。
福武書店はすっかりベネッセになってから別世界に行ってしまいましたが、この文庫が発刊されていた時代は、素敵な海外文学が目白押し。
ゆえに、現在も絶版文庫の中ではなかなか入手しづらい古書に位置づけられています。

短編集の読み方は、できるだけ短いモノ、表題作というのが僕のとっかかりです。
いわばグラスの縁に唇を添えて、tastingしている時間。
(かっこつけるんじゃないよ)

今回の始まり「クールな男」にはちょっと首を傾げました。
ありきたりといえば、ありきたり。
たとえば場末の酒場で隣の二人組が気だるい面持ちで交わす噂話のよう。
いますよね、こういう人。
平凡からの逸脱か、生活苦も切羽詰まった状況もない立場から、己の信念(といえば聞こえがいいですが)若さ故の連帯に対する嫌悪感に苛まれ、アウトローに身をやつす人。
彼は浮浪者になり刑務所を転々とし、殺人を厭わない強盗団に身をやつす。
誰をも信じない男は、不意の気まぐれで仲間を裏切っても、風のように漂っているだけ。
噂話としては若干悪辣ですが、まずもって、目新しさを感じない一作目であったわけです。

しかしながら、他の話を読み進める内に、僕の眠たい目は俄然ピカリと開かれていきました。
分かりやすい人といえば、こんなに分かりやすい人はいないでしょう。

エイメは確実に性悪説に彩られています。
宗教心も一切もっていません。
徹底した人間不信と諧謔に満ち満ちているのに、それがどこかしら可愛いイヤミだと思えてしまうのは、なぜなのでしょうか。
「クールな男」では発揮されていなかった奇異な題材が、見事に読むものを惹きつけるからです。
そして、読後数分経ってもういちど筋を思い返そうとすると。
終盤までは克明に映像が浮かび上がってくるのに、結末がどうだったか、急に暗転する感覚に襲われます。

たとえば滅法面白かったSFもどき「ぶりかえし」では。
有能な弁護士である父をもつ18才の女性が、婚約者である父の部下の26才の男と甘い恋の囁きを交わすところから話は始まります。
彼氏とのいちゃいちゃを家族に咎められないかとジュゼットちゃんは戦いているのですが、何やら家族のなかで喧しいのは御年68のおばあさま。
「さあ、一年24ヶ月法に投票しなくちゃ。みんなもそうしておくれだよね」と。
この法案、右左翼的人物が多数登場するこの短編集では、またその手の政治的話題?くらいに思っていたのですが。
いやはや法案が可決された瞬間、世界は一変してしまうのです。

1年が24ヶ月になるのは暦の上だけではなく、国民の加齢進行も時間を半分になり、68才のおばあさまは、34才の肉体を手にいれて、「色情狂」と化してしまうわけです。
(面白いのは、この変化ががフランス国籍を持つ者だけに起こるという事実)
そう、老いを感じはじめていた大勢にとっては、この1/2効果はすさまじい幸福を呼び起こしますが、一方若さを謳歌していた者は・・・。
大人の自由を知った後に子供としての不自由を強いられ、貧弱な肉体に閉じこめられるという、二重の束縛下に置かれたのでした。

「ぼくがまちがっているって言うのかい、ジュゼット!物覚えが悪いんだな。でも、ぼくは決して子供時代のことは忘れないぞ。いつまでも続く期待と絶望の時代。はずみをつけて跳ぼうとすると、いつも罰をくらった。それに善良な両親。でも陰険で、慎重で、狡猾で、ぼくたちの目のまえで、禁じられた世界の扉をほんの少しだけ開いてみせる。でも、ぼくたちは何も見ないし、何も聞かないふりをしなくちゃならなかった。それに読んじゃいけない本。それから、ぼくたちには理解できないことになっていた会話。人を招待した晩は、ぼくらだけ部屋へ閉じこもってなければいけなかっただろう」167p



昨日までの婚約の喜びに打ち震える乙女ジョゼットは、惨めな子供に戻ってしまった我が身に泣きじゃくり、同じように少年に戻った兄ピエールの言葉に、より一層の悲惨を思い知る。
そして兄は仲間たちと法案を覆すために、集会から集会をかけずり回って演説をぶつ。
たとえ子供に戻っても気持ちは変わらないと信じていたジュゼットは、婚約者が肉体は同じように脆弱になってしまったにも関わらず、大人の味方をし、大人の女にしか恋を語ることはないと、手痛い婚約解消を告げられるのです。

いやあ、この設定、最高に面白い。
もう、以前の僕なら、もらっちゃうよ、これ!
と某二青年の恋路を書いていた半年前なら、必ず使わせてもらうと叫んでいたことでしょう。

ぼくは屈折した子供の話、子供ゆえに欲情に満ちあふれた子供の話、破壊的な子供の話が大好きなので。
そういう意味でも私的に傑作に値すると思うのですが。
話は、さらに暴力的に変化していきます。

泣きじゃくっていた少女は、無理矢理連れ出された集会の熱気にあたって、自分なりの砲弾の向かう先を知ります。
街頭では、法案を残したいと若く甦った大人達と、子供達の銃撃戦が開始されました。
ジョゼットは婚約者の元にもう一度向かいます。
もう縋ることなどしません。
「大人の女」しか相手にしないと言った少年を全裸にして、真実貧相になった肉体を嘲笑してやります。
すっかり弱った婚約者は、尻を蹴飛ばされて、散々に罵られても、うずくまることしかできません。

外では、延々と激しい砲弾の驟雨が続き、部屋の中では二人の少年少女が、空腹を満たすために全く口もきかずに、食べ物をむさぼっています。
ふーんだ。
ふーーーんだ。
あっかんべえ。
みたいな感じで。

なんだか、「愛の嵐」のあの素敵なジャムのシーンを笑い飛ばすが如く、アンチロマンに仕上げているようにも見えます。
けれど、僕にとっては、こうしたひねくれた描き方に相当素敵なものに見えました。

さて、ご想像通り。
法案は撤廃されました。
描かれてはいませんが、大人達は元の姿に戻って、暗鬱な日常を取り戻している頃。
みるみる二人の体は成長し、ジュゼットは豊満で魅惑的な肢体を取り戻しました。
愚かな婚約者は掌を返して、再び彼女に迫り始めました。
ジュゼットは、もう無知だった以前の彼女ではありません。
婚約者がいかに軽薄な男であるか、よくよく知ったのです。
そして、男を蹴飛ばして飛び出していきました。

もう中途から僕は、結末を幾重にも想像し、分岐点を頭の中で広げては愉しんでいました。
こういうRPGのアルゴリズムめいた予測が枝葉を延ばす瞬間を堪能できる読書は、特に楽しいものです。
主人公は、最後まで泣き暮らすことも可能だったでしょう。
兄と共に戦いに身を投じることもできたでしょう。
そして、新しい恋に向かって進むことも、99%可能だったでしょう。
でも、ジュゼットは、もっとも不可解で、もっとも哀れにも美しい選択をして、物語の扉を閉じてしまいます。
(読んだ人のおたのしみ♪)
おそらく、そんなことになったのだろうと。
もやもやと不定型な扉を使って、読者を遮断してしまいました。

勿論全体を覆う、アナーキーな天に唾する、観客に唾するアナロジーの数々もさもありなんですが、結末の曖昧さこそ、エイメの孤独の一端を明らかにする手法のように思えてなりません。
他者(読者)を惹きつけるだけ惹きつけておいて、雲隠れする。
勿論選ばれた結末は、想像の範囲外とまではいえないけれど、それこそ「クール」でもなく、「華麗なオチ」でもなく。
タコが放つ煙幕墨のごとく。
我々の余韻も残された想像力も見えなくして、消えちゃうのです。
この不埒な可愛いげのなさこそ、一部の偏屈者には愛しいと思えてしまうのでしょう。


「ぶりかえし」で示された、グラスの「ブリキの太鼓」に通じる強烈な皮肉は、「こびと」という短編にも受け継がれています。

精神は大人なのに、肉体は子供だった「ぶりかえし」。
一方の「こびと」では。
精神は侏儒、芸人仲間から大切にからかわれ、小さな肉体には邪気の入る余地がなかったはずの侏儒のまま、肉体は普通の成年男子と同じ、容姿は美貌を湛えてしまった男の物語。

普通の青年のなりになっても、彼は何もすることができません。
蛇男とからまり、甲高い声できいきい叫んでは観衆を笑わすことができた存在は、もはや曲馬団にとっては完全なお払い箱なのです。
新しく芸を習得しようと思っても、結局は何もできずじまい。
勿論、サーカス小屋から一歩もでたことのなかった彼にとっては、パブで酒を呑めば、金を払わねばならないことも、まったく知るよしもなかったのです。

そして、彼は、観客の中。
個を失った群衆の中に埋もれて、消えていきました。
舞台袖から観客席を眺めていた団長の、最後の囁き。
「こびとは死んだよ」は、連帯の闇の中に沈んでいった哀れな人間の姿を示唆しているのかもしれませんな

何も信用するな。
つながりをもつな。
全てを斜めから見て笑い飛ばしてしまう。
そんなエイメをまた、斜めからみて今度は切ないと思ってしまう、素敵な時間でした。
じゃ、またお家にあるはずの、他のエイメを借りて読んでみたいと思います。

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自分メモ

いろんなわくわくすることが待っているのですが。
日記も下書きたくさん溜まってるのですが。
ちょっと体力落ちているので、お休み中。

とりあえずGWに大笑いだった南湖さんの講談の放映予定が、8月という話だったことを思い出しました。
ミステリチャンネルいつも観てるのに、もう見逃したかなと思ったら、10月放映だそうで。
嬉しいな、忘れるなオレという自分メモ。

番組名
「探偵講談 旭堂南湖」

放送日
10/27(月)18:00、28:00(深夜4時)
10/30(木)8:00

内容
旭堂南湖「禿頭倶楽部(赤毛連盟)」「蠅男」

絹子の茶色い尻尾が端っこで映ってるかもしれないので(嘘)
録画必至です。

夏コミは体力限界を試されている。

年度末まで勤めていた派遣会社の健康保険組合は結構サービスが良くて。
何もしなくても毎月ポイントが溜まり、
そのおかげで種々健康器具がもらえるたのですが。
最後にもらった体脂肪・基礎代謝測定つきの有能体重計で測定したところ。。。
僕の肉体年齢は、57才でした。
ひいいい。

そんなへぼへぼな人は、コミケのあの熱気ではよろめくのも当然のごとく。
行きはタクシーを使ったにもかかわらず、すでに設営段階で音を上げておりました。
今回の小説FCは、ゲームとアニメと同一日という、
ある意味、まったく客層がかぶってないんじゃない!の状態で。
素氏もお隣のPさんも、うーーんと売上のびないのに頭をかかえている様子でしたが。
僕は、後半だけ、呼び込みをかすかにしつつ。
大半は、煙草を吸いに、アイス最中をかじりにと飛翔しておりました。

そんななか、お友達がわざわざ来てくれて。
妖しいお話などを伺い、にんまり一瞬の涼を味わいました。
まあ、ジャンルが噛み合わないといいながらも。
ゲームの方では、ミリタリーな資料本を捲らせてもらったり、
アニメの方では、懐かしのクリーミーマミとか、海のトリトンとかの本があって、おおおおと叫びました。
で、びっくりだったのが。
菅野よう子さんの、もの凄く綿密に調べ上げられたDiscography資料を作られているサークルさんを発見し。
私的には、あの「COWBOY BEBOP」の卓抜洗練されたムードは、彼女の音楽なしには語れないと、だからこそ、DVDはもとよりサントラも買いそろえたので。
こんな珍品にして貴重なお仕事されている方を発見できただけでも、儲けものでした。

もちろん、明日のオリジュネや創作少女と別日になったことは残念なんですけど。
今までまったく覗かなかったジャンルを覗くのも、やっぱり面白いと思った次第です。
欲をいえば。
ブラックジャックとか、ぜんまい侍本とか、見つけたかったなー。
ま、例年どおりカタログ買わなかった僕が悪いのですが。

しかし。
手荷物検査は実質的になかったりで、館内はいつも通りの様相でしたが。
帰りのゆりかもめ、りんかい線はものすごかったなあ。
入場規制強すぎて、のびたトグロが龍にもなるぜと。
結局素氏を見失いかけるほどの人混みをくぐり抜け、有明駅に逃げて帰りました。
雨が落ちてきて天を仰ぐと、ビッグサイトの上にだけ黒雲が暈を張っていました。
素氏いわくの、オタクの熱気が雨雲に変化したと。

これだけ帰るのに手間取ったのもかつてなかったけど、体力消耗もかつてないほどでした。
いや、欲望限界と体力限界を競わせているな、コミケは。
通常なら暴動起こしたくなるほどの不快指数200%だわさ。
個人的にはたいした欲望は出ませんでしたが、一日楽しかったです。
帰ってから打ち上げで行った焼肉屋も大満足でした。

そうそう。
さっき測定したら、55才になっていました。
おそるべし、発汗作用!

でもって、あんまり可笑しかったので。
はじめてみたニコニコがこのコミケねたって。
まさしくツボでした・爆笑。

あ、7号の通販開始しました。
でもって、古代時計室の更新ですが、これから徐々に遅くなります。
いままでは、ある程度データがしっかり残っていて、ルールも現状に近い物だったんですが。
今後は、発掘作業が多くて、またも、きーーーっの量が増えますので。
まあ、気長に覗いてやってください。


伯爵に男爵に

Image069.jpg

池袋は暑かった~。
でも古書市、すごく楽しかったです。
三時間みっちり見ても、まだまだ全ては見尽くせなかった。
何しろ、今回は紙物がテーマなので、ポスター絵葉書パンフなどなど細かいものが一杯。

一瞬欲しいと思ったのが、戦勝消印(?)を集めた小さなスタンプ帳。
ガダルカナル陥落とかの感じで日本軍が功を収めるたびに押されたみたいなもので。
笑えないポケモンラリー状態。
でも3冊セットで高くて手が出せませんでした。

松田修さんは、なんというか僕にとっては外れのない人です。
ものすごくあっちの匂いが漂うのだけど、この映画論をぱらぱらめくってると、あっちの人じゃないのか、いやあっちの人でも女優のファンがいたっておかしくないねと。
永島敏行との対談とか、実はウハウハなの?と笑えます。
この人の、死に直結する(もう予感以前なの)お耽美加減が、滅法好き。
しかし、この装釘、、、めちゃくちゃださいわ。

僕は本職じゃない人が書く映画論が、結構お気に入りです。
先日も筒井康隆の「不良少年の~」が、取り上げられている作品は全然分からないんだけど、
映画を取り巻いた思い出があんまり面白いので、
あんまりやんちゃ過ぎるので、大笑いでした。
この間も、他の本は全くもって読みたくもない藤本義一の映画本を買ってしまったところです。
奇妙な短編小説風なんだけどパゾリーニとか、メッチャ面白そう。

で、存分に気晴らしした後、以前何度か講義のあとで連れて行ってもらった、喫茶店「伯爵」にしけこむ。
ここに集った仲間たちにはみんな耽美な呼称がついていて。
中には男爵(バロン)という青年もいた。
バロン、お元気ですか?
チェーン系の喫茶店も嫌いじゃないけど、時には喧噪を離れてしっとりした喫茶店に入りたくなる。
何より、「禁煙席はどこですか?」と尋ねたおじさんに
「全席喫煙です」としゃあしゃあと返答するお姉さんがいなくちゃ。

「伯爵」は綺麗ですが、むしろ僕は、もっと数十年を遡る、始めからアイスコーヒーにガムシロが入っているような、ソファふかふかだけど破れているような、お弁当持ち込み可だったりするようなお店が大好きです。
そういう方には、是非とも本郷の名曲喫茶「麦」に行って頂きたい。
打ち解けることがほとんどなかった前職場で、僕の送迎会の日。
同僚ちゃんたちをあそこに連れて行ったら、「ここ、すごくいいね」と喜んでもらえました。
怪しい喫茶室巡りも楽しい余暇のひとつです。

Image0701.jpg

で、紙物はこの二枚の絵葉書。
どちらも大正十二年九月一日の大震災の惨状。
浅草十二階は鉄骨剥き出しでへし折れてます。
警視庁は猛火に包まれてます。
彩色写真とかセピアな外国のろりっこ写真とか、可愛いのがいっぱいありました。
でも、何故かこれが一等素敵に見えたんだ。

リブロのあとは、往来座へ。
相変わらず、素敵な棚。
しゃがむたびに眩暈(うっとりじゃなくマジで)しなかったら、もうちょっとじっくり見たのですが。
難を云えば、パラが多すぎなのよ。
タイトルもう少し見やすくなるといいのになあ。

帰りは散歩熱が出てしまい、なぜか目白までてくてくしました。
勿論、道に迷いましたとも。
学習院脇の並木道は二度目だけど、今日も夕日がいい具合に輝いてくれました。

夏コミのこと

夏コミ二日目は無事お休みにできたので
一日売り子ちゃんとして遊べます。
古巣ジャンルは金曜だから、残念ながら挨拶できません。

ということで、第七号がめでたく発刊になりましたので
8/16(土)東W24a 「黒死館附属幻稚園」でお待ちしております。
今回は、ポストカードのおまけはないそうですよ。
作ればいいのにねえ。

お誕生日席もはじめてだ。
しかし素氏がSF評論→創作FCにしてしまったために、「蝸牛のささやき」ちゃんはサークル展開できないの。
一体どこのジャンルにいけば?
でもまあ、眼鏡な二号が出せてから、考えればいいや。

今日は、7月7日間の休日出勤をたった一日で埋めるという、まあ許すわな代休日です。
嬉しいなあ。
十時までぐっすり寝ました。
午後から、池袋リブロの古本祭りでセイヤと弾けてきます。

Image0661.jpg

Image0671.jpg

ぽにょビニールバッグは、甘い炭酸が飲めないくせにキャラものに夢中な素氏が、ミツヤサイダー4本買ってもらってきました。
過去には、COOグッズが欲しいがために、2リットルジュースが並んだことも。

よれよれタヌキの綱渡り、かわいいなあ。
こちらも、お土産です。



逢魔

逢魔は甘い。
甘いはモンブラン。
モンブランは栗。
栗は王様。
王様は裸。
裸はこころ。
こころは待ちわびる。
待ちわびるは逢魔の黒い影。

**

むかしむかし。
港町に、変な女の子が一人おりました。

知らない人に声を掛けられてもついていってはいけないよ。
とは誰も云わなかったので。
ずっとずっと、いつか人さらいに逢えるだろうと信じておりました。
だから、街角から街角へ。
夕暮れから、真っ暗闇へ向かいました。
何度も何度も、閉まった商店街の間を、さがします。

時折、枯葉色のマントが翻った気がして駆け出しましたが。
結局は掴まえることが出来ませんでした。

むかしむかし。
港町に、変な団長が棲んでいました。

団長は曲馬団を結成していおりまして
空中ブランコで軽やかに揺れるあの少年も
獅子に無邪気に鞭打ち火の輪をくぐらせるあの少女も
ありとあらゆる獣も仲間に入っていると信じておりました。

けれどもそれは、すべて団長の頭の中で繰り広げられている仲間の姿だったのです。
溜息ばかりついていても仕方がないので
団長は、一人だけでも一人だけでもと
枯葉色のマントを翻して、街角から街角へ
夕暮れから、真っ暗闇へ向かいました。

でも結局誰も、さらうことが出来ませんでした。

それぞれの港町は
同じ時刻に唸りに似た霧笛を抱え込みながら眠りに就き。
また、眩しくて残酷な朝日を重ねていったのです。

Image065.jpg

重なりすぎた夜明けがほどけて。

僕はすんと真っ直ぐに突き抜けた道路の突端に立っています。
高い建物がないから、いっぱしの野原にでもいる気がします。
言葉をなくして、電話します。
夕焼けが、夕焼けがと電話します。

電話を切って、写真を撮って、メールに添えます。
すると、すぐにお返事が来ます。

「これは、すごい。ありがとう」

僕は、これだけでもう充分です。

**

だから、何度も云うようだけど。
僕に何かを期待しても、意味がありません。

もし電脳の海で呟くことや何かを創作することに、
99.99999%の人が反応を求めているとしても
僕は、違います。

そして、「共感」とは、99%が幻想、
それも独善的な幻想から成り立っています。
また「期待」することの無神経さと、
「期待」していることすら気づかない発信者に比して、
受信者が、どれほど戦くか、僕はよくよく知っています。

何度も何度も拒んできたけど
「共感」なんて不要だから、
そこんとこ、よろしく・笑。

古代時計室 公開

暑いザンス。
眠れないザンス。
なので、首の下にタオルに巻きつけた保冷剤で頭部をひやしております。

えー。
ついにというか。
やっとこさも、やっとこさですが。
素氏のサイト「黒死館徘徊録」のHP形態がどうにもこうにもだったので。
長年きーーーっとなっていた絹山が、アーカイブサイトを作りました。

「徘徊録」は、元々サーバーの容量も少なかったのですが
素氏がどでかい画像をそのままUPしていたりして、
毎回古いデータを捨てる仕組みになっています。
なので、それじゃあ全く辞典の体を為さないぞと云うわけで、
アーカイブは、全てのデータを修復・網羅すること、
さらには、不統一だった表示を整理し、何よりも「見やすさ」と「辞典らしさ」を目指しています。

実質的に、データが紛失したもの、開始当初(8年くらいたってるのかな?)からの変遷
はたまた、新たに判明したことなどの追加事項などなど。
もう時間をかけまくっても、現在「徘徊録」で表示されているところまで纏めるだけでも、一筋縄ではいきません。

とはいえ。
僕はきーーーーーっと叫びながらも。
きゃいきゃい、滅法愉しんでいるのです。
あーもう、こういう無機質な作業って大好きさ。
HP作成ツールが生み出す、不要なタグを削ぎ落し、麗しいスタイルシートで纏め上げる気持ちよさ。
細かいタグを直に打ち込む、まさに「ちまちまの極地」!

気晴らしにもってこいということで、職場で疲れると開いては、いじってます。
まだまだ現状回復にも時間がかかりますが、頑張りますよ。

目標としては、残っているデータを全てあげたら、重い腰になってしまった素氏をたきつけて、新たな項目の更新データを作ってもらいます。
同時に旧項目にも手入れします。
「あ→ん」までつながったら、各項目ごとのリンク環境を整えます。
最後は、「黒死館」の語彙を検索して一発で飛んでもらえるように、検索機能を盛り込むと。
うわー。
壮絶に長いぜ、道程は。

まあ、長広舌になりましたが。
同時に「黒死館」未読の方には、なんじゃらほいですが。
エセ・ルナティックなどのエッセイも徐々に復活しますので、宜しくお願いします。

では。
黒死館古代時計室


さまざまなる違和感

20080807223120


新発売、マルボロブラックメンソール。
すーはー。

従来のメンソールライトと同じニコチン&タール量にして、メンソールがきつくなった。
ただし、きつさが、たとえば薄荷の結晶を先に載せて吸うと感じられる
歯磨きみたいな鋭い涼風感とは異なる。
いわく、仁丹みたい。
重くて苦みがあるメンソールは、かなりいいです。
でも、まだ置いてある自販機が少ないよ。

僕にとっての煙草は、まさしく精神安定剤です。
体に毒だと散々叫ぶ一方で、お金が欲しい人たちのさもしい標的になっていること自体、大笑い。
そんなに害だというなら、麻薬扱いにしろっての。
とりあえず、一箱500円まで、止める気はありませぬ。

社会的にも矛盾だらけのこの嗜好品は。
僕個人にとっても、二律背反の代物です。
いやーな思い出と、甘酸っぱい思い出の両方の抱え持つ。
だからこその意味もこめて、精神的にも喫する。

**

最近、言葉にしにくい直感的な不快感、違和感が増えた。

たとえば、ここのところ毎晩、素氏に映画を見せて貰っているのだけど。
おととい、「シャレード」をミステリな映画ということで観たわけです。
内容はまあ、、うん、、、有名な映画だから、筋を語るまでもないのでしょう。
僕的には型にはめすぎた、おされ映画でした。

言葉のキャッチボールが、脚本家が自己陶酔してるのかと思うくらい軽妙につづき。
ああ、これが「おされ」なんだわと。
で、実は僕、オードリー・ヘップバーンが出る映画、初めて観ました・大笑。
王道とか、流行を敢えて避けてきたせいもあるけど、
今までも、「ローマの休日」の1シーンくらいは、テレビで観たことがあった。
その時にも、感じていたのかな。

「シャレード」が始まってしばらくして、あれ?と思った。
何しろ有名な方ですから。
外見はまあ置いといて、この人って演技うまいのかな?
それが次第に、なんか、、なんか、、イヤだに変り。
一体この人って、何かを表現したいと思ってるのかな?
監督はこの人の奥底の一端でも引き出そうと、目論んでいないのかな?
だって、たとえコメディでも、いい俳優さんは、中身をずるずる引き出されている。
でも、そうじゃない。
どんな危険な場面でも、少しの悲壮感や恐怖もなく。
恋を語っても、眼はときめかず。
同じ顔で、同じ語調で、、、おされに動き、おされに喋る。

クライマックスで、舞台装置の奈落めいたところに隠れて、敵がオードリーを探しているシーン。
確かに、味方が一人、加勢してるけど。
何時殺されてるかも分からないのに。
にまーーっと、暗闇で笑う。
それが、まるで少女がかくれんぼをして、鬼が見つけられないのを笑うみたいな。

僕はぞっとしました。
素氏は「シャレード」が一番マシだって云うのです。
彼女はどの監督にとっても、アイドルだったと云うのです。
この人は、お素敵な科白を綺麗な顔で語れば、それでよかったのでしょうか。
なんだか、もう観たくないと思いました。
同時に、観客にさえ「天使」と呼ばれた人は、なんだか悲しい人に思えました。

僕、マリリン・モンローは大好きで。
やっはり破天荒で、剥き出しで、さらにずるずる引き出されて、一瞬輝く綺羅星の方が、ずっとずっといいなあと思います。

**

いま、ある歌人論を読んでいます。
沸々と湧き上がる違和感と戦いながら、読了せねばと戦っています。

長らく歌人論&歌論を読んでいなかったから、こんなんだっけ?と首を傾げたことが始まりでした。
とても丹念に調べて、とても丁寧な姿勢が伺えます。
でも、やっぱり我慢できないので、後日爆発します・笑。

うーーんとね。
文学って「学」の字付くけど、「学問」すべきものじゃないと思うの。
僕、国語教育における、とくに小説の心情に答を求めたりする姿勢が大嫌い。
大嫌い故に、文法や漢字以外は、授業は上の空でした。

その歌人論の人が修士まで取った人というのは、別にいいんだけど。
世の中(というか二度と会いたくないけど、またいずれ会いそうな男)、困った修士がいます。
「某」と書いて「なにがし」とはいわず、必ず「ぼう」と読めな人。
誹謗と云われたって、いいわ。
いつでも、喧嘩を受けてたつわ。
違和感以前に、あんまりのアホさ加減に、寒気が走ってます。
少なくとも文学を自分のテリトリーのごとき、それも「崇高なる」ものだと思って後生大事にしているのならば、漢字くらいまともに調べなさい。
まるで、結社の仲間うちだけで歌集を配り歩いてほくほくとするオバサンみたいな振る舞いをするために、自己顕示だけは著しく、一方で一切の同人誌作成を学ぼうとしないオール他人任せの姿勢を、ちっとは正しなさいよ。


タイムマシンにお願い♪

先日の大手拓次本は絹子が買ってしまったのだけど、
その古書店はむしろ素氏御用達の店である。

現実世界では浪速に店舗が存在し、
一度だけ覗いたギャラリーは、そんなに面白くなかった。
けれど、非現実に開かれた店は、瞠目の品揃え。

なにしろ、戦前いや、江戸のトンデモな書物、紙物(絵葉書やマッチラベルも)が
大挙して出てくる。

僕たちは、まことしやかに噂している。
絶対、彼らはタイムマシンを持っていて、時折買い付けに行っているに違いない。
そうじゃなきゃ、おかしいよと。

彼らが往々隠語めいて使う「クラインの壷」。
これこそがタイムマシンの名称にちがいない。
なんとも次元を飲み込むに相応しい名前じゃないか。

嗚呼一度、
タヌキの毛一本に変化してお邪魔にならないようにしますから
連れて行ってもらえませんか。
大正の空気を吸って
浅草十二階に登って
虫ちゃんの横顔やレビューをちら見して。。。
黙って震えていますから。


ちまちましたい

生来の無精者で繊細で僕と競うほどダウナーな妹が
いまだ中学生だった頃。
毎日学校に行くだけで疲れきってしまう体力なしの妹は、
不精ゆえか髪が長く、シャンプーの最中に風呂場で眠ってしまうことが多く
僕がよく、髪を洗ってやったりしていました。
彼女がもっとも苦手としたのは、僕もそうだったけど
熱血系の教師で、当時その担任は、毎日日記を提出するように指示を出しました。
塾に通うわけでもないのに、夕方帰ってきてはぐったりしているので
結局、大学生の僕がなんとか妹の気持ちを盛り立てて日記を書かせたわけですが。

その方法というのが、曜日ごとに発行される似非ミニコミ(フリペ)的手法。
例えば、月曜日は映画、火曜はネオアコ、水曜はとんねるちゃん(とんねるずのオールナイト日本を僕が録音してわいわい聞いていた)、木曜はお絵かき。。。。
で、テーマの中で、ベスト5とかもやったけど、一番多かったのが、僕と妹の対談でした。
絶対分るはずもない、極北のネタについて毎回大騒ぎ。
ネオアコでは、懐かしのドラムネコや、ロディとエドコリで発奮。
挙句に、極オタク的語彙で、クロスワードの問題だけ出してみたり。
一日ノート一ページのスペースは、こうした遊びであっけなく埋まっていきました。

つまりは、馬鹿馬鹿しい中学校の日記とやらに。
二十歳にナンナンとする人間が、このやろーと反体制的に挑んでいたともいえます。
しかし、この担任の熱血ぶりはすごかった。
食い下がるわけです。
僕たちが愛したラジオ番組を聴くわけです。
クロスワードを埋めようとするわけです。
何か赤字でコメントを書かねばと、粘るのです。

たしか僕たちの間で「シンジちゃん」と呼ばれた先生も、今頃はもう40代後半でしょうか。
僕たちのアジテーションは、今も彼の思い出に残っているでしょうか。

**

あんまりにも最近忙しく。
あんまりにも体力低下(また発熱した。明らかに知恵熱)が著しいので
何もする気が起きません。
同時に脅迫観念がぞわぞわと耳殻を揺さぶるので、右耳の調子さえおかしいと。

何が戦いてしまうかといえば。。。
僕、6月半ばに某サイトを閉鎖したんですが。
実は表門はシャットダウンしているけど、データはかなりの量残してある。
だから、うまくどこからか潜り込めば入れるのは確かなんですが。
締めた異界の先から、、、、、
嬉しいような苦しいような、、、
どう表現すればいいのか分らない誤解が発生しているような。

うーん、ほんと今だめだめなんです。
職場でも他人の笑い声が胸をつんざくので、耳塞いで、誰とも喋っていないんです。

**

昨日はぐったりの帰宅後、素氏に映画三本見せてもらいました。

オードリー・ローズオードリー・ローズ
(2008/03/19)
アンソニー・ホプキンス

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FOXホラーチャンネルで放映されたこれは、ホラー・ファンタジー。
若かりしアンソニー・ホプキンズが、ちょっと変わった変質者に見えるけどそうじゃない人を演じています。
輪廻転生がテーマだけど、怖いというか。
悲しいお話でした。
吹き替え版だからか、映像がものすごく赤っぽくて(赤以外が飛んでる感じ)、故意ではないと思うけど、炎に包まれた車内のフラッシュバックを、ずっと感じているような。
結末が、かなりびっくりだったのですけど。
やっぱり、10歳くらいの子供が本気で恐怖に戦き泣き叫んでいる姿って。
ダメだ。
僕が、漫画は好きだけど、映像における炉利を苦手とするのは、そのせいかも。

情婦 [スタジオ・クラシック・シリーズ]情婦 [スタジオ・クラシック・シリーズ]
(2006/12/16)
タイロン・パワー

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あとミステリな映画が見たいと叫んだら出てきたのが、
ビリー・ワイルダー監督の二本。

久々に純粋に面白いって叫べました。
デートリッヒもグロリア・スワンソング(カタカナの名前はもういや!)も凄まじかったし。
向き合う男たちは、だらしなくずる賢いところもあったけど。
心臓麻痺で倒れそうな弁護士と、看護婦のやり取りが、何より可愛かったかも。

サンセット大通りサンセット大通り
(2006/12/14)
グロリア・スワンソングロリア・スワンソン/セシル・B・デミル/バスター・キートン/グロリア・スワンソン/エリッヒ・フォン・シュトロハイム/ウィリアム・ホールデン

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で、何がちまちましたいかっていうと。
プラモでも作って、脳を開放したいなと、ただそれだけなんです。
あと、虫太郎のグッズ作ろう!って色々提案してるのに。
却下されまくってるんですが。
冬には、冬こそは、、、、せめて、缶バッチ!!
眼鏡文人総ぞろえとかいいなあ。
でも、、、肖像権の絡みで絶対、販売不可になるはず。
あと、降矢木家紋章の封蝋セット!
それでもって、喜国さんに捧げたい、虫太郎初版本書影トレカ!

いかがでしょう・笑泣。

メフィストの漫画メフィストの漫画
(2005/08)
喜国 雅彦国樹 由香

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絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
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