[No.79] 2008/02/25 (Mon) 00:05
廃墟楽章
焼き茄子?
ああ、網の上でゆうくりと焼いていくんだよね。
紫が死んで、ちりちりに萎縮した茄子を冷水に浸すと、皮膚がはがれて、中から、黄色の實があらはれる。
焦げ痕は、刺青のやう。
それとも、生意氣な勲章のやう。
醤油とおろし生姜で、じわりと頂きなさい。
單純な料理ほど、夏は淺ましくなく、過ごせるもの。
..2003/7/11(金) 【夏の爪痕 A】
**********************
牛乳たつぷり珈琲色の川の中へ、落としたのは、マキホから貰つた指輪だつた。
白金に思はせぶりな、誕生石などつけて。
「君の誕生石は?」
「はて、さて、僕は透明な飲み物が好きだけどね、透明な石は嫌いなんだ」
「なら、カフエオレは呪ひだね」
「ああ、ネクタアや乳酸菌も、もつてのほかさ」
「ぢやあ、濁つた石を渡そうか。珊瑚、瑪瑙・・・」
「いいや、刻んでおくれよ、僕の大好きなオウム貝を」
「どこへ」
「指へ、直接さ」
臆病者、陳腐な指輪を贈る位なら、刃のひとつでもこちらに向けてみろ。
梅雨が明けて、濁りを忘れた川の中に、海水魚が目を剥いた。
..2003/7/14(月) 【夏の爪痕 B】
**********************
誰も要らない。
さう思ひながら、夜の散歩に出掛けた。
遠くで、打ち上げ花火を樂しむ聲がする。
誰も僕に構ふな。
さう呟きながら、晝なほ暗い山道を何も持たずに歩いた。
遠くで、川のせせらぎが、嘘のやうに生まれる。
世界の誰もが嫌いで、特に「今」は、あいつのことが嫌で。
でも、「今」が過ぎれば、きつと別の嫌いな奴を捜して、彷徨する。
僕には、いつも憎む相手が必要だ。
ののしり、背筋を凍らせ、刃を振り上げる相手が。
だから、歸へる。
歸へらう、平凡で、偽りばかりの家へ。
..2003/7/25(金) 【夏の爪痕 C】
**********************
ねえ、だうして、子供の時間はたつた十年そこそこなのに、大人はおじいさんになるまで、あんなにながあい時間をつかつてゐられるの。
ああ、それはね、時間を時間商人に賣つて、生きてゐるからだよ。
時間商人つて、だれ?
時間をお金に變へてくれる人さ。
變へないといけないの?
さあ、いけなくはないけど、さうしないと生きられないのさ。
ぢやあ、子供は大人の時間をもらつて大人になるの?
たまにね。でも、大人と呼ばれる人たちのなかには、なかなか商人に會ひたがらない奴も一杯ゐるのさ。
へえ。おぢさんは、どうなの?
おぢさんは、子供の時間を食べながら、どんどん死んでゐるんだよ。ほら、もう、手の先も、瞼も溶けちまつた。
いけないことだから?
いいや、誰もその美味さに気づいてゐないから、惡戲商人が仕組んだのさ。
..2003/10/14(火) 【長電話は嫌い】
***********************
黒豹が前を通り過ぎた。
すると、硝子張りの温室の中から、瞑目しバチを握つた三味線奏者が、
「鳳仙花は、いつ咲くのかえ?」
と、神妙な聲で問ひかけるので、黒豹は歩みをとめて、赤い舌を硝子に押し付ける。
それは、彈けた苺科の果實を思はせる肉厚な舌だ。
「殘念ながら、今、満開だ。あんたが・・・・眼を開いたら・・・すぐに枯れちまうだらうて」
「ぢやあ、お前の黒い毛皮を剥いで、その下に眠ってる花を代はりに見せとくれよ」
「はん!痴れてやがる」
黒豹の尾は、宵闇の中ではなぜか、銀の光澤をうねらせて、次第に消へていつた。
..2003/5/21(水) 【初夏の斷章 D】
**********************
僕は生まれて一度も詩人なりたいと思ったことがない。
これは紛れもない事実。
2001年の初夏から始めた海への素潜りは、何度も息切れを繰り返し。
むしろ今は、かつて触れることのできた
たとえば愛らしいチョウチンアンコウの尾鰭すら、見定めることすらできなくなった。
実験室も、発掘事件簿も、スパイラルも、実はまだ海中に眠っています。
でも、僕は、ある種の言葉を綴ることができなくなってしまった。
僕はもう、わだつみの中に浮かぶ漁り火も、夜光貝の瞬きも恐ろしくなってしまった。
かつて僕の左の耳殻の中で踊った声を。
さやさやのまのまゆとまとよろけと。
いまも沢山の囁きは存在するけど。
嘘も本当も、始点も終点も、何もない。
ああ、網の上でゆうくりと焼いていくんだよね。
紫が死んで、ちりちりに萎縮した茄子を冷水に浸すと、皮膚がはがれて、中から、黄色の實があらはれる。
焦げ痕は、刺青のやう。
それとも、生意氣な勲章のやう。
醤油とおろし生姜で、じわりと頂きなさい。
單純な料理ほど、夏は淺ましくなく、過ごせるもの。
..2003/7/11(金) 【夏の爪痕 A】
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牛乳たつぷり珈琲色の川の中へ、落としたのは、マキホから貰つた指輪だつた。
白金に思はせぶりな、誕生石などつけて。
「君の誕生石は?」
「はて、さて、僕は透明な飲み物が好きだけどね、透明な石は嫌いなんだ」
「なら、カフエオレは呪ひだね」
「ああ、ネクタアや乳酸菌も、もつてのほかさ」
「ぢやあ、濁つた石を渡そうか。珊瑚、瑪瑙・・・」
「いいや、刻んでおくれよ、僕の大好きなオウム貝を」
「どこへ」
「指へ、直接さ」
臆病者、陳腐な指輪を贈る位なら、刃のひとつでもこちらに向けてみろ。
梅雨が明けて、濁りを忘れた川の中に、海水魚が目を剥いた。
..2003/7/14(月) 【夏の爪痕 B】
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誰も要らない。
さう思ひながら、夜の散歩に出掛けた。
遠くで、打ち上げ花火を樂しむ聲がする。
誰も僕に構ふな。
さう呟きながら、晝なほ暗い山道を何も持たずに歩いた。
遠くで、川のせせらぎが、嘘のやうに生まれる。
世界の誰もが嫌いで、特に「今」は、あいつのことが嫌で。
でも、「今」が過ぎれば、きつと別の嫌いな奴を捜して、彷徨する。
僕には、いつも憎む相手が必要だ。
ののしり、背筋を凍らせ、刃を振り上げる相手が。
だから、歸へる。
歸へらう、平凡で、偽りばかりの家へ。
..2003/7/25(金) 【夏の爪痕 C】
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ねえ、だうして、子供の時間はたつた十年そこそこなのに、大人はおじいさんになるまで、あんなにながあい時間をつかつてゐられるの。
ああ、それはね、時間を時間商人に賣つて、生きてゐるからだよ。
時間商人つて、だれ?
時間をお金に變へてくれる人さ。
變へないといけないの?
さあ、いけなくはないけど、さうしないと生きられないのさ。
ぢやあ、子供は大人の時間をもらつて大人になるの?
たまにね。でも、大人と呼ばれる人たちのなかには、なかなか商人に會ひたがらない奴も一杯ゐるのさ。
へえ。おぢさんは、どうなの?
おぢさんは、子供の時間を食べながら、どんどん死んでゐるんだよ。ほら、もう、手の先も、瞼も溶けちまつた。
いけないことだから?
いいや、誰もその美味さに気づいてゐないから、惡戲商人が仕組んだのさ。
..2003/10/14(火) 【長電話は嫌い】
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黒豹が前を通り過ぎた。
すると、硝子張りの温室の中から、瞑目しバチを握つた三味線奏者が、
「鳳仙花は、いつ咲くのかえ?」
と、神妙な聲で問ひかけるので、黒豹は歩みをとめて、赤い舌を硝子に押し付ける。
それは、彈けた苺科の果實を思はせる肉厚な舌だ。
「殘念ながら、今、満開だ。あんたが・・・・眼を開いたら・・・すぐに枯れちまうだらうて」
「ぢやあ、お前の黒い毛皮を剥いで、その下に眠ってる花を代はりに見せとくれよ」
「はん!痴れてやがる」
黒豹の尾は、宵闇の中ではなぜか、銀の光澤をうねらせて、次第に消へていつた。
..2003/5/21(水) 【初夏の斷章 D】
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僕は生まれて一度も詩人なりたいと思ったことがない。
これは紛れもない事実。
2001年の初夏から始めた海への素潜りは、何度も息切れを繰り返し。
むしろ今は、かつて触れることのできた
たとえば愛らしいチョウチンアンコウの尾鰭すら、見定めることすらできなくなった。
実験室も、発掘事件簿も、スパイラルも、実はまだ海中に眠っています。
でも、僕は、ある種の言葉を綴ることができなくなってしまった。
僕はもう、わだつみの中に浮かぶ漁り火も、夜光貝の瞬きも恐ろしくなってしまった。
かつて僕の左の耳殻の中で踊った声を。
さやさやのまのまゆとまとよろけと。
いまも沢山の囁きは存在するけど。
嘘も本当も、始点も終点も、何もない。

