[No.116] 2008/08/28 (Thu) 21:59
日々是発見
毎日とても楽しい。
たとえ鬱になっていても、そんな気分。
色んなラボを渡り歩いたせいか、息苦しい劣悪加減はある程度知っているので
今の場所が、どんなにのんびりして、他人に干渉しない空間であるか。
だからとてもしんどいけど。
また9/19まで3週間以上ぶっつづけで、まったく休みなしだけど。
それでも、僕はなんとなく生き生きしている。
なので、そんな恵まれた環境でやおら他人の行動にキリキリ叫ぶ人がいると、
もう少し落ち着けないのだろうかと、昼休みは外に向かい、ipodを取り出して耳栓をする。
先日、キリキリな子(といってももう33才)であるところの、
いまだ専業主婦を夢見る困ったちゃんと
二人きりでお弁当を広げないといけなくなった。
困ったちゃんは、全ての休みをアイドル(古い言い回しやね)追っかけに費やしている。
ひどい言い方をすれば、受動的にお金を使って脳内欲求を満たし、
無為な時間を、無為でなく使っているという幻想を買っている人である。
僕と彼女の間には、全く通じることがない。
だから、ついつい恐怖政治に近い結婚・出産願望を流す生返事の隙間に、棘を並べてしまうのだ。
僕は一日でも早く隠居したいと語る。
いつも笑われるけど、やりたいことが多すぎて、どうしようもないのだからしょうがない。
でも相容れない人は、必ずやこう返答する。
「何もやりたいことなんてない」って。
信じられない。
こんなに外には、Qが落ちていて、知らず知らずに不可思議な連携をしているのに。
それを見つけようとしないなんて。
こんなに内には、妄想と呼んでもいいけど、形になりたくてうずうずしているアブクが立っているのに。
それを取り出そうとしないなんて。
信じられないけど、僕はどうしたって「楽しんで」いる人しか好きにならない。
素氏は、そりゃあもう、遊びの天才である。
史上最高の楽しい玩具を手に入れて、三十年以上戯れているんだもの。
筋金入りの享楽主義者だもん。
最初は、即売会にでること、本を作ることが絶対嫌いじゃない、
いや、好きに決まっていると思ったから、僕の遊びに引き込んだ。
僕自身は、パッケージとしての本作りは純粋に楽しんできたけど、
中身を絞り出すことは、簡単に楽しいで済まない、泣いて泣いてのことも多かった。
けれど、素氏は、どんなに追いつめられても、赤青緑、炎の三色ボールペンで直されても、
ちゃんと黒死館と遊んでいる。
逍遙7号で文学関係の検索をやって、
いままた古代時計室の整備に携わっているうちに、なんだか僕も。
まぜてーーー。
になってしまいました。
黒死館語録、未発見の虫太郎が残した謎に答えるべく、連日楽しんでしまっているのです。
で、今日は。
毎日一、二個新しい発見をしては、プチ情報として素氏に自慢をし。
時々知ってるよと言われてむっとして。
でもしょうがないかとニマニマしているという、ただそういう状況のお話です。
本当に三十年の蓄積ってば、モノスゴイ。
結局、駆け出しの助手からすれば、虫語録というのは、点でしかないわけです。
通して読んだのは2回で、あとは例えば「眼鏡文人」を作る際に、登場人物にまつわる「修飾語」つまりは、どんな人なの?という各キャラ設定ばかり探ったことしかない素人には、
特にカタカナの未詳の語録は太刀打ちがなりません。
そして、その一単語は全く独立したものとして、検索の対象になりがちなのです。
しかし、長年この世界にどっぷりとトンスラが被ってしまうくらいに潜った人にとっては
全ての語が線で結ばれ、もしかしたら面にまで次元上昇しているのではと、毎晩唸らせられっぱなしなのです。
そういえば、素氏は、当初、黒死館の図面を引くという不可能命題に取り組むのを主眼にしていたのでした。
さすれば、線は面になり、面はいつかたとえ捻れた構造であっても、一個の確かなる三次元の建物が浮かび上がってもおかしくないじゃないですか。
さらにいえば、黒死館には、ただ算哲が世に生まれて、苦々しく法水が立ち去るまでの時間だけじゃなく、文献や語録が召還する時空があるんだもん。
四次元だよ!
いいなあ、この玩具。
本当に、助手の末尾に座らせてもらって、わくわくします。
で、話はまた長くなるけど。
ここの所の相次ぐ発見は、地道に古代時計室にUPしていますが。
まあ、誰も気づいていないでしょうけど、それはそれ。
いいんです。
例えば、グアリノという項目があります。
人名です。
『ナポレオン的面相』ファチス・ナポレオニカという書物を書いたという情報のみが存在します。
さあ、ここからどんな風に追いつめていくか。
ファチス・ナポレオニカというのは、どうやらラテン語のようです。
なので和羅辞典で、恐らくFaceに近い語で顔という言葉を探します。
FACIESと判明しました。
ナポレオニカはまあ、NAPOLEONICAで間違いないでしょう。
ここからGoogleのお世話になります、粘着気質丸出しで、食い下がります。
グアリノをカタカナのままで検索し、元綴りの候補を拾います。
Gualino,Guarino,Guallino・・・・。
まずは、書名だけで引っ掛ける、英訳されている可能性を考えて、Napoleonish facesなんてのも掛けてみる、さらに名前も掛けてみる。
で、ぐいぐい粘っていると、ぽっと浮かんできました。
ある論文が。
E.AUDENTINO & L.GUALINO. LA." FACIES NAPOLEONICA". (Atti del V Congresso di Psicologia, Roma. 1906; S. 674).
よっしゃ。
どうやら1906年ローマで発行された心理学関係の専門誌の載せられた論文のよう。
さらには、2007年発行の『Epilepsia』という専門誌に、この論文の要約が出ているとな。
こいつはドイツ語で書かれているじゃないですか。
昨今、Google bookという素晴らしいものが出来ていまして。
古い文献をPDFファイルでそのまま見られたり、テキスト化できたりするんで、大変重宝していますが。
それはさておき、これはなんとか『Epilepsia』だけは、中身をみることが叶いました。
で、ドイツ語を翻訳(勿論、翻訳サイトを使用)して。
ほうほう、どうやらてんかん患者の顔とナポレオンの顔に似通った点があるって言ってるらしいよ、
と、素氏いわくの、変態心理の中でもとりあげられていた、骨相学(とくれば菅原教造に通じるのねえ)と結び付く。
ついで、じゃあ、グアリノ先生はどんな人なんだと。
正しい綴り、Gualinoが分かったので、Psychopathologyなんてのと掛けて検索。
またぐいぐい押す。
名前はLで始まってるけど、本当はなんて言うの、知りたいよとね。
で、結局Lに続く名前は分からなかったのですが、彼の経歴を書いたと思しき、別の論文を発見。
しかし、ここで、論文の壁にぶつかって立ち往生。
そう、この壁は、いつも仕事で使うPubMedの論文検索でも散々やられているの。
FullTextが、有料会員じゃないと見られないと言う。
仕方がないので最終的には断念しましたが、どうやらグアリノ先生は、イタリアの野戦病院で兵士の心理状態を研究していた人みたい。
ね、面白いでしょ。
で、今日気づいたことなんですが。
今までの検索方法(元綴りをカタカナから想像して、ひたすら餌をばらまく)に加えて、WIKIの活用が充分でなかったと思い至りました。
最近は、思わぬものでも、英語版WIKIには出ているので、関連サイトとしてあげさせてもらっているのですが。
よくよく考えると、WIKIは人名に強いと感じています。
で、GooGleで、闇雲に元綴りが何通りも考えられる中、人名かどうかも分からないものが浮かび上がっているものを掬い上げるのは、かなり大変。
だったらと思って、WIKIでこんな技を使いました。
対象は、グロースです。
犯罪心理学の開祖、ハンス・グロスについてはよく知られていますが、こっちは「古代軍器書」という本を出した人という情報しかありません。
虫太郎はハンス・グロスについても、グロースと一箇所音引きを使っていることもあり、同じGrossかもしれないけど、Glaus,Gloss,Grose・・といった可能性もあります。
そもそも、GrossもGroseも世の中いっぱいいるし、「古代軍器」なんていう怪しい語も、Ancient Armsとか、色々考えられてなかなか絞り込みが不自由です。
そこで、WIKIでGross(Surname)という技を使ってみました。
つまり、同じグロスさんを全て一覧で見せて貰って、生没年、職業をだだだっと眺めることが出来るわけです。
(ただし、数人以上同じ名字の人がいないとSurnameは使えないみたい)
虫太郎が参照した可能性は、少なくとも1930年以前に活躍し、「古代軍器」という本を書くジャンルにいる人。
歴史家?軍人?あるいは・・・?
で、このページです。
見てください。
Francis Grose (1731-1791), antiquary and lexicographer
おおお!
怪しい、このフランシス君!
アンチーク蒐集家だよ。武具蒐集やってんじゃない、君?
そして、開かれた彼の説明の中に、
a Treatise on Ancient Armour and Weapons
!!!これだ、これにちがいない!
ついに発見です。
しかし、虫太郎が「新青年」に連載していたのって、1934年ですよ。
もう、虫ちゃんどうやって調べたのよーーー。
という驚喜の叫びなくしては、この楽しい遊びは始まらないのでした。
ほんとごくごく一部の人にしか意味不明な話で、すみません。
あ、そうそう。
おまけですが。
もしドイツに行くことがあったら、行ってみたい場所。
ハンス・グロス博物館!
なんか、怪しい凶器とか指紋関係とか、薬品とか並んでるみたい。
見学の子供達、めっちゃ楽しんでるよ。
面白そう!!
たとえ鬱になっていても、そんな気分。
色んなラボを渡り歩いたせいか、息苦しい劣悪加減はある程度知っているので
今の場所が、どんなにのんびりして、他人に干渉しない空間であるか。
だからとてもしんどいけど。
また9/19まで3週間以上ぶっつづけで、まったく休みなしだけど。
それでも、僕はなんとなく生き生きしている。
なので、そんな恵まれた環境でやおら他人の行動にキリキリ叫ぶ人がいると、
もう少し落ち着けないのだろうかと、昼休みは外に向かい、ipodを取り出して耳栓をする。
先日、キリキリな子(といってももう33才)であるところの、
いまだ専業主婦を夢見る困ったちゃんと
二人きりでお弁当を広げないといけなくなった。
困ったちゃんは、全ての休みをアイドル(古い言い回しやね)追っかけに費やしている。
ひどい言い方をすれば、受動的にお金を使って脳内欲求を満たし、
無為な時間を、無為でなく使っているという幻想を買っている人である。
僕と彼女の間には、全く通じることがない。
だから、ついつい恐怖政治に近い結婚・出産願望を流す生返事の隙間に、棘を並べてしまうのだ。
僕は一日でも早く隠居したいと語る。
いつも笑われるけど、やりたいことが多すぎて、どうしようもないのだからしょうがない。
でも相容れない人は、必ずやこう返答する。
「何もやりたいことなんてない」って。
信じられない。
こんなに外には、Qが落ちていて、知らず知らずに不可思議な連携をしているのに。
それを見つけようとしないなんて。
こんなに内には、妄想と呼んでもいいけど、形になりたくてうずうずしているアブクが立っているのに。
それを取り出そうとしないなんて。
信じられないけど、僕はどうしたって「楽しんで」いる人しか好きにならない。
素氏は、そりゃあもう、遊びの天才である。
史上最高の楽しい玩具を手に入れて、三十年以上戯れているんだもの。
筋金入りの享楽主義者だもん。
最初は、即売会にでること、本を作ることが絶対嫌いじゃない、
いや、好きに決まっていると思ったから、僕の遊びに引き込んだ。
僕自身は、パッケージとしての本作りは純粋に楽しんできたけど、
中身を絞り出すことは、簡単に楽しいで済まない、泣いて泣いてのことも多かった。
けれど、素氏は、どんなに追いつめられても、赤青緑、炎の三色ボールペンで直されても、
ちゃんと黒死館と遊んでいる。
逍遙7号で文学関係の検索をやって、
いままた古代時計室の整備に携わっているうちに、なんだか僕も。
まぜてーーー。
になってしまいました。
黒死館語録、未発見の虫太郎が残した謎に答えるべく、連日楽しんでしまっているのです。
で、今日は。
毎日一、二個新しい発見をしては、プチ情報として素氏に自慢をし。
時々知ってるよと言われてむっとして。
でもしょうがないかとニマニマしているという、ただそういう状況のお話です。
本当に三十年の蓄積ってば、モノスゴイ。
結局、駆け出しの助手からすれば、虫語録というのは、点でしかないわけです。
通して読んだのは2回で、あとは例えば「眼鏡文人」を作る際に、登場人物にまつわる「修飾語」つまりは、どんな人なの?という各キャラ設定ばかり探ったことしかない素人には、
特にカタカナの未詳の語録は太刀打ちがなりません。
そして、その一単語は全く独立したものとして、検索の対象になりがちなのです。
しかし、長年この世界にどっぷりとトンスラが被ってしまうくらいに潜った人にとっては
全ての語が線で結ばれ、もしかしたら面にまで次元上昇しているのではと、毎晩唸らせられっぱなしなのです。
そういえば、素氏は、当初、黒死館の図面を引くという不可能命題に取り組むのを主眼にしていたのでした。
さすれば、線は面になり、面はいつかたとえ捻れた構造であっても、一個の確かなる三次元の建物が浮かび上がってもおかしくないじゃないですか。
さらにいえば、黒死館には、ただ算哲が世に生まれて、苦々しく法水が立ち去るまでの時間だけじゃなく、文献や語録が召還する時空があるんだもん。
四次元だよ!
いいなあ、この玩具。
本当に、助手の末尾に座らせてもらって、わくわくします。
で、話はまた長くなるけど。
ここの所の相次ぐ発見は、地道に古代時計室にUPしていますが。
まあ、誰も気づいていないでしょうけど、それはそれ。
いいんです。
例えば、グアリノという項目があります。
人名です。
『ナポレオン的面相』ファチス・ナポレオニカという書物を書いたという情報のみが存在します。
さあ、ここからどんな風に追いつめていくか。
ファチス・ナポレオニカというのは、どうやらラテン語のようです。
なので和羅辞典で、恐らくFaceに近い語で顔という言葉を探します。
FACIESと判明しました。
ナポレオニカはまあ、NAPOLEONICAで間違いないでしょう。
ここからGoogleのお世話になります、粘着気質丸出しで、食い下がります。
グアリノをカタカナのままで検索し、元綴りの候補を拾います。
Gualino,Guarino,Guallino・・・・。
まずは、書名だけで引っ掛ける、英訳されている可能性を考えて、Napoleonish facesなんてのも掛けてみる、さらに名前も掛けてみる。
で、ぐいぐい粘っていると、ぽっと浮かんできました。
ある論文が。
E.AUDENTINO & L.GUALINO. LA." FACIES NAPOLEONICA". (Atti del V Congresso di Psicologia, Roma. 1906; S. 674).
よっしゃ。
どうやら1906年ローマで発行された心理学関係の専門誌の載せられた論文のよう。
さらには、2007年発行の『Epilepsia』という専門誌に、この論文の要約が出ているとな。
こいつはドイツ語で書かれているじゃないですか。
昨今、Google bookという素晴らしいものが出来ていまして。
古い文献をPDFファイルでそのまま見られたり、テキスト化できたりするんで、大変重宝していますが。
それはさておき、これはなんとか『Epilepsia』だけは、中身をみることが叶いました。
で、ドイツ語を翻訳(勿論、翻訳サイトを使用)して。
ほうほう、どうやらてんかん患者の顔とナポレオンの顔に似通った点があるって言ってるらしいよ、
と、素氏いわくの、変態心理の中でもとりあげられていた、骨相学(とくれば菅原教造に通じるのねえ)と結び付く。
ついで、じゃあ、グアリノ先生はどんな人なんだと。
正しい綴り、Gualinoが分かったので、Psychopathologyなんてのと掛けて検索。
またぐいぐい押す。
名前はLで始まってるけど、本当はなんて言うの、知りたいよとね。
で、結局Lに続く名前は分からなかったのですが、彼の経歴を書いたと思しき、別の論文を発見。
しかし、ここで、論文の壁にぶつかって立ち往生。
そう、この壁は、いつも仕事で使うPubMedの論文検索でも散々やられているの。
FullTextが、有料会員じゃないと見られないと言う。
仕方がないので最終的には断念しましたが、どうやらグアリノ先生は、イタリアの野戦病院で兵士の心理状態を研究していた人みたい。
ね、面白いでしょ。
で、今日気づいたことなんですが。
今までの検索方法(元綴りをカタカナから想像して、ひたすら餌をばらまく)に加えて、WIKIの活用が充分でなかったと思い至りました。
最近は、思わぬものでも、英語版WIKIには出ているので、関連サイトとしてあげさせてもらっているのですが。
よくよく考えると、WIKIは人名に強いと感じています。
で、GooGleで、闇雲に元綴りが何通りも考えられる中、人名かどうかも分からないものが浮かび上がっているものを掬い上げるのは、かなり大変。
だったらと思って、WIKIでこんな技を使いました。
対象は、グロースです。
犯罪心理学の開祖、ハンス・グロスについてはよく知られていますが、こっちは「古代軍器書」という本を出した人という情報しかありません。
虫太郎はハンス・グロスについても、グロースと一箇所音引きを使っていることもあり、同じGrossかもしれないけど、Glaus,Gloss,Grose・・といった可能性もあります。
そもそも、GrossもGroseも世の中いっぱいいるし、「古代軍器」なんていう怪しい語も、Ancient Armsとか、色々考えられてなかなか絞り込みが不自由です。
そこで、WIKIでGross(Surname)という技を使ってみました。
つまり、同じグロスさんを全て一覧で見せて貰って、生没年、職業をだだだっと眺めることが出来るわけです。
(ただし、数人以上同じ名字の人がいないとSurnameは使えないみたい)
虫太郎が参照した可能性は、少なくとも1930年以前に活躍し、「古代軍器」という本を書くジャンルにいる人。
歴史家?軍人?あるいは・・・?
で、このページです。
見てください。
Francis Grose (1731-1791), antiquary and lexicographer
おおお!
怪しい、このフランシス君!
アンチーク蒐集家だよ。武具蒐集やってんじゃない、君?
そして、開かれた彼の説明の中に、
a Treatise on Ancient Armour and Weapons
!!!これだ、これにちがいない!
ついに発見です。
しかし、虫太郎が「新青年」に連載していたのって、1934年ですよ。
もう、虫ちゃんどうやって調べたのよーーー。
という驚喜の叫びなくしては、この楽しい遊びは始まらないのでした。
ほんとごくごく一部の人にしか意味不明な話で、すみません。
あ、そうそう。
おまけですが。
もしドイツに行くことがあったら、行ってみたい場所。
ハンス・グロス博物館!
なんか、怪しい凶器とか指紋関係とか、薬品とか並んでるみたい。
見学の子供達、めっちゃ楽しんでるよ。
面白そう!!
[No.115] 2008/08/25 (Mon) 01:22
二度とない奇跡
さて、どこからお話しましょうか。
といってもさほど複雑な経緯はありません。
でも殊更遠回りして、少しずつ語りたい気分なのです。

まずはこちらの絵本から。
「こどものための造形教室 楽しい手づくりあそび 木でつくる」
内田義夫 1975年 主婦と生活社
夏休みの宿題も追い込みのこの時期。
必携の一冊?
楽しくて、大人が作るにもかなり難しい工作が、丁寧な図版解説でたくさん取り上げられています。
でも僕は、もの凄く木工が苦手でした。
長さ1mの板を使って、同級生達が本棚や小机を作る脇で、板を無計画に刻み、歪んだ断面に嘆きながら、せめて木版画大好きだったので、絵を彫り込んで仕上げたのは、よれよれの歪んだペン立てでした。
きっと今も、不器用は変わらないので、電ノコの刃をブンとへし折ったりして、ロクなモノは作れないでしょう。
ではなぜ、この本を手に入れたかというと。

イラストが利渉重雄という人だったからです。
さらにもう一冊、こちらは本当の絵本です。
本当の本当の絵本で、言葉はいっさい使われていません。


大木の葉陰に、ユニークな面持ちの鳥たちが休んでいます。

その大木は象の背中の上にのっていて、象は亀の背中の上にのっています。
まるで、あの世界の想像図を彷彿とします。

さて亀は大海の中一匹だけ、まるで世界の果ては直角に下るナイアガラの瀧みたいな海で泳いでいます。
しかし大海ではなく、沢山のパイプラインで繋がれた給水塔のひとつの出来事でした。
給水塔は太く真っ白な筒にパイプを供給しています。

おや、太い筒に見えたモノは、どうやらなにか植物の根っこのようです。

おお確かに、罌粟の花が揺れています。
罌粟の花は誰かさんの大きな手の下で、マッチ箱のような小さな庭園で育っていました。
あれれ、手は誰かさんではなく、ブルドーザーに繋がった大きなスコップだったようです。
ブルドーザーは街に大きなビルを造っています。
その街は、高い塔が四角いウエディングケーキみたいに重なってできていて。
そのまたケーキの街は実は、一艘の船の上に載っていました。
船は、鬱蒼とした、こんもりとした木々に囲まれた川を下っていきます。
その森や川をもっと外側から見ていくと、真っ暗闇に浮かぶ、不思議な構造体であることが分かります。
宇宙に浮かぶ、エッシャーの描く不条理の瀧が、延々とどこまでもつらなって。
巨大な星をぐるりと巡って、カクカクの土星の輪のようです。
でも星は一つではありません。

沢山集まった塊が、まるで雲のように大宇宙に浮かんでいます。
でも、この大宇宙は、抽斗の中の世界に収まっていました。
抽斗はどこにあるのでしょうか。
宇宙を収めた抽斗、キノコを収めた抽斗、レシプロ機を収めた抽斗。
いろんな抽斗が綺麗にまるで、昔の薬棚みたいに重なっているのは。
大木の幹でした。
じゃあ、この大木をもっと外から眺めてみましょう。

あれれ?
あれれ?
元通り?
本当はこの夢幻(無限)の円環を一冊に閉じこめた絵本を全頁みていただきたいくらい素敵なんですが。
とりあえずは、このくらいのスキャンで留めておかないと。
この絵本は「なんでもの木」1980 佼成出版社。
作・絵は利渉重雄さんです。
5年間、僕は二次創作のサイトを運営していました。
その昔も2年ほど創作のサイトをやっていました。
どちらでも日記を書いていて、どちらでも、見てくれる人にはどうしても不適切というと舌足らずですが、あまりに違うジャンルのことを書いてもとか。
時には息苦しくなったりして、いつの時代も別の日記やブログを作るようになりました。
このブログもそういった流れで作ったので、更新速度も遅く、内容も偏屈極まりないものになっています。
素氏と一緒にあの美術館に行って、常設展示を眺めて、普段なら少し気に入っても、ふーんと流してしまうことの多い自分が。
その日だけは、何度も戻って、作者のかなり珍しい名字を頭に叩き込んで。
もう一度もう一度と、その銅版画に足を戻したのでした。
それが利渉重雄さんの作品との出会いということは、以前このブログで書いたお話です。
その後、蔵書票を手に入れて、今年の二月、我が家に「七つの伝説」がやってきました。
その頃の二次創作側の日記を探ってみたのですが、ちょうど派遣打ち切り、路頭に迷うの時期で壊れていて、こんな感想しか残っていません。
『週末、大事な版画がついに壁にぶらさがりました。
布団に寝ころんで視線を移すと、すぐそこに、塔が立ち並んでいる。
空気のない。
だから音もない。
叫んでも誰にも届かない。
でも光はある。
光の中から胞子が溢れてくる。
利渉重雄さんの世界は、メタの中のメタ。
手に包み込んだ内面を自らタマネギの皮をひとつづつほどいてゆき、芯に到達する直前に、私が消える。
そんな空間。
空気がないので、息苦しさは全く感じる必要がないのです。 』
さて、「なんでもの木」に描かれた世界は、その後の利渉さんのテーマに通じているように思えます。
細密に細密を重ね、ミクロの電子顕微鏡も捉えられない世界に没入したかと思うと、無限のマクロの彼方に放り出される。
たしかに可愛いちびっ子ギャングも小鳥も消えてしまいましたが、花や胞子は何千倍もの光を湛えて存在しています。
そして光の対極に立つ、誰もいない建築群も息づいています。
僕は、これくらいのささやかな感想しか書いてきませんでした。
でも、8/17、夏コミから汗まみれになって帰ってみると、吃驚することが起こっていました。
その経緯はご興味のある方は、コメント覧に記された、本当に信じられないような言葉を見て頂くと分かっていただけると思います。
ずっと昔に、完売してしまったと嘆いた利渉さんの版画集「宇」を譲ってくださるというお申し出でした。
素氏に仰天のまま、アワアワと報告しました。
そうしたら。
「奇跡だね。もう二度とない奇跡だね」と。
本当に、そう。
本当に奇跡みたいな出来事。
怠惰で飽きっぽくて、減らず口で偏屈で頑固者で。
どうしようもない僕なのに。
何時の時代にも、僕は、神様に祝福されていると思っていましたが。
何時の時代にも、たくさんの幸運がやってきましたが。
こんなに素敵なことは奇跡みたいとしか、言いようがありません。
昨日、その銅版画集「宇」が届きました。
七葉の版画に閉じこめられた光と闇が、すぐ傍らで息づいています。
これから、この宝物のことを少しずつ書いていきます。
少しずつ拙い言葉に変換していきます。
なので、続きはゆっくりとご覧になっていただけると、嬉しいです。
最後になってしまいましたが。
お譲り下さったK様、画集を世に出してくださった彩林画廊主の新田様、こんな素敵な作品を作ってくださった利渉重雄様、本当にありがとうございました。
といってもさほど複雑な経緯はありません。
でも殊更遠回りして、少しずつ語りたい気分なのです。

まずはこちらの絵本から。
「こどものための造形教室 楽しい手づくりあそび 木でつくる」
内田義夫 1975年 主婦と生活社
夏休みの宿題も追い込みのこの時期。
必携の一冊?
楽しくて、大人が作るにもかなり難しい工作が、丁寧な図版解説でたくさん取り上げられています。
でも僕は、もの凄く木工が苦手でした。
長さ1mの板を使って、同級生達が本棚や小机を作る脇で、板を無計画に刻み、歪んだ断面に嘆きながら、せめて木版画大好きだったので、絵を彫り込んで仕上げたのは、よれよれの歪んだペン立てでした。
きっと今も、不器用は変わらないので、電ノコの刃をブンとへし折ったりして、ロクなモノは作れないでしょう。
ではなぜ、この本を手に入れたかというと。

イラストが利渉重雄という人だったからです。
さらにもう一冊、こちらは本当の絵本です。
本当の本当の絵本で、言葉はいっさい使われていません。


大木の葉陰に、ユニークな面持ちの鳥たちが休んでいます。

その大木は象の背中の上にのっていて、象は亀の背中の上にのっています。
まるで、あの世界の想像図を彷彿とします。

さて亀は大海の中一匹だけ、まるで世界の果ては直角に下るナイアガラの瀧みたいな海で泳いでいます。
しかし大海ではなく、沢山のパイプラインで繋がれた給水塔のひとつの出来事でした。
給水塔は太く真っ白な筒にパイプを供給しています。

おや、太い筒に見えたモノは、どうやらなにか植物の根っこのようです。

おお確かに、罌粟の花が揺れています。
罌粟の花は誰かさんの大きな手の下で、マッチ箱のような小さな庭園で育っていました。
あれれ、手は誰かさんではなく、ブルドーザーに繋がった大きなスコップだったようです。
ブルドーザーは街に大きなビルを造っています。
その街は、高い塔が四角いウエディングケーキみたいに重なってできていて。
そのまたケーキの街は実は、一艘の船の上に載っていました。
船は、鬱蒼とした、こんもりとした木々に囲まれた川を下っていきます。
その森や川をもっと外側から見ていくと、真っ暗闇に浮かぶ、不思議な構造体であることが分かります。
宇宙に浮かぶ、エッシャーの描く不条理の瀧が、延々とどこまでもつらなって。
巨大な星をぐるりと巡って、カクカクの土星の輪のようです。
でも星は一つではありません。

沢山集まった塊が、まるで雲のように大宇宙に浮かんでいます。
でも、この大宇宙は、抽斗の中の世界に収まっていました。
抽斗はどこにあるのでしょうか。
宇宙を収めた抽斗、キノコを収めた抽斗、レシプロ機を収めた抽斗。
いろんな抽斗が綺麗にまるで、昔の薬棚みたいに重なっているのは。
大木の幹でした。
じゃあ、この大木をもっと外から眺めてみましょう。

あれれ?
あれれ?
元通り?
本当はこの夢幻(無限)の円環を一冊に閉じこめた絵本を全頁みていただきたいくらい素敵なんですが。
とりあえずは、このくらいのスキャンで留めておかないと。
この絵本は「なんでもの木」1980 佼成出版社。
作・絵は利渉重雄さんです。
5年間、僕は二次創作のサイトを運営していました。
その昔も2年ほど創作のサイトをやっていました。
どちらでも日記を書いていて、どちらでも、見てくれる人にはどうしても不適切というと舌足らずですが、あまりに違うジャンルのことを書いてもとか。
時には息苦しくなったりして、いつの時代も別の日記やブログを作るようになりました。
このブログもそういった流れで作ったので、更新速度も遅く、内容も偏屈極まりないものになっています。
素氏と一緒にあの美術館に行って、常設展示を眺めて、普段なら少し気に入っても、ふーんと流してしまうことの多い自分が。
その日だけは、何度も戻って、作者のかなり珍しい名字を頭に叩き込んで。
もう一度もう一度と、その銅版画に足を戻したのでした。
それが利渉重雄さんの作品との出会いということは、以前このブログで書いたお話です。
その後、蔵書票を手に入れて、今年の二月、我が家に「七つの伝説」がやってきました。
その頃の二次創作側の日記を探ってみたのですが、ちょうど派遣打ち切り、路頭に迷うの時期で壊れていて、こんな感想しか残っていません。
『週末、大事な版画がついに壁にぶらさがりました。
布団に寝ころんで視線を移すと、すぐそこに、塔が立ち並んでいる。
空気のない。
だから音もない。
叫んでも誰にも届かない。
でも光はある。
光の中から胞子が溢れてくる。
利渉重雄さんの世界は、メタの中のメタ。
手に包み込んだ内面を自らタマネギの皮をひとつづつほどいてゆき、芯に到達する直前に、私が消える。
そんな空間。
空気がないので、息苦しさは全く感じる必要がないのです。 』
さて、「なんでもの木」に描かれた世界は、その後の利渉さんのテーマに通じているように思えます。
細密に細密を重ね、ミクロの電子顕微鏡も捉えられない世界に没入したかと思うと、無限のマクロの彼方に放り出される。
たしかに可愛いちびっ子ギャングも小鳥も消えてしまいましたが、花や胞子は何千倍もの光を湛えて存在しています。
そして光の対極に立つ、誰もいない建築群も息づいています。
僕は、これくらいのささやかな感想しか書いてきませんでした。
でも、8/17、夏コミから汗まみれになって帰ってみると、吃驚することが起こっていました。
その経緯はご興味のある方は、コメント覧に記された、本当に信じられないような言葉を見て頂くと分かっていただけると思います。
ずっと昔に、完売してしまったと嘆いた利渉さんの版画集「宇」を譲ってくださるというお申し出でした。
素氏に仰天のまま、アワアワと報告しました。
そうしたら。
「奇跡だね。もう二度とない奇跡だね」と。
本当に、そう。
本当に奇跡みたいな出来事。
怠惰で飽きっぽくて、減らず口で偏屈で頑固者で。
どうしようもない僕なのに。
何時の時代にも、僕は、神様に祝福されていると思っていましたが。
何時の時代にも、たくさんの幸運がやってきましたが。
こんなに素敵なことは奇跡みたいとしか、言いようがありません。
昨日、その銅版画集「宇」が届きました。
七葉の版画に閉じこめられた光と闇が、すぐ傍らで息づいています。
これから、この宝物のことを少しずつ書いていきます。
少しずつ拙い言葉に変換していきます。
なので、続きはゆっくりとご覧になっていただけると、嬉しいです。
最後になってしまいましたが。
お譲り下さったK様、画集を世に出してくださった彩林画廊主の新田様、こんな素敵な作品を作ってくださった利渉重雄様、本当にありがとうございました。
[No.113] 2008/08/23 (Sat) 11:54
自分メモ
いろんなわくわくすることが待っているのですが。
日記も下書きたくさん溜まってるのですが。
ちょっと体力落ちているので、お休み中。
とりあえずGWに大笑いだった南湖さんの講談の放映予定が、8月という話だったことを思い出しました。
ミステリチャンネルいつも観てるのに、もう見逃したかなと思ったら、10月放映だそうで。
嬉しいな、忘れるなオレという自分メモ。
番組名
「探偵講談 旭堂南湖」
放送日
10/27(月)18:00、28:00(深夜4時)
10/30(木)8:00
内容
旭堂南湖「禿頭倶楽部(赤毛連盟)」「蠅男」
絹子の茶色い尻尾が端っこで映ってるかもしれないので(嘘)
録画必至です。
日記も下書きたくさん溜まってるのですが。
ちょっと体力落ちているので、お休み中。
とりあえずGWに大笑いだった南湖さんの講談の放映予定が、8月という話だったことを思い出しました。
ミステリチャンネルいつも観てるのに、もう見逃したかなと思ったら、10月放映だそうで。
嬉しいな、忘れるなオレという自分メモ。
番組名
「探偵講談 旭堂南湖」
放送日
10/27(月)18:00、28:00(深夜4時)
10/30(木)8:00
内容
旭堂南湖「禿頭倶楽部(赤毛連盟)」「蠅男」
絹子の茶色い尻尾が端っこで映ってるかもしれないので(嘘)
録画必至です。
[No.112] 2008/08/16 (Sat) 21:35
夏コミは体力限界を試されている。
年度末まで勤めていた派遣会社の健康保険組合は結構サービスが良くて。
何もしなくても毎月ポイントが溜まり、
そのおかげで種々健康器具がもらえるたのですが。
最後にもらった体脂肪・基礎代謝測定つきの有能体重計で測定したところ。。。
僕の肉体年齢は、57才でした。
ひいいい。
そんなへぼへぼな人は、コミケのあの熱気ではよろめくのも当然のごとく。
行きはタクシーを使ったにもかかわらず、すでに設営段階で音を上げておりました。
今回の小説FCは、ゲームとアニメと同一日という、
ある意味、まったく客層がかぶってないんじゃない!の状態で。
素氏もお隣のPさんも、うーーんと売上のびないのに頭をかかえている様子でしたが。
僕は、後半だけ、呼び込みをかすかにしつつ。
大半は、煙草を吸いに、アイス最中をかじりにと飛翔しておりました。
そんななか、お友達がわざわざ来てくれて。
妖しいお話などを伺い、にんまり一瞬の涼を味わいました。
まあ、ジャンルが噛み合わないといいながらも。
ゲームの方では、ミリタリーな資料本を捲らせてもらったり、
アニメの方では、懐かしのクリーミーマミとか、海のトリトンとかの本があって、おおおおと叫びました。
で、びっくりだったのが。
菅野よう子さんの、もの凄く綿密に調べ上げられたDiscography資料を作られているサークルさんを発見し。
私的には、あの「COWBOY BEBOP」の卓抜洗練されたムードは、彼女の音楽なしには語れないと、だからこそ、DVDはもとよりサントラも買いそろえたので。
こんな珍品にして貴重なお仕事されている方を発見できただけでも、儲けものでした。
もちろん、明日のオリジュネや創作少女と別日になったことは残念なんですけど。
今までまったく覗かなかったジャンルを覗くのも、やっぱり面白いと思った次第です。
欲をいえば。
ブラックジャックとか、ぜんまい侍本とか、見つけたかったなー。
ま、例年どおりカタログ買わなかった僕が悪いのですが。
しかし。
手荷物検査は実質的になかったりで、館内はいつも通りの様相でしたが。
帰りのゆりかもめ、りんかい線はものすごかったなあ。
入場規制強すぎて、のびたトグロが龍にもなるぜと。
結局素氏を見失いかけるほどの人混みをくぐり抜け、有明駅に逃げて帰りました。
雨が落ちてきて天を仰ぐと、ビッグサイトの上にだけ黒雲が暈を張っていました。
素氏いわくの、オタクの熱気が雨雲に変化したと。
これだけ帰るのに手間取ったのもかつてなかったけど、体力消耗もかつてないほどでした。
いや、欲望限界と体力限界を競わせているな、コミケは。
通常なら暴動起こしたくなるほどの不快指数200%だわさ。
個人的にはたいした欲望は出ませんでしたが、一日楽しかったです。
帰ってから打ち上げで行った焼肉屋も大満足でした。
そうそう。
さっき測定したら、55才になっていました。
おそるべし、発汗作用!
でもって、あんまり可笑しかったので。
はじめてみたニコニコがこのコミケねたって。
まさしくツボでした・爆笑。
あ、7号の通販開始しました。
でもって、古代時計室の更新ですが、これから徐々に遅くなります。
いままでは、ある程度データがしっかり残っていて、ルールも現状に近い物だったんですが。
今後は、発掘作業が多くて、またも、きーーーっの量が増えますので。
まあ、気長に覗いてやってください。
何もしなくても毎月ポイントが溜まり、
そのおかげで種々健康器具がもらえるたのですが。
最後にもらった体脂肪・基礎代謝測定つきの有能体重計で測定したところ。。。
僕の肉体年齢は、57才でした。
ひいいい。
そんなへぼへぼな人は、コミケのあの熱気ではよろめくのも当然のごとく。
行きはタクシーを使ったにもかかわらず、すでに設営段階で音を上げておりました。
今回の小説FCは、ゲームとアニメと同一日という、
ある意味、まったく客層がかぶってないんじゃない!の状態で。
素氏もお隣のPさんも、うーーんと売上のびないのに頭をかかえている様子でしたが。
僕は、後半だけ、呼び込みをかすかにしつつ。
大半は、煙草を吸いに、アイス最中をかじりにと飛翔しておりました。
そんななか、お友達がわざわざ来てくれて。
妖しいお話などを伺い、にんまり一瞬の涼を味わいました。
まあ、ジャンルが噛み合わないといいながらも。
ゲームの方では、ミリタリーな資料本を捲らせてもらったり、
アニメの方では、懐かしのクリーミーマミとか、海のトリトンとかの本があって、おおおおと叫びました。
で、びっくりだったのが。
菅野よう子さんの、もの凄く綿密に調べ上げられたDiscography資料を作られているサークルさんを発見し。
私的には、あの「COWBOY BEBOP」の卓抜洗練されたムードは、彼女の音楽なしには語れないと、だからこそ、DVDはもとよりサントラも買いそろえたので。
こんな珍品にして貴重なお仕事されている方を発見できただけでも、儲けものでした。
もちろん、明日のオリジュネや創作少女と別日になったことは残念なんですけど。
今までまったく覗かなかったジャンルを覗くのも、やっぱり面白いと思った次第です。
欲をいえば。
ブラックジャックとか、ぜんまい侍本とか、見つけたかったなー。
ま、例年どおりカタログ買わなかった僕が悪いのですが。
しかし。
手荷物検査は実質的になかったりで、館内はいつも通りの様相でしたが。
帰りのゆりかもめ、りんかい線はものすごかったなあ。
入場規制強すぎて、のびたトグロが龍にもなるぜと。
結局素氏を見失いかけるほどの人混みをくぐり抜け、有明駅に逃げて帰りました。
雨が落ちてきて天を仰ぐと、ビッグサイトの上にだけ黒雲が暈を張っていました。
素氏いわくの、オタクの熱気が雨雲に変化したと。
これだけ帰るのに手間取ったのもかつてなかったけど、体力消耗もかつてないほどでした。
いや、欲望限界と体力限界を競わせているな、コミケは。
通常なら暴動起こしたくなるほどの不快指数200%だわさ。
個人的にはたいした欲望は出ませんでしたが、一日楽しかったです。
帰ってから打ち上げで行った焼肉屋も大満足でした。
そうそう。
さっき測定したら、55才になっていました。
おそるべし、発汗作用!
でもって、あんまり可笑しかったので。
はじめてみたニコニコがこのコミケねたって。
まさしくツボでした・爆笑。
あ、7号の通販開始しました。
でもって、古代時計室の更新ですが、これから徐々に遅くなります。
いままでは、ある程度データがしっかり残っていて、ルールも現状に近い物だったんですが。
今後は、発掘作業が多くて、またも、きーーーっの量が増えますので。
まあ、気長に覗いてやってください。
[No.111] 2008/08/13 (Wed) 21:56
伯爵に男爵に

池袋は暑かった〜。
でも古書市、すごく楽しかったです。
三時間みっちり見ても、まだまだ全ては見尽くせなかった。
何しろ、今回は紙物がテーマなので、ポスター絵葉書パンフなどなど細かいものが一杯。
一瞬欲しいと思ったのが、戦勝消印(?)を集めた小さなスタンプ帳。
ガダルカナル陥落とかの感じで日本軍が功を収めるたびに押されたみたいなもので。
笑えないポケモンラリー状態。
でも3冊セットで高くて手が出せませんでした。
松田修さんは、なんというか僕にとっては外れのない人です。
ものすごくあっちの匂いが漂うのだけど、この映画論をぱらぱらめくってると、あっちの人じゃないのか、いやあっちの人でも女優のファンがいたっておかしくないねと。
永島敏行との対談とか、実はウハウハなの?と笑えます。
この人の、死に直結する(もう予感以前なの)お耽美加減が、滅法好き。
しかし、この装釘、、、めちゃくちゃださいわ。
僕は本職じゃない人が書く映画論が、結構お気に入りです。
先日も筒井康隆の「不良少年の〜」が、取り上げられている作品は全然分からないんだけど、
映画を取り巻いた思い出があんまり面白いので、
あんまりやんちゃ過ぎるので、大笑いでした。
この間も、他の本は全くもって読みたくもない藤本義一の映画本を買ってしまったところです。
奇妙な短編小説風なんだけどパゾリーニとか、メッチャ面白そう。
で、存分に気晴らしした後、以前何度か講義のあとで連れて行ってもらった、喫茶店「伯爵」にしけこむ。
ここに集った仲間たちにはみんな耽美な呼称がついていて。
中には男爵(バロン)という青年もいた。
バロン、お元気ですか?
チェーン系の喫茶店も嫌いじゃないけど、時には喧噪を離れてしっとりした喫茶店に入りたくなる。
何より、「禁煙席はどこですか?」と尋ねたおじさんに
「全席喫煙です」としゃあしゃあと返答するお姉さんがいなくちゃ。
「伯爵」は綺麗ですが、むしろ僕は、もっと数十年を遡る、始めからアイスコーヒーにガムシロが入っているような、ソファふかふかだけど破れているような、お弁当持ち込み可だったりするようなお店が大好きです。
そういう方には、是非とも本郷の名曲喫茶「麦」に行って頂きたい。
打ち解けることがほとんどなかった前職場で、僕の送迎会の日。
同僚ちゃんたちをあそこに連れて行ったら、「ここ、すごくいいね」と喜んでもらえました。
怪しい喫茶室巡りも楽しい余暇のひとつです。

で、紙物はこの二枚の絵葉書。
どちらも大正十二年九月一日の大震災の惨状。
浅草十二階は鉄骨剥き出しでへし折れてます。
警視庁は猛火に包まれてます。
彩色写真とかセピアな外国のろりっこ写真とか、可愛いのがいっぱいありました。
でも、何故かこれが一等素敵に見えたんだ。
リブロのあとは、往来座へ。
相変わらず、素敵な棚。
しゃがむたびに眩暈(うっとりじゃなくマジで)しなかったら、もうちょっとじっくり見たのですが。
難を云えば、パラが多すぎなのよ。
タイトルもう少し見やすくなるといいのになあ。
帰りは散歩熱が出てしまい、なぜか目白までてくてくしました。
勿論、道に迷いましたとも。
学習院脇の並木道は二度目だけど、今日も夕日がいい具合に輝いてくれました。



