2008-01

雨の大阪尼崎

大阪行商の旅から昨日戻ってきました。

土曜の正午頃は大阪は雨本降りだったので、なぜか阪神百貨店の古書市に向かいました。
水島爾保布と牧逸馬のユーモア選集買いました。
「薔薇の葬列」とかのアートシアターも凄く安かったので買いました。
水島爾保布って谷崎の「人魚の嘆き」のイラストが強烈なので、文章も書いてるって知らなかった。
あの頃の本は、ちゃんと絵を染めた布装なので、可愛くて仕方がありません。

そういえば、この古書市異常に寂れていました。
同階はタイガースのグッズと謎骨董に埋め尽くされ、ほんの片隅で行われていたのです。
背広姿の(おそらく)書店員さんのかしこまり、フリーズ具合が笑えました。
あと、大阪の市って本の並べ方が変!
レコードさくさくツアーじゃないんだから。
背表紙が見えないんだって。

雨があがりかけたので、立花へ。
尼崎方面にいい古本屋さんがある匂いが漂っていたので、向かったのです。
生まれて初めて、あの駅に降りてみた。
地図のチェックで新幹線に酔ったくせに、結局二軒しか発見できませんでした。
やはり、塚口か武庫之荘を攻めるべきだったのでしょうか。

夜は友達と小さな宴でした。
初詣に行っていないと告げたら、生田神社に連れて行かれたのですが。
境内入り口には、シャッターが。。。
昔、建国記念日には、おでんをもらいに行きました。
節分には、豆以外に紅白の餅が舞うので、拾いに行きました。
小学生氏子だったので、獅子舞の練習でお菓子をもらい、おみこし担いでは、ジュースやお菓子をもらいました。
神戸祭りでは、藤娘や鎧武者のコスプレやって、色々もらいました。
そんな貰い物人生の生田さん、閉まっててちょっと寂しかったです。

友達と話するのは、楽しかったのだと思います。
でも、フツーへの反発が年々強すぎて、尖っていく神経を宥めすかす術が見つからないから。
短い沈黙の隙間に、「無理」がたたって、目を回してます。

道中、谷崎の「幼少時代」を読み進めました。
深川の猿江だとか、釜屋堀だとか。
近所の地名がいっぱい出てきて、頭の地図を開いて楽しくなります。
谷崎のお母さんと、お父さんは、叔父&姪の関係だと分かりました。
土蔵の中に鳴り響く活版印刷機の音が、一緒にお風呂に入ってくれた叔父さんと妾さんが風呂場の内外で交わす色っぽい会話だとかが、冷たい列車の窓に当てたほっぺたに伝わってくるようでした。
泣き虫疳の虫我儘ぼんぼんの、ジイチは、まだ小学校に入学したところで、手が付けられない子供真っ盛りです。


幼少時代 (岩波文庫)幼少時代 (岩波文庫)
(1998/04)
谷崎 潤一郎

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ちょっと沈んでみる

誠実な詐欺師 (トーベ・ヤンソンコレクション)誠実な詐欺師 (トーベ・ヤンソンコレクション)
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トーベ ヤンソン、Tove Jansson 他

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自分は意地悪である。
自分は計算高く狡猾である。
いじけるためではなく、これが確かな鎧となり、女の子はまっすぐに立っていられた。
嫌われ煙たがられ距離をおかれていることが自信であり、安堵だった。
これはそういう女の子の話。
本当は女の子というにはもう少し年齢は高いけれど、実質的には女の子の物語。

女の子の計算は別段難しくはない。
どんな複雑な数式だって「計算」さえすれば解けるのだから。
敵はいつも人間だ。
女の子が罠にかけようとした相手は、まさしく人間だった。
まるっきり社会においては典型的な。
やさしそうな絵描きのおばさん。
思い出にひたって、お金があるから世間の汚れをみんな拒んで、ウサギを描き続ける。

もしこの話が、詐欺師の痛快華麗な冒険だったら、どうということはなかった。
もしこの話が、そんな殻を破ってしまいなさいと女の子を包んでしまうような腐った砂糖菓子だったら、どうということもなかった。

女の子は唯一信頼に値する弟にボートを買ってやるため、外の世界と触れ合わなくてはならなかった。
計算に計算を重ね、絵描きのおばさんを追い込み、念願の収入の道を見つけたけれど。
初めて嘘をついた(嘘などつかなくても詐欺は成立するねたしかに)。
黒と白の境界線を初めて曖昧にしてしまった。
そうしたら、何もできない、ただうろたえるだけのおばさんは、無意識のうちに女の子に仕返しをしていたのだ。
ひどい仕打ち。
大事な犬を、服従するだけでよかった単純な犬を、複雑な犬に変えてしまった。

北欧の閉塞感。
なにも、希望もなにもないのに、私はとても穏やかになる。
ああ世界と触れることはこんなに恐ろしいと、
こんなに言葉にできない恐れを知っている人がいるんだと。

このお話で一番好きなところは、凍りついた湖にものを棄てに行くという風習。
春が来たら、箪笥みたいな大きなものも、どぶんと沈んでくれるんだって。

箪笥の引き出しに入って、夜になったら、少しだけ隙間を開けて空を見上げる。
白夜に苛立って、闇が恋しくなるのもいいだろう。
オーロラも見えるのかな。
そして長い間、待つともなく待ち続けて、閉じこもった人も、隣の行李に詰められた手紙の束も、後家さんになってしまった真っ赤なブーツも。
みんな湖の底に沈む、イメージ。
底に向かったら向かったで、生物の少ない冷たい水底を回遊するのもいいなあ。
なんて幸せな写像。


※訳者によれば筑摩文庫版の新訳の方がいいらしいのですが
私が読んだのも文庫版なのですが
表紙画像がなかったので、こっちから。

こんな幻もいいな

幻の時刻表 (光文社新書)幻の時刻表 (光文社新書)
(2005/01/14)
曽田 英夫

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年明け10日目にして、既に初読みがなにか分からなくなっているけど、多分これ。
テツ(私の中にはこの語録はないんですが)からかけ離れた絹子でも、非常に楽しめました。
こんなに図表(おもに時刻表と路線図)を舐めるようにみた本は久しぶり。

やはり昭和10年にタイムスリップして、東京から巴里まで行ってしまおうの第一章が秀逸。
同時に林芙美子の同時代の列車旅行記挿入が、余計に旅を楽しくする。

個人的には、もう旅行って行かなくてもいいような気分になっていますが。
「観る」行為も、「関わる」行為も、なくていい。
「沈む」だけでいいなら、一足飛びに行ってもいいかな。

今日読んだ岡本綺堂の「指輪一つ」という悲しい奇談で。
関東大震災で妻と二人の娘が行方知れずになって、東京を離れて地方の親戚まで探しに行っても見つからず、諦めて、そうたいそうあっけらかんと諦めて、「煎餅のように押しつぶされた」車中で身の上を話す男の物語。
顔面蒼白の気鬱を見破られた主人公は、男に伴われて、奈良井の駅で途中下車。
偶々泊まった旅館の脱衣所に落ちていた指輪は、なぜか男の愛娘の指輪で。
どうやら震災のどさくさで死体から指を切り離して、持ち去られたものではないかと。

綺堂の話には、本郷付近がよくでるのも、面白いのですけど。
車中で妖しい事が起きることも多くて、「深見夫人の死」も倉敷付近で蛇が舞う。
新幹線じゃ窓の外へ蛇を捨てようにも。。。捨てられませんて。


えーっといまさらですが、今年の目標。

とりあえず三月までは突っ走る。
夏コミは、おそらくコバンザメで眼鏡2を発行。
秋からは。。。遠いお星さまに向き合ってみようかな。

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Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

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