2006-05

帰るべき部屋―これもまた幻想(2)

遠い声遠い部屋 遠い声遠い部屋
河野 一郎、カポーティ 他 (1971/07)
新潮社
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ここのところのマイブームといえば、キーワードは「南部」「ラテンアメリカ」「ユーモア小説」といったところ。
ブームというのは、齧り始めの果実に似て、かつて味わったことのない酸味や、奇妙な舌触りに胸躍らせる瞬間でもある。

南部系では、最初にカーソン・マッカラーズ(現在の探求古書の筆頭)に手を伸ばした。
「心は孤独な狩人」「悲しき酒場の唄」の感性に殴られた気分になったが、恐らくマッカラーズはある程度の年齢を迎えてから掴まえるべき悲哀に満ちている。
思いの矢はことごとこく地に打ちつけられ、踏み散らされていく。
そのベクトルは甘酸っぱくもなく、ほろ苦くもない。
奇態を演じて、ひたすらに物悲しいのだ。
南部系の作品が強くゲイテイストをもつというのも、根幹はこういうところに潜んでいるのだろう。

奇態――マッカラーズもカポーティも登場人物が、皆一様に静かに「狂っている」。
奇人変人のオンパレードともいえる。
ただ狂っていることが、陽に転じないばかりか、陰に転じることもない。
ひたすらにあてどない淋しい狂気なのだ。

「遠い声 遠い部屋」に出てくる面々。
亡き母を捨てた父に招かれる形で、少年ジョエルはその村・スカリイズを訪れた。

ジョエルの父の新しい妻・エイミイは昔を懐かしみ、自働ピアノをかけることしかできない。
エイミイの従兄弟ランドルフは女装癖があり、ジョエルに女の幽霊をみせることになる。
(この人はまあ、結果的にゲイといってしまっていいものか。自分の恋人(女)が好きになってしまった男に恋をして、二人が駆け落ちした後も、ずっと探したい一心で世界各地の郵便局長宛に彼らの居所を尋ねる手紙を出し続けている。でも郵便ポストには、集荷されない手紙が積もっている。この辺りすごくすごく好きなエピソード)
そして息子を息子として認識できない父は、ベッドの中からボールを転がして意思表示をするだけ。

暴力が頭を支配し、「女の子であること」を捨てた少女・アイダベル。
(この子も素敵だ。カーニバルで見世物になっていた小人症の女性に恋をするところなんて特に)
アイダベルが捨てた「女の子」をもらった二倍少女(?)双子の片割れ・フローラベル。
嫉妬深い夫につけられた首の深い傷をもつ女中のズー。
森の聖人・リトルサンシャイン。

眼裏に映るもの。
薄暗い部屋の中に忍び込む少年。
そこでは柱時計の針が錆付いたままだ。
大人たちは黴と埃を綺麗に空気に溶け込ませて、吸っている。
子供たちは、森や叢を駆け回る。
燃え立つ緑の輝かしさは、眼に留まるほんのわずかな範囲。
息を整えで眺めれば、いましも大木が朽ちて倒れていく響きが胸をつかむ。

ジョエル・ノックスは、たしかに少年だった。
目鼻立ちの整いすぎた、華奢で色白で、女の子のようなやさしさを湛えて、茶色の大きな眼と金色の縞の混じった茶色の毛を揺らす。そして十分すぎるほど癇が強くて、小賢しい。
(カポーティが晩年に進むにつれて、心身ともに醜態をさらしていくことを考えると、このように描写された分身が、屈折していて余計に愛しい)

たとえば、残してきた友達には「父親は大金持ちで頼もしくて、毎日が楽しくてしょうがない」と多くの人間が捜し求める「別」の親に出会えた嘘を手紙につづっていく。
一方で、養母に対しては、ついに屈服して「何もかもが楽しくない」と訴える。

閉じ込められてしまった世界の中で、彼は逃げ出したいという思いを少しずつ世界が朽ち果てるように、手放していく。
それはまた、他の人々のように諦念とは異なる、静かなる歪みの中に身を投じているようにも思える。
ジョエルの視線は、どんどんと主体をなくし、傍観者へと溶けていく。
「成長譚」と有体に呼んでしまうのでは、彼の視線の先にある世界の崩壊直前の様が美しすぎで、物足りないことこの上ない。

崩壊寸前ということに関していえば、南部系作品は「頽廃」と評されることが多いそうだ。
実はその意味が、まだちゃんと掴めていない。
なんらかの「正しい美」(こんなものがあるとするなら)が爛熟の果てに腐臭を放ちながら、ぐずぐずと崩れていく様というなら、それは当てはまらないように思える。
むしろかつてそこには、悪しきものがありふれて転がっていた。
時経るうちに、奇妙な干からび方をしていくうちに、一部の者にとっては、「どうしようもなく切なく美しく」見えてしまうものに変化した。
あわれ「美しく」見えてしまう者にとっては、また破壊や崩壊も吐息の先にあることなのだ。

「悲しき酒場の唄」では、小人に恋をしてしまった大女が、別れたム所帰りの元亭主と取っ組み合いの喧嘩をする。
(ちなみに、元亭主→大女→小人→元亭主という報われない三角関係)
その暴力の痛ましさ、美しさ。
大女が求めた小人の愛情は、小人の元亭主への加担という形で悲惨に弾け散る。

「遠い声 遠い部屋」においては、少年ジョエルの冷えたまなざしの先で、崩壊が起きる。
たとえば、こんなシーンが堪らない。

森の奥の廃ホテル。
人を引き込み溺死させるといういわくの池の畔にたつ建物は、相次ぐ水難のために、いまはただ一人の男・リトルサンシャインが棲むだけだ。
おまじないを求めて、ジョエルとアイダベルは向かったが、途中で失敗してしまった。
だが、ジョエルはランドルフと共に、その視覚として捉えられる荒廃の中に足を踏み入れる。老馬に乗って。

炬火のまわりに、うたうような翼の白い聖歌隊が舞い降り、たけり狂った光のとどく中で、はねたり揺られたりした――背を曲げた猟犬が風を切って広間を駆け抜け、その音のない影の足は、蜘蛛の花壇を踏み荒らしている。ロビーでは、蜥蜴が恐竜のように朦朧と薄気味わるい姿をみせる。そして、珊瑚色の舌をしたカッコー鳥は、永遠に三時を指してとまったまま、鷹のように大きく、隼のように荒々しく翼を広げている。
二人は階段の下で立ちどまった。馬の姿はどこにも見えない――合図の痰壷のガラガラという音もすでにやんでしまっていた。
「ジョン・ブラウン……ジョン・ブラウン」
ジョエルの声は静けさを大きくした――どの部屋の中でも、眠りやらぬ何かが聞き耳を立てているかと思うと、彼は身ぶるいした。リトル・サンシャインは炬火を持つ手を高くかかげた、ロビーを見おろすバルコニーから照らし出される――と、そこに、鉄のように身体をこわばらせた馬がじっと立っていた。
「おい、聞こえねえのか、そんなとこに上がってねえで降りてこいっていうに!」
と隠者は命令した、するとジョン・ブラウンは後ずさりをして、鼻を鳴らし、前足で床を踏み鳴らした。と、恐怖に気がふれたように、出し抜けに駆け出し、バルコニーの手すりをぶち壊して、突進した。ジョエルはすさまじい物音にそなえて身がまえた、だがそれは聞こえてこなかった。よく見なおして見ると、馬は首に巻きつけた手綱がわりのロープを梁にひっかけ、宙吊りに揺れている、そして炬火の明かりに照らし出されたその大きなランプのような目は、信じられぬ死の表情に、火の中の顔に、金色に輝いていた。
(p268)


音なき世界の崩壊を目の当たりにしたとき、ランドルフへの思いに気づいたとき、少年が殊更大事にしてきた「部屋」にもその振動を伝えたのだろうか。
ジョエルがしばしば自分の部屋の住人として紹介するミスター・ミステリーは、まだ留まってくれているだろうか。

この作品の中で象徴的に現れる、誰しもが持つ「部屋」の存在を思うとき、絹子は息が苦しくなっていく。
その苦しさは幻と隣り合わせの現実なのだ。

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ドミノ倒しの彼方へ―これもまた幻想(1)

ボートの三人男 ボートの三人男
丸谷 才一、ジェローム・K.ジェローム 他 (1976/07)
中央公論新社
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ボートに乗り込んだ男が三人と、犬が一匹。
テムズ河を遡っていく舟遊び。
骨組みとしてはそれだけなのだが、この作品が300pの文庫になっているのは、むしろ骨の外側に張り巡らされた、奇っ怪な色の肉や神経叢の部分。
まるで、プラスチネーションされた人体から、羽ばたくように広げられた紅鮭色の筋肉みたいに。あるいは、義眼がギロリと意地の悪い意識をもってしまったかのように。
クスリ、クスリと心の底の悪心をくすぐる。

そもそも三人と一匹は、何故ボートに乗り込んだのか?
スタートからして笑わずにはいられない。

主人公である語り手・Jは、ある日図書館で医学書を眺めるうちに、はたと気づくのである。
自分は、「膝蓋粘液腫」以外(ここ傍点)のありとあらゆる病に冒されていると。…いやその徴候があると。
どの自覚症状にも該当する!
自分のような珍しい人間は、大切にしてもらわなければならない!
なにせ医学生は何百人のクランケを相手にするよりも、自分を診ればたちまち名医になれるのだから!

――つまりは、妄想である。
降り積もらんばかりの蒙昧である。
そして、Jは鬱々と落ち込む一方で、妙な自信にも支えられていることを忘れてはならない。
ほかの二人もご同様。僕も胸が苦しい。僕も頭痛がひどいんだ。
なにしろ、生まれてこの方、やる気がまったくでないんだもの。
これは、みんな病気のせいだったんだ!
かくして、舟遊びでもして残り短い余生(笑)を…いやいや休息でもとるべく準備にとりかかろうか。

Jとハリスとジョージ。
三人のキャラクターは恐らく意図的に性格の違いが現れていない。まして容姿なんてほとんど分からない。
三人とも自意識過剰と自分勝手さに満ち溢れていて、そのくせ当然にもろくもある。
だが、この話においては「キャラが立たない」ことこそ魅惑的なのだ。
隣のどこにでもいるオッサンでいいんだ。

準備をすれば、喧嘩が始まる。
お前がやれ、俺は見ていると。
漕ぎ出せば、罵り合いが始まる。
帆を張っても、食事をしても、一筋縄では済まされない。
ハプニングがハプニングを呼び、考えられるだけあらゆる災難が無知と知ったかぶりを後ろ楯に襲い掛かる。
そうしてみんなは叫ぶのだ。
「みーーーーーんな、○○が悪いんだ!!」
フォックステリアのモンモラシー君に至っては、三度の飯より喧嘩が好きときたものだから、もう手に負えない。

川の流れに逆らって、上流へと上流へとボートはよろめきつつ進んでいく。
そしてこんな現実の大喧嘩の隙間にも、思いつくまま、気の向くまま、あーんなバカな話も、こーんなムカつくこともあったねと、エピソードは金魚のフンのようにつながっていく。
もう小咄のオンパレードで息つく暇もない(いえ、本当はゆったり息がつけるんです・後述)。

で、どんなエピソードがあるんだい?
そうだな、リズムでいうとこんな感じ。

ターラターラタラタラタラダンダンダダダダダダ・ドッカーン・バカヤロウオマエガゼンブワルイ!
とか
スーラスーラパチパチヌルヌルグチョグチョ……ミンナオオウソツキノミエッパリ!
てな感じでしょうか。
(え?ぜんぜん分からない。でも披露すると読む楽しみが減るじゃないですか)

その淡々と短く纏められた小咄の中に、罵声と底意地の悪さが、そうオールを持ち出して殴り合っているうちに、並んだボートが次々とドミノ倒しになっていくみたいなおかしさ。
現実とそんな諧謔一杯の想い出の隙間にあるもの。
それが、さらに奇妙なスパイスとなる、叙情なのです。
不釣り合いなほど情感と色彩に満ちた情景描写、歴史背景がなぜかしらゆったりのんびりと堪能できてしまう。
もう一度読み返すなら、テムズ河流域の地図や歴史書をひもといて、楽しんでしまいたくなる。
そんなガイド小説でもあるのです。
(でもね、そういう美しい景色は、語り手のおなかが満たされて、風も優しくそよぎ、本人は漕がずに舳先をくいくい楽チンに動かしてるときというのも、むべなるかな)

この奇妙な重奏に耳を傾けて、何度も他人の喧嘩を肴に噴き出しながら酒を傾ける。
そうすると、大きな揺りかごの中で幻を見ることができるのです。
英吉利人にしか絶対書けっこない、ユーモア小説で夢をみるのも悪くないでしょう。

※この本は丸谷氏の翻訳の妙がなければ、けっして楽しめません。
往々、翻訳者というのは巧くても一向に目立たないものですね。
そう思うのは、ひどい翻訳にぶつかった時で、最近読んだマンディアルグ「薔薇の葬儀」があんまりにもあんまりだったので、それまで深く考えたことのなかった生田さんのことを、やっぱりすごいよと思うようになりました。
いいんです。この際生田氏の人間性なんてね。私たちは本を読んでいるんだから。


※なんとなく、毎日切ないので、自分の大事にしてきた「幻想」の領域を言葉で押し広げることにしました。
いつの読書も幻探偵団なのです。

その後の31

さて資源ごみでささやかにウハウハした31書房についてであるが。
この話を職場の喫煙仲間にすると、大笑いされました。

あの書店の存在はみんな知っていても、誰もそんなドキドキする人間はいないと。
さらには、非常に悔しい情報も。
絹子は今の職場に昨年12月から派遣されているのですが、その半年ほど前から、社ビルの一階、フォークリフトを置いたガレージ内で、どうやらセールが行われていたと!
みんなの情報を総合すると、ハードカバーや函本がいっぱいあったそうな。埃がかぶっていて少し心配していたら、そのうち、スチール棚にか透明のビニールカバーがぶら下がったと。
時折足を留める人もいたけど、ほとんどが素通りだったらしい。
そしてその価格、なんと100円均一!!

ああ。うう。
もしかしたら、あの全集の端本が、もしかしたら葛原妙子全歌集が…。
何でもっと早く教えてくれないんだー。
と文句垂れたら、そんなことに感激する人がいるとは誰も思わんよと。

ああ。うう。
さらに二週間ほど前から新たな情報が。
既に本がなくなってしまったそのガレージに、机や椅子やパーテンションが乱雑に転がっている。倒産したのではないか!

いそいそと偵察に向かいましたよ。
そしたら、右手階段を上ったところに各階の占有部署名が以前は書かれていたんですけど。(三階:社長室とか)結局、1・2階は空白になっていて、三階だけ「31書房」と書かれておりました。

念のため、HPを確認。
テナント貸しを始めたのかもしれないけど、なんとか生き残っている模様。
でもHP見て結構びっくりした。31って自分の趣味じゃない本いっぱいだいしてるなー。むしろそっちのほうが、生命維持装置なんだとか。
今ならまだ在庫譲ってもらえるから行け!とか言われるんですけど、その勇気もなく。
多分、古書価が張りそうなものは、既にゾッキで流れてると予想されます。

で、世の中、喫煙者が激しく迫害されるご時勢ですが。
喫煙は病だ。ニコチン中毒だ。と言わんばかりに、現在禁煙(ニコチン)パッチが保険適用になるとかならないとか言われているのですが。
その適応を受けるためには、医療機関には一切の喫煙所を設けてはならないという規定があるらしいのです。
それで、もともと10棟に3箇所しかなかった喫煙所が、この7月をもって全面撤去。スモーカー職員は戦々恐々…いや、結構ノホホンと構えているのですが。

新たな喫煙所を探るべく、昼の休憩時間に冗談交じりでこんな話題が。
一人月千円ずつだして、10万のテナントあるいはマンションの一室を借りようよと。
友達百人できるかな…じゃなくて。
そこで話題に出たのが、31書房ビル!
ああ、そうしたら編集部の人とお近づきになれるかなーと馬鹿な絹子はぼんやり思うのですが、そんな私の在職期間は9月いっぱいなのでした。

あー流れの実験士も悲しいな。

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絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
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