2006-06

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無の塔(後)

放置された穴が、毛布の切れ端で塞がれたのは、穴が崩れて一週間目のことだった。
そして、その穴を塞いだのは、浅葉の方だった。
それを発見して、ついに、有馬は声を発した。
長い間使われなかった声帯を震わせたとき、流れ出た音は、妙に甲高くしわがれて、自分の声も忘れてしまったのではないかと思れた。

「アサバ、どうして、塞ぐんだ」
有馬もまた、隣人の名が、アサバ ヒデアキだということを知っていた。

想像していたよりずっと若い男の声に浅葉は少々躊躇ったが、それ以上に相手が沈黙を破ったことに動揺した。
その声音は、あの繊細な手指からは確かに想像できなくもない。
「穴が開いていると、覗かれているようで、堪らない。」
一週間前まで発せられてた明朗な声とはうってかわって、浅葉は陰鬱で投げやりな口調で話した。
彼は濁った水差しから、浴びるように水を飲む。

「俺には、覗きの趣味はない」
言い切る有馬の声は、決然としていた。
「今まで大見得切ってたわりには、臆病だな。
 あれだけ退屈だ、退屈だと騒いでたのに、どうかしたんだ。
 紙と鉛筆があるから、駒を作ってチェスでもしてやろうかと思って用意していたんだ、どうだやらないか」
「いらない」

言葉を吐き捨てた浅葉は、立ち上がり、別の壁を蹴り始めた。
無性に腹が立った。
人の気も知らずに、何がチェスだ・・・。
「そんなに蹴っても足を痛めるだけだ。揺らすのがいいんなら、紙相撲でもしようか」
無口で、律儀で、そして綺麗な手をしたお気に入りの隣人が、厭味たらしい男に変ってしまった。
「沈黙は金」ではないが、言葉を介在しない分、今までいいように想像していた、自分の甘さに嫌気が差した。
たとえどんな容姿をしていても、食えない奴にちがいない。

なおも壁に八当たりを続け、上がる息を押し分けて、浅葉は相手を罵った。
「うるせえ、俺は子供じゃねえんだよ。
 おまえが、その生白い手を出してくるからいけないんだ。それが・・・・それが、俺をおかしくする」

おかしくするだって・・・くくっ、と有馬は、抑えられない笑いを封じようとした。
子供ではなくても、大声で毎日話していたのは自分を顕示する虚勢だったにちがいない。
それよりも、たった一度きり差し出した自分の左手に欲情するなんて、この男、面白すぎる。
今まで相手を誘惑しよう幾重もの媚を売ってきたが、意図しない仕草までが男を誘うのか。
女の話ばかりしていたアサバという奴が、知らず知らずに男に発情し、戸惑っている。

「こいつは俺に従う」というぼんやりとした思いが、有馬の表情を変えた。
かつて、他人を屈服させたいと思ったことはなかった。
しかし、自分は服従したように見せかけるのが上手かっただけだと、思い返しもした。


狭い穴に、押し込まれた布を引っ張る。
「堪らない」といった、浅葉の心情を裏打ちするように、穴は神経質に固く封じられていた。
有馬は勢いよくそれを引き抜き、鼻に押し当てて、煽った。
「臭うな、これ何の臭いだっけ。汗だけじゃないな、草を刈ったばかりの青いすえた臭いだ。
 俺の毛布はこんな臭いしないぞ。まさか、これにべっとりおまえのスペルマが付いてるんじゃないのか」
「やめろ、俺はただ、穴を塞いだだけだろ」
「そうか、でも俺、この臭いかいでるとおかしくなるんだよ。おまえがおかしくなったのと、同じ意味でな」
「変な言いがかりつけるんじゃねえよ、もう、ほっといてくれ。喋りかけるな」
「そうはいかないさ。今まで散々おまえの話を聞いてやったろ。
 言葉はなくっても、ちゃんと相手もしてた。今度は俺の話をきく番だ」
「勝手に喋りたきゃ、喋りやがれ。俺は、お前の話なんて聴かない」
「ははは。じゃあ、何も話さなくていいから、ここに来て、お前の指を見せてくれ。
 ずっと自慢げに話してた彫刻家の指とやらが見たいんだよ」
「くそっ、誰が見せるか」

苛立つ浅葉は、怒りの矛先をその穴に向けた。
元々、思考よりも行動が先に出るタイプだから、ぼろぼろになった靴のつま先に血が滲み、痺れが腰に届いても、壁を蹴ることが止められなかった。
有馬は、予想以上に愚かしい奴だと思いながら、時折確かに広がっていく穴を横目に見ながら、悠然と辞書を繰っていた。


この監獄には、電気も通わず、灯火さえも与えられていない。
だから、日が暮れれば、晧々と月でも照らない限り、文字を操ることは不可能になる。
辞書を枕に有馬は、浅い眠りについた。
浅葉は、穴の位置さえ不確かになるほど、房が闇に包まれても、ひたすら短い呪詛の言葉を吐きながら、壁を蹴っていた。

翌朝、有馬は案の定、最近まで握りこぶし大に過ぎなかった問題の穴が、頭を通すことができるまでに広がっているのを見て、唇を狡猾そうに曲げたのだった。

きっとあいつは、二度と関わりたくないと宣言しながら、必ず俺に擦り寄ってくる。
孤独に耐えられるタイプじゃないんだ。
アメとムチでいうなら、勿論アメを欲しがる奴だろうが、適度な責苦も必要だ。


有馬は決して、焦ろうとはしなかった。
ここでは、時間だけは恐ろしいまでに与えられている。
だから、己の忍耐さえ続けば、いくらでも、浅葉に変化が訪れることを待つことが出来たし、実際、じりじりと餌を供じては、相手がじれるのを待つことは、楽しくさえあった。

例えば、有馬は、こんな餌を撒いてみた。
指を差し出させるために。

「この手の上に指を乗せてみろ。忘れていた人肌にあえるぞ」
投げ出された白い有馬の手に、半日後、浅葉の指がおずおずと触れた。
人形のように動かなかった手は瞬時にきつく指を掴んで、穴へと引きこまれた。
「洗ってやる」
有馬は、まだ性的な匂いを封じたまま、浅葉の爪の間に挟まった小さな砂粒を水差しの水を使って、丁寧に取り除いた。

性器を差し出させるために。

「暇つぶしに、クイズを出そう。互いの陰毛の色と本数をあてるんだ」
「・・・・・・・・・」
「黙っていてもつまらないな。アサバの指の感触からいくと、お前のは少し傷んだ褐色だろう。本数は、300」
「・・・・・・・・・」
「明日数数えるからな、下着を脱いで、ここに出せよ。俺が当ってたら、何本かちぎらせるよ」


愚かしい誘惑。
穴を通して出された指を撫でさすり、陰毛をちぎり、性器を口に含んでやる。
「ああああ・・・・・二度とこんな・・・ああっ・・・いや・・い・・・く」
罵りながら陥落し、蔑みながら抑止できない、それが浅葉を追い詰めた。


有馬は、故意に偽装をしていたつもりはなかったが、浅葉の側から見れば、一枚、一枚と白い布が打ち払われて、次第に滲み出た毒々しい色に怖気づいている頃だろうか。
先に、手持ちのカードを寂しさゆえに晒してしまった浅葉にとって、相手を翻弄する手だては残されていない。
一方の有馬は、意図せずとも守ってきた沈黙によって、明らかな優勢を勝ち得ていた。

本当は、有馬にだって何の秘密もないと思いさえすれば、そこまで浅葉が萎縮することはなかったのだ。
だが、浅葉には恐怖にも似た感覚が、壁の向こうからひたひたと迫ってくるのを感じていた。
言葉が(いつしかそれは、誘惑から命令へと変わっていた)、一つ投げられるたびに、決まって、長い沈黙が挿まれる。
浅葉は、与えられた瞬間には、馬鹿馬鹿しくて聴いていられないはずの命令が、相手がじっと待ち続けているという時間に、じりじりと臓腑を焼くのを感じた。
それは、服従を意味した。

接触とは、ニ者の間に幾重にも張り巡らされた結界を打ち崩すことだ。
他者を屈服させるのに、性行為が用いられることが多いのは、それが多くの者にとって、原初的な反応を引き出し、剥き出しの羞恥を晒すことを余儀なくするからである。


有馬は決して、自分の快楽のバロメータを浅葉に読ませることはしなかった。
どんなに、彼が浅ましい声をあげ、穴の隙間から見える肉体の一部品が扇情的であっても、それに対して時に、己自身が滾ることがあっても、決して、それを表には見せなかった。
相手にはいくらでも放出を許したが、自分には許さなかった。

熱が溜まり、触れるだけで破裂しそうになっていたのは、本当は有馬の方だった。
だが、それを、おくびにも出さない。
耐えれば耐えるほど、浅葉には嗜虐的であるのに、その身には、被虐的な悦楽が充満していくのを感じていた。
明け方の白い光の中で、夢精によって零れた飛沫が、有馬の眠りを妨げることもしばしばだったが、決してそれを惨めたらしいものだとは思わなかった。

勿論、開いた穴の大きさからすれば、お互いの房に首を突き出すことは、可能だった。
しかし、穴が開いてから一度も、有馬と浅葉は、もっと直載的な部分は通過させても、決してお互いの顔を見合わせることはなかった。
残された疑問符によって、互いの空白部分を想像していたのは、もう随分前のことだった。
今は、補填しようとする意志さえない。
ただ、あるがままの互いを欠片をもって脳に携え、互いの神経を削り取ることで、生きていることを実感していた。

声と性器と指先と・・・もし存在するならば、幾ばくかの感情。
それらだけが、この無の塔に偶発的に生まれた「穴」を通過したものたちだった。

アンビバレンツな時間が、堅牢な監獄に浮遊していた。


浅葉の丸まった背中に憂鬱が宿す明かりが、見えない壁の向こうで明滅する。
そんな、やけに静謐な時間、有馬はぼんやりと四角い空を眺め、そこに細々とした、欠片を見ることもあった。
砂漠に雪がちらつくなんてことあるんだろうか。
欠片は、お互いの本当の姿を形作る、パズルのピースのようで、手を伸ばして集めなければならないものなのに、手の上にのせた途端、虚しく消えていくもののようだった。


「こっちに尻をむけろ!」
「なめてやる!」
「しごけ!」

雪の一粒は、命令と共に黒く滲んでいった。
内臓を病んだ汚れた水に棲む山椒魚が、無言で口にするヘドロを見てるようだった。

「ああ・・・・いやだあ・・・やめてく・・れ」

哀願と官能に満ちた声が、浅葉の絶望を刻み出す。
いつしか有馬は、辞書を繰る指を止めた。
命令を下すたびに、浅葉がそれを無視し、二度と口をきかず、二度と痴態をさらさないことを何処かで願うようになった。

気付くがいい、俺の発する言葉に何の意味も存在しないことを。
だが、必ず浅葉は不埒で淫猥な指示に陥落した。
そのことを、苛立たしく思う一方で、有馬は愛しいとさえ感じていた。


砂塵が目を焼き、耳を塞ぎ、口を穢す、日々。
それにも、いつか、終止符が打たれる。




それぞれの独居房に五百回目の朝日が差し込んだ日、いつもの老監守とは違う、だらしなく肥えた男が有馬のもとに現れた。
男はカーキ色の軍服を身に着けていたが、勲章のひとつも飾られていないことから見ても、さして地位が高いとも思われない。
有馬のノートを拾い上げ、気ぜわしく頁を繰り、こう言った。
「刑期は満了した。今から半年、思想改造をしてもらう」
「思ったより早く釈放されるんだな。
 それとも、おまえが誓いを立てた政権はすっかり腰抜けになったのか」

「だまれ」
先の丸まった軍靴で、有馬の顎を男は思いきり蹴り上げた。
有馬の体は一旦宙に浮き、砂がざらつく床に激しく叩き落された。
「ぺっ」吐き出された唾には、血が滲む。
しかし、見上げた彼の表情は男を小馬鹿にした薄笑いだった。
「調子に乗るな。ここから出すというだけで、何も自由になったわけじゃない。反抗的な態度を続けるようなら、ここに戻す」


浅葉は、その日の朝、見上げた空の様子に、不可解な気配を感じていた。
朝だというのに、空は茜色から茶褐色へのグラデーションをなしている。
朝焼けといえばそれまでだが、砂漠には珍しい雨が期待されるという割には、雲は筆で軽く刷いたようなわずかな姿しか見えず、ただ風が、生臭い匂いを孕んだ風が渦巻いているように感じた。

有馬の監房に、見知らぬ奴が訪ねてきたことは、すぐに気がついた。
どうやら、あいつはここから出ていくらしい。
それで、いいんだ。虚しく弄ばれる日々が終る。
結局お互いの姿は見なかったんだから、何年か先、俺が出所したところで、お互いを見つけることはできないだろう。
俺を気晴らし程度にしか思っていないだろうから、こんな閉鎖的な出来事は忘れてしまうだろう。

浅葉は、全身から自分を支えている力が床に流れだすのを感じた。
骨を取り巻く繊細な筋肉の一本一本が、急激に脱血したように眠りはじめる。


有馬は、軍人に対し服従するそぶりも見せなかった。
「おい、片付けがしたい、五分だけ外で待ってくれ」
「何を片付けるものがあるって言うんだ。
 それをもって出ればいいだけだろう。
 それとも何か隠してる物があって、目を離した隙に捨てる気か」

男は訝しげに周囲を見渡したが、例の穴は有馬の座っている場所と一番離れていた為に、薄暗さで目には留まらない。
「何もないさ。じゃあ、五分間、これで引き換えでどうだ」
膝立ちになった有馬はいきなり、皮ベルトで無理矢理締め上げられた腹部、垂れ下がった臀部を撫で回し、素早くファスナーをおろした。
怯んで後ろに下がろうとする男の腰を抱き寄せ、陰部を容赦なく口に含み、舌技を施しながら、余裕のまなざしで見上げる。

砂漠に駐屯する彼らが、狭い官舎で性欲をもてあましていることは、よくわかっていた。
爆発寸前で口を離し、ちろちろと亀頭をくすぐる。
かつて、この赤黒い重力に逆らって屹立する陽物は、欺瞞に満ちた法悦を演じ、組織に利を齎すために咥えこんだ棒っ切れだった。
そして、男根は任務を果す砦である一方で、くすぶる憎悪の対象でもあった。
冷徹な有馬も、時に容赦なく男根を食いちぎり、精液よりも遥かに濃縮された汚穢である血液を身に浴びて、苦々しく水場で嘔吐を繰り返したことがあった。
しかし、今は「組織」のためでない、「己」のための行動を実行しているのだ。

「ねえ、僕のお願いきいてくれるでしょ」
一旦口を離した有馬は、甘ったるい、白々しいまでの阿りの言葉を、男の耳元に囁きかけた。
浅葉が聴いていたなら、背筋を凍らせたかもしれない。
「・・・はっ、わかった・・・・」
汗の噴き出す、むさ苦しい顔を歪ませた男は、急かすように腰を突き出し、諾と答えた。


掴んだ五分間で、有馬は何をしたか。
砂が底に溜まった水差しから、汚れた水を含み、舌に絡まる青臭い大量の異物を漱ぎ落とした。
そして、素早く浅葉に声を掛けたのだ。

「アサバ、こい。ここに来て、手を出せ。最後の命令だ。時間がない、早くしろ」
怒気を含んだ、かつてないほどの厳しい口調に、浅葉はびくっと反応した。
ベッドからまさにごろりと床に落ち、延髄反射のごとくあの穴へ、目も空ろに近寄っていく。
おずおずと生気なく差し出された左手を掴んだ有馬は、取り出したナイフで手の甲とひらに、大きく十字を描いた。

彼は男が達する瞬間を狙って、ベルトに挟まれた小型のジャックナイフを抜き取っていた。
たとえ与えられた時間が多くあったとしても、決して有馬は躊躇うことなどなかったろうが、寸分の容赦もなく「刻印」を行ったのだった。

「ああああっ」
中空で浮遊していた緩慢な意識が、全て熱砂となって、左手に突き刺さる。
半睡状態の五感が急激に鋭敏になった。
描かれた接縁からみるみるうちに膨らんだ赤い滴は、十字を流すように重力に従って、手首を伝い垂れてゆく。

「静かにしろ、太い血管や神経には達していない筈だ。すぐにこいつで傷を押さえろ」
もう一つ、兵士から盗み出した比較的新しいタオルを穴にさし込んでくる。

「いいか、毎日朝一番の綺麗な水でここを洗うんだ。
 膿が全身をめぐるようなことは許さない。
 お前は、殺人犯だといったな。刑期は恐らく五年前後だ。
 それまでならこの印は消えない。お前がここを出たら必ず見つけ出す。
 その時、お前を抱いてやるよ。いいな、これは最後の命令だ。
 まあ、お前が二度と俺に遇いたくなどない思っていても、必ず見つけるから、覚悟しとけよ。ふふっ」

短い湿った風のような、最後の有馬の笑い声。
軋む重い扉を閉じる音が響く。
長い螺旋怪談を下っていく二つの足音も次第に遠ざかる。


一体、自分を何様だと思って、あいつは命令しているんだ。
タオルの繊維がみるみるうちに、血を吸い上げてゆく。
有馬の科白はぞっとするほど高圧的で、凄味があったのに、最後に聞こえた微かな空気の揺れが、浅葉を安堵させた。

二人の間にあったのは、閉塞された空間においてのみ成立する、擬似恋愛ではなかったか。
お互いの顔も知らない。
わずかな言葉によってだけ、酌み交わされた交情。
いや、それもおぼつかない、あったのは、性器を擦り合わせるだけの、自慰行為だけ。
例えば、がむしゃらに壁を打ち崩し、穴を広げ、手を取り合ったところで何があったというのだろう。
「唇」という粘膜を重ね、肌と肌を重ねることができたとして、何かが変わっただろうか。

未来を約束することに、何の意味がある?

不意に、残された浅葉の胸に乾いた笑いが込み上げてきた。

五年待って、俺を探し出すだと?
俺は、それまでお前のことを思ってマスでもかいてろって言うのかよ。
勝手に人の体に傷まで残しやがって。
馬鹿にするなって・・・・・・。

**********

当時のあとがきにはこんなことが書いてある。

参考文献は、埴谷雄高氏の政治論文集、準詩集、高橋和巳氏の「悲の器」「日本の悪霊」、それから加賀乙彦氏の「死刑囚の記録」あたり。
高橋和巳氏の文章は、非常に乾いています。
60年代安保付近の時代背景色濃いこれらの作品は、湿度がないように見えて、答のない矛盾と逡巡に阻まれて、酸欠状態です。
その閉塞と倦怠が、実にミステリアスに物語を押し進めるのです。
そう、全きほどに、私の憧れの文体なのです。

さて、死刑確定囚と無期懲役囚では、現れる精神病理が異なります。
拘禁ノイローゼをくりかえしながらも、いつ訪れるか知れない「死」から逃れるために、「無罪」を訴えたり、宗教へ走ったりして、一日一日を濃縮させて生きるのが前者ならば、後者は、恐ろしいほど緩慢で変化のない日々をやり過ごすために、一種の「呆け」状態を作りながら、日々を希釈しているのです。
本来ならば「無の塔」では、その刑期が知らされていないことによって、如何なる精神障害を引き起こし、切迫した状況を生み出すかを描かねばなりませんでした。(いや、全然書けてないです)

とかんなんとか…(笑)

いつの時代にも絹子には【元ネタ】があったけど、妄想の丈がもっともっと高かったな。
自分の欲望に忠実になるためには枯渇が必要で、空洞が小さくなったら書けないというのは、じゃあどうしたらいいんだ?という気持ちにもなりました。
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無の塔(前)

ここに砂漠に建つ一つの塔がある。
下から眺めると、堅牢な石組が全てを拒絶しているようだが、中程を過ぎると直径を結ぶ対称点に小さな窓が規則正しく並んでいることがわかる。
円柱の中心を貫く長い螺旋階段を上っていくとやがて、一つの鉄扉が目に入る。
扉は頑強で、ほんの小さな覗き窓がついているだけだ。
その鉄扉の正面に、同じ仕様の扉がある。
ランタンを掲げて暗闇を切り裂けば、緩やかに先細る尖塔に向かって、吸い込まれるような相似形が見える。
同じ高さに馬蹄を大きく広げた形の独居房が頂まで双部屋ずつ配列されているのだ。
ここは、つまり監獄である。

ここでは、労働も集団訓練もない、ただ刑期を了するのを待つだけの日々あるのみ。
刑期は囚人によって、まちまちだ。
一生を砂粒と孤独に委ねる者もいるという。
何よりも受刑者を懼れさせていたことは、自分の刑期を知らされないということだ。
釈放される「明日」を信じればこそ、忍耐も生まれる。
「明日」を待てなくなって、窓からその身を躍らせる事も一つの道だったが、死を選択する数時間後、数分後に、解放の扉が開かれる希望もある。
そうして彼らは、自分の選択すべき道を考えれば考えるほど、うずくまってしまうのだった。


ここでは、収監される際に、許されることが二つだけある。
それは、一冊だけ書物を持ちこんでよいということ、そして紙とペンを持ちこんでもよいということだった。
ある日、二人の男が護送され、同じ階の二つの房に収監された。
一人は思想犯として、投獄された。
入念に検閲された後、許可された書物は、辞書であった。
もう一人は、殺人犯。
彼は何も要らぬとうそぶいたが、最後には一冊の猥本を持ちこんだ。
「何日も女を抱けないんだったら、せめておかずは必要だろう」と。

思想犯の男の名は有馬といい、年は十八、その若さで極左の幹部候補生として一目置かれていた。
他者との接触を避け、寡黙に徹し、その唇は言論闘争の場に於いてだけ、鋭利な刃となって聴衆を圧倒する。
「エコール・ド・ムシュカ」と呼ばれたセクトの集団生活基地では、その黒髪を鏡を見ながら、毎日丁寧に刈り揃える姿に皆、寒気を覚えていた。
鋏を使わず、嫌な光沢を放つ剃刀を左手に持って、背骨の隙間に器用に抑えこんだ殺意を冷えきった洗面台にわずか溢しながら、鏡を凝視していた。
有馬が投獄ざれて、不自由に思ったことは、この習慣が絶たれたことだけであった。

光に当たれば、金に輝く髪を無造作に束ねた浅葉は、反対の独房で、外に開かれた格子も硝子もない窓から空を見ていた。
ここに来てすぐに暇を持て余し、とりあえずは昼も夜も眠ってしまおうとした彼は、薄い毛布の下で、目を醒ます。

盛夏、氷を削り出し、見物客の前で透明の人魚像を生み出している時だった。
通りの向こうで、ヒモ同然の亭主が、女をなじり、頬を打つ。
一度だけ寝た女だったが、憐れに思った記憶もない。もう、女の顔さえ忘れている。
しかし、体は自然と群衆をかきわけ、「おい、やめろ」と男を掴んだ浅葉の鼻先にぷんと、嫌な匂いがした。
肉塊の襞と襞の間から漂う、吐き気を催す汗の匂いが、体中の血を逆流させる。
「殺してやる」とかつて吠え立て抗いつづけた、憎い父親と同じ匂いだと思った。
握った鑿(のみ)が、過剰な太陽光で卑らしいほどぎらついた。
冷えきっていた指に血飛沫が当たり、瞬時に腐乱したような気がした。

その光景が自動反復される。再生してくれと頼んでもいないのに。
匂いのある夢なんて、反吐が出る。
眠る事も叶わぬのなら、せめて喋る相手が欲しい。
浅葉は、日に二回食事を運んでくる老監守に話しかけたが、全く取り合っては貰えなかった。
その内、向かいの房に人が入っている事が分かった。
向かいといっても、鉄扉の左右にある壁一枚を隔てているだけだ。

「おい、隣の奴。毎日暇だろ、何か話でもしようぜ」
丁度、浅葉が石壁を叩き声をかけてきた時、壁の裏側に凭れていた有馬は、煩わしいと眉をひそめて窓のほうに体を寄せた。
彼は、連日一冊の辞書を冒頭から一字一句ずつ読んでいた。
一日に読む頁数も厳しく区切っていた。
解放までの日数を「五年」と仮定して、その規定値を割り出していたが、早く読み終わって絶望や退屈の虫にとりつかれないように、一日の残りの時間は、思索の時間としていた。
こうした己を極度に律することが、なによりの精神の安定剤だと有馬は信じていたのだ。

「なあ、おまえは何で捕まったの?強盗?薬?
俺は、捕まるなら、その昔にあった姦通罪とかがよかったな、ジゴロな雰囲気でいいだろ」
「俺、氷の卸作業やってる傍ら、石を彫るのが仕事なんだ。夏場は、氷の彫像を何体も作る」
最初の数日は、身の上話を一方的に語っていた。
自分の犯した罪には触れたくないのか、「殺し」と壁を越えられない小さな声で一言につづめた。
子供の頃のこと、石や氷を彫る微妙なコツ、女の口説き方、日を追うごとに有馬も自然と耳を傾けていた。
耳障りに思えた話も、次第に声が小さくなると、壁に耳を当てるようになった。
かしましいお喋りというよりも、相手に聴くことを強要しない、けれど一局しかないラジオ放送のようだった。

ある日、遂に話す事がつきたのか、激しい砂嵐に嫌気がさしたのか、浅葉は壁を蹴飛ばして叫んだ。
「おい、そこにいるんだろ。聴いてるなら、一回ぐらい返事しやがれ」
ドス、ドス、ドス。
何度か蹴っては、部屋の中を歩きまわり、また蹴る。
有馬も伸びた髪が首筋を擦り、砂粒が絡みつく鬱陶しさに、苛立っていただけに、返事などするものかと反対の壁へと移動する。
それを察したのか、浅葉も反対側の壁を蹴り始めた。
窓際は、砂が多くて近付く気になれない。
有馬は次第に交互の壁へと移動するのにも疲れ、相手の癇癪がやむのを待っていた。
しかし、日が傾くまで、息を切らせて浅葉は壁にぶつかってくる。
思索以外にすることがあるわけではないが、こんな無意味な諍いを続けても仕方がないと、ついに有馬は立ち上がり、一度だけ壁を蹴った。

急に浅葉は静かになった。
よくもあれだけ音を立てておいて、こっちの反応が聴き取れたものだ、さあ、これからどうする。
こんな風に相手の出方を伺う自分の姿に呆れて、有馬が辞書を手に取ろうとしたとき、向こうから声がかかった。
「おまえ、今まで何人の女と寝た?」
ドス。
また間が開いた。
「はっはははは」、塔全体に響き渡るのではないかというほどの大きな笑い声だった。
別に気にすることでもない。

十五で有馬は肉体を餌として使う術を知った。
それも男相手に。
いままでに女と寝たのは、潜入先で不意を打たれて、女性幹部に媚を売る必要に迫られた一度きりだった。
身の危険を感じたとき、命乞いをする代わりに男の性器を平然としゃぶり、情報を得るためには汗臭い腹の上に跨って、最奥へと導いた。
敵にわずかな優越感と、充足感と、激しい射精を味あわせた後、情報を引き出し、首を掻き切る。
人を殺めた数も両の手を越えてはいたが、その事実は闇に葬られ、今回の投獄には、ただの「思想犯」として刑期を全うすればよかった。

本当は命が惜しいなどというよりも、男と寝るという手段が、救われない己の精神を貶めるのに何より相応しいと、陶酔していたのかもしれない。
だから下劣な輩に押し倒され、殴られ、前戯なしに突っ込まれ、黒ずんだ血が股の間を伝うほうが、有馬にとってはずっと気が楽だった。
そういう男たちは、自分の精の放出しか求めていないのだから。
噴き上げた精液の濃さや回数に、破顔している奴の方がずっと扱いやすい。
高慢ぶったインテリは、有馬の青い肉体に快楽を教えるのは自分だといわんばかりに、湿度の高い愛撫を繰り返し、老獪な連中は、彼の快楽の行方をじっと凝視することに終始する。
我を失わない彼らには、時間をかけて油断させるしかない。
それでも羞恥と淫乱の顔を上手く使い分けることで、彼は乗り切ってきた。

監獄における有馬の日課は辞書を捲る手を止めて、思念に引っ掛かる一語を手がかりに、意識を空に飛ばすことだ。
「搾取」「邯鄲」「循環」「軌範」「虚数」「哀恤」・・・・。
きっとここを出たときには、世界の状況も組織の思想も変遷し、考えていることは全て役に立たなくなるかもしれない。
元々、「ムシュカ」に籍を置いたことも、現世における自分の座標点を一時的に模索した結果に過ぎないのだから、組織への帰還を望む理由もないのだ。
呼吸など、肺や心臓に任せておけばいい。
食事など、極生理的な内臓器官の存在理由であって、細胞レベルの「生きる」という作用にしか繋がらない。
思考の継続だけが、他者と自己の境界線であり、己の存在理由となりうる、そう有馬は信じていた。

「おい、話してもいいか?」
有馬が一旦返答をしてから、浅葉は相手の機嫌を探るためにこう切り出すようになった。
ドス。
僅かに拳を壁に当てて、小さな同意の音が響く。
それは、塔の上部から他の囚人が発する雑音よりもずっとささやかな音ではあったが、浅葉は決して聞き逃すことはなかった。

毎日、浅葉が他愛のない質問を繰り返し、有馬が壁を打って答える、新たな日常が生まれた。
YESは一回、NOは0回、あとは数字で答えられる問いかけばかりだ。
有馬は、次第に思索する時間を少し削って、この遊びに付き合うようになった。
答えに合わせて、浅葉はこれまた馬鹿馬鹿しい思い出話をする。
しかし、何時の間にか、つまらないとは思いながら、有馬は自然と耳を傾けていた。
決して、どんな話を聞いても、笑うことなどなかったし、時には浅葉の発した廉価な言葉から新たな思索に没入し、返事が疎かになることもしばしばだったが。

壁一枚とはいえ、相手の表情も動作も見えぬ状況でも、浅葉は敏感に潮時を察して、口を噤み、毛布に包まった。
目を閉じるとまだ、血飛沫の臭いが鼻につく。
爪の間から、干からびて黒ずんだ血がはらはらと床の砂に混じる気がする。
ここに来てから、新たに目にしたものがない。
かつて暮らした街では、あんなに鮮やかに変化した空の色や雲の流れさえも、砂漠においては、「単調」の加担者に過ぎない。

浅葉は痩せて薄くなった己の胸に、どさりと圧し掛かってくる血まみれの肉塊を払いのける術が欲しかった。
なんでもいい、忘れさせてくれ。
働けというなら、いくらでも働いてやる。
全身から吹き出す汗と共に、何度も繰り返される虚像と腐臭が少しでも消えてはくれるはずだ。
単独受刑の恐ろしさは、この冷酷ないつ果てるともわからない「単調」に集約されていた。


ところで、外見上陰鬱に見える人間にも二種類あって、それは自己との対峙の仕方によって判別される。
自意識と自己の現状を過剰に連動させ、一歩ずつ後退し、フサギの虫にとりつかれるタイプ。
彼にとって世界は、自己を矮小化させ、卑屈にさせる物差しに過ぎない。

もう一方は、自意識を宙空に浮かせ、自己を他者のごとく客観視するタイプ。
彼にとって世界は、仮の住まいに過ぎない。
醒めた視線をさまよわせ、物事を心底愉しまず、退屈の虫にとりつかれるタイプ。

有馬は、完全に後者であった。
彼は、勤勉で弁達者であり、指導者の意志を100%理解し、隙のない理論武装で幾人もの反抗分子を論破してきたが、決して100%を越える言葉を吐こうとはしなかった。
なぜなら、有馬は与えられた思想や理論に指導者さえ気付かないうちに更なる滋味を加える術を知ってはいたが、出る杭が確実に彼らにとって癇質の的になることも熟知していたからだ。
とどのつまり、有馬の根底に流れるのは厭世的な無類の保守精神であって、極左に身を措くこと自体、訝しいことだったかもしれない。

社会変革を求めているのでもない。
勿論、思想や理論の実践には価値が見出せない。
だが、胸の奥底に、誰とも相容れない陰鬱な抗いの矢を押し隠して、孤独を貫くことが、つまらない日常に色彩を添える遊戯に思えたのだろう。
肉体ばかり鍛えて、あからさまに爆弾を抱えて突入するより、薄口のぺティナイフ一本を秘所に隠し、裸体を晒して潜入する方が、彼の美学にはわずか近かった。
「死」はすぐ隣にあってしかるべきものであり、いつ彼岸へ旅立とうとも、それも倦怠から解放される一つの手段だと、有馬は達観していた。

新たな情報を手土産に、有馬が「エコール・ド・ムシュカ」に辿りついた時、高尚な思想集団には司直の手が入っていたが、彼らは予め決められた基地へと移動しており、幾人かの人員を効率よく斬り捨てることで、壊滅の危機を免れていた。
『情けをかけられしクサは、もはやクサではない』
冷徹な掟がそこには敷かれていて、裏切者はもとより、愚かに捕まったものにも刺客が放たれると、組織では聞かされていた。
たとえそれが、空虚な仮の棲み家の掟だとしても、権力を振りかざされるまでもなく、有馬にはこうした組織の制裁は甘んじて受ける覚悟が出来ていた。
敵陣で全ての秘密を守ったとしても、縛についたこと自体が、彼には非常な屈辱であったのだから。
しかし実質的には「国家」という敵には、投獄以外の懲罰は思いつかないようだったし、在籍していたセクトにも、刺客を送る程の厳格さもなかったらしい。
彼は己が制裁の標的にならないことに、逆に僅かばかり歯がゆさを感じていた。


二人が投獄されてから、二ヶ月余りが経った或る日、ちょっとした出来事が起きた。
浅葉が蹴りすぎた壁の一部が、欠落したのだ。
崩れた破片は、勢いよく有馬の独房に転がってきた。
いずれの部屋も光量は少ないから、開いた穴から漏れ出す光はない。
有馬はじっと、隣室の男の動きを窺っていた。

何の前触れもなくその穴が開いたとき、浅葉は怯んだ。
そこを突き崩せば、相手が見える、ゆっくり向きあって話ができる。
人懐っこい彼が、ここ数ヶ月望んでいた小さな希望がそこにある筈だった。

不可解なことに、今まで饒舌だった浅葉はそこに近付こうともしなかった。
退屈な日々に変化を与えてくれる絶好の対象であるはずなのに、穴から手を出してみる事も、再び蹴って穴を広げようとも、
そしてその穴について口を開くことさえしなかった。
逆に一番離れた壁にもたれて、空を眺めていた。
こんな時、砂漠の空には珍しい雲を迎えていたが、それは白濁した変化に乏しい景色で、何の面白みもなかった。

なぜ、浅葉は穴に近付かないのだろう。
彼は、決して物を言わず、ただイエス・ノーの信号だけを送り返す、淡白な隣人の態度が気に入っていた。
勿論、最初は「気取ってやがる」とか「暗い奴」と罵ってはみたものの、そうした悪態が壁に反射して己に撥ね返ってくる居心地の悪さに、何ともやりきれない気分を味わっていた。
それに、散々つまらない女の話をしても、「おい、聞いているか」と尋ねれば、即座に反応が返ってくる、何の義理立ても必要のないこの場所で、律儀な奴だと感心もしたのだった。
今までの浅葉なら、気に入った相手には、とことん擦り寄っていった。
しかし、今回は気に入ったとはいえ、相手の声さえ聞いていない、年齢も人相もわからない囚人だ。
投獄の理由さえ、「殺人」「窃盗」ではないとは聞き出せたが、「思想犯」などという語彙に恵まれない彼にとっては、相手の素姓を確かめる質問すら見つからず、ますますつかみ所がなかった。

たかだか、監獄で隣り合っただけの人間に、それほど悩む必要もない。
それでも、ここで意志の疎通ができるのは、こいつしかいないんだからと、相手を刺激して嫌われてしまう自分を想像して、頑なに動けなくなっていた。

先に行動を起こしたのは、有馬の方だった。
さすがに彼も、穴が開いたことに驚きはしたが、これでこの塔から脱走できる手立てが出来た訳でもない。
そう思うと、さしたる興味も湧かなかったのだ。
それより、あれだけ毎日話しかけてきた隣人の動きが急に静まってしまったことのほうが、気に掛かった。
まさかとは思うが、強く蹴りすぎて、足を痛めているのではないか。
食事と排泄物の処理以外、ここでは何も補償されていない。
病に冒されていようと、緩慢な自死を助長するように、放置されると聞いていた。
そもそも「国家」は、害虫どもがみずからの手を汚すことなく、自滅してくれることを望んでいるのだ。

白い有馬の手が、穴をすりぬけて浅葉の房に侵入して来た時、ずくっと生温いものが浅葉の胸の辺りを疼かせた。
ここに来て二ヶ月余り、直射日光に当たることが減ったとはいえ、いつも屋外で肉体労働をしていた浅葉の体は、まだまだ浅黒かった。
なのに、目にしたその指は、その掌は、黒く煤けた石壁から浮きあがってみえた。
色だけではない、傷跡も、関節の節くれも、静脈が形作った小さな瘤もみえない、するりとした手なのだ。

隣にいる人間が男だということを、浅葉は承知していた。
監守が何度か間違って運んだ食事に、「アリマ ソウイチロウ」のネームタグがついていたからだ。
それに、この塔には男しか投獄されないと噂にきいたこともあった。
あれが男の手だとしたら、やけにそそる手だと思った。

白い手は、わずか数秒しか見えなかったはずだ。
しかし、浅葉はその「手」の幻覚にうなされた。
「手」は誘い、体を這い回る。握る、促す。
収監されてすぐに、猥本はベッドの下に投げ捨てられていた。
長い間の禁欲は、浅葉にとって大した苦にもならず、淡々と流れていたのに、有馬の手を見て以来、股間に熱が集まる。
あの「手」に続く腕、脇の窪み、首筋、・・・自分と同じ垢に汚れた青黒い囚人服を身に着けている筈なのに、なまめいた裸体を想像した。
夢想する半透明に輝く肉体には、乳房はない。
だが、中心部には何もない、まるで切り落とされたかのように。
屹立した自分のものを掴みながら、女の裸も想像できないのかと、胸の内で自分を罵った。

***********
今から4年前に書いたとある少女マンガのパロです。
とはいえ完全なパラレルですので、登場人物以外は全て捏造。

この話を半年ほど前に読み返して、粗筋をパンダ氏に説明したところ、まるで「蜘蛛女のキス」みたいだと言われました。
どうしてかすごく悔しい気分になって、それでも原作を読んでみようと思い立ち、ストーリー以上にその小説実験のすばらしさに目を瞠りました。

夏の某新刊では、この逆手をとって「蜘蛛女のキス」と大好きだった映画にオマージュ…そんなものにはなりえないのですけど、ささやかな感謝をこめて、お話を作ります。

最近、自分の文体や展開に壁にぶつかってばかりで、多分この「無の塔」を踏み台にできるのか、あるいは、自己模倣でつぶれてしまうのか、戦ってみようと思いました。
そんなこんなで、こんなものをお蔵だし。

トピのこと―「ことばの食卓」

ことばの食卓 ことばの食卓
野中 ユリ、武田 百合子 他 (1991/08)
筑摩書房
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あっちでも、かつてのそっちでも。
絹子の書くことは、基本的には本のことばかり。
それも仕方がない。
友達以前に、本は王様であり神様であり、阿片でもありチョコレートでもあったのだから。

だから絹子の一番幸せな時間は、パンダ氏と本の話をしていること。
で、もう一つ欠くべからざる時間が、パンダ氏の昔話を聴くことなのであった。
同じ話を何度もねだってみたりする。

いまだに途上にあるはずなので、こういう分析はしたくないのだけど。
絹子はフランキー(次回紹介予定)みたいに、人とは違っていることを強調したくて、信じたくて、あらゆる流行に背を向けるようになったのかもしれない。
結果的に、昔の方へ昔の方へと好みは偏っていく。
だから時々、妙に昔のことを呟いてみたりすると、パンダ氏に驚かれたりする。

トントントンカラリンと隣組♪ とか
死んだはずだよお富さん♪ とか口ずさむとぎょっとされる。
でも七つ年下の妹たちだって、ちゃーんと歌えるので、さほど驚くこともない。

絹子の子供時代。
ほんのささやかに平和な時代の名残が、今も家族の呼称という形で生きている。
トピ=お父さん、カピ=お母さん、ネピ=お姉ちゃん(絹子)
後の妹二人は、トピが名付けたピッケと、私が名付けたキャツと呼ばれている。

トピは18年前に天に召された。
けれどもっと昔、そう30年位前から、トピは藻に埋め尽くされた金魚鉢の中に棲むザリガニみたいな暮らしをしていた。
だからネピたち子供は、同じ家の中にいてもほとんど喋ったことがなかった。
金魚鉢に入れられる前の、ぼんやりした思い出しか残っていない。
絹子の中にある、大戦前後の唄や言葉は、昭和11年生まれのトピから遺されたものだ。
今なら、「その頃」がどんなだったか。
いっぱいいっぱい訊きたいことがある。

目の奥に残っているもの。
たとえば、一人ではいけない夏休みのプールで、同伴してもらって日よけのベンチでラジカセからイヤホンを引っ張る姿。
沢山の童謡のドーナツ盤。
タイプライターの弾ける音。
Bill Y >>>>なんていう胡散臭いサイン。
奇妙に尖った王冠をかぶった、細長い王様やお姫様の絵。

絹子は今も夢を見る。
捨てた家族の夢ばかり見る。
そして、夢の中では、トピはいつも幽霊さんになって坐っている。
入院中以外にはほとんど着たことがなかった浴衣や紺地のどてらを着て、薄暗い部屋のそのまた余計に暗い隅で、ぼんやりと坐っている。
喋るけど、話しかけるけど。
幽霊さんはゆらゆらひょろひょろと、哀しく体を揺するばかり。
体の色は何十年も抽斗に仕舞ってあった、蝋燭のように黄ばんだ白。灰色の影。
ちっとも怖くない。怖くない。
ただ、また夢に出てきたんだねえ、辛いねえと、夢の中にいながらに考えている。
そして、背中が引き攣れるように痛んで、目を覚ます。

いつも以上に、つまらない前振りが長くなってしまったけど。
百合子さんのエッセイは不思議だ。
「犬が星見た」も、表には顔を出さないドライバー兼メモ係に徹した泰淳氏の「新東海道五十三次」でも、みんなそうだった。
立ち止まって中空を見つめると、幸福な思い出の煙がもくもくと立ち上る。
そういう作用を知っているので、窪みにはまったり力を失ったりする特別な時に、手に取るように大切に集めている。
なぜか、上・中が現れてくれない「富士日記」も、他の人も百合子さんの言葉を大事にして手離さないんだろうなと思いながら、新刊で入手することなく、いつか我が家にやってきてくれる日を待っている。

百合子さんは、殊に気持ちの悪いもの、ぞくっとするものを触感をもって何気なく描いてしまう。
美味しかったものより不味かったものの方が克明で、喉を突き上げたり胃酸過多になったりする。
「私はアレが嫌いで、コレも嫌い」なんていう人の好き嫌いの話は、本人以外は普通なら「あっそう」なものだけど、百合子さんにかかると、ぞぞーっと頭が相槌を打つ前に、体が反応してしまう。
本当のことも夢の一場面のようで、まるで百間の短編の残り香みたいな感じがする。
それでどうして幸せな昔を思い出せるのかといわれると困るのでけど、光の加減や物の輪郭が、目ではなくちゃんと皮膚や感覚器に一気に駆け抜けるので、タイムマシンに閉じ込められたみたいに、虹色のシャボンの裏側で昔が蘇ってしまう。

だから例えば。

溜色のほの暗い天井から吊したろうそく型のシャンデリアが、角度の加減で大硝子窓全体に散乱して映り、中庭の楓の葉蔭にも、ろうそくの焔が点々とゆらめいているように見える。気が遠くなりそうである。

と描かれただけで、円山公園とは程遠い須磨の離宮公園に、絹子は飛んでいる。
食堂から眺めたシンメトリックな夜の噴水のネオンや、夏の日差しの中でゆっくりと上昇していくクリームソーダのエメラルドグリーンの泡粒を思い出す。
そして、いつもそこに連れて行ってくれたのは、トピだったという事実に気づいて、シャボンが弾けてなくなってしまうに任せて佇んでいる。

フェティシュの極北 「片腕」

川端康成 「片腕」
新潮文庫 『眠れる美女』所収


時々夢見ることはないだろうか。
アンソロ編集なんていう作業を。
先日、コルタサル短編集「悪魔の涎」を読んでいたら、ああジャズなアンソロならば、絶対にこの「追い求める男」を入れるのにとウズウズした。
ついでに言えば、ジャズな短編といえば、奥泉光の「その言葉を」は殿堂入りである。
数年前、早稲田の学祭にもぐりこんで講演を拝聴したときには、フルートの演奏をしてもらってドキドキした。
さらにスーツ姿でかしこまってあたふたする学生スタッフを尻目に、背後で流れる別のバンドの地響き合わせて、にまっとしながら演奏してくださった姿も素敵でした。

本好きではあっても、読書量のめっぽう少ない絹子は、アンソロ作成なんて到底無理な話である。
せいぜいが国書刊行会の「書物の王国」たちの目次をめくり、これもいいなあれも素敵と酒をちびちびやるのが精一杯。
(実際に素氏と、一冊中何篇読んだ?という遊びを、全巻揃い購入記念にワイワイやってしまったのだけど)
でも、まーた、そんな熱病を呼ぶ、もしかしなくても一部で有名なはずの短編に出会ったのであった。

これはねー、もう。
「人形愛」「フェティシュ」という項目があれば、文句なしに入れたい作品ですよ。
そして、この文庫に収められた「眠れる美女」「片腕」「散りぬるを」は、ぶっちゃけていえば、ロリっこ変態小説という括りで編纂されたにちがいないものです。
美少女たちは眠っている。
近寄る男は、喋られたら困るのである。
目を覚まされたら、恥ずかしくて苦しくて、逃げ出してしまう。
でも、体の一部分なら、撫でることも、お喋りすることもできるというのが、また素敵。

体の中でどこが一番官能的かといえば、そりゃ色々あるとは思いますが、多分指先の動きほど淫らなところはないのではないかと思う。
二月に発行した同人誌でも、こんな挿絵を章頭に入れて、ささやかに官能をくすぐる遊びをやってみた。

hand1.jpg


なぜ、川端康成が全身の中で、腕を選んで愛でることにしたのかといえば、彼がそこに一番ぐっときたに決まっている。
指先が這い回る、男の胸の上で。
掻き抱いてくれる男の首を。
抱いてしまう、しなやかな二の腕を。
そして外されたのは、肩の丸み(全身に含まれるあらゆる丸みを象徴する)ごとだった。
それこそ、間接人形のあの球体を目の当たりにした時に走る、昏い官能と同じこと。

「片腕を一晩お貸ししてもいいわ。」と娘は言った。
そして右腕を肩からはずすと、それを左手に持って私の膝においた。


この冒頭を読んで、うわーっとならない人がいたら、もうどうかしているとしかいいようがない。
曲がりもしない、喋りもしないただの白い棒きれになったかもしれない腕に、彼女は唇を押し当てて生気を送り込んでくれる。
そして男はいそいそと、コートの下に腕を隠して孤独な部屋に戻る。

この文庫のさらに、美味しいところは解説が三島だということだ。
彼は、「片腕」が雑誌掲載されたとき、男が部屋に持ち帰るまでの部分を読んで(つまりはそれが「第一回」と知らずに)、素晴らしい完結をもった珠玉の短編だと感に入ったらしい。
それが、後に単行本化されると、続いているではないか!
そして嗟嘆する。

たしかに第一回の部分だけでは、女の片腕を借りて帰るという寓意が、美しい寓意にとどまって、その代わりに明確な感覚的リアリティーが感じられるが、全篇を通すと、その基本的なアイディアの執拗な展開に、却って悪夢のような感覚的粘着力が感じられ、これが単なる寓喩などではなく、作者の精神ののっぴきならない軌跡を描いているのがわかる。それはアイディアなどではなく、オブセッションだったのである。


ふふふー。
こんなことを言ってしまう三島も大概な(愛着をこめて)人だとにんまりしてしまうのだけど。
オブセッション愛好家としては、ネバネバしてもらって、大変結構なのだけど。(サラサラした百間も大好きなんだけど)

こういったある種奇抜な幻想を提示した際に、書くほうは「どこで終わらせるか」に心底悩んでしまうものだと思う。
放り投げるのか。
落とすのか。
いわば、導入部だけで読者の目の奥の劇場に任せてしまった方が、スマートで楽な場合も多い。
世間一般の猥雑さとはかけ離れた、それでいて見事にいやらしい戯れをした後、男は片腕を抱いて眠りに落ちる。
そして…。
終結のさせ方、あるいは読者の想像に任せきれない描写を読んでいると、彼が死神に肩を叩かれるタイプの人間だと感じてしまうのは、私だけだろうか。
(福永武彦なんて、死神がずーーっと側にいるので、なんだかお友達になってしまったような柔らかさがあるんだけど)

※今回初めてカテゴリーに「P文庫」が登場。
ちなみに、P文庫はパンダこと素天堂氏本棚から借りたものの謂いです。
それにしても数多ある蔵書の最初の感想文が、これって、なんだか笑える。

子供の瞳

時折電車の中で、ゲームにふけっている人を見かけると、なんとなく羨ましい気分になる。
ゲームをするという行為自体よりも、ゲームに没入して、自意識の世界に落ちよう落ちようとする闇から足をつかむ手に、時には進んで身を投じようとすることから逃れられたらどんなにいいだろうと思うのだ。
いわば、刹那的な脳の解放が図れたら、ずっと気持ちを楽にできるのにと。
ないものねだりなのだけど。

絹子にも確かにゲームや漫画に、野放図に身を投じた一時期があった。
たとえば十数年前。
長い長い学生時代の夏休み。
一方でブルーバックスの算数難問集に取り組み(方程式を使わずに算数で解答を導くのは至難の業)、一方では「提督の決断」という日米対戦で明け暮れもした。
そのころの内面は空洞であったかもしれない。
せいぜいがつまらない勝ち負けに涙を浮かべるだけであり、本を読みたいとも、まして何かを書きたいとも感じなかった。
そうした抜け殻になった自意識と、表層で感じる倦怠とは、「時間を持て余す」という今では考えられない贅沢の真っ只中で、ぶつかり合うことも、交じり合うこともなかった。

死期――と名づけるには、多分もう抵抗があるけど、絹子には区切りの年というのが、ずっとずっと昔から存在していて、幾度もその見えない線を消そうと試みてはきたものの、いまだそれは明々と横たわる白線なのであった。
一日、一日と。
そこに近づくこと。
期日は否応なく迫ってくる、刻々と。
砂粒は指の隙間を流れ落ち、また添えられた指は、流滴を食い止めようとさほど抗っているのでもない。
ただなんとはなしに、常に「為さざるもの」としての悔やみが蔽いかかるだけである。

忘我というよりも、魂の在り処を置き去りにすることは、指をほんの少し開いていることにすぎない。
五指を揃えてまっすぐな平面を作ろうと努めるがゆえに生じる緊張を、営々と続けることは、決して心にも体にもよくないのだろう。
だが、神経生理が導く「痙攣」たとえば、「筋肉が攣る」という事態は、等しく無意識のシグナルとなって表面化する。
それを緩める術は、手を添えて揉み解そうと、新たな「緊張」を生むことにもなる。

眠る時に頭に去来する、瞼の裏側の様々な像、誰とも知れぬ声に重なり、反駁し、あるいは屈する自らの声。
重奏は不安を導き、幾重にもこだまする。
そして絹子は、その不安を先ほど口にした珈琲のせいだとか、自分で無理に引いた線分のせいにしながら、身を起こす。
一時間。
二時間……。
心を鎮静させ、忘我させるための時を費やす。

そういえば、この間、不眠症の話を聞いた。
その老人は
「次に眠ってしまったら、二度と起き上がれないのではないかという危険を体が察知して、眠らせない」のだという。
あるいは
「人が目覚めるのにエネルギーが必要なように、眠るにもエネルギーが必要」
とも。
ただ症例というには深遠な言葉は、逆に眠りに誘ってくれるような気がする。
そしてエネルギーをいくばくか放出しながら、なんとか淵から深みに向かって飛び込むことが叶い、絹子は眠る。

絹子は夢を見る。
あまりにも多くの景色や、人や、あるいは光や文字を。
眺めては触れ合う。
内容を伝えるのはもどかしい。
情報量が多すぎるのだ。
語るうちにぼろぼろと崩れてゆき、まるで遥か彼方に見えた氷山の崩落・白い連鎖がたちまちに眼裏を侵食するように消えてしまう。
長い時間眠っても、気だるさから解放されないのは、往々夢の性質によるのではないかと思っている。
というのも、夢の中では、自分は決して傍観者ではなく、当事者だからだ。
与えられた情況に対処しようと、頭を使ってしまう。
夢の中で思考を繰り返し、起きた不可解な反動にも、答えを与えようとする。
時には慣れない英会話を続け、時には空中に浮かんだ奇妙に哲学的なフレーズが消えようとする瞬間まで読みあげ、時には時刻表を追いかけて、どうすれば自分は東に向かっていけるのだろうと真っ暗な人気のないプラットホームの上で考えている。

さて、どうしてこんな言い回しで話を続けてきたのかといえば。
今日は一日、福永武彦の「幼年」を読んでいたからだ。
もし夏に発行が叶うなら、こんな本を出してみたいと思っている。
題して「眼鏡文人 第二号 特集:福永武彦 子供の瞳編」

絹子は彼の作品に出会ってまだ四年くらいの浅学ものなのだけど、子供の頃の思い出、子供の視線をこれだけ書き続けてきた作家は他にはないのではないかと思う。
そして彼の中で、「子供」を扱った作品ほど切なく仄光る作品群はないと感じてしまう。
「幼年」は小説というよりも、極私的な評論という感じだ。
極私的ではあっても、それはただ思い出をならべた浅薄なものではない。
文字の間から光や風が吹いていて、「寂しさ」を感じなかった少年は、ずっと幼くして死別した母の声を聞いている。
なぜ幾度も幾度も「寂しくはなかった」「孤独というものを感じることはなかった」と繰り返すかといえば、彼は甘える術を持たなかったからだ。
そこで絹子はじっと行間に挟まれた闇を覗き込む。
「甘える」ことがかくも難しいことだと、深く深く頷き、虚空を見つめてしまうのだ。

福永武彦の作品を読むのは、とても時間がかかる。
その理由は、平易な文体にもかかわらず、何度も立ち止まらせられるからだ。
小説は、文字が点を放ち、線を結んでいくことをひとつの力としている。
つまり往々に像が現れ、彼らは語り、何かしらの行動が、何かしらの風景の中で起こっていく。
けれども、彼の場合には、像のほかに作用や反応を引き起こす力があって、それが例えば、瞼の中は真っ暗闇なのに、夢の中では閃光が襲い掛かるように、ありえないほどの光の瞬きが生まれたり、においを感じることができたりする。あるいは、自分の中に眠っていた何かしらの形のない感覚を呼び覚ます。
それが、自分が「子供の世界」というものを特別視する理由なのか、そうではないのかは、まだまだ見極めることができない。

では、序説としてそんな一文を引いて、今日はおやすみなさい。

東京へ来てからあとの小学生としての生活も、眼に見える明るい面があると同時に、どうしても見定められない暗い部分を含んでいるし、要するに私たちは誰しも、最も明るい現在から、過去に遡るにつれて次第に暗くなって行く薄明の世界に住んでいると言い得るだろう。そして私の場合に、それ以後が比較的明るい部分を保っているのに、それ以前は殆ど闇に近いほど暗く、ただ濃霧の中にぼんやりと燈火が滲み出るように、一面の草原の中で遠くに咲いている花の匂がふと鼻孔をふくらませるように、ほんの時たま、仄かな明るみが、かすかな風の息吹のようなものが、私を吹きつけて過ぎて行くだけにすぎない。しかしそういうものを感じる時、私の心は急に悦びにふるえ、この魂を不意に訪れた何か、快く人を眠らせ夢みさせるこの仄暖かいもの、次第に遠くから近づくやさしい音楽、朝の薄靄よりも淡く立ちこめる匂、やわらかく差し込む光に、恍惚と立ち竦んでいるが、それを光とか音とか匂とかに一つ一つ取り分けることも出来ないほど絡み合った感覚は、私が成長して感受性を一層研ぎ澄ますようになった以前に於いても、いな以前の方が尚さら、鋭かったように私は思う。私が雑司が谷の寮にいた頃、夕食の前後、特にそのあとの黄昏どきに中学生の一人が上手にハモニカを吹いていた。そしてその「ユーモレスク」とか「アメリカン・パトロール」とかいうような曲のゆるやかな顫えを帯びた旋律を聞いていると、
何かしら忘れてしまった最も大事なことを子供は急に思い出し、ぼんやりと佇んで暮れて行く空を眺め、庭の向こうの西洋館の二階の窓に点いた灯の明るさ、食堂のそばの桐の木の葉ずれの音、夕餉のそこはかとない匂にまじって、
 坊やは寂しくなんかないわね、
とささやいている誰かの声を聞き、
 うん僕は寂しくなんかない、
と答えながら、また事実少しも寂しさなんか感じもせずに、ただどうしてこのハモニカの曲が魂を促して遠い方へと彼を連れて行くのか、その遠い方には一体なにがあったのかと考えてみる。


「幼年」講談社文庫 32p 薄明の世界 

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絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
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