2006-02

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sense***sensitive

sensitiveという名の病にとりつかれると、海中にもぐるとどんな風になるのかを某所で書いてみたけど、反応はなかった。
それでいいのだけど。ぶくぶくとチョウチンアンコウの明かりも最小限にして這っていると、そのうちに時々外の景色も見たくなるらしい。
あっぷあっぷ。
そんな日は年に数日あればいいのだけど、その日の世界がどんな風に素敵か少しだけ書いてみたい。
光が粒になって周りで踊り始める。鼻から吸い込んだ息が全身に行き渡って、肺の中で花が開くようになんともいえないいい匂いが体中から溢れ出す。

絹子がおおむね明かりを消しているのは、実は自ら行っていることだということが重要なのだ。
消されているのでは、決してない。
消しているにも拘わらず、光が外から差し込む日は眩しくて、指先が橙に染まっていく気がする。

だから、こんな風に涙一杯で、呼吸もままならなくて、つまりは電流を明かりに回す余裕もないのだけど、それはすべからく己に帰依する話というのも重要なことだ。
また、絹子は決して「悲観的」でもない。
心の中にはカミサマが棲んでいる。
そしていつも過分な幸福を運んできてくれるカミサマに感謝を捧げている。
気持ちは湯船で祈りを捧げ続けた中学生の頃と何も変わっていない。
だからちっとも「不幸」ではない。
どんなに涙を流していても、いつもすべて自分をとりまく環境は完全といっていいほど綺麗な円を描いているといったら、多分信じてもらえないだろう。

多分、あらゆることはsenseに服従している。
これを長らく「自らが振るった刃は、必ず己を切り刻む」という言葉で表してきたのだけど、仕事をしている最中に、じっと刃を見つめながら思いついたことがあった。
ちなみに絹子の仕事は、こんなこと。

二枚の刃をずらして薄く切る。荒削りと本削りと呼ぶ。
このミクロトームブレードは、指でも簡単に切り落とせるほど鋭利なしろものだ。
だけど、標本を作るためには、刃に傷が付くことは許されない。ガラスにのせた組織にメス傷が入ってしまうからだ。
傷は簡単につく。筆の一払い。石灰化した小さな組織の一部でも。
余りに簡単に傷がつくから、緊張感はいやましていく。
そのくせ荒削りで傷だらけになったように見える刃も、実際に指など当ててしまえば鮮血を噴かす刃となる。

多分、こんな感じなのだ。
ある種のsenseというものは。
そして傷の入った組織が恐らく心象風景や投影像なのだ。
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片羽

絹子と満ちるの関係。
それを示唆する文章に出会ったので、少し長めだけど引用してみる。

分身、もしくはドッペルゲンガーの主題は文学の歴史とともに古い。いや、ここはやはり、人類の歴史とともに、といい直すべきであろう。おそらく遠い遠い昔、人間が四足であることをやめて直立歩行に移り、頭脳と生殖器が同一水平線上に位置しなくなったときから、このドラマははじまっていたのだった。
いわゆる霊肉の相剋、もしくは上半身と下半身の対立の図式こそは、人間の分身意識のもっとも原初的な表れといえよう。精神と身体とがしあわせな太初の一体性にまどろんでいるかぎり、こんな悲喜劇は生じなかったはずである。
幸か不幸か、言語中枢は明らかに上半身に所属しており、これにひきかえ情動の主たる源泉は下半身にある。とすれば、いやしくも言語芸術を志すほどのひとは、意識するしないとにかかわらず己れのこうした二重構造、もしくは分身の存在をいやおうなしに認めてしまっているとみても差支えないのだろう。極言すればこの分裂の自覚こそが作家成立の条件なのであって、その余のことは結局、些細な問題にすぎない。

矢川澄子「二人の翠をめぐって」
「『父の娘』たち―森茉莉とアナイス・ニン」より



昔、満ちるくんの同級生に「未知」という子がいました。
11才から14才まで交換日記を毎日していました。
中学校は別々になったので、最後の方は電車に乗って日記を渡しにいったらしいです。
満ちるくんは、当時は「満ちる」という名ではありませんでした。
でも、未知ちゃんのことは、みんなが「みっちゃん」と呼んでいるのに
「みつる」と呼んでいました。
未知ちゃんもみつると呼ばれるのが好きだったみたいです。
みつるのお友達がずっと先に、「満ちる」になったのは、何かのつながりがあったのかなかったのか。

遠い日の子供達は、遠い日の女の子達は、
男の子になりたいなんて思っても見なかったはずなのに
そんな予感を孕んでいたのかも知れません。

かといって、天井に棲んでいて、じっと絹子を眺め下ろしていた絹子’が地上に降りてきて満ちるくんになったわけでもないのです。
相変わらず、天井にはずっともう一人の絹子がいるのですが、最近はじーーーっと見ることはやめて、真っ黒な空を眺めていることが多くなったというだけのことかもしれません。


お月様

多分二ヶ月くらい前の。
冬のとある休日。
もくもくとパソコンに向かう近い眼の絹子。

「キヌ、下に降りてきてごらん」
「何?雪がふってんの?」
「逆」
「逆?」

玄関を開く。
小さな家が長屋みたいに並んだ通り。
車も通れない、細い路地。
屋根屋根が重なって、見上げた空は狭いけど。

そこにお月様。
銀とも金ともいえず輝くまんまるのお月様。
遠い目でお月様はなんともいえず、滲んだ。

絹子は他にこんな人を知らない。
時間が経っても、ずっと忘れない。

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絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
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